015 夕闇に踊るバレリーナ
「ご利用をありがとうございました! 従業員一同でまたのお越しを心よりお待ち申し上げています!」
オレとシエルは店先の玄関前で店主以下全従業員の嬉し涙の中で見送られることになった。この日に史上空前の売上となったこのお店では今回の売上貢献を果たしてくれた功労者へのご褒美として、オレの子供服などを無償で提供してくれることになった(とはいえ余り物だったが)。シエルの両手にはその子供服の他にも靴や下着が一揃えになったパンパンに詰まった買物袋を持たされていた。
「スススゥーー、、、ハアアアァーー、、、数時間ぶりの外気の空気がマジでオイシーッ!」
両手と両足を思い切り大きく伸ばした立ちポーズで外の空気を大きく吸い込んだオレはそれをおもむろにゆっくりと吐いて見せた。子供服専門店での無情なる抑圧を受けた体を解放された余韻を楽しんでいたのだ。
オレには苛烈となったファッション会場の舞台と化していたあの場所は5時間が過ぎた後ようやくに当初の落ち着きを取り戻していた。
子供服専門店の店主はこれを機会に本物の契約モデルにならないかと熱いラブコールで誘ってくれたが、まだ退院をしたばかりなので後日に機会があったらとその提案を丁寧に断った。
だが実のところは女の子の格好の姿をこれ以上人前で注目をされて晒したくはないのが本音だったので、正直に言えばこうした面倒事は二度ともうごめんだった。
オレからの話を聞いて店主はしょんぼりとして落ち込んでしまったが、もし気が変わったらいつでもその席は開けておくよと言ってオレの手の中にその名刺をムリヤリに渡してきた。この商魂のたくましさには本当に脱帽をしたくはなるが。
「うんしょーうんしょーだよ~ エヘヘ、お金を全く支払わないのにハルちゃんのお洋服から靴から下着まで無料で頂いちゃって、なんだか悪いことをしている気もするのですよ~」
「そんなことはないだろ。そうした罪悪感にもしも苛まれるというのなら二人で5時間をあの子供服専門店でアルバイトして、その稼いだお金で購入したとでも思ってみたらいいんじゃないのかな。どれ一つ持とうか?」
「お姉ちゃんは大丈夫なのですよ~ それに今日はハルちゃんはとても疲れて大変だったでしょ~ そっかあ、そーゆー考え方もできるのね~、、、ってあらら、お外は気がついたらもう暗くなる手前になのです。ひゃあっ! 人混みがなんともまあ、とてもすごいことになってしまっているのですよ~」
シエルが大通りへと差し掛かると、お夕飯の買い物を揃えるために外へと出てきた主婦たち、今夜の宿屋を決めるために急いで向かおうとする旅人たち、農作業を終えたばかりの帰宅途中の生産従事者や土木工事者に建築作業員などの様々な職業の人たちが、溢れんばかりにオレたちの前を忙しなく行き交う様相を見せていた。
普段はのんびり屋になるシエルも子供服店でこのような時間を過ごすとは思ってもみていなかったらしく、このときばかりはかなりの時間を使いすぎたといまさらに気づかされて少々戸惑って焦っている様子に見えた。
「あわあわ、これは本当に弱りましたね~ そうだわハルちゃん。私は両手が荷物で塞がってて手を繋げそうにないから私の服を掴んで手を離さないように注意してくださいね~」
「りょーかーい。でもこれ、本当にすごい人出だね。それになんだか人がますますに増えているような、、、」
シエルはこの増えていく人混みを見てがっくりとうなだれてため息をついた。
「こうなることを予想していたからその前に宿屋へ帰ろうと予定してたのにぃ~ ハルちゃんがなんの服でも似合っちゃうのがいけないんだよ~ とと、そんなこと言っている場合じゃないのです~ ではハルちゃん行きますよ~」
「おう! まかせとけッ!」
こうしてオレはシエルの服を掴みながら一緒に歩いて宿屋に進むこととなった。
☆
ところがいざこの人混みの中を歩いてみると、のんびり屋のシエルには混雑する人の流れを上手に掻き分けて進む芸当など手に余るということが次第によくわかるようになった。またシエルはかさばっている荷物を両手に持っているせいもありシエルの足取りはよけいにとても遅くに感じられていた。
ドンッ!
「おわっ!」
突然に横からやってきていた男性がオレに気がつかずにぶつかってきたのだ。
「ハルちゃん大丈夫なの?」
「ああ、いまのところは」
「これからは前だけじゃなくて横にも気を配るんだよ~」
オレの身長は135cmの小さな体なので混雑する人混みの大人からは見落とされるのかもしれない。それからはその都度にぶつけられてしまってあちこちに体を向かされてしまっていた。
時間が経過するにつれて人混みはさらに増え続けていて、5時間の着替えでクタクタになったオレはシエルの服に掴まりながらも、集中力を使って前や横を注意して歩くことは次第に困難となりつつあった。
ド、ドド、ドン!
「おい、気をつけろよ!!」
人の衝撃が今回は複数回も偶然に起きてしまった。1度目はなんとか耐え忍んでこれを回避したものの、続く2度目3度目の衝撃のせいでついに手が離れることになってしまったオレは、たちまちのうちにシエルのその後ろ姿を見失ってしまっていた。
「しまった! これはやばいぞっ!」
人混みのド真ん中で一人になってしまった俺の周囲は、360度のすべてが密閉度の高い空間の動く壁へと様変わりをしてしまい、全方位からは容赦のない衝突が始まるようになってしまった。
「お(ドン!)、あ(ドン!)、ちょ、ちょっと、こりゃタンマだーッ(ドン! ドン! ドン!)、こ、これ、ここに立ち止まっているのもムリになってきたーッ!」
迷子となった際にはその場から動かないことが鉄板になるお約束ではあるのだが、この状況においてはそれは困難だった。こうなってしまえばここからいち早く出ることに気を集中させよう!
「やッちょッ、たッ」
ドドン! ドン!
しかし悲しいのかな、オレがそれを気をつけても混雑の方はそれに合わせることは相変わらずにできなかった。
「あ、そうだ! こんなときにこそ、シエルが教えてくれたあの補助魔法が役立つときだ!」
病院では手慰みで興味を覚えたシエルの魔法。シエルの職業は神官だった。試しにオレはシエルの唱えた呪文を唱えてみるとこれがすんなりとできてしまったのだ。オレはこれをすでに習得していた。
「レジストプロテクション!」
体を光り輝く魔法が駆け抜けると自分の体を防御するような感覚が包み込んだ。これの使いみちは戦場で敵の矢の命中を下げてくれたりする。おおう、これまでぶつかっていた人波がこれまた嘘のようにオレを避けていくではないか。
「なーんだ。こんなことだったら、最初からこれをかけておけば良かったな」
と思ったのも束の間で今度は人と接触をしなくなった代りに相手に反発を起こすようになってしまったではないか!
ツルリ。ツルリ。
「な、なんだこれ?」
ツルツル、ツルツル、ツルリーン
「うあ! オ、オレが弾けるゴムボールのようになって、ウギャアァー!」
ツルリーン、ポン、ツルーン、ポン、クルクル、クルクル、クルクル
「ぐっ目、目、目、目がー、恐ろしく目が回ってるぅ!」
オレの体はいつしか舞台に立つバレリーナの如くに爪先立ちでクルクルと回転をしながら、あちらこちらと移動することになってしまったのであった。
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