020 目覚めたら女湯にいたオレ
ここは銭湯ハルキ湯のデイルード第2南支店。あの勇者ハルキが開業をした由緒ある銭湯であった。その浴場は男女合わせて広さが25mプールほどの大きさを持つ銭湯でいまや庶民の娯楽の一部となっていた。その女湯の脱衣場にシエルとエンリカ、それと未だに寝ているハルカの姿があった。
「フーン、フーンフーン。あ、リカぁ、ほんの少しの間だけハルちゃんの面倒を見ていてほしいのです~ それでは後を任せましたよ~」
「はあ、わかったわよ」
下着姿になっていたシエルはエンリカにそう告げると用を足しにいそいそと出かけていった。
「シエルったらこうなっちゃうと意外に長かったりするのよね。まあしかたがないわね。それはそうと、シエルったらここ最近にまた少し大きくなったんじゃないかしら?」
シエルを見送ったエンリカはさきほど見たシエルの下着姿などを思い出したのか独り言をブツブツとつぶやき始めていた。
「ますますにその差が拡がっちゃうじゃない。シエルと同じものを食べてるはずなのにこの開きに差が出るのはいったいなぜなの? 運動量とか? ううん違うわね、それともあたしに隠れて特別な甘味を食べてるとか? ってそういった姿を見たこともないしー」
エンリカは辺りをキョロキョロと伺ってから、自分がいた脱衣棚の列から離れて誰もいない姿見の前の場所までさり気なく歩いて立ち止まり、それから鏡の中の自分のバストを寄せながら持ち上げてみせた。
「普通のサイズなら、うん、これあるわよね、、、やっぱりシエルがあの歳で大きすぎるということがよく分かったわ。でもあたしだって歳の差があるし、この先の成長でシエルを追い抜けるかも知れないし。そうよ勝負はまだこれからなんだから! 、、、ああでももしもハルキさんが大きいほうが好きだなんていったらあたしはショックで寝込んじゃう。いったいどうしたらいいの」
エンリカは自分のこの考えに焦りを感じていたが、しかしその杞憂も唐突に自分のはるか後方から女の子の奇声が聞こえたことで我に帰ることになった。
「んぎゃあやわやああっー!!」
驚いたエンリカが声の出処を探ってみると、それまでベンチに寝かせられていたハルカが、眠りから目覚めたときに発した声であることがわかった。
ハルカを見るとすでにベンチの片隅で体育座りになって目を両手で塞いでから真っ赤になっていた。
「なっなっなっ、なっっんで? 起きたらじょ女性のハダカが、たくさんあるなんて」
ハルカが身悶えをしているとその様子を心配した女性たちがハルカの周りに集まり始めた。
「あなたちょっと大丈夫? いまの悲鳴はなにかあったの?」
「さっきまで寝ていたみたいだったけど、もしかしてどこか具合が悪い?」
「お熱は、、、なさそうね。まあ、それにしても真っ白なお肌をしてるのね」
「これって、うちのお勤め先の貴族のお嬢様よりもきっと白いと思うわよ」
「この子の髪の毛って、まるで糸のようなサラッサラのヘアーじゃないの!」
「うっわー、この子にさわると肌がとても面白い。プヨプヨとモチモチしてる! ねぇねぇあなたも触ってごらんなさいな!」
「ちょっま、そんなに触られると、キャン!!」
最初はハルカの心配をしていた女性たちも、今では可愛い愛玩動物を愛でるかのように皆が興味津々でこれを触りだしていた。
「あッひゃひゃ! そ、そこひゃめ、やだ、まって、やめてッ!」
「そこにいるみなさん、心配をおかけしてすみませんでした。ハルカ、もう起きたのならこちらへきなさいな」
オレの名を呼ばれて見るとそこには知らない女の子が立っていた。もう大丈夫ですからと周りに言いながら足早となってそちらへと走り出していた。
「助けてくれてどうもありがとうございます。ええと、、、」
「べつにいいのよ、ハルカのことを頼まれていたんだし。ああ、あたしの名前はエンリカよ。シエルのお友だちで宿屋の部屋のルームメイトでもあるの。あなたはもちろん私を知っているはずはないのでしょうけれど、あたしはあなたをすでに知ってるのよ」
「ああ、シエルが言っていたお友だちというのはあなただったのですか。シエルから聞いていると思いますけどオ、私もこれからルームメイトになりますから改めましてよろしくお願いします」
エンリカはこのニコリと笑顔をつくったハルカになぜだか遠い記憶に出逢った覚えがあるかのような奇妙なデジャブが芽生えた。しかしそんなことはあるはずもないとこれを強引に打ち捨てた。
「あなたはシエルの新しい義妹だと聞いたわ。あたしもそのつもりで付き合うからどうぞよろしくね」
「ええもちろんですよ。ところでここはどこなんですか? 小春日和亭の食堂でマーシャさんの話をウトウト聞いているうちに寝てしまった後の記憶がないのですが」
「ここは銭湯であんたはシエルにおんぶをされてここまでやってきたのよ。それはそうと詳しい説明はあと、わかったならさっさと早く脱いで裸になってちょうだい。シエルも戻ってくる頃なんだから」
「ちょ! いったいなにをするんですか!」
「なにをってハルカの脱衣を手伝ってるに決まっているじゃないの」
「オ、私はお風呂に入りませんから!」
「不潔ね。シエルからは汗をかいてるって聞いてるのよ。観念してとっとと脱ぎなさいって!」
「あれえぇぇぇ!」
オレとエンリカはバタバタと慌ただしく動き始めた。そこにシエルが戻ってきた。
「リカぁ、ハルちゃん、二人とも騒がしいのでいい迷惑となっていますよ~ でもこのままでいたらもしかして風邪をひいちゃいますので、さっさとお風呂場へ移動してしまいましょう~」
シエルはオレの着る服を手慣れた手付きでえいっと一気に脱がせると、それからエンリカと二人で腕を組みながらイヤイヤするオレを浴場へと連行して行くのであった。
☆
「きょーはほんとーにつっかれたのですよ~ はぁぁ~、とぉってもご~くら~くぅ~ご~くら~くぅ~なのですぅ~」
シエルとエンリカとオレの3人は髪と体とをそれぞれによく洗ってから浴場のお湯に浸かると、そこでなんともいえないご満悦となる表情を作って見せていた。
「うぅんんっ、んんーーはぁ。ここはいつきてもきもちいいのよね、かいかんだわ。ハルキさんがこの銭湯を起業したって聞いたけど、誰しもが思いつかないことをできちゃうだなんてとてもすごい人よね」
エンリカは自分の前へ手と手を裏手に組んでそれから頭の上へあげると大きく伸びをした。
(まあ、その半分の理由は単に自分が各地でお風呂に入るために作ったんだけどね)
オレはそれを言葉に出して言わなかった。
おわかりかと思うがあえて説明をするとこの銭湯は勇者ハルキ自身が出資して建設を行った施設である。経営はハルキ商会が一手に引き受けて経営していてハルキ湯はどの都市にもまた大小を問わずにどこの町にもそれは存在していた。
「そうだわ。もうしばらくするとあのお祭りがようやく始まるのよね。いまからとても楽しみだわ」
「私たち平民には、お祭りといった認識で間違いはありませんけどぉ~ ふぅ。正確に言うと魔王討伐の成功記念式典祭ですねぇ~」
シエルは今日一日の疲れがどっと出てきたのかそれとも銭湯の効能のおかげもあるのか、次第に小さな欠伸を連発するようになっていた。
「そっかあ。ハルキさんが行方不明となってからもう百日近くが経とうとしているのね、、、ハルキさんどうか、どこかでご無事でいてください」
願掛けをするようにしてエンリカはそう言葉を紡いでいた。ときおりにその瞳が潤むように変化したようにも見えていた。彼女はもうさきほどの明るさは消え去って物憂げな表情のまま祈り続けていつまでもそうしていた。
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