024 ハルカと王子の夫婦漫才(視点:ジュリオ国王)




ゴ~~~ン、ゴ~~~ン、ゴ~~~ン、ゴ~~~ン、ゴ~~~ン、ゴ~~~ン




時計塔の針がきれいな縦一列となり厳かな鐘の音を鳴らして6時の時報をお知らせしていた。



夕焼けで辺り一帯が眩しく黄金一色に染まった街並みをデイルード市内で随一の高さを誇るキャッスルホテルの最上階から見下ろす書斎室の窓辺では一人の男がゆっくりと日没する様を見ながら大きな吐息を吐いていた。ホテルはこの王国の迎賓館を兼ねた造りとなっており最上階の部分は王国関係者のみが立ち入りができるフロアとなっていた。




「ーーふぅ、本当に困ったやつだ。ハルキがいなくなってしまったと思ったら、さっそくにまた問題事を起こしてくれよって」




齢40にしてなお壮気が盛んとなる男性の顔は人の歳の数を尋常ではない人生を過ごした者のみに相応しい貫禄があった。彼はシルバーリンク王国の国王にしてこのデイルード市の所有者、ジュリオ王その人本人であった。



大陸中心部のやや南側に位置する狭間の国にありながらも政治と外交の分野で稀有なる才の持ち主と言われていた彼はある一点の弱点と評されるものがあった。それは息子のジュリアン王子のことだ。王子が起こす数々の不祥事は彼を悩ませる頭痛の種の一つとなっていた。あまりにひどいので廷臣たちの間で廃嫡するのも止む無しと公然と囁かれ始めて政治問題にもなりかけていた。




そうした矢先の出来事で、今回はまたしてもジュリアン王子が不祥事を起こしてしまったのだ。




経緯はこのようなものだった。王子に付き添っていた衛兵から受けた報告によると王領の森の地で狩りを楽しんでいたジュリアンが、その境界線を飛び越えて一般人を巻き込んだ事故を起こしたとのことだった。



幸いにしてこのスキャンダルは事故の目撃者となる民間人もおらず、すぐさまに細心の緘口令が引かれているとの報告で結ばれていた。この王室の醜聞は現時点では未然に防がれていると思っていい。それからふとある男のことがジュリオ王の記憶の中から呼び覚まされた。




ジュリオ王はかの男とジュリアンの間にあった過去の出来事を振り返った。




「いよう、久しぶりとなるなジュリアン。おまえ元気にしてたかー? 今回の旅先での話はな、北方で大発生をしていた白熊の群れと戦ったんだがーー」



ハルキはこのように王城の報告に登るたびにジュリアンを訪れては色々な土産話をしている姿をよく見かけていた。そして腫れ物を扱うようにして誰一人寄りつかずにいたあのジュリアンをいつしかまるで実の兄弟でもあるかのように扱ってしまっていた。ジュリアンもこれまで以上にハルキをますます慕うようになりそれまで見られた奇行も段々と消えてなくなっていたというのに。




だがそうした彼はもういなかった。3か月前のハルキの行方不明を皮切りにジュリアン王子はまた元の問題児へと戻っていたのだった。ハルキが今ここに眼の前に現れてくれていたら俺はどんなに心強いことか。



コンコンコン




「入れ」



入ってきたのはジュリオ王の腹心である執事のロイスだった。




「ついさきほどにジュリアン王子がお連れになったお嬢様の意識が無事に戻ったとのお知らせにございます」



「そうか。ではすぐにジュリアンをここへ呼んで通してくれ」



「はい、かしこまりましてございます」




執事のロイスが出ていくとジュリオ王は悩める親の顔から再び公務の顔へと戻していた。



さて、まずは少女と会ってから今後のことを話し合わねばなるまい。




しばらくの時が経ち再び書斎室の扉が開かれると二人は打ち揃って部屋を出ていった。









コンコンコン




「入るが、よろしいのか?」



ジュリオ王とジュリアン王子は共になって今回の件で被害者に遭っていた少女の部屋の前まで訪れていた。




どうぞ、と言う声が中から聞こえると、二人を通すためにドアの横でロイスがその扉を静かに開いた。






見るとその少女はベットの中で半身を起こしている状態だった。王子が騎乗する白馬に跳ねられたとの報告を受けていたがそのような痛々しさは感じられなかった。むしろ健康そのものに見えていていますぐにでもベッドの中から出たいという様子であった。



医師の見立てを終えたばかりなのか二人が現れると医師は少女のいるベットのすぐ脇で直立不動の緊張した面持ちでこれを出迎えていた。がそれとは対照的に少女の方はこちらを見ても特段に気にする様子は見られなかった。




「見立てのほうはどうなのか?」



ジュリオ王は直立不動をした医師にそう聞くと医師はさらに慌てたようにして、



「それが、、、馬に跳ねられたと聞いていたのでくまなく全身をお調べいたしましたがどうやらどこにも異常は見当たりませんでした。打撲痕や裂傷は見られるものの現場の状況を聞いていた限りはもう不思議なもので、、、」




医師は額に浮き出た大粒の汗をひっきりとなしに拭いていた。悪いところを見つけられないだと役にも立たないこのヤブ医者めなどと責められはしないかと心配をする様子のようだった。




「だから私は体のどこも問題はないってさっきから何度もそういっているのに、なのに何度もしつこく診察をするなんて!」



少女はその言葉に対して腕を組みぷりぷりと怒っていた。体中を執拗に見立てられていたのか機嫌も相当に悪そうだった。






「、、、すっ、すまぬ!! 今回のことは僕が悪った! だからどうか僕を許せ! 許せ!」



突然のこのジュリアンからの予期せぬ発言はしばしの間ジュリオ王も驚かされていた。



自分が悪いと思ったら素直に非礼を詫びるといった男らしい行動はこれまでにジュリオ王が記憶している王子の行動とは明らかに異なっていた。やはりこれはハルキの影響が少なからずもあるものだなとジュリオ王は感心した。




だがしかしこのジュリアンの謝罪はいささかに性急だったと言わざるを得なかった。ジュリアンをよく知る者はこれがジュリアンなりの精一杯になる謝罪と分かっていたがその物言いなどはまだとても褒められたものではなく、ジュリアンを何も知らない者にとっては返っていたずらに恫喝を受けたようにも聞こえていたことだろう。



ジュリオ王はこの場を収めようとジュリアン王子のフォローに入ろうとしたが、




「アハハハ。自分の行動に落ち度を感じてすぐに謝ることができたのはとてもえらいことだぞ。でもこれはたまたまに私が相手だったから運がよかったと思っておけよ。そこのとこはよーく反省を、、、クップッ、、、、、、しかしおまえあの大牡鹿を追ってきて私と目が合ったときのお前のマヌケ顔ったら傑作だったな! 今思い出してみても、、、ククククッ、アッハハハハッ!」




なんと少女はジュリアンに萎縮するどころか逆にこれを快活に笑い飛ばしているではないか。それは計算をしてわざと取り繕ったものでもなく自然で屈託のない笑顔そのものであった。




ジュリアン王子はというと自ら謝罪をしたものの心の奥底では驕っている気持ちも少なからずあった。その少女がまさかのタメ口で返してきてそれに事もあろうことか自分の情けない姿を思い出されていまなお笑われているのだ。




そんな状況にあってジュリアン王子はしばらくただ呆気にとられるばかりになっていたが、ハッとして我に返るととたんにこのくやしさを滲ませて反撃を開始してしまった。



「お、おいッ、おまえが笑うその物言いはとても失礼だぞ! だいたい王子の顔をマヌケ顔とはなんだ! 過失責任ががこちらになければおまえを不敬罪で拘束しているところだからなっ!」



「はあー? そうした態度を取っちゃうんだ? ふーん、ジュリアンは私に怪我をさせたとゆーのにヒドくない? つまり反省が足りないんだよね。ついさっきは謝ったのにあれは嘘だったか。ひどいなーああ痛くなってきたから泣いちゃおっかなー」



「きっ貴様ッ! さっきまではどこも悪くないっていっていたぞ!」



「今突然に、ものすご~く頭が痛くなってきたんですぅ。君がイジメるからだよ。あああっ! トテモイタァーイイターイ(棒)。めまいもして薬が飲みたくなったな。そこのポットにあるコップに入れたお水をここにもってきてよ」



「ふッざけるなぁ!! ぼっ、僕はこの国の王子なんだぞっ! そんなことは召使いにでもやらせろ! 僕は絶対にやらないからな!」



「そんなこというんだ。だれのせいで私は今このベットにいるのかな。迷惑をかけられた人からのごくささやかなお願いになるんだよ? 私が君にそうお願いをしていることなんだ。あ~頭がとてもイタァーイ。早くぅ~」




「ぐっぬぬぬぬっ!!」



ジュリアン王子は沸騰したヤカンのような顔になりながらも、ドスドスと足音をたてながら、少女からの希望通りに水の入ったコップを持ってきて、乱暴にそれを差し出していた。






このやり取りを見ていたジュリオ王は、このことにひどく驚いてしまっていた。人の言うことに素直に従うことをとても嫌った我儘な息子のジュリアン王子が目の前にいたこの少女にいいように弄ばれて揚げ足を取られていることを。




ピッシャーーーーン!!



不意にこのときにジュリオ王の頭の中で落雷が落ちた。




「むむ、やはりそうなのか。なるほど、なるほどな」



ジュリオ王はニヤリと笑ってしばらくハルカとジュリアンがかけ合うこの夫婦漫才を楽しんでいた。

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