010 少女は白旗を揚げる




冒険者ギルドの調査員がやって来る当日。





「うーん。今朝も診たけれど心拍数がまだ高いままのようだね。こうなると午後に予定していたギルド調査員の訪問はまた後日にしてもらうこともできるけど、君はどうしたいんだい?」



手に持っていた聴診器を俺の体から離したセンセイはその様子を伺っていたが、俺が首をゆっくりと横に振ったのを見てから励ますように、



「まあ心拍数が高いのはこれから調査員が来るせいなのかもしれないしね。取り調べだといっても主な質問は勇者ハルキの話ばかりだと思うよ。調査員は人を取って喰おうとしているわけでもなんでもないのだから、もう少し緊張を解いていなさい」




こう言ってセンセイは俺の頭を優しく撫でてくれていた。それは小さな子供になるべく不安な気持ちを起こさせないようと気遣って配慮してくれたのだろう。しかしこうした態度は俺の今の姿が勇者ハルキと認識されていないことを如実に物語っていた。






「んもう。あのセンセイはわかってないんだよ~ 銀髪ちゃんが一度、本当に食べられそうな経験をしたことがあるのに~ あの喩えはとても失礼なんじゃない、ってそう思うんだから~」



センセイが出ていったあとに隣のベットにいたシエルが俺の代わりにプンプンと怒ってくれていた。俺にはそんな事実もないのだけどこのことを俺は敢えて黙っておいた。その話は今日に来る冒険者ギルドの調査員にも誤解をしたままにしてそう伝えるつもりだ。




俺が目覚めてから勇者ハルキが失踪したといった風聞に始まり、シエルが見せてくれた鏡の中の少女(オレ)、勇者能力の喪失の確認や今朝に見たゴブリンの夢、そしてセンセイが俺に接するときの態度を見て、俺の肚の内ではひとつのある決断を下していた。



















「それでは質問を始めさせていただきます。あなたは勇者ハルキを知っていますか?」



ブンブンッ





「では勇者ハルキと疑わしき人物を魔王城でみかけたことはありますか? こう身長が180cmの長身で中肉中背の男性で髪の色はわりと白に近い銀髪でして、、、おやよく見るとあなたの髪も銀髪なのですか、、、偶然とはいえ珍しいことですね」



ブンブンッ、ブンブンッ、ブンブンッ





その後もいくつかの勇者ハルキの質問を受け答えてギルド調査員の事情聴取はなんなく無事に終えることとなった。しかしそのギルド調査員は落胆の色を隠さずに大きなため息をついて、やがてがっくりと肩を落とすようになってしまった。





「事情聴取をお疲れ様でした。そのご様子では勇者ハルキの消息は分からずじまいになりそうですか? もしもお仕事上お差し支えがなければその辺のお話を聞いてみたいものですね」




これまで事情聴取をしている間、俺に付き添ってくれたセンセイがパチンと指を鳴らすと、センセイのお側近くに控えていた看護師は部屋からスッと出ていき、今度は布を被せたワゴンを引いて戻ってきていた。



そして布を取ったワゴンにはすでに温まったティーポットとティーカップ、小皿にはクッキーがそれぞれに載せられていた。これらは入念におもてなしができるようにと事前に準備がなされていたものなのだろう。



最初はあっけにとられていたギルド調査員はそれを断ろうとして固辞して帰ろうとしていたが、センセイがのらりくらりとそれを引き延ばすうちに、看護師は流れるような所作でこれをテキパキと各人に分けて配り終えてしまった。そのことに気づかされたギルド調査員はついに観念をして、再び椅子へと腰かけるようになってしまった。





これを見たセンセイと看護師はニヤリとしてお互いに後ろ手でサムズアップを見せていた。今日に病院をクビとなっても息の合ったこの二人なら、明日からでもこの手の勧誘サギで食べていけるのだろうなと不思議に納得をした。まあしかしこれらのことからすると、センセイは殊の外に大のゴシップ好きなのかもしれないと俺はそう思った。






足止めが成功したあとには、ギルド調査員はさあこれは困ったぞと苦笑いをその顔に浮かべながら、肘をW字に高く上げて首を大袈裟にヤレヤレと振る、降参のジェスチャーのポーズをとっていた。



やがて観念して差し出されていた熱いティーカップを口元へと運び、またビスケット掴んでポリポリとこれを咥えながらひとときの時間を楽しみだした。至福でこれが満たされるとすっかりと気を緩めてしまったギルド調査員は、自分の人差し指を口にあてる動作をしてこのことはどうぞご内密にと断りをいれて、彼が調査をするその出来事について語り始めた。




「お恥ずかしいお話ですが全くセンセイの言うとおりで解決とはほど遠く袋小路となっております。勇者ハルキの消息の手掛かりは何一つ掴めてはおりません。私が今回ここへきたこともほんの些細なことでもなにか掴めないかと、一縷の望みをかけてこうして来たのですがやはりそうはなりませんでした」






調査はその始まりからして、すでに手詰まり感があったようだ。



勇者ハルキの超人的でケタ違いの能力からして、魔王城に残っていた残党の敵にやられたというセンは当初のうちから消されていた。勇者の仲間が最後に彼を確認した場所は魔王宮の中にあった浴場でそこから後の行動は一切が不明。可能性としてはとても低いが緊急脱出のアイテムを使ったのかもしれないと、残留魔法の痕跡を辿るために専門家チームで編成された国お抱えの魔法調査団が派遣されたが、こちらの成果も芳しくなくその調査は終わったのだということだ。




「このままだと勇者ハルキの失踪は、調査チームの迷宮入り事件ファイルとして扱われることになるのでしょうな」



二杯目となるおかわりの紅茶をすっかりと飲み終えた調査員は、おやだいぶ長居をしていたようですねと言うと、席を立って近くのハンガーポールに掛けてあった自分の帽子を取り上げ、聞き手側になった各人にそれぞれお辞儀をしてから丁寧に立ち去っていった。









ーーー俺は調査員に真実を語ることはしなかった。



有り体のままに俺というものを分析したところ、勇者の装備を召喚できなかった俺は一介の只の非力な少女でしかなく、この姿のままで自分がハルキだと言ってみても誰も本気で取り合ってくれる人などいるはずもなかった。もしそれが度を行き過ぎた行為なら俺は狂人として専門病院に閉じ込められてしまうのがオチとなるのだろう。



この姿になった少女に関する情報は何も知らず、種族も出生地も年齢などもなにもかもが不明のままこれからの人生を歩まなくてはならない。こうなってしまったことを嘆いている時間があったら自分自身で解決を探っていくより他はなかったのだ。






俺は自分に白旗を上げると少女の人生を受け入れることとし、新たなる人生のスタートの幕を開くことにしたのだった。

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