030 湯気の中からこんばんは 前編(視点:ジュリアン王子)




「ウヒヒ。いや実に痛快になる1日であった。今日に行われた婚約発表も晩餐会のお披露目もすべての手柄はこの僕がいただいたのだからな。僕をこれまで散々にこきおろしていた貴族の連中にこれで一泡を吹かせてやったと思うとスカッとした」




それと父上からは帰り際に本日の大役に対して労いの言葉をいただいたことに、僕は天にも上るウキウキとした気分となっていた。



「この大成功を収めたのも、ハルカがいて僕をサポートしてくれたおかげだ、今回の働きには心から礼を言うぞ」



エスコート中で隣にいたハルカを振り返って見ると、晩餐会のもてなしが終わった夜の時間は10歳の子供の体にはきつかったようで、先ほどにはショボショボとした目が今ではついに閉じられるようになってしまい、かなり危なっかしい足取りで何度かよろけながら僕についてきていた。



「ちぇ、僕がとても良い気分になっていたというのに。ええいもう、ほらハルカ、父上からはお前のエスコートを頼まれてしまったのだから、もっとしっかりと歩け」



「んあぁ、分かってるぅ、、、でもこの時間、とても眠くてぇ~、、、フアァ、ムニャムニャー(ウトウト)」




フラリ~、フラリ~、ヨロリ、ヨロリ。喋っていたそばからハルカはせっかく開いた瞳をまた再び閉じてしまい、その様子からして夢の住人となるのも時間の問題ではないかと思った。



「足取りも覚束ないようじゃないか、、、よし、今日はお前に大サービスだ! よく聞くんだハルカ。これからお前を僕の背中へおんぶしてやるぞ」



僕はハルカの前で座って見せて背中を見せると、そこへかぶさって乗るようにとハルカに指図を出した。



「こんなことは、これまではしたことはないけれど、これからは僕の婚約者なんだからおんぶをしてやるのだ。それに僕はいま特別に機嫌が良いんだ。今日は僕の人生でとても良き日となった記念日となったのだからな、その手伝いをしてくれた僕からの特別なお礼なんだと受け取れ」



「いいのか、、、なんか悪いな、、、あれーオレの目がおかしくなったか(ゴシゴシ)、ジュリアンの背中が、やたらに大きく見えてるんだけど、、、こいつ、いつの間にオレより大きくなっていたんだ(ボンヤリ)、、、まあどうでもいっか、後は頼んだぞー(ムニャー)」



「まてハルカ、その言い方を聞くと僕はおまえより小さいと言われているじゃないか。それにお前とはこの前に出会ったばっかりで(ハルカはもう僕の背中でグーグーと寝ていた)、って、おいハルカ、起きろってば、、、ハァだめだ、もう応答をしないや、、、たぶん夢を見ていたのだろう。さあ立つぞ、よっこいっしょっと」



あれ、、、ハルカは意外と軽いんだな。これだったらなにも、おんぶの形ではなくてお姫様だっこでもいけていたかもな。



そのうちにハルカにあてがわれている部屋まできてベットのある部屋まで運んでやると、ハルカはもう限界だと言わんばかりに着ている服を乱暴に脱ぎ始めた。



それを見て僕は慌ててその部屋から出ることになった。僕はこうしてエスコートの任からようやくに解放をされのだった。父上から直々に任されたこととはいえ、まったくのやれやれになる。




僕は自室へと引き返してベットの上に体を預けるととたんに欠伸が出るようになった。僕は今日一日の出来事を考えた。



「ハルカはもう夢の中なんだろうな。僕も疲れてはいるが大人だからすぐに寝ることもないけどとてもくたびれたな。それにしてもハルカのやつ、魔王討伐祝賀式典といい、晩餐会場のときもそう思ったけど、なぜあれほどまでに完璧にやってのけていたんだ? それをいったいどこで身につけたんだろうか? さらに驚くべきことは異国の挨拶までマスターできていたことだ。まあそのおかげで隣にいたハルカからアドバイスを受けて無事に切り抜けることができたのだから文句の一つも浮かんでこないのだがな。なんだかんだと言ってもハルカには助けられっぱなしだな」




僕は幼きころより数々の不祥事を重ねて起こす有名人であった。とくに成人をしてからというものは僕の廃嫡問題も危惧される毎日を送っていたので、今日の対外的な婚約発表と婚約挨拶は僕の評価が一躍に有名になったので僕にとってまさに渡りに船の成果になったわけだ。それもこれも父上とハルカの二人の尽力があってこそ初めてにできた芸当だったのだ。




「ハルカには面と向かって言えないが感謝をするしかないではないか。でもこのようにして考えてみると国内にも海外にも明るく精通している事情を持ったハルカは誰なのだろうか? 僕が分かっている情報はといえば魔王城に補囚されていたショックによる記憶喪失でそれ以前の記憶が失っていることのみだ。今日に出会った国内の有力貴族たちも国外のVIPたちもハルカを見知っていた人は誰一人もいなかった。あんなに目立つ容姿なら知っている者が現れるかと思ったけどそんなこともなかった。これでは手がかりになる情報が、ないで、、、は、ない、、、ぐう、ムニャムニャ」













カッポーーーーンッ



ジョボジョボジョボジョボ、ジョボジョボジョボジョボ、ジョボ、、、 、、、




ここはキャッスルホテルの最上階に用意された24時間稼働している王家専用の浴場になる。



あれから僕は今日の疲れがどっと出てしまったのか、ハルカのことを笑えないほどにベットの中で爆睡をして寝てしまっていた。そして夜がとっぷりと過ぎた深夜ごろにまた目が覚めてしまい、まだ疲れが重たく残っているために僕はお風呂に入ることにした。脱衣場にやって来ると僕一人しか使っていないことを確認して、それから浴場へと入っていった。




ガラガラ、ガラッ



引き戸を開けて入ると視界が見えなくなるほどに湯気がもうもうと勢いよく脱衣場に侵入をしてくる。



「これは湿度の管理がまるでなってはいないではないか。普通は入浴をする時間ではないのはわかるのだが、この件は後でホテルに苦情を言ってやらなければな」




それから今日一日の魔王討伐祝賀式典と晩餐会の両方ですっかりとくたびれた体に桶を浴槽に浸してひとすくいしたお湯をかけた。それからこの大きな浴槽の中へザブンと僕は勢いよく飛び込んでいた。



「くうはっあああーーーいっっきかえるなーーー」



肩までお湯につかった状態で四肢を伸ばして脱力すると、体は自然とぐでんとしてしまった。




あー、きっもちいいー



、、、



、、、



ハー



、、、



、、、



ガラガラ、ガラッ、



突然にお風呂場の引き戸が開く物音が聞こるようになった。




「ん? この夜更にいったい誰がやってきたのだ?」



思い当たる人物といえば、、、そうだ、父上だ!



この時間まで国務で働くなんてさすがは父上。そうなら是非に父上のお背中を僕がお流しをしてさしあげよう!!




僕は失点王子と揶揄されている問題児であるが、そのすべての主な原因を辿っていくと父親にいいところを見せつけたいといった動機が多くの理由を占めていた。父上はいつも忙しく僕とのスキンシップが作れないので重度のファザコンになってしまったのである。そんな僕がこの一大イベントを見見逃そうとするはずがなかった。



さっそくに僕は、湯船の中から勢いよく立ち上がって洗い場にいるはずの人物へ急行していく。






「夜遅くまでご苦労さまです、僕がそのお背中をお流しいたします!」



湯気の向こう側で体を洗おうと準備に取り掛かり始めていた人物にそう声をかけた。しかし相変わらずの湯気の中で動いているしかわからないこの人物のディテール像には当初からおかしな点があると気づくようになった。その人物のシルエットは僕が近づくと大きく見えるどころかより小さく見え始めていたのだ。



これは父上ではないことを知って僕は慌てて湯船の中で急ブレーキを試みるも、全力中の足を強制的に止めたためにツルリと足を滑らすことに繋がってしまい、盛大な水飛沫を上げてハデにコケることになってしまった。






ドボボボボボーーーーン!!!



ガボ。ガボ、ボ。ガボガボ、ガボガボ、ガボッ、ガボボ



「げへげへげへン、エーへエーへ、げへげへげへげへ」




湯船のお湯を気管に飲み込んでしまい、むせった鼻や口から吸い込んでしまった水を吐き出して咳き込んでいるうちに僕の近くには人影が現れていた。



「おい大丈夫なのか、そんなに慌てて走ることもないのに。いまドボンと派手に転んだけど頭など打ってはいないだろうな?」




その声色からはどうやら人影の人物がやはり父上ではないことを教えてくれたが、このように気取らずに親しみを込めたその物言いをする人物は僕の知る限りはほんの一握りだけだ。しかし現状ではむせっている最中でそれを思い出す余裕を与えてはくれなかった。そのうちにその相手がむせっていた僕の丸まった背中を優しく擦ってくれていた。

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