第45話

 入浴後に各々がパジャマやキャミソール、タンクトップ、ネグリジェといった寝巻きやルームウエアに着替え、湯上がりでほてり顔が艶っぽく無防備な美女、美少女達を拝むことなく彼崎桂は……死んでいた。


「せ、、、、んぱい、、、、けい、、、、、先輩、、、、、桂先輩っ?」

「———はっ! 僕は一体今まで何を…?」


 理乃さんに肩を叩かれてようやく意識を取り戻した。

 どうやら精神的過負荷で一時的に意識が飛んでいたようだ。


「もうみんなお風呂上がったよ。あとはアンタだけ」

「え、お風呂?…あっ」


 顔を上げて咲さんが風呂上がりで髪を下ろしている姿を見てから左右に首をまわすと、彼女達が寝巻きやルームウエアといった無防備な姿であるとこに気付く。


(え、なにこの全男子の憧れと理想を体現化させた〝楽園〟のような空間は…?)


 自分はまだ寝ており、日頃ハーレムラブコメアニメばかりを観ていたことで見る夢なのかと疑ってしまうほどに衝撃的な光景が視界に映っていた。


「そっか、みんな入ってたのか…」

「桂兄ぃも早く入ってきて。上がったらみんなでゲームするからっ」

「げ、ゲーム?」

「ここ、ゲーム機とソフトがオプションで付いてきてるんです!」

「私達からはボードゲームを持参してきました!」

「お菓子とスイーツも用意してるしね」

「桂君が戻ったらパジャマパーティーよ♡」

「あっ! ハイハイッ! わたし王様ゲームやりたいです!」

「お、おう…」


 みんな元気だな…。まあ、微笑ましいことだけどな。


「ほら桂、ささっと入ってきて」

「あ、はい! 只今!」


 着替えを抱えて駆け足で浴室へと急ぎ服を脱いでシャワーを出す。


「………………っ(すごい、本当に広いや)」


 女性達が使ったあとの浴室に入ることに最初は罪悪感と背徳感をその身に受けながら只々無心でいるよう精進した。のだが…


「数秒だったし離れてはいたけど、明日実さん、ほぼ下着姿だったような…」


 体を洗いながらそんな独り言が口から漏れた。

 気のせいだと自分に言い聞かせたいところだが、あの明日実さんならそんな格好をしていても何ら不思議ではない。それに他の人もたちも例外ではない。


「思い返せば、結構みんなも手足や胸元の露出があったような気がする」


 長袖のパジャマの人も何人かいたが、全員とも襟ぐりが広く前屈みになると胸元が見そうで下は短パンだった。中にはワンピース系のパジャマなのか太ももがもろに露出している人もいた。

 夏だからという理由もあるが男がいるというのに無防備すぎる。


(ここを出たらあんな刺激が強いところに単身で飛び込ないといけないのか…)


 お先に寝室で休ませてもらうよう頼めば逃げられるだろうか。いや、あの様子だとそれを許してくれないだろう。かといってなにも伝えずに黙って寝室に行くのも違うしなぁ…。


「腹を括らないとダメってことかぁ。……フッ、参ったな」


 悟ったよ。もう為す術がないってね。

 漫画やアニメ、ラノベ、ギャルゲーだったら幾らでも「羨ましいぐへへ」と思えるけど、こればっかりは桁が違う。童貞陰キャを舐めないでほしい。


「最後に、お気に入りアニメの神エンディングを聴きたかったな〜」


 死ぬことが分かっていながら少しの未練と後悔を抱き戦場へと向かう兵士の如く僕は浴室を出たのだった。


「すみません、お待たせしま———」



 リビングの光景を見て———絶句した。



「きゃあ〜、もうびっくりするでしょ〜」

「う、うわぁ…やわかい」

「んっ!……あの、あんまりそこは…あっ」

「貴女、隠れ巨乳なんて聞いてないわよ」

「んっ、、、、うんっ、、、、あむ、、、っ、、、、」

「明日実さん、きれい…。というかエッチですね」

「描けたら頂戴。桂君にプレゼントするから」

「菫さん、髪いつもキレイで憧れます」

「そう?ありがと。理乃さん、三つ編み上手ね」

「えへへっ。高校まで髪が長かったので自然と上手くなったんです」

「玲ちゃん、ツインテール似合うんじゃない?」

「ちょっ、ワタシには似合いませんよっ」


 薄着の服をはだけさせ同性で燥いで抱き合う女子たち

 好奇心で服の上からや裾の下から手を入れて胸部を触り合いっこする女子たち

 ポッキーゲームでキスするスリルを味わい度胸試しする女子たち

 明日実さんの年齢制限ギリギリの格好をスケッチする女子たち

 お互いにヘアスタイルを弄り合う女子たちと、甘く艶かしいフェロモンが部屋中に満ちていた。シャンプーリンスの香りも混じっているのだろう。その香りがさらに艶っぽさを際立たせている。


「これが最後の審判か」


「おい、ゲームはどうした」とツッコミをする気も起きない。

 たとえ僕のためにわざわざ待っていてくれていたとしてもこれは絶対におかしい。どうしてそうなる?

 いずれにせよ、この中心に入ったら最後、いろんな意味でイケナイ彼女たちに囲まれ寄ってこられたら僕は確実に今度こそ


「あーっ! お兄さん、出たなら早く言ってくださいよ!みんな待ってたんですからぁ!王様ゲームしましょ、王様ゲームッ!」

「桂兄ぃ、おっそい! ほら早くコッチに座って!」

「桂君、ほら見て。サークルの子たちがスケッチしてくれたの。よかったら貰って頂戴。そして毎晩これを見て…あ、使いいわよ♡」

「桂先輩っ!テニスと卓球、どちらから先にしますかっ?あ、最新のレースゲームもありますよ!」

「ねえ…、彼崎君がこの前に貸してくれた漫画に登場するメインヒロインと同じ三つ編みにしてみたんだけど…どう、かしら?」

「彼崎さん、私たち…ラブコメヒロインというのを一度、参考までにというか今後の同人活動の一環として擬似体験をしてみたいと思うのですが、如何でしょう…?」

 以下メンバー『——————っ(ガン見)』


 神様はせっかちさんのようだ。

 僕にささっと逝けとの思し召しだ。

 全く、死に場所ぐらい自分で決めさせてほしかったものだ。

 最後ぐらいは秋葉原か嫁たちに囲まれた自分の部屋で逝きたかったのにな。

 だが、ただで死ぬ気はないよ。

 二次元への愛と矜持を抱いて最後まで足掻いてみせるさ。ヲタクだからな。

 ヲタクらしく紳士らしく鈍感難聴系、やれやれ系主人公に成り切って大いに振る舞ってこの場をかき乱してやろうじゃないか。

 証を残すのさ。

 ここに〝ヲタク彼崎〟という男が最後までということをな。

 夏の所為かな、目から汗が流れてきたよ。

 前がぼやけてよく見えないや。

 戦友ヲタク達よ、あとのことは頼んだぜ。

 僕は先にいくぜ。

 楽しかったぜ。


 ———じゃあな。地獄でまた会おうぜ。


「なにそんなとこで突っ立ってんの?ほら、早くこっちにきたら?」

「あっ、…はい。すみませんっっっ」


 咲さんに手招きされて及び腰でリビングの真ん中へと歩み寄る。

 中央に置かれていたであろう卓上は邪魔にならないよう横に移動させられていた為長いL字ソファ内側の床に腰を下ろした。座った途端に一気にシャンプーの香りが濃くなり鼻腔を刺激する。

 前後左右に薄着の美女・美少女達に囲まれ視界に入るのは女子のみで目のやり場に困る。しかも常に彼女達と目が合ってしまうためにやむを得なく胸が鼓動が早くなり自身も風呂上がりの所為で顔の火照りにさらに熱が加わる。


(勘弁してくれ…)


「彼崎君、はい」

「ありがっ……とう。菫さん」

「うふ、どう致しまして」


 菫さんは白のキャミドレスに薄い青のカーディガンを羽織ったセクシーすぎる格好で僕にジュースを淹れたグラスを手渡す。男の前でしていい格好じゃない…っ!


(刺激が強すぎる…っ!)


 各々が足を広げてお尻を付けた女の子座りや膝を曲げる体育座り、ソファーに腰掛けたりしていることで、あらわになっている薄い桃色の太ももがどストライクに視界に飛び込んでしまう。


 負けるな。呑まれるな。正気を保て。

 虚無な心と瞳で見るんだ。そうすれば己を見失うことはない。


「お兄さんの着てるそれってもしかして甚平じんべいですかっ?」

「うん。そうだよ」

「カワイイ〜ッ!」


 恵里沙さんが僕の近い位置の斜め向かいに女の子座りする。


「恵里沙、よく知ってんね」

「まーねー」


 僕の装いをすぐに和装のホームウエアである「甚平じんべい」だと見抜いた恵里沙さん、さすがだ。彼女の隠れた人柄が垣間見える瞬間だな。

 もちろん僕はこんな服を持った記憶はない。つまり言わずもがな、これは玲ちゃんがだ。


「彼崎さんは〝フルグラフィックTシャツ〟は持っていないんですか?」


 コスプレとお琴を嗜むサークルメンバー・柊亜衣奈ひいらぎあいなさんが尋ねる。

「フルグラフィックTシャツ(通称:萌えTシャツ)」とは、アニメのキャラクターや美少女イラストが全面プリントされたTシャツのことである。

 

 当然、僕の家には何着もの萌えTシャツがあるのだが…


「持ってるよ。結構たくさん…」

「私てっきり彼崎さんはそれを寝巻きにしてものかと」

「家だとそうなんだけど、さすがに旅行先で着るのはTPO的にちょっと違うかなって」


 本当は今度の旅行で隙を見て持っていきたかったがうちの妹がそれを許さない。

 好きなTシャツ一枚入れるぐらいいいじゃないか!


「うふふ。でもわかります。私も『推しキャラ』のTシャツ持ってて寝巻きにしているんですけど…」

「他所に持って着るのはちょっと勇気いるよね」

「ちょっと恥ずかしいよねぇ」

「「ネェ〜ッ」」


 女子大のお嬢様もやはり好きなキャラのTシャツを着るんだなと内心驚いた。やはりどのような生まれであってもそこはヲタクなんだな。


「私も学生の頃に一着だけ記念として買ったことありますけど、鏡の前でいざ着てみたらすごく恥ずかしくてなって、クローゼットにしまったままなんですよねぇ」


 テレビ下のカゴからゲームソフトのパッケージを物色し、照れながら話す理乃さんにサークル女子達が詰め寄る。


「なんのキャラですかっ!?」

「ふぇっ!? えとっ…たしか『まりかトリップ』のマリカちゃんだったかな?」

「まりトリか!懐かしいな…」


 理乃さんの口から「まりか・トリップ」という作品名にサークル女子達が反応し、それからはサークル女子たちと理乃さんとのヲタトークが弾んだ。


「理乃さんは今期放送している『ミチコさんがいる街』って観てますか?」

「うんうん!観てるよっ」

「実は『まりかトリップ』と同じ原作者さんって知ってましたか?」

「え、そうなの!?」

「そうなんです。まりトリ完結して3年後に連載した作品なんです」

「たしかにキャラデザが少し似てるような気がしてたけど、知らなかったぁ」

「まりトリのスピンホフ漫画買いました?」

「買ったよ。まりかの妹『みるく』が主人公のだよね」

「スピンオフのみるくがケメン女子なんですよねぇ」

「女子でも惚れてちゃうくらいカッコイイよね」

「ですよね!」


 美少女に囲まれて薄着と肌の露出で未だに目のやり場に困るが、いざ好きなモノの話にアクセルを踏めば、そんなことを気にしなくなる。それに、こうして理乃さんが僕以外の年齢が近い女の子達と趣味の話で盛り上がれてとても嬉しそうで楽しそうで微笑ましい。


「アニメの話でよくここまで盛り上がるもんだよね…」


 ソファーに座る咲が遠目で桂と女子達の和気藹々を見つめる。


「あんなに女子大生と打ち解けて話が通じるなんて驚きだわぁ。それに、理乃ちゃんが漫画好きとは知ってたけど、ちょっと妬いちゃうわね。私も桂君とあんな風に弾んだ会話がしたいわ」

「アイツと理乃ちゃんのトークに付いていける自信ないわっ」

「いいわよねぇ、趣味の話で盛り上がれるのって…」


 その隣で明日実が肩をすくめながらぼやいていると、ソファーに足を組んで座っている菫が何故か自慢げな視線を二人に向ける。


「あら、私は彼崎君と弾んだ会話してるわよ?」

「なんでよ、アナタ別にアニメとか漫画読むような柄じゃないでしょ?」

「私、彼崎君と漫画の貸し借りをしているの。だから多少は漫画の話で華を咲かせられるの」

「え、なにそれズルイッ!そんなの聞いてないわよっ!?」

「明日実もブランド雑誌ばっかり読んでたら、彼崎君に愛想尽かされちゃうんじゃない?」

「なんですってーぇっっっ!!!!」


 またしても明日実と菫のバトルが勃発した。


「——フッ、私だって桂君に壁ドンッ!をしてもらったんだからっ」

「えっ…ちょっとそれどういうこと?詳しく聞かせて!」

「さあ、どーしようかしらね〜?」

「菫も男をその気にさせるテクを学んだほうがいいんじゃなーい?」

「なんですってーぇっっっ!!!!」

「二人とも、学生も前でやめなさいよ…」


「「シャァ——————!!!!!!」」


「なに歪み合ってるんだか…」


 二人の不毛すぎる啀み合いにやれやれと呆れる咲であった。


 ヲタトークと美女二人の不毛な喧嘩の後、全員でコントローラーを動かしてプレイするゲーム機でスポーツのゲームソフトでテニスや卓球を深夜まで遊び尽くした。レースや格闘ゲームより意外とこちらの方が盛り上がりやすいのである。

 ゲーム上どうしても薄着で身体を激しく動かすため、裾がめくれてヘソがチラ見したり肩紐が垂れて胸元が露出したりと童貞に刺激が強過ぎる場面があった。

 また、彼女達がはしゃぎ過ぎて足が躓きバランスを崩して、僕に倒れ込んで受け止めようとした際には、半ば抱き合うような姿勢となってしまい、胸部や臀部がダイレクトに接触してしまう〝ラッキースケベ〟というトラブルも起きた。


(まずい。理性がおかしくなりそうで頭がクラクラしてきた…)


 僕がどれほど14名の彼女達から受ける様々なラッキースケベで憔悴しょうすいしきっているかを高度な妄想力がある諸君ならばその情景をより鮮明に思い浮かべることぐらい造作も無いことだろう———。

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