006 シエル、マジ女神!




身体を拭く半裸の女性の裸を見ていたことを一度は見逃してもらった手前からこれ以上見ているままというのも失礼に当たる。



俺は首の向きをクルリと反対側にある窓の外へと無理やりに変えたのだか、それを見ていたシエルは正しい理由を知らずにその様子をみて具合が悪くなったのかと心配をして、



「あ、うっかりとついつい長話をしちゃったんだよ~ 銀髪ちゃんはまだ目覚めたばかりで安静にしておかないといけないのに、私ったらもうっ。ほんとうにごめんなさいね~」



と自分の頭をコツンと叩いて謝った。それは違う間違いだと態度で示したかったけど、シエルのほうを振り向くと女性の半裸が目に入ってしまうのでこのまま同じ姿勢で黙っているしかなかった。



それからシエルは無言となってベッドをそっと音を立てずに降りた様子でこの部屋からは出ていっていずこかへと消えてしまったようだ。






会話のできる相手を失ってしまうと俺はとたんに暇となってしまい、目が覚めたばかりということも手伝って再び眠りにつくことなどできずにまた辺りを観察することしかせいぜいすることがなくなってしまった。



体を拭いていた女性を一瞬だけチラと見ると衣服を整えて着替えていたのでようやくほっとすることができた。その女性はタライに持っていたタオルを入れるとまたシエルと同様に部屋から出ていってしまっていた。



このことで部屋の中で動くものなどは全てなくなり物音が一つもない静粛が訪れるようになると、やがて自分が呼吸をしている静かな息づかいだけが聞こえるようになった。




(ううーん、暇になっちゃったな。どうしようか、、、ウッ)



気が抜けたようにボンヤリと窓の外を眺めていると不意に自分の下腹部の付近からいきなり尿意が催した反応をした。オレにとってそれはまったく突然の出来事であった。お腹が膨れた感覚がにわかに湧き起きると途端に用を足してしまいたい強い衝動に俺はかられてしまったのだ。



しかしながら首より下は身体の指令が伝わることのない今、オレが自分でベッドから起き上がってトイレにいくことをするといった芸当ができないのは必然となる理である。




(クッこれは、、、これまで感じたことがないものすごい尿意、、、)



ほんのわずかに緊張を少しでも解けば、、、



((ヴああああッ゙ッ!!))



(やヴぁい。マジで超ヤバ!)




ここでもしも失禁などやらかしてしまったらと思うとまた違う意味での悪寒が自分の背筋を走っていく。それに何故なのかはわからないが蛇口が緩くなったとでも言えばいいのか、尿意を我慢する制御機能が以前と比べると著しく落ちたというか、そもそも蛇口そのものが失った感覚があるのだけど。



(アヒィ~! 考え事をしていると尿意が増す増すこみ上げてきてヤバくなってきた。とりあえずはガマンだ、ガマン!)



ここはやはり助けを呼ぶのが正解なのかもしれない。声を出すことが最善となるのではないか。膀胱と戦いながら喉奥から出る声は空洞をそよ風が吹き抜けるかのようなヒューヒューとした小さなかすれた音のみだった。




((ウッウウ、アアー、アアー!!))



「ァ、、ァー、」



必死でこれを叫んでいると音はいつしか聞こえてくるようになった。しかし声量自体はまだまだ小さいままである。



このまま声量を増やし続けることができれば、やがては周りの人に気づかれるようになるのかもしれない。




いや、、、だがまてよ?




この状況下で声の届く範囲が拡がったとしても部屋に今いる人は全身が包帯巻きで動けない人だけではなかったか?



万が一にもその人に気づいてもらえたとしたとして状況は果たして好転するのか?




(ハアア、ダメじゃん、、、ウッウウ!)



俺はしょんぼりとして気合いを抜いてしまったのがことさらとてもマズい結果を巻き起こしてしまったようだ。




尿意は限界マシマシだ!




(~~~ッ!、~~~!)



(ヤバイヤバイッ! チクショウ、静まれっ! 静まってくれ!)




あーあーあー不覚にも、目には大粒の涙が滲むようになってきたよ。



あれ? 俺ってこんなに涙腺が脆かったっけかな?




((とゆうか、いまはそんなことを悠長に気にしている場合じゃないんだって!!))






尿意がすでに限界でもうこれまでか、と情けなくも諦めようとしたちょうどそのとき。



俺の両眼はこの部屋へ入ろうとしていたシエルの姿を目敏く映していた!




シエルは俺がものすごい形相でそちらを見ていることを知ると、呑気だったシエルにもその緊張が伝わったらしく慌ただしくもこちらのほうへ駆け出していた。



「どうしたの~ よくないことがおこっちゃったの~?」




シエルが立っていた部屋の入り口では白衣のセンセイとおぼしき人物と連れの看護師の姿が現れていた。



(そうか! やった!)



俺が意識を取り戻したことを知ったシエルはセンセイを呼びに行っていたのだ!




(ハッハッー!)



(助かった、助かったぞーー!)




おおシエル。



俺には君がいま女神様に映ってみえていますっっーー!!



いや、この世界では女神様って存在が比喩ではなく本当にいるのだから、こんなふうに使ってはいけないことだと分かってはいるのだけれど、まあその辺はこの緊迫感から思わず吐露してしまったことを察してくれ!!






俺のすごい形相を見て駆け出したシエルは、実のところは俺の顔以外は注意を疎かにして走っていた。



普段からおっとり気味であった彼女は俺のベッドへ近づくやいなや、突然に何もないところで派手ーにコケてくれたのだ。



そして自分の体を俺の下腹部を目標としてダイブする姿勢を見せて。



こんなときって走馬灯のように、本当にその瞬間がスローモーションでみえるんだ、ってゆうのを生まれて初めて経験をしたね。




俺はこの瞬間に悟っていた。



俺の黒歴史の中で最上位に書き加えられる出来事がいま書き換えられたことを。

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