001 勇者の憂い




「ハア。毎度そうなんだが、あいつらいつも一緒に入ることを嫌うんだよな、、、裸同士のお付き合いを一度はしてみたいと思うんだが、それもかなわずか。実に残念だ。いまにして思うと旅の行く先々で銭湯を建てて整備してみても入らなかったぐらいだからなあ。こりゃあ、その目論見も外れたな」





そうなのだ。実はこの勇者ハルキこそこれまでは馴染みのない、一般人が多く集い合って入浴をする銭湯の概念を初めてこの異世界に持ち込んだ人物だったのである。



それまでのお風呂といえばよくてもたらいの行水に毛が生えた程度のもので、お金持ちの一部のみがバスタブを使ってぬるま湯を楽しむような生活をする程度。



熱々のお湯にタップリと肩まで入るお風呂の習慣に慣れ親しんだ勇者ハルキにとって、このタイプのお風呂が存在しない異世界には我慢ならないものがあった。



それがないのならばといっそのこと銭湯の楽しさを異世界の人々に知ってもらおうと、自分が稼ぐ莫大な収入をそれこそ湯水のように注ぎ込んで、今日どの町にもある銭湯サービスを定着させたのであった。



もともと娯楽性の乏しかった異世界ではハルキが紹介したこのサービスが大ブレイクして、いつしかハルキの知名度は勇者というよりは銭湯王としての二つ名で有名になってしまったほどだ。






カポーーン。




俺の恥ずかしい二つ名なんかはこの際どうだっていい。魔王を倒したことで俺はようやくにその役目を終えたわけだ。





俺が伝え聞いた伝聞などによると、魔王というものは一度倒されると次の百年の間は世に出てこないらしい。次となる魔王戦にはまた次代の新たな勇者が選ばれるというので、俺は今期限りでお払い箱となるのだそうだ。





「そうか、あれから、、、俺がこの異世界にやって来てから、すでに四年という歳月がいつの間にか経っていたんだな」






俺自身はいま現在、19歳になっている。



勇者召喚の儀式で日本から呼びだされて以来、異世界に召喚をされた時点からこの魔王城にいる魔王を倒すこと、それだけが俺に与えられた課題であり宿命でもあった。



そしてこれをようやくにして達成することができたのだから、俺が今多少の我儘をしていても勘弁して欲しいものだ。なによりお風呂に入る楽しみが俺の生きがいとなっている。これはそのご褒美だと思っているのだ。





カポーーン。





フウウウ。いい湯だ、、、さて、これからのことを、、、行く末を頭の中で考えてみる。




羽根をのんびりと休ませてほしいところではあるけどそうも言ってはいられない。勇者の力はしばらく復興事業などに当てなくてはならないだろう。



それに先々には討伐成功の式典もあるだろうから、これからは別の面の忙しさも待ち受けている。面倒この上もないがこれらもいた仕方のないものなのだろう。





カポーーン。






実はそれよりも、元の世界に俺が帰るのかをこの際はっきりと決めておくべきだと思う、、、どうしたもんかね。



勇者稼業と暇さえあれば銭湯事業に精を出していたせいなのかこちらの異世界では色恋沙汰もさっぱりなかったことだし、こちらに残す家族も家庭もないのだから未練といったものは特にない、、、




カポーーン。





、、、いや、あるな。未練というのがいいのかそれとも心配事は多分にある、、、アイツは俺がこの異世界を立ち去った後に、、、果してうまく渡っていけるのだろうか。



それはアイツ自身がいつかは必ず乗り越えていかなければならない問題だし、勇者の仕事で片付けられるものではないのだが。



アイツとは出会ってもう5年か。最初にあった頃はアイツも、、、いまではよく懐いて、、、俺のおとうと、、、



、、、グウ



、、、ブク、ブク。。。





ーーーおわわっ! ととと、あっあぶねっー!!




思考に入り込んで、あやうくここで寝込んでしまうところだった!









「ハアァー、まったく実にいい湯だった~」




俺一人の貸し切りになっていた魔王宮の浴場をタップリと堪能した後、満足した笑顔でその場を脱衣所へ替えていた。



「俺はツイてた。「魔王企画 魔界の名湯 七湯湯けむり祭り」の立て看板が湯けむりの先にまさかあることを、ツユも知らずにうっかりとして危うくそのまま場を離れるところだったんだからな。銭湯王の二つ名を持つこの俺がこんな企画をもしも見逃していたら後で大恥をかくところだ。しかし初めに入った白骨の湯もなかなか楽しめたけど、俺としては6番目の血ノ池の湯が玄人向けでとくによかったかなー」




フンフンと上機嫌で鼻歌を歌いながら仲間が用意してくれた下着に履き替えていると、魔王に用意されていたと思われる大ぶりのガウンを俺は発見した。



そのガウンはボクシングの世界タイトルマッチ戦でチャンプ側のボクサーが着るガウンとよく似ていた。装飾による用途以外にさして利用価値をもたないケバケバさ、キラキラ度、果てはツノツノ等などが惜しみもなくこれに使われている。




映画界でその名を知らぬ者がない超有名となる○ッキーを思い出して興味本位でそのガウンに袖を通すと、その名シーンに思いを重ねてファイティングポーズをとってみたりした。



思えば先の戦いでは圧倒的な力を持つ魔王と相対して全身がボロボロとなりながらも、最後の最期にはこれを打ち負かしてついに破ってみせたのだ。




「これを使う人間、、、いや魔王はこの世にはもういないことではあるし、着ることがないというのなら俺が着ても別に構わないよな、、、少し大きすぎるのか? まあでもいいさ」



倒した魔王は巨大化で4mをゆうに超えていたが、平常の身長は2m近くだったらしく、身長180cmの俺には少し引きずるサイズになった。




「それにしても、こうも暑くなるなんて。喉がおかげでカラカラだよ」




さきほどよりこの身に染みていく茹だるような熱さの正体はいったいなんなのだろうか。その熱はみちがえるように体の火照りを増々と上げていった。




ハルキはここでふと、異世界に来る前の扇風機の強い風と冷えた牛乳ビンとのことを思い出していた。異世界ではどちらもまだ手に入れられないものだがこれに懐かしさを感じた。なるほどやはり俺は日本人なのだとつくづくに実感をしてしまった。




フウフウ、



ハア、ハア、




ハルキの体はいよいよ我慢ならない熱さとなってしまっていた。やがて熱にうなされるようになったハルキはパーティーに預けてあった安全な飲み物を思い出して、早くそれを飲み干したい気分になったのだった。



こうしていてもたってもいられずに、ハルキはガウン姿の格好のままで魔王宮の中をフラリフラリと歩き始めたのだった。

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