第四話 いざ、勇者討伐へ
「さあ、晴れてベルーカさまをお迎えすることとなりましたところで、今後の方針について話し合いしょう」
イニシアチブを握ったクモが、指を教鞭のように振りながら言った。
「アダマントの勇者という強力なカードを手にしたとはいえ、それだけで状況が好転するわけではございません。何か手を打つ必要があるかと」
「手を打つ、ねえ」
俺は椅子に座り直して渋面を作る。
「……引きこもりたい」
「陛下、残念な子なのは十分に伝わっておりますので、もう結構です」
「う、うるせー! 言ってみただけだ」
つい現実逃避しようとする内心がこぼれて、呆れ果てたような目を向けられた。
頬が熱くなるのを咳払いでごまかし、改めて考えてみるが、
「……分からん」
速攻で諦めた。
何が問題って、情報がほとんど無いんだから考えようがない。
「っつーわけで、もっと詳しい話をきかせろ」
「え、わたしですか?」
「他にいると思うか?」
話を振られることはないとたかをくくっていたか、キョトンとするベルーカをジト目で睨んでうながす。
「勇者たちが悪さをやめるとしたら、どういう場合が考えられる?」
「あ、はい、そうですね。……彼らがわたしと同じような心境で悪に走っているのだとすれば、目的はやはり魔王への隷属でしょう」
「つまり、悪いことしたところで魔王が隷属を認めることはない、と納得させればおとなしくなると?」
「隷属を認めてあげないことには根本的解決にならないと思いますが、たぶんその通りです。ああでも、色々とこじれてるんだとしたら、もう一回戦って屈服させる必要があるかもしれません」
ある意味シンプルで分かりやすいが……やっぱ面倒くせー。
「んじゃ、べつの質問。悪さしてる勇者について、もっと具体的なことは?」
「えっと、わたしが勇者たちの悪行を耳にするようになったのは、この一ヶ月くらいです。知ってるだけでも十三件。どれも旧魔王領で起こってますね」
「十三……多いな」
「どうでございましょうねえ。王座を追われてからの一年、陛下が撃退した勇者は三十二人におよびます。むしろ十三というのは少ないといえるのではありませんか?」
なるほど、おとなしくしている勇者もちゃんといる、あるいはベルーカが把握してないのがいるってことか。
「えと、続けていいですか。十三件のうち八件は、土地の盗賊団を乗っ取ったものです。勇者がトップに着いたおかげで勢力をかなり拡大しているとか。彼らはどれも、縄張りの中を移動しながら略奪行為を働いています」
「常に移動を続けている、となると捕捉は困難でございますねえ」
「はい。それで残りの五件ですが、これは一か所に拠点をおいています。
第一に北端のミナル港。“白鯨”のナガスが北部海域の支配を進めています。
第二に北東キーモン雪鉱山。“怪力”のウシトラマルが魔法金属を独占しています。
第三に中西部の交易都市ルネリア。“神弓”のロビンが自警団を制圧しました。
第四に南東の工業地帯ファマス。“百面”のノヘラが職人組合代表を殺害しました。
最後にこの森の北東にあるホーツ独立市。“式神”のドーマが市議の一人に就任しました」
「……よし、だいたい分かった」
五人とも、旧魔王領の重要なポジションを押さえにきてる。居所が掴みづらい盗賊団もウザいが、優先順位はこの五人の方が上だな。
この際、引きこもり願望は捨て置くべきか。とはいっても、直接出向いて対処しようと決めたところで、この人数がこの広範囲に広がっていては手が及ばないな。
「………………」
思考する。それぞれの拠点の特徴を思い出しながら、限られた手札で目的を達成する方法を模索する。隠居してからの一年、長らく怠けていた脳細胞が動き出すのを感じる。
「あ、あれ? 黙っちゃいましたけど……?」
「しっ。邪魔してはなりません。先ほどから残念なお姿ばかりを晒しているので信じられないかもしれませんが、一度は魔王の座をものにしたお方。こういうときにはしっかりと考えて決断なさいます。……たぶん」
外野がうるせーが無視。
脳裏に思い浮かべた地図上で、俺や勇者たちやその他さまざまな人間を配置して、それぞれがどう考えるのか、どう動くのか、何通りも試行を繰り返して望む結果に至る筋道を導き出す。
………………
…………
……よし、決めた。
「どうやら、俺が自分で勇者どものとこまで出向くのが妥当だな。話し合うにしろ殴り合うにしろ」
「とうとう脱引きこもりを決意なさったのですね、陛下。」
「悪の勇者との戦い。わあ、燃えますね!」
女どものキャピキャピとした声を聞いていると、早くも気持ちが萎えてくる気がしたが、がんばって奮い立たせて俺は宣言する。
「この場にいる三人で、勇者討伐へと向かう。目的地は――――」
***
ってなわけで、俺たち三人は勇者を止めるために旅に出ることになった。
決めたのは俺なんだが、やっぱり気が進まない。ずっとお家にいたいなぁ。
「……ああ、せっかく手に入れた夢の若隠居ライフが」
「決断した以上は前を向いて下さいませ。それに元はといえば陛下ご自身が蒔いた種でございます」
庭で枯れ枝を片手に項垂れてると、隠居所からクモが出てきた。簡素な普段着から、俺と同じく革マントに編み靴と旅装に着替えている。
彼女はベルーカと二人で着替えやら携帯食料やら旅支度を整えていた。その間、俺はずっと外でこうしてたんだが、別にサボってたつもりはない。ただ、邪魔だからと追い出されたのだ。悲しい。
「準備が終わりました。いつまでもウジウジしていないで、さっさと出発しましょう」
「あの、クモさん。ご主人さまに対してそのような物言いをするのはどうかと思うんですが」
やや遅れて、三人分の旅鞄を抱えて現れたベルーカが苦言をていした。
ベルーカは元から旅装だったが、彼女は彼女で装いが変わっていた。
複雑に編みこまれていた黒髪をほどいて、まっすぐに流していたのだ。
どうしたのか訊いてみたら、少し逡巡しながらも答えてくれた。
「隷属することを認めてもらえたので、一つのケジメです」
「陛下は黒髪ストレートにした方が欲情なさると説明したからでございます」
「ッ!? く、くくクモさん!? ちちがいますよ、そんなのこれっぽっちしかありませんから!」
……あるのかよ。
「何を吹き込まれてんだ。つーか、あんた染まりすぎじゃないか? 普通はもっとこう……従わなきゃなんないけど受け入れがたいサムシングがあったりしねーの?」
「そうですか? 戦いに負けて隷属することになった以上は、ご主人さまのお気に召すよう最大限の努力をすべきだと思うんですが」
なんて澄んだ瞳してやがんだ。ちょっとでも嫌がるそぶりがあれば追い払う口実になるものを。
「くぷぷ、往生際の悪い陛下とは大違いでございますねえ」
「うるせー。それより、『ご主人さま』ってのもお前の入れ知恵か?」
「え、嫌いでした?」
ジト目で睨んだら、ベルーカの方が狼狽した。元凶のクモはといえば、余裕の笑みを浮かべて、
「他にも『先輩』や『おにいたん』や『ダぁリン』など取り揃えております」
などとのたまい、すまし顔でお辞儀を返してくる。
また頭痛がしてきそうだ。ワシャワシャと髪をかき混ぜて、しかしキリがないのでため息一つ吐き出すのに留めた。逐一ツッコんでたら日が暮れる。
「もう何でもいいや、面倒くせー。さっさと出発すんぞ」
「はい、行きましょう!」
「今しがた、ワタクシが同じことを言ったのでございますがねえ」
ベルーカは元気よく、クモは人を食ったようなほほ笑みを浮かべて、俺に続いて歩き出した。
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