025 失点王子の苛立ち(視点:ジュリアン王子)
「ウムム、今日は運が悪く獲物はさっぱりの結果だ。これでは我が父上からのお褒めとなる言葉をいただけるわけがない。誉れとなる大きな獲物がなんとしても必要とみたぞ。さてどこぞに何かいないものだろうか」
僕は遠くの周囲を眺めてはキョロキョロとして獲物となるものを注意しながらこれを探していた。今朝は早くからデイルード市城の外側にある王族御用達になる王領地の森へ狩りで来ていたのだがこれまでに捕れた獲物は小物のウサギでそれも2匹を数えるばかりだった。
実にがっかりとさせられる期待外れになってしまった成果はまるで日毎になる僕の悪い噂が狩りにまで影響が及んでいるかのようだ。
人は僕を見ると指をさしてあざ笑った。あそこにいるのは“失点王子”なのだと。
僕の名前はジュリアンだ。この春で15歳になってようやくに成人をして大人の仲間になったばかりだ。父上はジュリオ国王でつまりは次期国王で現王子の立場となる。
しかし僕を次期国王と公言して推すものはだれもいない。これまでに色々とあった不祥事の悪い評判が今日の評価を生んだと言っても差し支えがないだろう。
遅まきではあるがその失点回復のために次期国王として良い評判を稼いでおきたかった。今日の狩りなどもいずれ社交界で行われる狩猟会に必要な練習の一環として行っていたものだ。
ガサ、ガサッ、パキッ、パキ
「うん? なにやら小さな物音がしたようだが、、、、、、?、、、あっ! いた!」
そいつは僕の前に堂々と現れていた。その体はこの森のヌシかと思うほどの巨躯で、とてつもない大きさの白い牡鹿が遠くの林の奥からニョキリとしたまま、僕のほうをジッと見つめて黙って動かなかった。
「よし、決めたッ! あいつを是非にでも仕留めるぞ! おいおまえたち! ラッパとドラを吹き鳴らして僕と共についてこい!」
僕は白い大鹿に向かって直ぐ様に馬を走らせた。弓矢の引ける有効範囲まで来ると矢を放って大鹿を追い詰めていくが大鹿のほうは僕が意図した方角を避けてなんなく僕の矢をヒョイヒョイと躱し続けた。
「クソッこのッ、なぜ当たらないんだ!」
いつまでも有効打を放てない己の未熟な技量不足に僕はイライラとさせられてしまっていた。近くでは勢子や犬たちが追っては来ているようだったが、僕がはやる気持ちで白い大鹿を急いで追いつめてしまったために未だに僕の後ろへ追いつけずにいるようだ。
「、、、~じ、~王子! この先は王領地の森からは外れてしまいますので、諦めてどうかお戻りになられてください!」
「えええぃッ! この上等な獲物をむざむざと見逃すことなぞできようものか! これを仕留めたあかつきには父上も僕のことを見直して鼻を高くしてお喜びになるだろうっ!、、、それ、ゆけぃッ!」
ビシッイッ!
見るともう境界線の近くまできていたが僕は構わずに馬へムチのひとくれを与えていた。そして僕はこのときにまた後悔をするとんでもない失態を犯してしまった。白い大鹿を追って王領地の森を隔てている樹木林から抜け出したところで僕の白馬が道に立っていた少女を跳ねてしまったのだ。
「そんな馬鹿な、、、」
僕は気が動転して唖然として馬に乗ったままで立ち尽くしていた。
「うう、、、ジュリアン、王子?、、、」
少女は僕のことを見てそれから気絶をしてしまった。やがて僕を追ってきた者たちが駆けつけると辺りはたちまちのうちに規制線が貼られた大混乱となって気がつくと僕は馬車の中で意識不明の少女と共に護送されていたといった具合であった。
それまで自失茫然としていた僕は自我を取り戻すと、馬車の中で横になっている意識が未だに回復してこない少女を注視する余裕がこのときに生まれていた。
特徴的になるその髪色は見たことのない青みがかった銀髪のストレートヘアー。
白い陶器を思い起こさせる異様なまでの白さが特徴的な肌の色を持ったその姿。
意識がないことで緩められたのか、馬車が揺れるたびに大胆に開いた胸元から見える、、、乳首。
い、いかんッ! 乳首はマズイッ! ちょっとムラっとしたッ!
これ以上胸元を見るのは危険なので少女の顔に意識を集中させた。その顔形をマジマジと見ると推定年齢で10歳ほどになるのだろうか。幼なく見えるふっくらとした顔立ちをしていたがやけにくっきりとした目鼻立ちの印象が僕の心を捕らえて離さなかった。
彼女が大人へと成長をした暁には申し分もなく美女と揶揄されてもおかしくはないと思われる下地の良さがすでに備わっていることがうかがえていた。僕もお年頃になる男子である。もしもこうした出会いの仕方をしなくて仮に僕と同じ年齢だったなら一目惚れもあ、、、
「ワーワーワーワー!」
って僕はいまいったいなにを考えていたんだッ!
こ、こ、こいつはっ魔性の女、もとい少女だな!
☆
☆
僕は父上とハルカを見舞った後に自室に戻ってからしばらくハルカのことばかりを考えていた。
「フン、僕よりもずっと年下なのに生意気な口をきいて僕を王子とも思わない変で失礼なやつ」
それなのにあいつと一緒にいるうちに温かい気持ちで心がいっぱいとなっていたのがなんともふしぎであった。こんなことがあったのはハル兄がまだ健在であったとき以来のことだ。
そういえばハル兄はあれからどこへ消えてしまったのだろう。もしや別れのないままに日本とやらの地元に帰ってしまったのかもしれないと最近は思うようになってしまった。やっぱりハル兄がいてくれないと僕はダメそうだ。一人になってしまうとその孤独感から不祥事をふたたびまた起こしてしまった。ハル兄が僕の孤独の隙間をこれまで埋めてくれていたことを知ったのだ。
そして一ヶ月前のことだー 父上は王城の玉座に座って呼ばれた僕を前にして有力貴族たちを左右に揃えてからこのように言った。
「最愛なる息子のジュリアンよ、ここにいる有力貴族たちと話し合いをした末に余はひとつの君命をおまえに与えることにした。お前はこれからデイルード市の地に市長として赴き3年間を領地経営することになる。これを見事に成功させて次期国王としてふさわしい実績をつくってくるのだ。3年後にその手柄を持ってこの王都にふたたび戻ってきてくれ」
有り体にいえば中央から地方へ左遷させられた役人の気分であった。僕はその仕打ちにがっくりとうなだれて退出して自分の部屋まで戻るとしばらくして父上の執事であるロイスがやってきて会議の経緯などの説明をすることになった。議題は僕の王位継承権の問題であってこれををデイルード市の実績次第でどうするか決めようとした結果だと教えてくれた。僕に敵対する貴族は多数派で父上もこの妥協案で手を打つのがせいぜいであったらしい。
僕がデイルード市へ市長として赴任致することが決まってからは僕の乳兄弟で長年の側近だったはずのルスタも一ヶ月ほど前に音信が途絶えてしまい会えなくなってしまった。僕のこれまでの不祥事の責任をどうやらとらされたみたいだ。
ハルカ。
僕とハルカとは今日会ったのが初対面であるのに、不思議と話しているうちにそうした気持ちは無くなっていた。今にして思うとあいつの失礼になる態度にはなんとなくだが優しさやいたわりの気遣いがあって不愉快さを感じることがなかったという点や、憎らしくもあるがくったくのないハルカのあの笑顔は僕がその時間に穏やかな気分でいられることを気づくことになった。
どうしてこのような気持ちとなってしまっているのか僕には思い当たるはずもなくよくわからないでいた。ただハルカという少女と一緒にいるときは僕の孤独感は消えていたのがハッキリと分かっていた。本当にあいつはおかしなやつだと僕はそう思うことにした。
椅子の上で思い巡らせていた僕はやがて疲れて立ち上がるとベットへ移動しておもむろに自身の体をその上にのせていた。そして両手を頭の後ろに高く組んでから天井をじっと見つめるようになっていた。
この先はハルカという存在が僕に欠けてはいけないパズルのピースのようなものだと思えてくるのはいったいどうしてなのだろうか。
ジュリアン王子はひとり訥々とこれを考えて悩むうちに答えを見いだせないままに深く意識を沈めていくのだった。
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