014 いつのまにやら広告モデル
子供服専門店の「キュート&プリティ」は王都の本店では非常に人気が高いお店として知られていた。ここ最近になってディルード市にオープンをしたばかりのお店は店内に木が香る独特の匂いを残した新築の建物で、ここへ来店してきたシエルとハルカはその匂いを感じ取ることができた。
「いらっしゃいませ。まあこれは姉妹さんですか。このように並んで見るとお二人ともたいへんにお美しいですね。今日はこちらの可愛らしい妹さんに似合うお洋服をお探しで? いまの時期は春物ですがそろそろ夏物に切り替わる時期となりましてたいへんにお安くなっていますよ。はい、では少しお待ち下さい。そうですねぇ、まずはこれと、それとこれなどはお嬢様にいかがでしょうか?」
やり手そうに見える年季の入った女性店員は努めて控えめに対応をしてお薦めする洋服を両手に見繕うと、自然といつの間にやら二人の近くまで接近をしていた。
そのトークとスマイルにすっかりと警戒を解いて商品をつい受け取ってしまったシエルを見て、その女性店員はシエルから見えない背後の位置でほくそ笑み、"このお客様は私が無事にゲットをしました! このお客様はこれから私の獲物ですよ!"と、周囲にいた他の店員さんたちにOKサインを出していた!
そのようなことがあったとはつゆ知らずに呑気に子供服を俺に充てがっていたシエルの感想は、
「店員さんの選ぶチョイスはとても早くて助かるのですぅ~ ねえねえ、ハルちゃんはこちらとこちら、どちらのお洋服を着てみたい~?」
「シエル、もう買うしかないことはわかったからもう一度だけ言わせてほしいんだ。オ、いや私はスカートのない洋服を選びたいんだ(キリリリ。真剣な顔)」
「(無視して)私だったらこちらのほうかなぁ? この襟元につけたリボンの配色がとてもよくない? でもね、こっちの袖がふわっとしてるのも私の好みなんだよ~ 迷う~」
ちっとも聞いてくれないぃしぃ~~!!
女の子は都合の悪い会話はスルーをされるということを俺はこのときに初めて知った。シエルが店員から受け取った洋服はそのどちらのほうもフリルがあしらわれたお洋服だった。片方にはスカートの裾にまで造花まで施されている。
正直に言うとそのどちらも俺は選びたくはなかった。しかし選ばないと俺にとっては苦痛ともなるべきこの時間がこれからイタズラに浪費され続けていくのだろう。
「クッ、、、なら選ぶとしたら、、、 、、、こちらのほう、か」
苦渋との戦いになったがフリルが多少は大人しめのなるべく目立ちにくいほうを選択してみた。
「えぇぇ? まさかそちらのほうを選んじゃったの? 私はこれをぜったいに選ぶと思っていたんだよ~ でも迷っているようなら一度両方を着てみてるとよいと思うのです~ さあお着替えのお時間だよ~」
カーン!
ーーここから俺の長い1日の第一ラウンドが始まったーー
☆
☆
入店をしてから2時間ほどが経過をしていたのであろうか。あれからいったい何度目になるのかもうわからなくなるほどに試着室のカーテンが開いてはまた閉じられていく。俺の意思とは関係のない作業がこのようにして延々と続いていくのであった。
「フォぉお~~!!」
この妙な雄叫びを上げたのは、あのシエルだった。シエルのテンションは最初の頃よりもかなりの急変をしてしまっている。
「ハァハァ。ハルちゃんは何を着てもよく似合っちゃうんだよぉ~ モデルが良すぎるのも考えものでお洋服を選ぶのが難しくてお姉さんは困ちゃう~ってあららハルちゃん? さっきからなぁんでずぅっと後ろ向きなのぉ。ハルちゃーん? こっちみてこっちこっち。ほらこちらをふり向くの~ 替え服は店員さんが次々ともってきてるからハルちゃんはそこでポーズをお披露目すればいいんだよ~」
うなじから上は湯気が見え立つほどに肌がすでに真っ赤となってしまった俺であった。それはなぜかといえばシエルがこのようにはしゃぐたびにギャラリーの視線が増えていき、いつしか俺の試着室のまわりには大勢の見物人の人だかりができていたからだ。
子供連れで来ていた母親たちからは、まあ見て見てものすごく可愛い子がここにいるわとか、このお店の宣伝広告に契約した専属モデルが今日はここでお洋服の試着をしているって聞いたのよ、などと口々に話す声が周囲のあちこちから聞こえてくる。
店員たちも本来ならこの騒ぎを沈静化しなければならない側なのだがこの機会を商品の促進販売に繋げるチャンスだと捉えたのか、俺が使用する試着室のそばにあった商品群を次々に撤去してお客様用の観覧スペースを念の入れ用だった。
そしていまや多くの店員たちが俺の着る服や着替え終わった服をその両手に高く掲げて立ち並び、いつの間にやら俺とシエルのいる試着室はファッションショーの中心となる有様となってしまっていた。
ギャラリーがたくさんに集まっている場所にこの店主と思わしき人物がもみ手をしながら、あの右手側にあるお洋服は先週に王都から入荷したばかりでして最新作となりまして、左手側のお洋服は今年の流行となるのは間違い無しでぜひオススメですよ、などと商魂が逞しく解説のためにあちこちと忙しなく動いていた。
あのモデルさんが今着ているあれと同じお洋服でこれぐらいのサイズはあるのかしら、はいはいございますですよすぐにお持ちいたします、などと会場は朝の魚河岸の熱気が飛び交うさまで購入の声がそこかしこから聞こえてきて店主はホクホクとご満悦な様子のようだった。
俺のすぐ近くにいた裕福そうでアホ毛が立っている小太り気味の少年は自分の人差し指を口に入れながらジーと俺の姿を品定めして、あのキレイな娘を僕のお嫁さんにしたいママあれを買ってよ~と言えば、身分はとても大切なことなのよお嫁さんは無理と思うけど愛人の枠なら許してあげるからそれでもいいかしら? などとわけのわからない会話をしていた。
と、とにかく俺は、一刻も早くここから逃げ出したいんだ~~!!
シエルぅ、頼むから正気に戻ってくれぇっ!!!
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