023 白馬に跨がる王子の登場
ウウウウ~
ウウウウ~
デイルード市内にあるいつもは混雑する大通りの中を、馬車が緊急時に手回しで回すサイレンがけたたましい音を出しながら、そこにある人垣を左右に分けて消していく。
「どけどけ、どけ! 前方にいる、そこのお前も邪魔だ! 早くそこをどけぇ!」
「ヒエエエッ、どうか、どうかお助けを~」
馬車はスピードを緩めることなく、気がつくのが遅れてしまった男のすぐ横を走り過ぎて行った。そのすぐ後には残された人たちが集まってきて馬車の行方を興味津々に眺めていた。
「おいおい、なんだなんだ、馬車のサイレンなんてものを久しぶりに聞いたぜ」
「3か月前までは魔王軍との戦でよく聞き慣れて知っていた音だけど、このデイルード市が軍管から民管に移ってからはとんと聞いたことがなかったな」
「ねえあんた、あの馬車に施された紋章をよく見たかい? ものすごい速さで一瞬でここを通り抜けていったから皆が見ていなかっただろうけど、このあたしはワゴンの真横にあった紋章を見逃さなかったね」
「ほおう、お前が覚えている紋章なんざ、そんなに多くはないだろうに」
「失礼だよあんた。あの紋章だけは、子供の頃から忘れたことはないさ。なにせ、その紋章というのはねえ」
☆
「どうどう、どうどうどう。さあ、よしよし。ここからはゆっくりと走るんだ」
「ヒヒーーン!」
ガタ、ガタガタ、ゴト、ガタゴト、ガタゴト
これまではスピードを緩めずに走っていたその馬車も、デイルード市城の外郭を抜けて高級住宅街が建ち並んだ内郭に入城をすると、御者は馬車を御して馬の脚を緩めさせた。4頭建ての馬が牽引をするそのワゴンは他とは違い大きく作られていて、そこかしこに華美な装飾をふんだんにあしらっていた。
ワゴンにある中央の横側には金色に輝く紋章が目立つように配されて、この国に生まれ育った者なら誰も知らぬものはない王家の印が誇らしげに施されていた。それはこの馬車に乗車をしている人物がこれと所縁のある者だということを如実に物語っていた。
この高級住宅街地区を歩く馬車の中には見慣れた銀髪の少女が横たわっている。
そしてこの話は数時間前へと遡ることになる。
☆
☆
「よし、みんな揃っているな。ではこれからおまえたちにミッションをいくつか与えていく。そいつができた順からこの実地講習は終了になるぞ。やる気のないやつはいつまでも帰れないって寸法だからな。この実地講習はお前たちがサバイバル生活で生き抜くための知恵がつく。学んでおいて損はないぞ。それでは火の起こし方から始めよう」
冒険者ギルドで得られた冒険者カードのライセンス取得のために、午前中に張り紙で申し込みをした実地講習を午後になってデイルード市城の外でこうして学んでいる。実地講習の教官は火打ち石を講習生たちへそれぞれに配って歩く。
「いいかお前たち、火は自分自身を守るものとなることを忘れるな。火を嫌う獣に対しては優位なアドバンテージを持てるし、また寒い場所では体温を保ち自分の命を救ってくれる。また暗闇で松明として灯りになる場合もあるぞ。それではこの俺が火の起こし方のお手本をまずは見せるから皆よく見てやってみろ」
教官は自分の両手にそれぞれ火打ち石を持つと手慣れた手付きで木屑の上にカチカチと石と石を打って火花を起こしていた。するとその火花のいくつかがが木屑に当たってしばらくすると燻った煙をやがて起こした。
この講習におけるキモは冒険者がサバイバルの状況下で生き延びる術を教えるものだった。新米の冒険者がこれを学んでいたならという過去の事例に基づいて、最初にこのような実地講習が取り入れられることになったそうだ。
そうこうとしているうちに予定のあった実地講習はこうして無事に終わっていた。現地からの帰路には王領地の森という土地に沿った道を歩くことになった。その名称が示す通りにこの森の中は王族が所有している土地なのだ。
当然なのだが王領地の森の内側は庶民が普通に立ち入ってはいけないもので、見てわかるようにと王領地の森の外縁部はこんもりとした土手で明確に区分がされており、その土手沿いに生い茂った植樹林が通行そのものを拒んでいた。
俺はその道中で冒険者カードに初めてのスタンプが押されていたので少しばかり浮かれていた。ここがデイルード市城の外側にある近場で魔物との遭遇など滅多にないことも相まって、この時は周囲の警戒を怠っていたことが後々に己の身に降り懸る災いを得る原因ともなった。
「、、、~じ、~王子! この先は王領地の森からは外れてしまいますので、諦めてどうかお戻りになられてください!」
「えええぃッ! この上等な獲物をむざむざと見逃すことなぞできようものか! これを仕留めたあかつきには父上も僕のことを見直して鼻を高くしてお喜びになるだろうっ!、、、それ、ゆけぃッ!」
ビシッイッ!
はるか遠くの方で馬の尻をムチでひとくれ叩いた音がこちらのほうまで聞こえていたが、たいして気にする様子も見せずに相変わらず冒険者カードに興味を示して表裏に見返したりしながら警戒を怠っていた。このときにふと銭湯の帰り道でエンターとアルフレッドに出会ったことを思い返してそこで立ち止まった。
エンターはこの一団のパーティリーダーで普段は同じパーティに所属していると聞いた。メンバーは実の妹のエンリカとその友人のシエルと古い付き合いのアルフレッド(シエルはアルフレッドを警戒してオレを近づけなかった)で、もう一人の男性を含めたメンバーで構成していることをシエルに教えてもらった。
紹介のなかった男性メンバーがここにいない理由をシエルに尋ねてみたら、
「お風呂は個室サービスがあるホテルをいつも利用しているのでここへはやって来ませんよ~」
というので個室といったら泊まる宿泊費も桁違いで一介の冒険者の給金で大丈夫なのと聞いてみたら、
「私たちのパーティの収入とは別に冒険者ギルドが仲介する仕事をしているって以前に聞いたことがあるわね~」
と言っていた。まったく謎多き人物である。
気がつくといつの間にか大型動物の蹄の音とこれを追う馬の足音がかなり近くまでやってきているのを知った。
これはもしかしてヤバイかもと思った瞬間に俺の真横にある垣根の植樹林はバキバキと騒がしい大きな音を出して、そこから大型の巨体らしき動物が飛び出してきた!
その大型の動物の正体はもしも魔物だったとしたら小ボスクラスに該当しそうなとても大きな白い牡鹿だった。
コンマ秒の対応で回避行動をとっさにとっていたオレだったが、大牡鹿はすでにこちらに飛び込んでいて体当たりはどうにか避けられたものの、次にこれを追ってきた白馬との衝突は避けようがなく俺の体はこれと接触する形となった。
「クッハっ!、、、、、、!」
ポーーーーン
ズサササーーッ
できうる限りの受け身の動作を瞬時に取ったことでダメージの力を削いではいたが、この小さく軽い体はそれでも意外なほどに遠くまで飛ばされることになってしまった。
着地するときには最低限となる受け身は取れたもののその衝撃は殺しきれるものではなく、オレはしだいに意識が薄れていくのを感じていた。
意識を手放す前にオレの目に映っていたものは白馬に跨っている見知った少年だった。
「うう、、、ジュリアン、王子?、、、」
何でアイツがここにいるんだ?
、、、ああそうだった。ここは王領地の森だったのだ、、、
ここで俺の意識は完全にフェードアウトしたのだった。
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