第3話

3.




一月経った。


Kへのテレビ取材の後、収録された映像がTVで流れることはなかった。



その代わり、T商事は脱税、粉飾決算、インサイダー取引に贈賄と、会社が起こしそうな不祥事


をすべて起こし、セクハラ、パワハラによる社内「シンクロ」の問題まで取り上げられ、アッという


間に倒産してしまった。




経営陣は連日記者たちに追い掛け回され、何度も謝罪会見を行うも効力はなく、会社の行った


犯罪のあらゆる証拠がマスコミによって世間にさらされた。


僕達も出社したところで仕事にならないため、自宅待機の指示があったが、さっさと次の仕事


を探したほうがよさそうだった。





僕は、事の急展開について行けず、ぼーっと過ごしていた。



しばらく、何もせず過ごそうと思い、本を何冊か買ってきたが、全然頭に入らなかった。


読書はあきらめ、僕が次に見つけた時間つぶしは散歩をすることだった。



僕は自宅周辺の散策から始め、何キロも歩いて一日をつぶした。




今まで、「シンクロ」で他人と密につながっていた反動か、他人と一言もしゃべることのない生活


が妙に心地よかった。



僕は、どの場所でも、ただ歩いて通り過ぎるだけの存在であること、ちょっとした旅人気分を楽


しんでいた。




そんなある日、突然Kから連絡があった。



「会って食事でもしませんか」、という何でもない文章だったが、僕は声を上げて驚いた。


数日後、一緒に昼食を、と約束をしたものの、本当にあのKからの連絡なのか信じられない思


いだった。




当日、僕は早めに約束のレストランに行き、飲み物だけ頼むと隣りの公園がよく見える窓辺の


席についてKを待った。


あの女性アナウンサーとの「シンクロ」で、一体何があったのか聞いてみよう、と心の中で決め


ていた。




Kはスルっと店内に入って来た。


かなり痩せた印象だったが、相変わらず爽やかな印象だった。


何か、憑き物が落ちたかのような、すっきりした表情だ。




すぐに僕を見つけると、にこっと笑い、さっと手を振ると足早にこちらに向かって歩き、すとんと


僕の対面に座った。





「どうもすみません。お呼びたてしてしまって。」




「いやいや、全然問題無いよ。むしろ、声かけてくれてうれしかったよ。でも、なんで僕?」



「Yさんにだけは話しておこうと思いまして。」



「何?」



「あの、TV取材の時の事です。」




僕にだけは話したい、という点も気になったが、こちらがなんと切り出そうか考えていた事を、K


から言い出したので、丁度良いと思い僕はかぶせるように言った。




「そうそう!結局なんだったの?あれ?


あれから会社もおかしくなっちゃって、なんか関係あるの?


あれでテレビ局を敵に回したとか?」






Kは少し悲しげに微笑むと、続けて言った。






「「シンクロ」って、双方向性の緊密なコミュニケーションなんですよね。


こちらの感情や情報が相手に伝わる分、相手のそれらもこちらに伝わってくる。


その影響からは逃れられないんです。」





「うんうん。」




思っていたよりはるかに饒舌に話をするKを、意外な思いで見つめながら僕は先を促した。


そういえば、T商事の社員だった時、僕達は挨拶と「シンクロ」以外、普通に会話していない事


に気づいた。


ろくに会話をしていない相手なのに、打ち解けて話せるのは、やはり「シンクロ」の効果だろう。





「僕は毎日、嫌々ながら会社の役員達と「シンクロ」をさせられていました。


彼らが気持ちよくなるために。


でも、彼らからは社の機密情報や、汚れた感情、灰色の欲望が僕に流れ込んでくるわけです。


もう、それは口に出すこともできないような様々なモノが。」




「そ、そうか。」





僕はKとのディープキスを思い返して恥ずかしくなってきた。


Kとなら付き合いたい、という僕の気持ちもKに伝わっていたに違いないからだ。


Kは続けた。



「会長や社長や、あのT商事の役員達は、皆ひどく利己的で、排他的でした。


また、利害関係が一致しない相手に対しては無駄に攻撃的で、・・・・・そうでなければ出世はで


きない、と信念のようなものまで感じました。


そうやって自分は出世してきたのだ、という。」



「僕も徐々にそういった精神の影響を受けて、攻撃的な衝動に毎日苦しんでいたんです。」





「そうだったのか。」





だから、憔悴していったのだ。役員達がKとの「シンクロ」を楽しんだ分、Kは彼らのうす汚れた


精神に蝕まれていたのだ。




「そんな時に、あのTV取材が入りました。あの女性アナウンサーは、彼女は・・・・、」




「僕はあまり恋愛経験がないものですから、あんなに奔放な、・・・・というか、無節操で滅茶苦


茶な経験と考えを持った女性に出会ったことがなくて、驚きました。」




「へえええ」




そういえば、あのアナウンサーはスキャンダルが多くて有名だった。




「そして、何よりも彼女の邪魔な他人を排除しようとする真っ黒な心、実際に何人もの人間を平


気で利用し排除してきたその記憶は、恐ろしかったしショックを受けました。」



「え・・・・そうなんだ。そんなに・・・・。」



「で、彼女を慰めているうちに僕は彼女の影響をうけて、今度は僕の怒りが抑えられなくなって


しまったんです。


怒りの衝動の駆られて、ずっと抱え込んでいた怒りの元・・・・・会社の役員達から受け取ってい


た会社の不正の情報を、彼女に伝えてしまったんです。」




「ああ・・・・・。」




Kは、ふふっと寂しそうに笑った。




「彼女も驚いていました。


でも、キスの直後はただただ取り乱していただけでした。


自分を僕の目で客観視してしまい、あまりの醜さに驚いたんでしょうね。


後日、落ち着いて考え、僕から受け取った情報が、恥をかかされた僕への復讐になると思い、


TV局の報道部に伝えたんでしょう。」





「なる・・・・ほど・・・・・。」




そうだったのか。


側で見ていて何もわからなかった。


でも・・・、






「でも、どうして僕に?」






Kは少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら言った。




「Yさんだけなんですよ。僕を心から心配してくれたの。」




「え?ほんと?」




そうだった。憔悴するKが心配で、「シンクロ」の時に「大丈夫か?」と必死に問いかけていたの


だった。



それにしても、心配していたのが僕だけだったとは。


なんてカイシャだ。



「口先だけでなく、心の底から心配してくれた。


力になるぞと伝えてくれた。


だから今日来たんです。


こう言いたくて。」




「?」






Kは、初めて見る満面の笑みを浮かべた。







「大丈夫です。ありがとう。」







こんな顔で笑うんだ。


へえ結構笑い皺が出るんだ。


でも、子供みたいな笑顔だな、と、僕は思った。



二人でしばらく笑いあった。


Kの笑顔を見ながら僕も笑っていると、気持ちが力強くなってくるのがわかった。



今は、このホッとした気分を二人で共有できている事がうれしかった。



「どうです?


今後もこうやって、時々会って食事しながら話しませんか?」



Kが楽しそうにそう発案してくれた。



「ああ、いいね。


よろこんで。」



当然、僕もそう答えた。


僕達は、しばらくの間、やって来た食事に手も付けず、お互いに触れ合う事もなく、ただただお


互いの笑顔を見ながら笑いあった。








僕達は大丈夫な気がした。










END

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シンクロ @yumeto-ri

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