012 オレの名はハルカ
デイルード城塞都市。
その名前が示している通り、都市機能よりも要塞機能を最優先に重きを置いて造られた急造の都市だ。
この都市が造られた経緯はいまから五年ほど前にまで遡る。
元々この都市が造られる前までは、こんもりとした丘陵がある近場に大河が流れているといったこと以外にこれといってとくに特色もないただの寒村であった。しかもその丘の村の周辺のあちこちではゴロゴロとした大きな石がたくさん見かけられていて、農作物を育てるのにはまるで適していなかった。このように農業生産力がほぼない土地の特長からか主道からは外されたどうということもない寒村だった。
その寒村が都市にまで登りつめたきっかけとなったのは、とても皮肉なことに魔王城がこの世界に出現したことと深い関係があった。魔王城の出現と共に四散する魔王の軍団はその近隣にあった都市群を占拠もしくは瓦礫に変えてしまった。これを見ていた人類圏の諸侯たちは早急に楔を打つべく連合軍の拠点をどこに置くのかといった問題に突き当たった。
その選定にいち早くから名乗りを上げていた男がいた。古の盟約の諸侯連合会議でその寒村を強く推したのがジュリオ王だった。大河を活用して水運力を産み出し各地から届く大量の軍需物資や兵員がそこへ集積できる利便性、魔王軍と対峙する際に必要な強固になる石材の多くが現地の地下に埋蔵されていることを説いて、この地に要塞をつくる承認を得ていた。
デイルード村だったものはこのことにより経済度外視で急ピッチで拡張に継ぐ拡張を続けていき、連合軍を擁して巨大な城塞として様変わりをしていくようになった。道も軍需品の荷馬車が耐えられるほどの石畳のものに造り変えられ、やがて街道が整備されるようになると陸路も物と人の流入が激増することになった。
戦争による軍需景気はやがてデイルード城塞の内需を産むようになり、二次産業に携わる職人がこれに触発されて多く集まるようになった。急激な都市の成長には労働者の不足が懸念されていたが、魔王軍に散らされて各国へ逃れた難民たちがその役割を担うことになった。このようにしていつのまにか一国に準ずる人口を要したデイルード市がこの地に誕生していたのだった。
しかしこうした鰻上りの調子で発展を遂げていたデイルード城塞都市も3ヶ月前に魔王が勇者に討伐されると、それまでの前面に立っていた魔王軍の楔としての城塞の目的は終えることになった。しかしこのことは別の変化をも生じさせることになった。デイルードの統治形態が軍政から民政へと移管されたのだ。
連合軍は魔王と魔王軍がいなくなったことで解散したが、諸侯連合軍が雇い連れてきた様々な技能を持つ職人や商人がこの都市に居残ることも少なくなかった。元よりも大陸の中央部にあるこの地には各国と繋がる交易の中継基地としても実績を伸ばし続けていた。
☆
☆
オレが病院のベットの上で意識を取り戻してから、はや3ヶ月の月日が過ぎ去ろうとしていた。
まともな寝起きや会話ができるようになるまでには1ヵ月、体のリハビリなどには2ヶ月を要した。そしてオレはようやくこの病院を出ていくことが決まったのだ。
病院のカウンターで退院の書類に自分のサインを書いた。
"ハルカ"
これが俺の新たな名前だった。デイルード市の市民登記課にもこの名前で済ませてある。
「やあハルカ君、今日が退院日だってね、おめでとうを言わせてもらうよ」
サインを書き終えたところで後ろから声をかけられて振り向くと、これまでにお世話になったセンセイと看護師たちが集まってオレの退院を祝ってくれていた。
「ありがとうございます」
俺がペコリとお辞儀して微笑みを浮かべると、それまでは自制をしていたのか看護士たちがもう辛抱できないというばかりに、オレをめがけて近づいてもみくちゃにし始めていた。
「ああっん、このモッチモチのほっぺたをもうスリスリすることはできなくなるんだわー」
「いつもサラサラでキレイな青い銀の髪の毛はとても手触りがよかった。この髪でもうあそべなく日がくるなんて」
「はああぁっん、この体のプヨプヨとした抱き心地ったらまさに天使だわ。これをできるのも最後なのかー」
スリスリ、ナデナデ、キューキュー、ギュウギュウ、チュッチュ、ブッチュブチュ、レーロレーロ。
ムム誰だあ! どさくさにまぎれて過激なスキンシップまでしてるヤツわぁ!
「やぁー、やめ、やめー、やめてくりゃ、さいー」
「やっぱり、もう、辛抱たまらないわ!! 可愛いくてこのまま拉致っちゃいたいっ!!」
いやもう、それ誘拐になるんですが。
シュルシュル、シュルシュル、ギュッギュ
そこォッ! 本気でオレを縄で縛るのはヤメテー!
なされるがままにされていたオレを、しばらくしてから見かねたセンセイが助けだしてくれた。
「ほらほら。君のご家族のかたがさきほどからあちらでで待っているようだよ。ほらもう行きなさい」
「ゼェゼェ。ハァハァ、、、センセイ。ありが、と」
今のでずいぶんと余分な体力を消耗してしまった。なんせここにいる間は毎日看護師たちにマスコット扱いにされていたから、そりゃもう大変だったのだ。
最後のときぐらいは看護師たちもきっとまともに見送ってくれるだろうと甘い期待をしていたオレが愚かだったようだ。
「、、、本当にお世話になりました」
「ああ。これからの君の前途に幸あれだ」
センセイはエールを送ってくれた。
オレはセンセイにもう一度お礼を言うと、看護士たちの不穏な気配がまた伝わってきたので、俺は慌ててエントランスホールへと急ぐことにした。
治療費は幸いにも請求されることはなかった。魔王城に捕らえられていた全員には国からの手厚い福利厚生が施されて、その上魔王の討伐に参加した冒険者たちには国からの報償金が用意されていたそうだ。
俺について少しだけ語ることにすると、魔王に攫われて解体台の上であわや夕飯の食材にされかかり、そのショックのせいで記憶喪失になった一般人と認定されることになった。
こうして俺はごく普通になる一般人の少女として、新たな名前の"ハルカ"でこれからを生きていくことになったのである。
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