009 オレとゴブリンの結末
「フフーン♪、フンフーン♫」
俺はずいぶんと上機嫌となって鼻歌を出しながら通路をブラブラとして歩いていた。ここはかつて魔王が生活をしていたと思われるスペースの魔王宮の中にあった。
まあそれもそのはずで、異世界へと渡ってきてからかれこれ4年の足かけにしてようやくに魔王を倒すといった大願を成したばかりの俺にとって、この時点で気分がいささかにも有頂天気味だったというのも、今にしてみれば致し方がないといえるものだと思う。
「あれえ? ところでどうして俺はいまこうして歩いているんだ? そういや目的があって俺の仲間たちを探している最中だったんだよな。いや今となってはどうでもいいことか」
目的など特になくぼんやりと歩く様になった俺の風体はひどく呑気なのであった。先の勇者と仲間たちご一行と魔王とその取り巻きたちの戦いにおいて、この魔王宮にいた余剰戦力まで全て駆り出された後の通路では、もはや敵と呼べる魔物の遭遇など有り得ないことを俺自身がよく知っていたからだった。
こうして半ば考えることも放棄しだした俺はさらに鷹揚になってどこまでも歩き続けていると、足が向いている行き先の方からなにやら不穏となる気配がやがて感じ取れるようになった。
、、、ヒタヒタ、、、ヒタヒタ、、、
俺の耳はごく小さな音に過ぎなかった足音を瞬時にして最大限を漏らさずに拾っていた。その足音はこちらに向かって次第により大きくなっていった。
近づくにつれてそれは複数の足音だとわかるようになった。ときおりにキーキーと甲高く吠えるような声のありさまに、これが魔物特有の類だろうと知ることができた。
魔物の危険はもうないものとばかり思っていたのだが、どうやらそれはひどく甘い考えであったらしい。足音はやがて走る音を止めてこちらのほうへとだんだんに近づいてきた。
それは突然に俺の視界の中へ飛び出してきたが、見ればなんと意外なことにゴブリンの一団であったのだ。
俺は思わずに目を疑ってしまった。それはむしろ仕方のないことだとは思う。ゴブリンごときが魔王城の最上階層のステージへ現れてきたのだから。
ゴブリンというものは魔物クラスの全カーストの中でもっとも最下級に位置する小さな生き物だ。身長は差異があるが1メートルに満たないものが多い。その外見は見た目通りに脆くて戦闘訓練を受けていない村人が単独戦で苦も無く打ち倒せるほどの脅威度でしかないのだ。
ゴブリンも自分の脅威度は織り込み済みなので、馬鹿正直に単体の戦い方を挑みはしてはこない。ゴブリンが村人を襲うときには大抵は一団の束となって襲うスタイルをとるのが常ともなるものだ。
「魔王さまハ、どこダ?」
「おれタチ、援軍! 援軍! 強い、強い、強力なエングン!」
彼らの会話の内容から察するに、魔王戦を聞きつけて遠方から駆けつけてきた一団、とでもいったところなのだろうか。
俺が唖然となってそのまま立っていると、ゴブリンたちが俺に気づいて騒ぎ始めたようだ。
「人間ガ、いるゾ! いるゾ!」
「あいツ、キラキラする、ガウン、着て、いる!」
ガウン??
自分の姿を確認してみると、少し引きずる形となった大きめのキラキラしたガウンを確かに羽織っていた。
ああそういえばこれって、大浴場で手に入れた魔王の持ち物だったあのガウンなのか。
兜をかぶったリーダーらしきヤツが手慣れた手つきで片手をサッと上げると、後ろに控えていた二匹のゴブリンが俺の左右を素早い動きで挟み込んで戦闘態勢に入った。
「殺ス」
「ったくっ」
これではいたしかたがなかった。勇者の装備を召喚することについてはゴブリン相手に対して大人げ無いと思ってやめた。徒手で十分だと思ったからだ。
対策として俺はすぐにオーラを纏うことに決めた。いわゆる"威圧"というものだ。これにより低級の魔物たちはこれを見て気絶をしてしまうか恐慌状態に陥って逃げていってしまうのだ。
「ふぬうんっ!」
、、、 、、、 、、、あれえ?
「殺ス」「殺ス」
効いてはいない? これまで失敗したことのなかったスキルがまさかの不発だって?
ゴブリンは大した抗魔力などは持っていなかったはずなんだけどな。こいつらはもしかして特殊な例なのかもしれない。これは返り血でまた浴場に入り直さなくてはだな。
「殺ス」「殺ス」「殺ス」
ジリジリと俺を取り囲む距離がさらに縮まった。俺は慌てずに徒手の構えを取ろうとしたがその構えをとろうとする前に、俺の体は彫像のように筋肉が固まってしまい、そのうちに全くといっていいほどに動かなくなってしまっていた。
ええええ、ななんでだッ!
俺の警戒モードはここで一気に跳ね上がった!!
ピトリッ
いつの間にか俺の後ろには鋭利な冷たい金属らしき感触がその首筋を狙って押しつけられていた。突き出ているその武器をみると手入れのなされていない赤錆びたナイフだということがわかった。
ゴブリンのうちの一匹は俺が慌てて気づかないうちにハイドのスキルを使ってまんまと俺の後方へと回り込んでいたのだ。
いーや、まてまて! これには異議があり!
だってこれ、おかしくはないか?
180cmの長身の俺が、ゴブリンの二倍程になる背丈の俺が、首元にナイフだと?
「ナニも、おかしくハ、ナイゾ」
兜をかぶっていたゴブリンは正面から1歩2歩3歩とまた近づいてから、ニタリと醜悪に歪んだ表情をして笑っていた。
ゴブリンはゴソゴソと自分の背中側をまさぐると、どこかで見た覚えがあるコンパクトタイプの鏡を取り出してそれを開くと、それを差し向けて俺の顔をじっくりと映し出してみせた。
その鏡の中に投影された俺の顔は勇者ハルキの顔ではなく、見覚えがまったくないあの少女の顔だったのだ。
「ケケケケッ、ケケケケッ! オマエはイマ、少女なのダ、カラナ」
☆
チュンチュン、チュンチュン。
チ、チチチ、チチッ、バタバタバタ
窓の外に映る景色はこれまでの真っ黒な夜の帳から薄焼け色の光が差し込んでいる明け方の模様を描いていた。
ハァハァ、ハァハァ。
ーーー悪夢だった。
現実では出会うこともなかったゴブリンたちが自分を襲う、そのような悪夢の内容だった。
目覚めたときは体から汗が全身から吹き出していて、心臓が喉から飛び出すのではないかと思うほどに心臓の鼓動が激しくバクバクと鳴っていた。
そして現実の思考を取り戻したばかりだというのに、俺はそれを早々に放棄してしまいたい気持ちとなって再び目を閉じてしまった。
きっとこの現実を逃避したい気持ちがいっぱいなのだろう。原因そのものについてはすでに明白ではあるのだが。
頭をからっぽにすると、やがて浮かんでくる鏡に映っていたあの少女の顔。
銀髪の、、、それは元々のものだった。
しかし長い髪を持つ少女の銀の髪色は、勇者ハルキのそれよりもずいぶんと青みが増していたように思えた。
顔の造形は、、、東洋人である俺のパーツは元よりも見当たることはなかった。頭ちっさ、マツゲながっ、唇うすっ、目鼻立ちくっきりであった。
肌の色は、、、例えて言うのならばまるで陶磁器のような白さのようで病的に近いものがあった。生まれてからこのかたお日様などに一切当たったことのない、そのような白さのようだった。
あれらはどこをどうとってみても、、、俺とはまったくの別人の顔となる。
しかし鏡の中にいる少女は俺が狼狽の表情をすれば同じ表情を作ったし、口をパクパクとすると同じようにまたパクパクと口を動かしていた。
このことは、俺が鏡の中の少女と同一人物なのだと証明をしていたのだ。
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