002 ガウンと解体台
「フッフー、フッフー」
ああ、熱い。熱い。熱い。
さきほどから体が、異様なほどにとても熱い。
大浴場から出た後にパーティースキルにあるメンバー追跡を用いてこれを追っていると、やがてある部屋の前でその矢印マークは巨大な反応を示していた。
「仲間はここにいるようだな」
俺は部屋の扉を少しだけそっと開いて部屋の中を確認したところ、はたして俺のパーティーの仲間たちがそこにはいた。
その部屋の内部の構造は大きな一つのフロアとなっていて、壁際には各区画に鉄格子がついた頑丈な小部屋をいくつも備えられており、その鉄格子のその隙間からは人の両腕がいくつも覗いていた。
目をさらに凝らしてみると、各区画の牢屋には捕らえられた囚人らしき人たちがいるのが解る。俺の仲間は目下それらの牢屋の解錠をしている最中であったらしい。
囚人達の様子をみれば、解放される瞬間をいまかいまかとじれったそうにしながら解放の時を待ち焦がれているらしく、この部屋の全ての人の目が仲間の解錠作業の一点だけに注がれていた。
牢屋はよほどに頑丈らしく、仲間うちで力自慢の戦士が鉄格子を力いっぱいに引いてもビクともしないようだ。魔法使いが使う破壊魔法は牢屋の内部にいる人を被害に巻き込む恐れがあって使えない。アンロックによる魔法の解除はこの牢屋に有効ではないらしく、シーフが持つ技能スキルだけがこの解錠作業では有効である事が見て取れた。
俺はその仲間たちに勇者の力を貸し与えることができた。具体的には俺と仲間がある一定の距離内に入ると、俺の勇者の力は筋力や素早さや魔法などを数倍に引き上げることができた。言うなれば俺がそこに存在することで皆が超人となれるのだ。
俺はさっそくに仲間がいる場所に足を踏み出そうとして扉に手をかけた。そうすれば仲間はいともたやすく鉄格子をアメのように曲げるのもたやすくなるだろう。がしかし自分の姿を見てハタと考えた。そうだった、、、俺はガウンを羽織っていたままだったのだ。
「あいつらを助けてもいいが、このガウン姿で歩いて進むと囚人たちの勇者のイメージダウンになるよな。かといって元の服はボロボロになってしまっていたから今さら着たくはないな」
自分が羽織るケバケバしいガウン姿を身返した勇者ハルキは、緊張感の漂う場所を台無しにする場違いの格好をしていることから出ずらくなってしまった。考えた末にもしかすると隣りの部屋になら囚人たちの衣類がもしかすると残っているのではないかと思い立ち、コソコソと隣の部屋へ移動をするのであった。
☆
「、、、はあ。ここはどうやらハズレのようだな。おや、部屋の中央には解体台が置かれている、、、これはヤバいな」
隣の部屋は調理場となっていた。部屋の真ん中には一際際立つ大きな解体台が目に飛び込んできた。
ウプッ。
それを見てイヤな想像をすると気分がとてと悪くなった。ここからさっさと出ていこうとした矢先に、俺はそこでとんでもないものを偶然に発見してしまった。
それは氷嚢庫のあるガラスケースの中にあったものでこの異世界で見ることは初めてになるものであった。人間の片手サイズで持てるガラス瓶に入った茶色っぽい液体の瓶がいくつも入れられていた。
「これは、、、この異世界では手に入らなかった、夢にまで見たほどのアレ、そうなのか?」
俺の体は元々がすでに焼けるような熱さで喉はカラカラとなった状態である。氷嚢庫にあったその瓶は見るからにキンキンに冷やされているのがここからでもよくわかる。
勇者ハルキはフラフラと歩み寄って氷嚢庫のある場所までやってくると、やや震えた手でガラス戸をガラガラと開けて、思わずその瓶を手にとってしまった。
震える指で蓋のラベルを外した。
キュッポンッ。
開封した瓶の中には、ユラユラと自分の顔を映した茶色い液体。
、、、、、、、、、
クン、クンクン。
さすがに躊躇うものがあったのか、蓋を開けてもしばらくは瓶を確かめたり匂いを嗅いだりしながら、ガラス瓶を見つめるだけだった。
見た目はほぼアレとそっくり同じではある。だが同じものであるはずもない。しかし1日分を働いて(それも肉体的な重労働をした後で)風呂を出た後に、キンキンに冷やされた飲み物をもし手にしていたとしたら、同じ日本人としてこれに抗える人がいると思うだろうか。
「、、、ええエいッ! ままよ!」
一口、まずは一口。ハルキは外気にさらされて水滴が浮かんでいたガラス瓶の、その表面にツブツブと現れた霜を愛おしそうに見つめて、ついに我慢ができずに瓶の口を自分の唇へと押し当てた。
「、、、、、、ナッ、ナニ、コレハーー! 激甘のあじダァーーー!」
瓶の中身はやはり件のコー○ー牛乳とは違ったものではあったけれど、甘い飲み物には間違いはなかった。
疲労している体に糖分の摂取は必要だ。乾いている喉はもっとよこせとハルキの脳へシグナルを送り出していた。
そして持っていたガラス瓶の中身を今度はまるまるっと飲み干すと、他にもあった瓶のほうにまで次々と両手を伸ばしていき、気がつくとすべての瓶を空にしてしまっていた。
「ゲフッ。ご馳走さまッ」
飲み終えたハルキは、誰もいないのに手と手を合わせていた。やはりこれも日本人の性のなせるワザである。
仲間たちの分を残しておかなかったことに罪悪感が芽生えたが、ここで疲労感のほうがどっと出てしまったのか、すぐにでも眠たいといった衝動に抗うことができなくなり、目の前にあった解体台の上にかろうじて体を乗せると、その場で意識を手放してしまった。
「グカー」
すぐ後で隣にある牢屋の部屋からは多勢の大きな歓声が沸き上がったのだが、ハルキはすでに熟睡に入ってしまった後だったので、それが聞こえるはずもなかったのである。
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