019 お兄ちゃんは大っきらい!





宿屋の小春日和亭で出会ったマーシャさんと挨拶を交わした後はお買い物をした大荷物が部屋に運ばれていることもあって部屋には向かわず、またせっかくに用意されていた晩御飯を食べようということでマーシャさんに案内されて食堂へと向かうことになった。








「ンフ~今日もまた美味かったのです。ごちそうさまですマーシャさん。ハルちゃんはマンプクになりましたか?」



「ッハーごちそうさまぁ。もちろんだよシエル。マーシャさんお料理がとても美味しかったです」



「そう言われるのが何よりもうれしいことさ。おや、ハルカさんはお皿にあったハンバーグのソースまでキレイに片づけてくれたんだね」



「このソースがとてもおいしくて。もし遅れてこなかったらハンバーグもきっと冷めたものじゃなくて温かいうちに食べられたのにと思うととてもくやしいです」



「そんなに気に入ってくれたのなら明日の晩にはこのソースを使ったパスタを作ってやるからさらに楽しみにしていな。それにしてもハルカさんはまだ若いのにお世辞が上手なのはなにか特別な理由でもあるのかい?」



「(ギクッ)アハハ、何ででしょうね、、、ンファアァーアァー、、、お腹がいっぱいになったら、なんだかとても眠くなって、、、 、、、シエル、、、オレもう 、、、グウゥー、、、ググゥー」



「あらハルちゃんは寝ちゃったのですか~ 今日は私も疲れているので仕方がないけど~ すみませんけどマーシャさん、部屋まで帰るのでハルちゃんを私の背中にお願いしてもいいですか?」



「ああ任せなよ。子供にこうした時間まで起きているというのはちょいときつかったのかね。よっこいしょっと。ほらハルカさんをおんぶさせたよ」



「ありがとうございます~ たいへん助かりました~」



マーシャさんは二人が食べ終わった食器を片付けると調理場のほうへと消えていった。








「リカあ入るのですよ~って両手がちょっと塞がっていまして。ご面倒おかけしちゃうけど開けてください~」



「あらシエルなの? やけに遅いお帰りになったのね。また荷物を持ってきているの? いますぐに開けるわ」



ガチャリ。



「フーとても助かりました~ どうもありがとうなのです~」



「グゥースピィー、グゥースピィー」



「背中から高いびきの声が聞こえてくるけど何を担いでいるのよ?」



「あ、この子があのハルちゃんだよ。さっきまで食堂でご飯を食べていたんだけど、眠ってしまってマーシャさんにこうして担がせてもらったの」



「よく寝てるわ。たしか病院で見たときにも四六時中寝ていたということしか記憶にないけれど、ひょっとしたらこの子って寝るのが趣味になる子なの?」



「リカ、本人を前に失礼なことを言わないで。まあでもこれはしかたがないと思うわ~ 今日は退院してから色々とあって帰りがとても遅くなっちゃったし、その疲れがきっと溜まっちゃったんだと思うから~」



「ふううん、まあそれはどうでもいいわ。さてと。シエルも戻ったことだしあたしはこれから銭湯に出かけるけどシエルはどうする? ここで休むの?」



エンリカは洗面台まで歩いていくと近くの棚に用意してあったお風呂セットを取ってシエルに聞いた。




「私も行こうかな~ 今日はたくさんホコリを被っちゃっているし~」



「ハルカはどうするのよ? 大人がみんないなくなるのは少し不用心だと思うわ」



「もちろん連れて行くんだよ~ ハルちゃんは私よりもさらに汗もかいてるはずだから~」



「はあ、だったらシエルのお風呂セットはあたしが持つわよ。夜も遅くなってるしそれじゃあ行くわよ」



「りょうかいなのですよ~」



こうしてハルカはシエルに背負われて、そのまま宿屋の外へ向かって行くのだった。












全体を薄いピンク色に染めている建物は玄関の上に掲げてある看板に"小春日和亭"と読むことができた。ここは女性客のみを限定にした宿屋で男性客はそこへ足を踏み入れることもできない場所であった。しかし今この建物の前では若い男女の喧騒が引き起こされていた。



「なんでまたここにいるのよ、お兄ちゃんはっ!!」



「銭湯に行こうとしたらリカに偶然にばったりと出くわしたんだよ。いやあ奇遇なこともあるもんだなぁ」



「嘘よ! 私たちが宿屋から出てくるのをずっとそこから見張ってたくせに! とにかくあたしたちはこれから銭湯にいくんだからついてこないでよね!」



「外はとても暗いんだぞ。暗がりからいつ不埒な輩がリカを襲うのかも分からないんだ。少なくともお兄ちゃんと一緒に行けば安心だろ?」



「またそうやっていつまでもあたしを子供扱いしないでっていつも言っているでしょ、お兄ちゃんは大っきらい! もうもうっ、お兄ちゃんなんてしらないんだからっ!」




シエルとエンリカの二人が宿屋を出たところで建物の物陰から出てきた若い男がいた。それはエンリカの兄のエンターだった。膨れっ面をしたエンリカは目の前に立つエンターにそう言い放つと背中を向けて体をフルフルと震わしている。




「クックックッ。そうだぞー、エンター。まったくエンリカの言うとおりだぜ。お前さんがいつまでもそんなだと恋人を作ったとしてもうかうかとお前には紹介ができなくなるかもしれないな」



エンターが出てきた建物の影からはさらにまたもう一人の男が現れた。その男は彼の古馴染みの親友でありエンターのパーティー内ではサブリーダーを務めているアルフレットだ。




「なにぃいッ! そいつは誰なんだ! おいアルッ、リカが付き合っているその男をもしや知っているのか? リカッ、そいつは誰なんだ! いやそれよりその付き合いをお兄ちゃんは許さんぞ!」



「ちょっと勘違いをしないでよ。あたしが付き合っている人はいないけどでも好きな人なら、、、ってもう何言わすのよ! 嫌い嫌い、お兄ちゃんなんて大っきらい!!」




またいつもの愉快な観劇が始まったぞとアルフレットは事の成り行きを愉しんでいた。そのアルフレットの様子を見ていたシエルはため息をついて、



「アルさんはいつも悪趣味な人なのですぅ~」



と言ってアルフレッドにジト目を向けていた。



「だあってよ、毎回にこんな愉快なものを見られるのならこれを仕掛けないってのはバチが当たるってもんだ」



エンリカがいよいよフーフーと興奮してバリバリと爪を立てて顔に縦縞の傷を作っているエンターを見て、アルフレットはさらに大笑いをしながら体をくの字に何度も何度も動かしていた。そしていつの間にか周囲にはギャラリーの山ができ始めていつもの痴話喧嘩が始まったぞとヤジを飛ばし合っていた。




「アハッハハッ、、おや、んん? おいシエル、お前さっきから一体何を背負っているんだ?」



しまったとシエルは慌てた顔をしてハルカを自分の後ろへと動かしたがすでに遅しで、アルフレットはいつの間にかシエルの間近まで歩み寄っていた。



怪訝そうにしてシエルの影に隠されたものを知ろうとそれを覗き込むようにしていたアルフレットだったが、ハルカの姿をしっかりと確認するやいなやアルフレットはこれまでのクールさをどこか遠くへ放り投げたとばかりに怒涛の変態アピールをし始めだした。



「おおっ! おおおおっ!! これは至高のロリィィィーーー! 9~11歳のビンテージ物とみた! (ジロジロ)、、、ほほおぅ、、、フンフン。ロリだというのにすでに完成されたかのようなこの崇高な目鼻立ちの美しさはどうだ!! そこいらの並の大人の美女でもこりゃ敵わないな、、、稀になる稀少種の逸材か。俺の自己判定ではS級ランクに? いやこれは破格のSSS級でもいいんじゃねえか、、、、、、んんっっっふおおおおおっ! いま動いたこの純真無垢なこの寝顔! はいごちそうさまです、超極上天使ぃキターーーー、、いやいや。これでもまだ表現が生ぬるい、、、そうだ神様だ、ロリ神様が今ここにご降臨めされたのだ~~!!」




まだ目覚める様子のないハルカをいよいよ崇め始めたアルフレットは、西洋の宗教絵画に登場するような予言者が神から天啓を与えられたときのような恍惚とした表情で、一心不乱にしてハルカを崇め讃えるようになっていた。




「ありゃりゃりゃ~、やっぱり、こおなっちゃったんだぉ~」



シエルはこれはもう手遅れといわんばかりに、片手を頭の額に押し当てていた。



これまで兄妹喧嘩を愉快に観覧していたギャラリーたちも、今度は何の事件が起こったのかとシエルとアルフレットの周りにゾロゾロと集まり始めていた。




エンリカとエンターの二人もアルの大奇声に気がつくとそれまでの喧嘩をストップして、すぐにシエルとアルフレットのもとに駆け寄ってきた。



「ああ、またアルの病気が出てしまったのか。ヤレヤレだ、しかたがないが許せよ!」



狂気にも似た恍惚の状態にあったアルフレットの後頭部を、エンターは遠慮なくチョップした。



それからは手慣れているといった作業のように、倒れかかったアルフレットの体をエンターは自分の肩に寄りかからせていたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る