026 オッサンの泣き落とし術




「ハルちゃん、無事なようでほんとうによかったんだよ~」



キャッスルホテルのハルカの寝室の部屋ではハルカと再会を果たしたシエルが肩を抱きながらずっとこうして抱きしめられていた。近くには付き添いでやってきていたエンターと執事のロイスも同席していた。




昨晩の頃にシエルがいる小春日和亭にキャッスルホテルからの急使がやってきてシエルにある封書が届けられていた。その封書の文面を見ると「ハルカ嬢はある事故によりこちらで預からせて頂いているので明日にこちらのホテルまで連絡を取られたし。なおハルカ嬢は軽傷」とジュリオ国王の直筆の文面とサインが記されていたのだ。




「また心配をかけたね、シエル本当にごめんよ」



「いいの、ハルちゃんがここににいることがわかったんですもの」



病院を出た日にひと騒動があって次の日にはまたこれである。オレは心配ないけどシエルにとってはハラハラドキドキものだったろう。シエルには心配のかけどおしになる。




「あそれとエンターさん。皆さんたちにもご迷惑をおかけしたようですみませんでした」



「君もとても大変な目にあったみたいだね。とにかく無事な様子だったのでよかったよ」



努めて笑顔を作ってはいたけどエンターの顔に緊張が無くなることはついぞなかった。先程からエンターは身の置き所がないのかキョロキョロとしていて所在が落ち着かない様子であった。それもそのはずでこの部屋にいるのは俺たちだけではなかったのだ。



このキャッスルホテルにはその玄関前から要所要所に国王陛下のために近衛兵たちが配置されていて、オレのいるこの寝室にも角々に配置をされていた。ホテルであるはずのここは物々しい警戒態勢で一変して王城に登城しているかのような錯覚を醸し出していた。




「失礼をいたします」



侍女が入ってくると執事のロイスに近づいて耳打ちをしていた。するとロイスは扉の場所まで移動してこのように言った。



「ジュリオ王の、おなりでございます」




ギギギギギー、、、




シエルとエンターはそれを見てごくりと緊張するがそれもそのはずで、普段は王城遠くのエントランス以外では拝見することができない象徴のジュリオ国王が、自分たちに向かって歩いてきているのだ。二人は思わず頭を下げようとしたが、




「まてまて。余が、いや儀式用語もここでは要らないな、俺がそのジュリオ王だ。二人とも頭を下げないでくれ。俺がここにこうしているのはお前たちと私的に会うためなのだからな。ここは気を楽にしてまずはくつろいでくれたまえ。さて、まずはハルカ嬢がここへ運ばれた経緯についてなのだがーー」




そこから先のジュリオ王の説明は少々クサくなるお話だ。シナリオの上では王領地の森から抜け出してきた白い大鹿がオレと接触をしてしまい、ジュリアン王子がこれに気づいてここまで運んで一晩これを介抱していた、といったストーリーになる。



実際はこれとは違ってジュリアンの乗る白馬がオレを跳ねてしまったことが事の真相なのだが、事が事なのでジュリオ側との話し合いの元に体よく改変されたシナリオなのだ。お互いが納得している部分ではあるが今回の主犯格のジュリアンが良い人になっているのが些か癪に触る部分だ。




「ーーーといったわけだ。なおハルカ嬢には我が国における最先端の治療を施し万全の体制でサポートするので安心をめされよ。治療期間中においては俺のほうでハルカ嬢を預かることになるのだが、これについて保護者のシエル殿に同意をとりたいのだがいかがであろうか?」



「はい~ 陛下のおっしゃるとおりにしてかまいませんです~」



「そうか、そうではあるか。では今後についてのいくつかの説明があるので、執事のロイスと共に別室の貴賓室でくつろがれよ」




その去り際にシエルとエンターがそれぞれにオレに声をかけた。



「ハルちゃんの具合もあるし~ 今日はこのへんでお邪魔をしておくね~ エヘヘ、ハルちゃんが元気そうだったのが本当に良かったよ~」



「国王陛下からのせっかくのご厚意なんだ。こちらの心配はしないでこの間はゆっくりと養生に専念をするんだよ」




それから執事のロイスの案内でシエルとエンターは別室へ退場していった。ジュリオ王はこれを見届けたあとにこの部屋を角々と詰めていた近衛兵に聞こえるようにして、両手をパンパンと打ち鳴らす合図をした。




「これから余が呼ぶまでは、みなドアの外側で待機をしているように」



「ハッ! 了解であります、陛下!」



近衛兵たちは命令されたとおりに迅速に対応をして出ていくこととなった。そしてこの寝室にはハルカとジュリオ王の二人だけになったようだ。




(オッサン、なにか内密になる話でもするのかな?)



他人に聞かれたくない話をこれからしようとしているのだろうか?






「ハルカ嬢。これから話すことはすべて他言無用でお願いしたいと思うがよろしいかな? それというのもこれは非常に高度な政治問題も絡んでいるのでな」



こう切り出したジュリオ王の返答にオレは訝しみながらもこれに頷き返した。ジュリオ王はオレを確認してから重くなった口調で話の続きを始めていた。




「まずはこのデイルードの都市に関わる問題を話すことにしたい。このデイルードは魔王討伐を経て各国の軍隊が引き上げた後も、盛んに大規模な再開発が行われていることは知っているかとは思うが、実は近い未来にこの都市を大陸でも一番大きな国際中継貿易都市にする構想の計画が持ち上がっているからなのだ」



「へえー、そんな計画があったなんて知りませんでした」



「この計画構想は余が以前より温めていたものだが単独での我が国の国家予算では難しくてな、今回の魔王戦でようやくに日の目を見たといったところだよ」



ここでジュリオ王はわざとらしい咳をすると一拍を置いてからその事情を話し始めた。




「さてここからがその本題になる。デイルード市は王家直轄の財産権の及ぶ土地でこのことから都市長は王族関係者から選出されることが早々に決まっていたのだが、今年に成人したばかりの息子のジュリアン王子になぜだか白羽の矢を当てられてしまったのだ。表向きには王位継承権を持つジュリアンに初代都市長として花を持たせるというのが名目になっているようなのだがな」




「えッ?? ジュリアンに都市長とか、とんでもなくムチャ振り過ぎるでしょ。確実に失敗を起こすのにあいつにやらせるなんて本気ですか?」



オレは思わずオッサンにツッコんでしまっていた。それはなんと無謀なことなのだと思った。このデイルード市はこの前までは魔王の脅威と戦っていた最前線の急造の都市だ。山積した問題は後回しにされて後任の都市長が任されることは誰が見ても明白だ。それをあいつに担わせるのは失敗が目に見えていた。




ジュリオ王もこれについては返答を控えてオレの不安に対して眉間に縦皺を立てながら憂いている素振りの顔となっていた。



「親からいうのもあれだが、息子のジュリアンは最近まで失点ばかりおこす困ったやつでな。ここ数年は鳴りを潜めていたが勇者ハルキを失ってからはどうやらまた分からなくなってしまった。これまでに親らしいことを一つとしてやれない償いとして、これまでに起こした数々の問題は全てもみ消してはきたのだが、あれが都市長として政治的な失敗をやらかしたとなると、あいつを救ってやることはもはやできなくなる」




続けて、ジュリオ王は爆弾を投下する。



「我が国の諜報部からの知らせなのだが、今回のジュリアン王子の都市長の決定には、ジュリアンを失脚させようとする勢力が糸を引いている様子なのだ。そこであれが間違いを犯す前にその手綱をしっかりと握ってくれる補佐役をつけておきたいのだ。俺の直感がこのように言っている。ハルカ嬢にはそうした万が一の時のためにあれの婚約者として、ジュリアンを見守ってやってほしいと」



チクタク、



チクタク、



チクタク、






このときから部屋の中では物音が一切響かない、柱時計以外に音のない世界となった。






オレはベッドの中で思わず頭を抱えた。



この話自体がハイリスクハイリターンの博打の内容に聞こえるんだから。



王族のそれもだ、王権の第一継承権を持つ王子とただのド平民の少女が婚約するって?



普通は絶対にあり得ないことだし場合によっては王は気が触れたと周囲に思われるのがオチとなる話だった。






だが、このオレは知っている。




このオッサン(失礼、ジュリオ王ことだ)が尋常ではない奇妙奇天烈なことを言い出すということは結果的にそれが大正解になるといった先読みとなる直感の能力の実績があることだ。




ああ、するとふーんなるほど、そういうことなのか。



へーえ、俺とジュリアンとがね。



婚約者になるというのが正しい正解というわけか。



、、、 、、、 、、、 、、、



まてまてッ、断固拒否をする! 抗議だ抗議!!




「私はド平民なんですよ。とても無理ですよ? 身分がとても違いすぎやしませんか?」



ジュリオ王はそれを聞いてもフンと鼻息で一蹴していた。



                                 

「ジュリアンが都市長にふさわしくない問題を起こすとその時は失政の責任を取らされて王位継承権を剥奪されるオチとなるのだよ。それならば例え望みが薄い賭け率であっても俺はハルカ嬢に賭けてみたいと思った。あのジュリアンがこうまで心を開いた相手はハルキを除いては君が唯一になるのだ、、、親バカの願いではあるがどうか我が望みを叶えてはもらえぬだろうか?」




気がついたらいつの間にやら片膝を倒して擦り寄っていてジュリオ王は俺の手を固く握りしめてオイオイと涙を漏らしていた。






あれぇ?



なぜだ、どうしてこうなっているんだ。




何かこう嵌められてしまった感も無きにしもあらずだが、俺にとってもジュリアンは弟も同然でここであいつを見放すといった選択肢も他にあるはずもなく。



ええい、もう! 、、、あぁ、、、仕方がない。



詰んでいたこの局面にオレは渋々と頷くしかなかったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る