021 ルスタとリキウス(番外編)
ホー、ホー、ホー、ホー
梟が鳴く深夜の月明かりの世界。
バタンッ
タッタッタッタッタッタ
「ハァッ、ハァッ、ハッ、ハッ」
ときおりに月は雲間に隠れてしばらくは闇夜になる時刻に一人の男が屋敷から広い中庭を経て表門が見える近くまで駆け抜けていた。
「ハッ、ハッ、俺がこんなところで、終わってたまるものかよ」
「Pーー!(笛が鳴る音)ここの窓が破られているぞッ! 足跡の方向は表門へ続いている! すぐにおれに続けッ!」
追跡者が笛を連続して吹いて仲間たちを呼びこちらに向かっている。
「チッ早いな。いま少しってところで。ハッ、ハッ、こりゃ運まで俺を見放したのか」
それでも男は逃げることを諦めなかった。男はそれから急いで裏門へ走った。
「ハァッ、ハァッ、ハァ、ハァ」
ガサッ。
「そこまでだよルスタ兄さん。この屋敷内から逃げきれると思ったら大間違いだったね」
木陰から出てきたのは実弟のリキウスだった。弟は兄に似ずがっしりとした体格の持ち主だった。その上には王国近衛兵の軍服を着ており腰には剣を佩いていた。
「いようリキウス。こんな夜ふけに王城の持ち場を離れてのんきに我が家でお散歩か。お前はこの前にめでたく国王陛下の警固兵にまで出世をしたとか聞き及んでいたけどな」
「そのジュリオ国王様からの直々の命令で近ごろの兄さんの様子を探っていたんだ。ここには誰もこない。人払いをしてあるんだ。だからどうかここはおとなしく部屋まで帰ってほしい」
「ハン、お前は国王に厚く信頼されて俺の監視役を、逆に俺は国王に疑われてたってワケか? へっなんとも情けねえ話だな」
「ルスタ兄さんがすべて悪いんじゃないか。乳兄弟に育って本来ならお側近くでジュリアン王子様をお守りすべき立場が、王子様が起す不祥事の影に兄さんが絡んでいたことはもう調べがついているのだからね。だから寄宿舎学校で真面目に更生した姿で兄さんには帰ってきてほしいんだ」
リキウスは熱心にそして心配そうに兄弟のこの思いをルスタに語りかけた。ルスタはこの兄思いの弟についに観念をした。
「軽い悪事は若いうちに学んでおけということなんだが、おまえも親父と一緒で品行方正で忠義一辺倒の固い頭だから俺のしていることがわからないのだろうな。まあここで逃げたとしたら国王が直々にご指名したリキウス様の名に泥をかぶらせちまうことになるだろうから素直に諦めるさ。それじゃあなおやすみ、我が弟のリキウス」
「よい返答だよ、ルスタ兄さん。兄さんもあちらではお元気で。ではおやすみなさい」
リキウスはそう言って礼儀正しくお辞儀をしてから立ち去りルスタは自分の部屋に帰っていったのだった。
☆
☆
シルバーリンク王国の王都から100kmはゆうに離れている山の中腹にある森の奥深くにその大きな館はあった。その大門の前に停まっている馬車からはルスタの悲鳴が響いていた。
「いやだいやだよッ父さんどうか許してくれよ。これからは身も心も入れ替えて真面目に仕事をして優秀な執事となることを誓うよ。だからどうかこの学校には俺を入れないでくれぇ~ッ」
喚きながら馬車の降り口で暴れるルスタを大門の内側からやってきたばかりの体格ががっしりとした二人の教育兵が両側を挟み込んで馬車から無理やりに引き剥がしていた。
「ウウウ、お願いだよ父さん。俺はここにだけは来たくなかったんだ! この学校から出てきた者は頭がおかしくなって帰ってくるって噂になっているんだ。イテテッそんなに引っ張るなよ、くそッ、おい離せッてばッ」
「それではこの愚息をどうかよろしくお願いします」
長年の人生の全てを国王に忠義を捧げつくした紳士が二人の教育兵に深々とお辞儀をすると、くるりと馬車へと戻ってルスタを置き去りにしてやがて帰っていった。
「チックソ親父。泣き落としは流石にもう効かなかったか。まあ他にも方法はあるんだ。おい、お前らどうだ、一生を愉快に遊ぶ大金などを欲しくはないか? なあに、ここで俺が暴れて逃げ出したとでも言ってくれたらそれでいいんだ。もちろんその報酬は俺が後でたんまりと払ってやるぞ。どうだ、お互いがウィンウィンできる良い取引だろう?」
父親の姿が消えていなくなると遠慮のない悪人面になったルスタは、自分の両脇をガッチリと挟んでいる教育兵たちに向かってそう言い出した。
「イチヨン、イチゴウの確認。只今ルスタの身柄を確保した。これより貴様は出所するまでの間は番号で呼ぶ。お前の番号はB23番だ。B23と呼ばれたらお前のことだ。これから世間と隔絶された世界でお前を立派な執事として矯正してやるのだからよく感謝をしろよ。おい閉門しろ!」
「まて!! まってくれぇッ! いっ、いやだ、俺はこんなところへ入りたくはない、いやなんでもする、だからどうかたすけてくれッ!」
ギギィイイィイ、ガッタン
教育兵の二人に拘束されて入って行く大きな館の大門に刻まれているプレートには次のような名が書かれていた。
「王立人材育成アカデミー特別教育課寄宿舎学校」
王侯や貴族の執事やメイドで問題のある人物がここに投げ込まれて特別の教育訓練が施される学校で、一度入ったら再び出ることが自分の意思ではかなわないことで有名な矯正収容所であった。
閉められた大門は静まりかえって門番の二人のみがその場に残されていた。
「おおこわこわ。いま連れて行かれたあいつもさぞやおかわいそうに。地獄のほうがまだマシだと思える矯正カリキュラムの教育をこれからは昼も夜も監視の目が光る毎日を送ることになるんだからな」
「シシーッー! 、、、お前もしもこのことを中にいる教育官どもに知られでもしたら、どうなるのかわかっているだろう?」
「あの教育兵ならこちらのことなんか興味もないから安心しな。それにしてもこの大門の仕事は退屈をしないなあ。あいつはたしかルスタとか言ったっけな、俺は今朝に寝坊をして調べをする余裕がなかったが、お前はあいつがどんな素性の男かもうわかっているんだろ?」
「ああルスタが来る前にそれはじっくりと調べたさ。そいつはなんでも王子様付の執事をしていたらしいな。この国に王子といったら一人しかいないからわかるが、これまで数々の不祥事で有名になったあの“失点王子”のことだとさ。そのお抱え執事だったというのだからここへこれまで送られなかったのがむしろ不思議となるくらいの人物だよ」
「ククッ、その話がもし本当だとしたらルスタも今回が年貢の納時だな。本人も言っていたが、ここは名ばかりの寄宿学校で一度入ってしまったら逃げ出すことさえ叶いっこない矯正収容所だ。出所すると人格さえ変わって出てくるので有名な訓練校だからな」
「ここでの楽しみといえば、そうした素行不良のある生徒たちが矯正を受けて出てきた姿を見るしかないからな」
「こら貴様ら! そこでなにを無駄な立ち話をしてるッ!」
「えぇ? あッ、はいすみませんでした!」
門番たちは意外にも声がかけられたことに驚いてすぐさま直立不動の姿勢となった。声が聞こえたほうを振り返るとさきほどに見た教育兵の一人がここへと戻ってきていたようだ。
「お前らにこれより新たな命令を与える。さきほどにきていたあのB23がこともあろうに玄関前で粗相をしてな。その掃除の役目をお前たちに与えるのでとっととすぐに行って来い! その間は俺が門番を代わっておいてやる!」
「はい! 了解をいたしましたッ!」
二人の門番はこうして大門からそそくさと慌てて去っていってしまった。
門番が急いで走っていく方向の物陰からつい先ほどまでは暴れて教育兵に拘束されていたルスタのヘラヘラとした姿が現れていた。
「ごくろうさんっと。短い時間だったがこの学校の体験を楽しんできたぜ。それじゃああばよっと、そうだおまえのご主人に、この度の計画のお礼をルスタが言っていたとでもいっといてくれ」
ギギィイイィイ、、、、、、
大門はその日再び開かれるようになった。
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