007 ハルキが消えた?





「ウッウッ、ヒック、グスン。ゴメンナサイ、、、ゴメンナサ、、、ィ、、、」



シエルは俺の枕元のそばで泣いていた。もちろんシエルに罪はない。今回の件は俺がシエルを動揺させて巻き込んでしまった感がある。



一言で言ってひどい有り様だ。彼女のダイブで俺の下半身からは我慢していたものが捻り出されてシーツを伝わり床下にポタリポタリと滴り落ちていた。



布団を捲くれば世界地図の大きなシミができていることは容易に想像がついた。俺の顔はこの羞恥心で真っ赤になってしまっている。






センセイと看護師はシエルが突然に駆け出すのを見ると何事か起こったものかと一旦は近寄ってきたものの、この惨状を知るやいなやこれからどうしたらよいものかと行動を倦ねて佇んでいた。



だがそれもほんのわずかな時間の合間で職業柄とでも呼ぶべきなのだろうか、センセイ方もこうした対応に手慣れているのか、



「おやこれは本当に目がさめたようだ。ハッハッハツハ、目出度い目出度い。いやー良かったねーオメデトウ!」



とわざと大げさな声を出して世界地図については見て見ぬふりを決めたようだった。センセイのそのスマイルが営業向けでとってつけたようなものであることはいまさら言うまでもないだろう。



俺が10日間も意識が戻らないことを知ってもうダメなんじゃね、って宣言した人物だと今更に知っているから、そのあざといスマイルがよけいに白々しく見えるわッ!




こうしてセンセイが俺に話しかけている合間に看護師のほうはテキパキと業務を開始していた。窓を開けて換気を取り入れると周囲の患者さんからこの惨状が見えないようにカーテンをそちらにだけ引いていた。



そして応援の看護師を呼んでから湿っていた寝具一式を瞬く間に回収してしまうと、その間に俺の体を乾いたタオルと湿ったタオルで交互に拭いてから新たな着替えをしてくれた。



俺は首から下の感覚が戻っていないのでそれの感触はもちろんわからないものの、とにかく恥ずかしかったので看護師さんたちの作業中は目を閉じ続けている他はなかったのだった。



ところがその様子をシエルがいつの間にやらへーとかほーとか感嘆を述べる声が耳元へ聞こえてくるではないか。わあ銀髪ちゃんとても可愛いらしいんだよと感想を聞いた際には、もう俺をこの世から抹殺して下さいなんて神に祈りましたよ。



トホホホ。









そんなこんなで次の朝。



「銀髪ちゃん、おっはーだよ~」



昨日の俺にとっては最悪だった黒歴史の最上位にランクインした出来事は、シエルにとってはすでになかったことの扱いとなっているのか、平常運転をしている彼女であった。




そして午前中の朝の早い時間にセンセイが健診に訪れた。



「はい、あ~んをして。結構結構。心音もとくに異常はなしと。健康上の問題はとくに見当たらないみたいだね。体の自由が効かないのと発声できないのはリハビリが必要になるから地道にがんばっていこうか」



センセイは心音器を耳から外して肩に置きカルテの作成に取り掛かろうとしていたが、それをふと思い出したかのように、



「ああそうだ。君にはお願いしたいことがあるんだった。起きた早々で頼まれ事を話すことになるけれどちょっといいかい? 明日のお昼の食事後に冒険者ギルドの調査員がどうやらこちらへお見えになるご予定になるそうだよ。君が言葉を発することはできないことはもちろん向こうには伝えてあるから、今回は言葉を使わずに応答をするだけでも頼めないかな?」




ああいけね。そういえばそうだったわ。



勇者ハルキの意識が戻らずに10日間も寝込んでいたことは、きっと世間上ではセンセーショナルなニュースとなって流れていたことだろう。俺の体は見ての通り首から下は動かないし声も発することはできないが、冒険者ギルドの調査員が俺と連絡を取りたいというのならすぐにも会っておいたほうがよいのだろう。



そう思うと俺はセンセイに首を縦に振って了解のサインを示した。それを目で確認したセンセイは満足そうにしてから再びカルテの記入へと戻った。






「すまないね。あちらは10日前の事件が進展していないことに少々苛立ちを感じているらしくてね。あの有名人の勇者ハルキが忽然と消えてしまって一刻も早く事情聴取を行いたいということのようだよ。でもあれだよね、私の見地からこの事件を言わせていただくとするなら、10日以上も行方がわからないとなればその消息もほぼ絶望的になると思うんだ。まあ君のほうは運よく回復に向かっているからもう大丈夫だと思うよ」



センセイはカルテに記入し続けている些細な時間の合間に、巷での噂話を俺に親切に教えてくれたつもりなのだろう。書き終えたカルテを閉じると俺をよく見ることもせずに、忙しそうに形式的な挨拶をすると次の患者に向かって立ち去っていった。



センセイがもしもこのときの俺の顔色を見ていたのなら、顔色からすっかりと生気がなくなってしまったことを見て一体何事があったのかと、さぞやびっくりとなさったはずだった。




な、、、に、、、これはどうしたことだ?




先ほどセンセイがそういっていたように、こういってはなんだが勇者ハルキは有名人だ。



この異世界では俺の数々の活躍を描いたプロマイドがいまやダントツの売れ行きで、新聞のニュースも手伝って俺が誰なのか知らないといったことは庶民の間でもまずありえないことだろう。



センセイが語った話によると、冒険者ギルドの調査員が明日にここに来訪する目的は勇者ハルキの消息を知りたいがための訪問だということだった。その訪問を俺は勇者ハルキが回復したお見舞いにくるものだとそう思い込んでいたのだが。



俺は今こうして存在しているのに勇者ハルキの存在はないとしているのだから、これはいったいどうしたことなんだろう?






俺は傍から見たらいったいどのように見えているのか。もしかすると包帯巻きをした人のように顔の判別がつかないほどに顔がグチャグチャになっているとか?




さっぱりとわからないままだ、、、



俺が、俺がどうなっているのか誰か教えてくれ。

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