行方不明になった勇者は少女で別人生を歩むことになりました

ズッコ

000 序文(プロローグ)




標高300m以上の高さはあると思われる急峻な斜面に面々と囲まれながら、その要害の頂きにある魔王城はそれを見るものに圧倒的な存在感を誇示していた。



この魔王城は昔からそこに鎮座をしていたわけではない。およそ建設の基礎や地盤の整備さえも行われてない小山の上に、ある晩に天地を切り開いた次元の狭間から突如として魔王の大軍勢と共にそれは現れたのだ。



次元の狭間より現れた大軍勢は4つの軍団に分かたれて魔王城から四方にその歩みを開始した。近郊の砦や村々はたちまちのうちに魔王の軍団に次々蹂躙されてこれ等をたやすく呑み込んでいった。



がしかし、魔王城と軍団のこの出現を初めから予見できていたかのように、人間たちを中心とする諸国家は古の盟約の元に集って手を取り合いながら、早々と各地において組織的な反抗を試みることに成功していた。



そして古の盟約による勇者召喚の儀が捧げられると、およそ100年ぶりとなる勇者がこの異世界に現れた。しかし勇者の活躍にはまだ時を要さなくてはならなかった。



それまでは敗戦の報がいくつもどこかでもたらされていたが、勇者登場からは徐々に勝利の報をもたらして、ついには魔王城の攻略も残すところあと僅かとなっていた。









魔王城にある広大な謁見の間。ここでは魔王やその配下と勇者の仲間たちが、剣戟や魔法の炸裂音を響かせて激しい死闘を繰り広げていた。



その闘いは始まってからすでに3時間は経過しており、戦闘は終盤のクライマックスを迎えていた。



魔王は全ての配下を失ったあたりで、自らの身体をもってして4m超となる巨人となっていた。




「勇者の靴よ、我に素早さを!」



さきほどに受けた魔王の魔法攻撃を勇者の盾で吸収して防ぎ、直後に起こった魔法の硬直による僅かなタイムラグを見逃さずに、俺は魔王の近くへ走って近づいた。






「古の竜から吐きし出でる咆哮よ。きたれ! エンシェントハウリング、アシッドブレス!」



俺の背中側からは予め用意していた仲間の魔術師が放つ強酸による魔法が魔王に届きそうになっていた!




「バカメ。トドカン」



気づいた魔王は、魔法で作られた腕を伸ばして対アンチのシールドを即座に展開させたが、ほんの僅か魔王が無防備となった瞬間が生まれていた。




「このチャンスを待っていたぜッ!」



勇者ハルキはそれまで身を守っていた盾を捨てて勇者の剣を両手の前に組み直し、気を練るとともに魔王に突貫を開始した。




「いまこそ伸びろ勇者の剣よ!! そして喰らえぇー!! 奥義ファイナルエンド、ルミナスソォォードッ!」



剣から白銀の輝きを放ち5倍の大きさになった光の剣を、俺は魔王の下腹部から渾身の勢いでこれを貫いた!






"ぐあぁァァッ!! オ、ノレ、ゆウシャメエェ、、、、、、"




ここにおいて悲壮な大声を魔王は発した。




「ウオオオ!、、、これでおしまいだあエェ!!」



奥義である光の放出はまだ続いているがこれが終わるとあとにはもう奥の手がない。半端もうヤケクソである。




“クク、クククッ、、、ヤルナ、ユウシャよ。ドウヤラ、オレはココマデラシイ、、、アンシンヲシロ。チカラハ、モウノコッテナイ、、、タタカイデハ、、、ゴフうッゥゥ”




魔王は直後に紫の血反吐をゴボリといった音を口から出して痙攣すると倒れてしまい、やがて床上で悲しき骸を晒すようになった。




奥義を放った勇者の剣の刀身はふたたび元のように輝きを失って沈黙をしていた。どうやら今度こそは魔王の息の根を止めたことに成功したようだった。



勇者パーティ一はかろうじてどうにかこうにか全員が生き延びていたものの、各々がすでに満身創痍で肉体の限界はとうに超えていたようだ。






「、、、、、、ガクッ」




「ガクリ」




「、、、ガクッ」




魔王が倒れた最期を皆が見届けた後は、膝を折り曲げてしまう者が自然と続出した。戦いが終わって立ち続けていられるものなど誰一人としていなかったのである。






「、、、、ぉ、ぉ、おわっ、、たの、か?」




息も絶え絶えになって、乾ききった喉の奥から、ようやく僅かに絞り出した声を発した勇者ハルキ。



魔王との死闘で死ぬと思われた場面は一度や二度ではない。魔王との相打ちの覚悟でこの難局を乗り越えたのだ。この勝利を勇者パーティーが実感するのには、また暫くの時間的な猶予が与えられなければならなかった。


















ザボーンッ!






「ヒャッハー!!」






1人の若い男の奇声と共に、その水場ではひとつの大きな水柱と水しぶきが盛大に舞い上がっていた。水場では全裸になったハルキが飛び込んだことによって、その室内では大きな反響音がいつまでも響き渡っていた。






「くううぅー、、、ッハァーー、、、ああ、最っ高に気持ちがいいィィーーー!!」






魔王を倒して小一時間ほど休憩した後に謁見の間を調査したところ、玉座の裏側に通路を発見して勇者の一行はここを進んでいった。するとそこは魔王の居住スペースになっていた。



勇者ハルキはそこを魔王宮と命名して探索を進めていくことにした。しかし魔物たちとの遭遇はついぞ一度も行われなかった。ここにいたはずの魔物たちは、恐らくは魔王戦のときに全て招聘されていたのだろう。




それから程なくして魔王専用のものと見られる大浴場を発見した勇者ハルキは、先程の魔王戦で疲弊しきっていた体の筋肉を、お湯が満面に張っている水場に沈めたいという欲求に抗えずに、先程の奇声をあげる下りにいたったのである。






「あれれぇ? いま飛び込んだのはまた俺だけなのか? ここはほら、みんなで一緒になって飛び込む場面だろ?」





現代日本からこの異世界に召喚された勇者ハルキは、大浴場があれば皆で入浴するのが当たり前だと思っている。





この大浴場を発見した際には、みんなが自分と同じ行動をとると思っていたので、なぜお前たちは入ってこないのかと不思議がっているのだ。







「俺たちはまだ取り残されている人たちなどがいないか確認してくるわ。この大浴場はその後にゆっくりと入らさせてもらうことにするよ。魔王を倒す大業はすでに終わったことだし、大将は1足先にここでゆっくりと休んでいてくれたらいい」






先ほどの大浴場でみせていた勇者ハルキの突飛とも思える行動は、一行の間ではすでに見慣れていることであるらしくて、この大浴場を発見した時点でこうなることは承知をしたといわんばかりに、お互いの顔を見合わせるとクククッと苦笑を噛み締め合っていた。





「チぇっ。 飛びこんだのは、また俺1人のみかよ」



「そうシケたツラを見せんなって。俺たちは大将がやり残した後始末を代わりにしてやるんだぜ。(仲間がツンツンと)、、、おっと長話をしている場合じゃないな。それじゃ、さっさと行って片付けてくるか」




勇者ハルキと同じ行動を取ろうとした者は誰一人としていなかったが、パーティーの皆も疲労と汗の問題は切実だったらしく、入る順番などを相談しながら浴場から立ち去っていった。




しかしこの時点ではまだ誰も知るよしがなかった。このときに交わした勇者ハルキとの会話が、まさか最後になってしまうとは。

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