013 女の子との夢想のシチュ




病院のロビーから歩いてエントランスホールへ向かって歩くと、そこで待っていたシエルはにこやかな笑顔をつくりながらこちらへ手を振っていた。



「ハルちゃんッ! こっちこっち~ 退院おめでとさんなんだよぉ~」



シエルの側からも近寄ってきては腰を落とし、それからめいいっぱいに両手を伸ばして俺の体を抱きしめてくれた。




「ちょオッ!! 大げさ! 見られてる、周りの人たちに見られてるから~~!」



俺はシャイな日本人である。オープンなスキンシップはきらいでもないがそれは見ている側に限った話だ。自分がその当事者ともなるとどうしても先に恥ずかしく感じてしまう。



「えへへ。実はさっきの~ センセイたちの退院のお祝いを遠目でしっかりと見ちゃっていたんだよ~ ハルちゃんが看護師さんに人気だったのを見て、お姉ちゃんすこしだけヤキモチを焼いちゃった~」



退院する妹と姉が抱き合うという構図は周囲にいた他の人からは微笑ましい光景と映ったようで、クスクスとした暖かな笑い声がそこかしこで聞こえてくるようになっていた。






勇者ハルキ改め少女ハルカになった俺にとって、最も幸運な出来事はこのシエルと出会えたことだろう。




まだろくにカタコトの言葉でさえ満足な声が出せずにいたころから色々と世話を焼いてくれ、会話が成り立つようになってからは身よりもなくあてもない孤独な身の上話を語ると、それならと退院後はオレの保護者になってあげるとシエルはそれを快く請け合ってくれたのだ。




これを不思議に思って、シエルはなぜこれほどまで親身になって他人である自分のお世話ができるのかと尋ねてみたところ、シエル自身が幼き頃に教会の孤児院へ預けられて育った身の上をオレに明かしてくれるようになった。




これも何かの縁だよね~ とシエルはそう言って俺が成人する(この異世界では15歳)までの間の保護者になることがそのときに決まったのだ。こうして世間的にはシエルの妹としての新たなポジションが与えられることになったのである。




オレより先に退院したシエルがオレのリハビリ期間中に面会でよく訪れていたことは、灰色一色に見えた入院生活に色鮮やかな日常を取り戻すことになってたいへんに有り難いことだった。もっと正直に言えばシエルが病院へ通ってくれたことは唯一になる楽しみで面会がある度にとてもうれしい気持ちになったよ。君には色々と感謝をしているんだ。どうもありがとう~~!



しかしやはり俺の根っこの部分は日本人なのだ。この言葉を堂々と口に出しては言えずに本人の目の前では照れくさくて満足にお礼が言えないシャイで有名な民族の出身なので、どうもスミマセンです!









二人で並んで病院の玄関を出てから付属する広い敷地の中を歩いて抜けていくと、やがて塀が見える門の外までやってきていた。




「さあハルちゃん。お外で道に迷っちゃうとお姉ちゃんは困っちゃうから、お姉ちゃんとお手々を繋ぎしましょうね~」



そう言ってさも当然と言わんばかりにごく自然にその手を差し伸ばしてきたシエル。この流れでの行動は俺をひどく狼狽をさせていた。




「ハルちゃん、どうかしたの~?」



いやだってそうだろう? 俺は思春期というものを過ぎてからこれまでの間、女性と手をつなぐというのはプライベート上ではこれまで一切したことがなかったからな。



だから「どうかしたの~?」とそうのんきにこちらへ聞かれてもですね、お年頃となっている男子には自分から手を差し出すなんてことは勇気を出す必要があるわけで。



ましてやこの異世界にやって来たもののハードな戦いに明け暮れる毎日の日々で、恋愛経験のイロハもなかった俺が手を繋ぐというのはけっこうハードルが高いわけで。






こうして俺がモジモジとしている間シエルの手はずっと手を出されたままであった。



「ハルちゃんはとても恥ずかしがり屋さんなんだね~ それならしかたがないので~ エイッ」



シエルはなかなか手を出せなかった俺の手をいともたやすくシエルから握って掴んでくれた。




ウワァーオオオッ!!




女の子のシエルの、シエルの、、、



小さくて柔らかな、、、ンン゙?




「うわ~ ハルちゃんの手はとても小さくて柔らかいお手々をしているんだよぅ~」



(グサリッ!)



嬉しそうな顔をしながらエヘヘ~と俺の手をさらに握ってくるシエル。






思春期の男子なら誰しもが夢を見た女の子の手を握るこのシチュエーションはシエルによって男女アベコベとなる感想をもたらした。それはドキドキも恥じらいも甘酸っぱさもなにもかも感じることはなかった。元男の子のオレの夢はこのように無残にもバラバラとなって砕け散ってしまった。




「ウッウッ。、、、オレの夢が」



「んん? ハルちゃん聞き取れなかったけどどうしたの~」



「な、何でもないやいッ!」



「変なのね~ でも拗ねてる顔はとってもかわいらしいんだよ~」



「グスン。いまはかわいいって言われたくないんだ、、、」



「まったくおかしなハルちゃんなんだよ、まあいいけど~」




歩いて病院から坂を下っていくとやがて木々が見えなくなって代わりに騒がしい街並みが見えるようになってきた。




「さぁてこの後は~ お洋服のお買い物から始めましょうか~」



「シエルのお買い物があるのか。しかたがないなーオレも付き合うよ」



「何を言ってるんですか~ ハルちゃんのに決まっているのですよ~ 女の子にふさわしいかわいーお洋服を購入してあげるつもりなんだから~」



「俺(言葉づかいを『俺』から『私』に修正中)、いや私の服だったらこれで十分だよ。病院からは古着の類もいただいてるし」




俺が着ている服は病院でもらった古着だ。無地でシンプルなデザインのワンピースで飾りが一切ないものだ。この服も俺が着るのに抵抗があるというのにさらに女の子らしい服なんていらんわ!




「だぁめぇでぇす~ それは外出で着るものにはなりえません~  それに今日は他にも色々とお買い物をたくさんするのですよ~」




うへぇ。服だけではなくて他にも、だと、、、くっ。



交渉は決裂した!



シエルよ、短い間お世話になったけど、ここでもうサヨナラだッ!




「ゥアばㇵ、ぐぇぇ! ゲホ! ゲーホ! ゲホ!」




繋いだ手を振りほどいて全速力で逃げ出そうとしたが、俺はシエルになんなく首の襟元を掴まれてしまい、敢えなく御用となってしまっていた。




「もぅ~ これから一緒の生活をするのに必要最低限なものを買いにいくだけでしょ~ ついてきてもらわないと困ることになるのはハルちゃん自身なんだよ~」




「わっわかった! もう逃げないから早く緩めてぇ! 、、、ヒィハァハァ、あー呼吸が楽になった、、、過度になる運動は病院ではやらしてくれなかったから相当に体が鈍っているなー、、、あのーだったらせめて、スカートのないお洋服なんて選べたりするの?」




「そぉーんな選択肢は、女の子のお洋服にはあーりーまーセーン♪」



シエルは有無を言わせぬ笑顔で、キッパリとそう言い切ったのだった。






どおしてだ! そもそも俺は女の子の格好をしたくはないんだぁーー!!

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