008 鏡の中に映る真実
午後のさわやかな風が吹くのどかとなるお昼過ぎ。
それまで忙しく動いていた病院内の職員たちがお昼の時間を迎えると、ある者はランチボックスを片手にして中庭のベンチへ、ある者は友人と楽しく歓談を交えて昼食を思い思いに摂っていた。
またすでに昼食を食べ終えた人は早くも昼寝を始めたり食後の運動でバドミントンを始めたりする人が次第に現れて、それぞれが自由な時間の過ごし方を満喫していた。
そうした賑わいを見せている病院の中にあって、俺はというとこれから起こることにひとしきり緊張を隠しきれずにいた。
(、、、“勇者が呼びかける”、、、)
このキーワードは特別なもので、唱えると勇者装備限定での召喚が可能になる呪文であった。俺が勇者だと認めさせるにはまずこの勇者限定の召喚ができるということを証明させて見せなくてはならない。
この召喚時には周囲にいる人たちから注目を集める光が発動するデメリットがあった。実用的にはいらない機能なので省いてはどうかとアドバイス神に以前何度かお願いをしてみたが、これは勇者の証明で必然なものだと語っていたことがあった。変なところに勇者の括りがあるのだなとは思うが、むしろこれができさえするのなら俺が勇者だとする証明になるわけである。
俺はドキドキとしながら心の内でキーワードを唱えた。
(“勇者が呼びかける、いでよ勇者の剣”)
これまでは心にそう念じただけでアイテムの召喚が応えてくれていた。
、、、、、、
が無情にもそのアイテムの顕現はなかった。
(“勇者が呼びかける、いでよ勇者の盾”)
アイテムを替えてみてもその結果はやはり同じようだ。そしていくら待とうとも一向に顕現する様子はまったくなかった。
このときにハルキは、自分がもう勇者ではないと知ったことに愕然とした。
そして”絶望”の言葉の意味をいつまでも噛みしめていたのであった。
☆
意識をようやくとり戻したのは、自分のお腹がググウゥーと鳴った、夕暮れをかなり過ぎた頃だった。
「銀髪ちゃん起きているぅ? あ、やっとこっちを向いた~ よかったぁ。何度も呼びかけてもぉ、両目を開いたまま瞬きもせずに、何時間も動いていなかったからぁ、本当に驚いちゃったよ~」
シエルはホッとして自分の大きな胸を撫でおろして安堵をしていた。
あのシエルさん。前々から思っていたことだけど、俺のことを銀髪ちゃん銀髪ちゃんと、ちゃん付けで呼ぶことはすぐにやめてほしい!
16歳の女子からそう言われ続けているのって19歳の男子にとって情けなくなるからやめてほしいんです! 言葉が出せるようになったらそこは強く改善を要求させてもらいたい!
「銀髪ちゃーん? あれ? あれあれえ? もしもし、また聞こえなくなっちゃったんだよ~? ねえねえ聞こえてるぅ~?」
おおっと。
俺はシエルの呼びかけに首を縦に振って、意識があることを知らせるために大げさに頷いてみせた。
シエルはそれならお話しでもしようか~と言ってきた。
「今朝にセンセイが話してたのを聞いていたんだけど~ 明日の訪問のことを気にしてたの? ああもしかぁして~ 銀髪ちゃんは勇者ハルキさんの失踪に興味があるの~?」
俺は嘗てないほどにものすごい勢いでブンブンと猛烈に首を縦に振った。
まあもっとも俺の目はずっと長時間見開いてたせいで充血をしていたはずなので、このときの顔の形相というのはきっとものすごいことになっていたことだろう。
「そっかぁ~ それならまずは~ 私のことも少しお話しておかないとだねぇ~」
シエルの話を聞いてみると、彼女はやはりというかあの牢屋にいた囚人たちのうちの一人であった。魔王宮の頑丈な牢屋には、シエルと同じ境遇の人たちがたくさんいたということだった。
彼女は勇者ハルキの仲間たちが牢屋へきて救助した際には勇者ハルキの姿を見ていないそうだ。またシエルの周囲にいた人たちの証言もみな同様であったという。
まあそうなるはずだよな。その頃の俺は仲間たちとは離れて大浴場にいたもの。牢屋の部屋まで行ったときも扉の小さな隙間からそっと離れて隣の部屋に移ってしまったから、俺との接点がなかったと言うのはまさしく正しい。
「勇者パーティーの人たちは~ 私たちが牢屋から出たあとはその人たちも一緒に手伝って~、勇者ハルキが行方知れずで探してみたけれど~ どっこもいなくて。これはもしや~ 思わぬ事態とかに遭遇しちゃって~、緊急脱出用のアイテムとか使ったんじゃね、ってゆー話におちついてぇ。帰ってきたらこの騒ぎになっちゃったというわけ~」
なるほどな。パーティーの仲間たちにはずいぶんと多大な迷惑をかけてしまったようだ。
けれど俺は牢屋の部屋の隣にあった部屋で不謹慎にも眠りこけてしまっていたはずだ。なのに俺はそこでは見つからなかったという。
これはいったいどうしたわけだ。
俺が難しい顔をして考え込んでいるとシエルは不思議そうな顔でこれを見ていたが、俺の顔を眺めているうちにあっと思い出したかのようにしてこのように言い出した。
「あ~そのときの銀髪ちゃんのことなんだけどぉ。私達の牢屋の隣側にある部屋の中で~、解体台の上で大きなガウンに包まれていたのを発見したんだよ~」
それだ!
解体台の上で大きなガウンを着ていた人物だというのなら、他をおいてもそれはもう俺であるはずで間違いはない。
この客観的事実は俺が勇者ハルキだということを立証してみせた!
あとは明日に来るギルドの調査員が、俺を知るマトモな人間であることを祈るだけだな、うん。
そこまで話すとシエルは俺に近寄ってきて自分の指先を俺の前髪へとたくし上げながら、
「でも本当に良かったよねぇ~ もしあのタイミングで勇者たちが助けに来てくれなかったら、あの夜の晩のディナーコースの食材に銀髪ちゃんはひょっとして使われてたのかもだよ~」
シエルのそれは杞憂というものだ。なにせ俺が解体台にやってきて眠ったときには、魔王との闘いはすでに終わった後のことだったのだからな。
ウンウンと一人で悦に入る俺の顔をみたシエルは、ディナーの話を肯定されたとでも思ってか尚もその勘違いを継続していて、
「でも安心してね~ 昨日の失禁の件があったときはよい機会だから銀髪ちゃんの体を隅々まで確認したんだけど~ どこにも身体に見える傷はなかったし厶問題だったよ~。あ、自分の顔だけでもとりあえず確認してみるぅ~?」
シエルはこのときに自前のコンパクトタイプの鏡をサッと取り出すと、それに俺の顔を映し出して見せていた。
「~~~✕△□凸凹!っ!」
俺はこの日に人生の最大級となる脳内パニックを起こした。
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