第三話 「仲間にしない」という選択肢はありますか?
実は、俺は似たような状況に何度となく陥ったことがある。
戦争が終わったからといって恨みが消えることはなく、魔王だった俺はアダマント人から嫌われている。そしてアダマント人の代表たる勇者たちが、ちょくちょく襲撃しにくるのだ。
それは、まあ良い。組織立って襲ってくるわけではなく、血の気の多いヤツが一人でやってくるだけだからな。俺も幻術の腕前には自信があるし、現に今まですべて返り討ちにできている。
問題は「勇者は負けた相手に隷属しなければならない」という習性があるってことだ。
襲われた以上は相手を倒さないと命が危ない。ところが勝ったら勝ったで、面倒を見る気もないのに引き取ってくれと縋り付いてくる。まるで押しかけ女房……よりも数段ウザくて厄介な連中だ。
今のところは全員を追い返すことに成功しているものの、毎回体力と精神力を使い果たすハメになるので、本当にうんざりしている。
…………ハァ。
またあの苦労を味わうと考えただけで、頭痛がしてきた。
いよいよ頭痛がしてきたこめかみを指先でトントン打っていると、捨てられた恋人みたいな瞳でこちらを見上げるベルーカと目が合った。
「……こんなにお願いしてるのに、わたしの何が不満なんですかぁ」
「さっきも説明しただろ、勇者だからだよ。無理なものは無理。帰ってくれ」
情にほだされたり下心に流されたりすることなく、俺は努めて冷たい声で切り捨てる。
断固とした決意で拒み続ける俺に、ベルーカはギリと奥歯を噛み締めて乱暴に立ち上がった。
やっと諦めたかと思いきや、少女勇者は怒りともどかしさを吐き出すように、吠えた。
「だったら、わたしも悪行を積めば、魔王の奴隷として認めてもらえますか!?」
「いやだからそういう問題じゃねーっての」
なんでこんなに話が通じないのか。本当に嫌になる……って、待てよ。普通に聞き流しかけたが、もしかして非常に問題のある言い回しだったんじゃないか?
「おい。今、何て言った?」
「え? だから悪行を積んだら……」
「違う。その前」
……『わたしも』っつったか?
「まるで他にも悪事を働いてるヤツがいるみたいな言い方だな?」
「え、ええ」
ハトが豆鉄砲を喰らったかのような顔で、ベルーカは頷いた。何を当たり前なことを、とでも言いたげだが、俺にとっては心当たりなど全くない。
「ここしばらく、旧魔王領を中心として、勇者が町を占拠したり盗賊団を起ち上げたりすることが増えているんです。どうやら魔王の差し金らしいという話で、わたしも勇者たちを止めるために元凶である魔王を討ちにきたのですが、このざまで……」
「あらあら、陛下ったらワタクシが知らないところで、そんなことをなさっていたのでございますか?」
「知らねーよ! じゃあ何か、追い返した勇者どもが俺のためとか言いながらあっちこっち荒らし回ってるってのか!?」
あ、あいつら、おとなしく帰ったフリしてぜんぜん諦めてなかったのか。しかも、悪いことすれば魔王に気に入られるかも、とか勝手なイメージを押し付けやがって!
「てっきり、あなたの命令で勇者たちが動いているものと……本当に知らないんですか?」
「一言も命じてなんかいねーよ! 「帰れ」しか言ってねーよ!」
ベルーカが驚いた顔をしているが、それどころではない。ここ最近、勇者の襲撃が増えてるとは思っていたが、追い返した連中が騒ぎを起こしてやがったのか。
頭をかきむしる俺の姿を見て、本当に何も知らないと納得したようで、ベルーカの顔に心配そうな表情が浮かんだ。
「あの、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃねーが……とにかくそういうわけで俺は勇者を引き取るつもりも、引き取ったこともないんだ。あんたの拘りに付き合えなくて悪いが、帰ってくれよ」
「陛下、少しお待ちください」
力なく椅子の背もたれに身を預けて追い払おうとする俺を、クモが止めた。
また引っ掻き回すつもりか、と睨み付けるが、クモの表情は思いのほか真剣だ。
「出てきて初めて真面目なことを申し上げますが、彼女は手元に置いておいた方がよろしいかと」
……ふざけてばっかだった自覚はあったのか、ってのはさておくとして。
「どういうことだよ」
「ベルーカさまのお話が本当なら、御身に危険が迫っているからでございます。陛下ご自身がおっしゃったことでございますよ。勇者を使役しているなどとウワサが立てば、再び戦争を起こすつもりだと誤解されるではありませんか」
「待て、勇者どもが悪さしてるのはヤツらの自己判断だぞ。俺は勝手に名前を使われてるだけで……」
「それで信じてくださればよろしいのですがねえ。世の方々は逆に解釈するでしょう。反応として予想されるのは……」
言いながら、クモは指を立てて見せる。
まずは一本。
「その一。さっさと降伏してしまうヘタレ魔王が、ようやく戦争に前向きになったと喜んだ元家臣の皆さまが担ぎ上げようとする」
「…………ぐぅ」
ありありと想像することができた。
アダマントとの戦争では徹底抗戦を主張する家臣も結構な割合がいて、奴らはミスリラの降伏で終戦が決まった後も野に下ってテロリストとして活動していた。
一度だけ勧誘に来たことがあって、そん時には蹴り帰したんだが、俺が戦争に前向きかもしれないような気がしないこともないと聞きつければ、また盛り上がるだろうなぁ。
俺が黙ったところで、クモは二本目の指を立てる。
「その二。せっかく平和が訪れようとしているのにまた戦乱を起こそうとしているのか、と義憤にかられて陛下を討たんとする方々が現れる」
「わたしもそれに当てはまりますね」
横で聞いていたベルーカが納得した風にうなずいた。
この手の敵は何もなくても定期的に襲ってきてたんだが、数が増えることになるのかと思うと頭痛がひどくなりそうだ。
「その三。とりあえず陛下が嫌いだから、これを機会に殺っちゃおう!」
ひでえ話もあったもんだが、意外と一番可能性が高い気もする。
本来なら降伏後の敗戦処理で処刑されててもおかしくない身だ。なんとか生き延びたが、機会さえあれば俺を殺したいと思ってる人間も多かろう。今の魔王とか、アダマントの王とか、国を動かす大義名分だと喜ぶかもしれない。それにしてもひでえ話である。
「……と、いうわけでございます。今後の不安があまりにも大きい以上、お傍に勇者がいるというのは大きなアドバンテージなることでしょう」
「おお!」
完璧な論理だ、とでも言いたげにベルーカが瞳を輝かせた。
これで希望通りに引き取ってもらえると思っているのだろう。……個人的にはまだ乗り気ではないが、クモの話に説得力があるように感じたのも確かなわけで。
「……だあもう、分かったよ!」
悪あがきしようかとも思ったが、じっと見つめる女二人の視線を受け、俺は白旗を上げた。
「ただし、状況が改善するまでだからな」
「はい! ありがとうございます!」
まったく理解できないが、ベルーカは心底うれしそうに返事をして、クモにとびついた。
「あなたもありがとう。おかげで、勇者として面目を保つことができます」
「くぷぷ、それは大変よろしゅうございました」
手を取り合ってよろこびを分かち合う女たちを横目に、俺は深々とため息をついたのだった。
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