028 世界のVIPが認めた婚約者




これまでの魔王討伐祝賀式典の総括としてジュリオ王がサプライズで発表をした息子のジュリアン王子とハルカとの婚約発表に会場内ではジュリアンに続いてハルカの登壇があるものと今か今かと期待をしてこれを待っていた。だが一向に現れてこない状況にとうとうしびれを切らしたジュリオ王が、



「どうやら娘となるハルカ嬢は余が予想するよりもとても恥ずかしがり屋さんのようだ。さあジュリアンよ、お前があの裾まで行って愛しい婚約者をエスコート、、、 、、、ン、ン?」




、、、ザワ、、、ザワ、ザワザワ、ワァー、ワァーー、ワアアアーー



ジュリオ王はジュリアン王子を向かわせようとしたその矢先に聴衆側からざわめきの声が巻き起こるようになっていた。やがて会場全体にも大きなどよめきが満ちるのを感じたジュリオ王はその場を振り返るとビロード幕の裾の前に立つ少女のハルカの姿を発見していた。しかしハルカはそこから動くことはしなかった。




「父上。ハルカはどうやら緊張でビロード幕から出てきたのがやっとの様子。もしや足が竦んで動けないのではないでしょうか? もしもお許しをもらえるのでしたら父上が言いかけたように僕がここまでハルカ嬢をエスコートをして参りましょう」



この進言はハルカを案じて心から言ったものではなく単にジュリオの関心を引こうとしていっただけである。そのことがわかるようにジュリアン王子はハルカを見て尚もニヤニヤとした顔をしていた。




「まあそう急くな、ジュリアンよ。俺が見たところはハルカ嬢は毅然として立っており震えてなどはいない。ハルカにはなにか考えがあるのかもしれん。あれの思う通りにしばらくはさせておけ」



「プッあいつが? それは買いかぶっているだけなのでは?」



「フウ、おまえはもう少しハルカの評価を改めるのだな。ひょっとして俺は良い買い物をしたのかもしれん」



「す、すみません。浅慮からまた少しものを言い過ぎました」



ジュリオ王から反省の言葉を促されるとジュリアン王子は見る見るうちに意気消沈をしてしまっていた。





一方のハルカは未だにビロード幕の裾にいた。式典の会場内ではジュリオ王がジュリアン王子の婚約者を発表してからかなりの長い時を待ちあぐねていた会場内の人たちはその姿がついと現すと衆目が一斉にこれへと集められてその一挙一動に関心が払われていた。



そしてハルカはまず会場の人たちへ向けてその場でドレスのスカートを両手で少しつまみ上げてからこれまでの非礼をお詫びする姿勢で一礼をとっていた。それからは会場の視線に怖気づくこともなく笑みを浮かべ続けながら教養のある優雅な仕草で歩行をしてジュリオ王の横に並んで立ち止まることになった。




「この会場内にいらっしゃるみなさま方、この度は身共にジュリアン王子さまの婚約者として紹介の機会を与えられたことにこの上もなく感謝をいたしております。わたくし婚約者のハルカはまだかように幼くて人生における若輩者ではありますけれど、これからはその婚約者に恥じない者として誠心誠意これに努めて参る所存にございます。ここにいる皆様方からは格別となるお引き立てのほどをどうぞよろしくお願いいたします」



短いスピーチを終えたハルカは優美なシナを作りいま一度の挨拶を会場にして見せていた。また身を起こすときには年相応になるエンジェルスマイルでこれを振りまいて見せていた。






さて会場の反応はどうだろうか。予定にはなかったオレのスピーチは果たしてうまくいったのだろうか? 実はオッサン(ジュリオ王)から聞いていた事前の打ち合わせでは先に紹介されていたジュリアンと同じく簡易な挨拶程度で留めておく予定であったのだ。




、、、パチ、、、パチ、パチ、パチパチパチパチ、パチパチパチパチ、パチパチパチパチ、パチパチパチパチ。




会場はふたたびどよめきを起こしていた。




「これはお見事なスピーチだ。あの少女はハルカ嬢と言ったか、覚えて置かなければな。ジュリオ王め、まさかこんなサプライズを用意していたとは。あのハルカ嬢がなかなか出てこなかったのもどうやら演出ということか。まったくジュリオ王は式典を最後まで飽きさないために面白い余興を用意していたものだな」



「あの少女の立ち振る舞いを見ると宮廷作法を身につけている様子だわ。それも一挙手一動足が完璧となる仕草で減点がありませんもの。あのハルカ嬢はこれまでに見たことはなかったのにジュリオ王の秘蔵っ子ということなのかしら」



「たしかに社交界ではハルカ嬢を見かけたことはありませんな。もっともデビューをする時期にはお歳が少々お早すぎるようで。まああのご様子などではなんの心配もいらなさそうで、これでこれから成長期を迎えるとは、いやはや末が恐ろしくもありますよ」



「我々世界の指導者を目の前にしてもそれに恐れをおくびにも出さぬとはなんと豪胆なものよ。この国の近い将来が実に楽しみとなりますな」



「そうですな。あれほどの器量良しの婚約者がジュリアン王子の奥方になるとはジュリオ王がとても羨ましいですぞ(クソッ! 失点王子ともなれば廃嫡してこの国も容易く御せるものと思うていたのに! あの少女が未来の王妃に収まるとなるともしやこれからとんでもないことになるぞ!)」



「さらにあのものに備わっている容姿はどうだ。髪は揺れ動く度にサラサラと舞揺れるほどの見事な銀髪で肌はこの世のものとは思えぬほどに白すぎて、これは伝承のみに伝えられる古代の美しい妖精がこの世に再現されたかのようではないか」



「然り、然り」



「さもあらん」



ハルカを見る人たちからは概ねの高評価でその感想を濡らした声が方々から次々と拍手が上がってくるようになった。




オッサン(ジュリオ王)の表情をチラリと伺うとオレがこのミッションをヤツの期待以上にこなしたということが見て取れる。このような所作のお手本は遡ると勇者ハルキであったときに催された幾度も行われたパーティで飽きるほど見てきた王侯貴族の令嬢たちの挨拶を模倣したものであった。






熱気のあった会場内が次第に落ち着きを取り戻してからジュリオ王が最後の言葉に力を込めた。




「諸君! 我々はあの勇者ハルキを、けっして代えることができない人物を、惜しくも失ってしまったことは、ひどく残念ではあり悲しくもある。だがこのように次代を担った素晴らしい若い世代がいる将来に、共にして喜び合おうではないか!」



ジュリオ王が言い終わると会場のそかしこからはまた、盛大な拍手の喝采が巻き起こったのだった。









その会場内の観衆が総立ちをして万来の拍手が響き渡っている最中に会場を立ち去っていく人物がいた。その人物は用意がされていた馬車に乗り込んでこれを走らせてから周囲にいたものたちに向かってこう言い出した。



「つい昨日まではあのようなサプライズの発表があるということを王はおくびにも出していなかったがこれはまた一体どうしたことなんだ?」



そう呟いた人物の左腕からは古い時代に作られたと思われる精巧に彫られた金色に光る腕輪が煌いていた。




「大会関係者に直接聞いた話の限りでは彼らもこのサプライズの話は寝耳に水のようだったそうです、閣下。これはもしや我々の計画が王家に濡れ聞こえてでもして、このデイルードにその一手を打ってきたというところでしょうか?」



その人物の横に控えていた男は小声でそっと質問をした。



「なにその点の心配は今のところはあるまい。これで王子の周辺には新たに余計な人物が増えてしまったが、なに小才が回るとしてもたかだか10歳程度の小娘にすぎん。我々の遠望なる野望の前にはそうたいした影響は与えんさ」




その件の話はもう興味を失ったのかその人物は馬車から見える風景を眺めながら、



「そう言えばルスタの件はどうなった? 手はず通りに首尾よく逃すことに成功をしたのか」



「もちろんです、閣下。王家はルスタが未だ学校にいるものと信じ込ませる情報を与えて続けておりますので」



「あれも今は使える駒だから大切にせんとな。であるならば事は順調のようだ。お前たちは引き続きジュリオ王とジュリアン王子の内偵に当たってくれ」



「ハハッ!」




馬車の中にいた人たちは意を得たりとして皆頷くのであった。

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