016 主人の命令は絶対服従




「ハァハァ、ゼェゼェ、ハァハァ、ゼェゼェ。わかったぞ。シエルがこの魔法を、人混みの中で使わずにいた理由が」



この魔法は戦闘では飛んでくる矢を退けてくれるものなので人と接しても退けられるかと安易に思いきやそれは大いなる誤算であった。よく考えてみると矢というものはとても軽いものなので魔法をかけるとその反発力で逸れてしまうが、人間は自重よりも同じ重さかむしろそれよりも重い仕組みなのでこれを避けることはできなくなる。


オレは元々が体重がとても軽いので当然に対象物がオレよりも重ければそれは動かない。それでも魔法の反発力が働いているせいで自分自身が相手を自動的に避けていくようなのだ。



このことのためにオレは人混みの中で人と衝突する寸前になると自動的に体が避け続けることとなり、結果としてバレリーナの如くにクルクルとあちらこちらへ回転していくことになるのだった。その魔法力の効果時間がまだ効いていたときに運が良くも人波の中に隙間ができて俺を外へと弾き飛ばしてくれた。こうしてオレは人に酔うという言葉を文字の通りに体現をしてこの身で知ることとなった。



未だに人酔いとクラクラする目眩がしながらもこの人混みからどうにかこうにか離れて人が少ない道路脇の建物にフラフラと進んでいった。そしてシエルが手を離したオレをやがて探しに戻ってくるのを待つためにそこから離れずにいるべきだと考えてその場からはもう動かなかった。






それからオレは正常な状態に落ちつき辺りを眺める余裕ができたので後ろ側にあった建物を振り返って見ると、田舎町ではわりとよく見かける平屋建ての大きさだけが取り柄になった粗末な建物だろうということがわかった。この通り沿いには最近になって新築で高層煉瓦造りの3階建てになる西洋館が数多く建ち並んでいて、この建物群と比較をするとその中にあることが異様とも感じ取られた。



建物の中央に外階段が備えられていることをやがて知ると俺はさっそくにその階段を登ってみた。5段ほど上がって頂上まで行くとその先を塞ぐようにして“閉店中”と書かれていたプレートが一本のチェーンに結ばれてユラユラと揺れていた。悪いこととは思ったがそのチェーンを除けて縁台のあるテラスへと出てみると、はたしてその高所からは人混みの様子がよく見てとれるようになっていた。



こうしてここにいさえすれば人混みの中から探しているシエルからも俺を見つけやすくなるのかも知れない。もし先にこちらからシエルを見つけることができた場合にはこちらから手を振ったり大声を出したりして気づかせてあげようか。シエルの姿が人混みのどこからか現れるものかと自分の目を皿のようにしてあちこちとせわしなく動かして通りの様子などを伺うのだった。









注意が遠くのほうに集中しすぎていたせいか耳元の近くで気づかずに起こったそれにオレは心底びっくりして驚いてしまった。



「こらあッ!! やっとオマエを見つけたぞ! フーフーったく、これからもっと忙しくなるときにヤレヤレだ。ふん、いいからさっさとこちらへくるんだ!」



「ひゃいぃ?」



感情をむき出しにした男の野太い怒声がオレに目がけてそう言ったことをひどく驚いてつい素っ頓狂な声を出して答えてしまった。



ポカーンとしていたこのオレを男はさも荷物を運ぶが如くに自分の片腕で持ち上げると、今度はもう片方の腕で建物のノブを掴んでは開いて俺の体をその建物の中へと押し込んだ。



建物の内部は夕闇も手伝って灯りもなく暗がりが広がっていてなにも見えなかった。ここからわかることといえばそこがどうやら相当に広い空間があると感じただけだった。




その人物はやや頭のテッペンが寂しく小太りに太っている体型で、くたびれたエプロンを身につけた初老の男性だった。男は緊張しているらしく用心深くドアに閂をかけるとそこで安心したようにため息をついていた。それから予め用意してあったカンテラを持ちなおすとやがて奥へ奥へと進み始めた。




1番奥まった場所の部屋までやってくるとそこには“オーナー室”と書かれたプレートが光る扉があった。その扉を開くと男は再びオレをぞんざいにそこへと押し込めた。そして俺の細く白い腕を掴んでいた男の腕がようやく離されると男は部屋の中央にある大きな机に向かって歩き、その椅子に腰掛けてからオレのほうに向き直ってふてぶてしい態度でこう言い放った。



「ハァ、すっかりと遅くなってしまったが始めるとするか」




何がいったい始まるんだ!?




「お前がひどい遅刻などするものだから今日の予定がすっかりと狂ってしまったぞ。それでは面接での質問だ。オマエの年齢はいったいいくつになるんだ?」



「はあぁ面接? ちょっとまってくれ。オ、私は」




ダーーンッ!



突如、机を強く叩く大きな音が部屋中に響いた。




「質問したことだけにすぐに答えろ!」



「じゅ、19歳ですぅ!」



男は少女の年齢を問われていたのだが頭の混乱などのせいでつい勇者ハルキの実年齢で答えてしまった。



「オマエ詐称してるな。嘘をつくならもっとうまく嘘をいってみたらどうなんだ。もっとも15歳で成人をしてますと言われてもわしはオマエを信じやしないだろうな。ここで雇ってほしいからお前の両親たちも年齢を偽れと仕込んでいたのだろう? どうも最近は景気も落ち込んでいて人減らしに必死となる気持ちもわからんでもないが、この職場にいる限り嘘は今後禁止とすることにする、いいな?」



「いやあんた、他の誰かと勘違い、、、」



「カァー! シャラップ!! 今後は質問するとき以外の返事はハイだけだ!」



男は薄くなってしまった頭の上に右手を置いてバリバリと頭を掻き始めた。それから腕を組み椅子に体を預けて上体を反らし、オレのほうをじっと見ながら考え込んだ。




「おまけにヒョロヒョロとしていかにも病弱そうで真っ白だときたもんだ。これじゃ同じヒョロヒョロの白さでもモヤシのほうがなんぼか生命力があるぞ。たいいちこんな小さくては力仕事も任せられんし、これではたいして戦力にもなりゃあしないな」




(ほっとけよッ!)




俺がそのように見られたとしてもそれはそれで致し方がないのだろう。なにしろ病院にいたこれまでの3ヶ月間は寝たきりだった状態から基礎体力がようやくに身がついた程度なのだ。






「見てくれさは、、、 、、、ゴホン。まあそのへんだけは及第点を与えてやろうか。よし面接は仮採用ということにしてやろう。だがうちで働くというからにはとても厳しく躾けてやるからな! 弱音を吐くようならさっさと親元へ追い返すぞ! それと俺を呼ぶときには必ずカルロさんと呼ぶんだ!」



「いやだから元々から帰りたいって」



「カー! シャラップッだ!! いいか、わしには逆らうんじゃない!! ペッペッペ。これからはわしが用事を言いつけたらハイ、カルロさんとだけ返事をするんだ! わかったか!!」



「ひゃい! カ、カルロさん!」



「よーしよーし大変にけっこうだ。その返事の仕方をゆめゆめ忘れるなよ」




カルロのすごい剣幕にまくし立てられて裏返ってしまった声で慌てながら返事をするとカルロはその返事にいたく満足をしたのか、これから開店の支度をしてくるからお前はわしが呼ぶまでここで待っていろと言い残してとても忙しそうにオーナー室から出て行ってしまった。

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