第二話 勇者は仲間になりたいようだ

 こんなタイミングだが改めて自己紹介すると、俺は元魔王である。

 もう少し詳しく言えば、魔術に長けたミスリラ族の国の王だった男だ。

 なんで『元』だの『だった』だのと過去形なのかと訊かれると長い話になるが、簡単に言ってしまえば一言で済ませられる。


 戦争に負けたから、だ。


 もともとうちは戦争好きな国と知られていて、いくつもの国やら民族やらを時に滅ぼし時に服従させてきた。ところが、そんな強国ミスリラに屈することなく戦い続けてきたのがアダマント国だ。

 特に大きな国というわけでもないのだが、やつらには切り札として『勇者』と呼ばれる超戦士が存在した。神から加護を授けられた勇者は、一人一人が一騎当千の戦闘力を持つ化け物だ。

 俺たちには先祖代々伝わる魔術の秘術があったが戦力は互角が精一杯で、戦争は泥沼化。終わりの見えない戦争に嫌気がさしていた俺は、イケイケどんどんな親父が戦死したのを幸いと王位を継いで早々に降伏を宣言したってわけだ。

 その結果、魔王の座にはアダマントが選んだ新王が着き、俺は辺境の森で静かに余生を過ごすこととなった。


 とどのつまり、何が言いたいかというと、だ。

「俺はもう隠居したの! 若隠居ライフを満喫中なの! 戦意も野望も捨てたし、臥薪嘗胆や捲土重来だってやんない。だから、勇者なんか飼うつもりはないんだよ」

「これは勇者の掟なんですよ。敗北した者は自身の全てを勝者に捧げなければならない、と」

「そんなの知らねーよ」

 こんなやり取りがずっと続いている。

 不名誉ながらも平和なスローライフを送りたい俺としては、勇者なんて面倒以外の何者でもないんだが、ベルーカは土下座したまま頑として譲らない。

「仲間とか配下とか贅沢は言いません。奴隷として、好きにしてくれればいいですから!」

「女の子がそういうこと言っちゃダメだろう!?」

「勇者となった時点で女であることは捨てたつもりです」

「捨ててたってダメだろう!」

「あなたのものにしてほしいとお願いしているだけじゃないですか。わがまま言わないでください」

「なんで俺が悪いみたいになってんだよ!? だいたいな、考えてもみろ。『元魔王が勇者を従えてる』なんてウワサが広がったら? また戦争を起こそうとしてんのか、と誤解されるだろ」

「そんなの、あなたの都合じゃないですか!」

「世界平和がかかってんだよ! ってか、俺の都合だとしても尊重しろよ!?」

 負けた側だとは思えない強気な態度で暴論をまくしたてるベルーカだが、俺としては当然に納得がいかない。何で戦いに勝ったのに譲歩しなきゃなんねーんだ。

「僭越ながら陛下」

 頭を抱える俺を見かねたように、静かに控えていたクモが歩み出てきた。ありがたいことに、助け舟を出してくれるようで……

「受け入れて差し上げればよいではございませんか」

 ……助け舟は敵に届いた。

「年端もない少女が恥を捨てて頭を下げているのです。こんな美味し……おもしろ……胸が熱くではなくて胸をつく姿を見せられては、興奮もとい共感してしまうじゃありませんか」

 そっとベルーカの肩へ手を添えるクモだが、色眼鏡超しにも目を輝かせているのがよく分かる……どころか本音ダダ漏れだった。

 このアマ、他人事と思って楽しみやがって。

「くぷぷ、敗北した美少女勇者が魔王に向かって好き放題してくれと懇願する。これだけでご飯三杯はいけますよ」

 何がいけるというのか。

「ふざけんな。俺は知ってんだかんな。色香に惑わされて手を出したら最後、どっからともなく怖いニイちゃんが出てきてステンコテンにされんだろ」

「美人局に引っ掛かるのも、殿方の甲斐性でございます」

「甲斐性なんざ、王冠と一緒に捨ててきたわ!」

「む! わたしには捨てたって駄目だと言っていたのに。差別です」

「本物の差別主義者にあやまれ!」

 もうグダグダだ。自分でも何を言ってんのか分からなくなってきた。

 まったく。勇者ってやつはどうして、面倒くさいんだよ。

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