第43話

「どうして僕はこんなところにいるんだぁぁぁああああ!」 

「桂兄ぃうるさい!」


 青い空に白い雲。

 白い砂浜から伸びる青く澄み渡った海の地平線。

 波の音が鼓膜を擽り緩い潮風が頬を撫で、太陽から放射される日差しがインドアであることを物語る白い腕肌をこんがりと照らす。

 インドア派の人間が安易に最高気温を年々更新し続ける夏季に軽々しく外に出るものではない。


 死ねるぞ、これ…。

 

 学生の頃は、毎年必ずと言っていいほど熱中症と日射病で救急搬送される人が続出するでお馴染みで知られる、素人からプロ、企業に至るまで多種多様な人が己のを全力で表現する『最高にヤバイ奴らの祭典』に汗水垂らしヲタ魂を震わせてヲタク仲間と参加したことはあった。だが、社会人になれば自然と汗を流してまで好きなことに没頭しようという情熱パッションは毎年夏になるにつれて溶けていった。だから社会人になってからは夏コミには行っていない。だってしんどいから。


 ———夏はやはり空調が効いた部屋で漫画とアニメに興じるに限るのだ。


 8月某日。

 一切詳しいことを聞かされないまま玲ちゃんに用意された荷物を抱えて2時間半の移動でこの避暑地に連れてこされられた。


「フッ…、夏コミを思い出すぜぇ…」


 本当なら冷房を効かせた部屋で夏季アニメ鑑賞と漫画とラノベを満喫する最高の〝サマータイム〟を満喫するはずだったのに…


「うんんんん〜っ! 晴れててよかったーっ!」


 背伸びする咲さんのタンクトップの裾からヘソがチラ見し横目で視界に入ってしまった僕はサッと目線を外しぼやく。


「…旅行なんて聞いてませんよ」

「だって言わなかったし」

「何故に!?」

「言っちゃったらアンタ絶対逃げるでしょ」

「だからといってこんな誘拐紛いに連れて来なくても…」


 咲さんは呆れ口調で腰に手をやりながら僕に指をさす。


「どうせ、部屋に篭ってアニメ観たり漫画読んだりしてばっかな夏季休暇を満喫しようとしてたんでしょ」

「なっ!!」

「図星なのね」


 ため息交じりに咲さんに悟されてしまった。


「折角の夏季休暇ぐらい陽の光に当たって体を伸ばしなさい。じゃないと勿体無いでしょ」

「………っ」


 そこにスマホを片手にデカいサングラスをかけた玲ちゃんが「桂兄ぃはこうでもしないとすぐに逃げるから」と僕を睨みながら近寄る。


「もうちょっとしたらこっちに合流できるそうで、着いたらまた連絡してくれるみたいです」

「りょーかい。それじゃ、それまで部屋の確認しておこっか」

「そーですね」


 おもえば数日前から僕の衣類が少しずつ消えているような気はしていたがそういうことだったのか。移動の途中で荷物の中を見たらちゃっかりと見覚えのない服まで入っていた。小癪な。


「謀ったな…謀ったな玲ちゃんっ!」


 だが、僕もこのまま降伏するつもりはない。微々たる抵抗だが密かにアニメ視聴と電子版ラノベの読書用としてタブレットを持参してきたのだ!


「——桂兄ぃ」

「うん?」

「言っとくけど、アニメ見てる時間なんてないから」

「……へ?」

「どーせ持ってきてるんでしょ。パソコン」

「!?」

「向こうにもテレビ置いてるし、ネットも繋がってるからサブスクでアニメも一応観れるらしいけど…」


 咲さんが半笑いしてるが玲ちゃんは呆れ顔を隠せない。


「桂兄ぃ、家族と帰省した時だって海水浴に行っても屋根があるところでずっと本読んでばっかだったし」

「あはは。目に浮かぶわ…」

「ぐぬぬぅ〜!!!」


 この旅行には自分と二人のほかに理乃さん、明日実さん、菫さんといういつもの面々も同行している。この人たちもグルだったらしい。まあ、何かを企むだとしたらこの5人でしか考えられない。


「天気予報外れてよかったわね」

「ええ。予報だと曇り時々雨と言っていましたけど」

「雲一つない快晴ね。しかもこの暑さっ」

「私、家から一眼レフのカメラ持ってきちゃいましたっ」

「持ち手のカバーの色がパステルカラーの水色で可愛いいわね」

「スマホと一眼カメラとじゃあ、写真の雰囲気がまた違うってよく言うわよね」

「理乃さん、それで私と桂兄ぃ撮ってくれませんか?」

「——っ! 是非是非っ!!」

「ンフッ ありがとうございます」


「…。あの…この旅行、僕だけ浮いてません?」


 計画的に僕を誘ったらしいが、折角の女子水入らずの旅行に男子一人を加えるのはどうなんだ?かえって彼女達に気を遣わせてしまうのではないか。作戦会議で誰も反対しなかったのか?


 「大変今更ですけど、女子水入らずの旅行に男の僕を入れてよかったんですか?」


 それに玲ちゃん以外の異性と旅行なんて初めてな上に数人の異性と旅行なんて精神が保たない。肩身が狭すぎる。

 僕の気掛かりに彼女達は互いに顔を見合わせると横目でこちらを睨みながら内輪でぼやいている。


「まーた桂君が相変わらず変なこと言ってるわね」

「ええ。桂先輩のまたが出てきちゃいましたね」

「ホントにね。無自覚というか鈍感すぎるというか…」


 3人から「またかよ」と無言で怒られている。


「えとっ…みなさん? できれば僕の質問に答えて欲しいんですけど…」


 すると理乃さんが徐に僕に近付きジッと見つめる。


「桂先輩っ!」

「はいっ!」

「前にも言いましたよね。私たちは桂先輩といっしょに居て楽しいからこうして誘っているんですと」

「はい」

「自分は邪魔かもしれないなんて思わないでください。私たちと居てください。居てくれないとダメなんです!」

「……っ」

「だから、もうそんな野暮なことは言っちゃダメですよ。いいですか?」

「はい…」

「うふ、よろしい。それにもうここまで来ちゃったんですから。観念してくださいね」


 理乃ちゃんは随分と変わった。こんなハッキリと想いを伝えるようになって…。

 可愛らしくウインクして優しく笑う彼女に自然と頬が緩む。


 これで何度目だろう。この言葉でのは———。


「———ありがとう理乃さん。また後輩に諭されちゃったな」

「ご、ごめんなさい、、、、! わたしったら生意気なことをっ!!」


 理乃さんにこうして叱られるのはなんか悪い気はしないな。

 後ろで咲さんが理乃さんと玲ちゃんがけしかける。


「いーよいーよ理乃ちゃん。桂にもっと言ってやれぇ〜」

「そーですよ理乃さん、桂兄ぃはそこまで言われないと分からないんですから」

「君たちね…」


 社会人になってから団体行動というものをほとんど避けてきた。だけど、この5人との行動を共にすることが増えてからはこういうのも「悪くないな」と思えている自分の心境の変化に内心驚いている。

 こうして彼女達に弄られるのもかなり照れ恥ずかしいが、この時が居心地が良いと感じられるほど僕自身も彼女達と居るのがのかもしれない。今はまだそれだけで充分だ。


「それで、僕らがこれから泊まるホテルってどれなんですか?見渡してもホテルらしい建物が見当たらないんですけど…」

「後ろにあるじゃん」


 咲さんが指差す方向に首を回すと、モダンデザインの綺麗で大きい〝一軒家〟が建っているだけだ。


「いやいや咲さん、これ家じゃないですか。冗談でもさすがにこれは無理が——」

「これ、ホテルだけど」

「………ウソでしょ」


 あとで知ったのだが、こういう一戸建ての宿泊施設のことを「貸別荘かしべっそう」というらしい。ホテルや旅館と違って食事が付かない素泊まりなのだそうだ。キッチン設備や調理器具、食器類が用意されており自分たちで食材や飲み物の持ち込んだり現地のスーパーで調達して自炊するのが醍醐味らしい。……え、自炊?


「自分たちでごはんを作るんですか…?」

「そう。だからこうして調達用のレンタカーもとったってわけ」

「聞いてない…」


 ホテルに泊まって自炊とはどういうことだ。セルフサービスとかならまだしも食事を自分たちでしかも実費で食材を買って作るだと!? 素泊まりでも近辺にあるレストランや食事処で食事を済ませられて宿泊料金がリーズナブルに抑えられるのは分かる。だが、実費で調達して自炊なんて…。僕には無理。


 意気消沈してる合間に咲さんが皆に号令をかけていた。


「とりあえず、が着くまでに部屋のチェックしていこ。調達は合流してからでも間に合いそうだし」

(あの子たち…?)


 そういえば、玲ちゃんがこまめに誰かと連絡を取っていたな。こっちに合流できるって他にも誰か誘っているのか?咲さん達以外で誘える知り合いっていたっけ?


「咲さん、他にも誰か誘っているんですか?」

「うん。そだよ」

「誰なんです?『あの子たち』ってことは複数人ですよね。会社の同期とかですか?」


「ううん。桂がよく知ってる子たち」


 そう言ってウインクする咲さんに妙な不安感をおぼえた。

 僕がよく知る子たちとは一体…。僕と顔馴染みでしかも年下でニュアンス的に恐らく女性。その条件に当てはまる数人といえば——————ま、まさか!?


「あっ! アレじゃないですか?」


 理乃さんが指差す方に目をやると複数人の女性陣たちが荷物を抱えてこちらに向かってくる。


「なっ、、、、なななななななっっっ!」


 女性陣たちの顔を見た瞬間全てを理解した。そして、突きつけられるその事実にただ愕然とし空いた口が塞がらなかった。


「やっと着いたぁ〜。やっほぉ〜玲ぃー!おまたせーっ!」

「遅れて申し訳ございません。皆さんの旅行に私達——梓丘女子大あずさおかじょしだい乙女創作文化研究おとめそうさくぶんかけんきゅうお茶会一同をお誘いして下さりありがとうございます!」

          『ありがとうございます!』


 遅れて合流してきたのは確かに僕がよく知る——でした。


「—————————増えた」



                *



「お兄さん、お久しぶりデスっ♪」

「久しぶり…恵里沙さん…っ」

「あっ! 今日は眼鏡なんですね」

「うん。まあね」


 妃本恵里沙さん。玲ちゃんの親友で黒髪ストレートロングが似合うギャル系の女子大生。相変わらず肌の露出が目立つ。この時期だととくにそれが顕著に。


「彼崎さん、お久しぶりです」

「花菱さん、久しぶり」

「ハイ! こうして尊敬する方と再びお会いすることが出来て光栄です!」

「お、おう…っ あの咲さん、どうして彼女達がここに…?」

「えっと〜なんだっけ?夏コミ? に出す原稿を泊まり込みで仕上げたかったらしいんだけどサークル棟での泊まり込みは禁止みたいで、誰かの家で集まってしようとしてもテレビとか漫画の誘惑に惑わされて集中できないからって」

「それでこの旅行に彼女達を?」

「そっ。せっかくの旅行だし、みんなで行ったほうが楽しいでしょ」

「にしたって、この人数だとかなりの大所帯ですよ?」


 男1人に女性14人。

 一体どういう男女比率の避暑地旅行なんだ。

 これでは何処ぞの某アイドル育成ゲームの合宿イベントみたいじゃないか。


「まるで合宿ですね…」

「ホントにね」


 そう無邪気に笑う咲さんに釣られて僕も呆れて笑ってしまった。


 妃本さんと梓丘女子大のサークルメンバーたちと無事合流したことで、僕らは貸別荘——《青空荘あおぞらそう》に入ることにした。

 総勢15人で一戸建てのホテルに収まるのかと思ったが、そこは咲さん達がちゃんと考慮し大人数でも宿泊できるタイプを借りたらしい。


「荷物はとりあえずこのあたりでいいかな?」

「部屋割りどうする?」

「私、家族以外の方々とこういう旅行は初めてで…」

「夕飯の買い出し、もう行きますか?」

「確か、近くにスーパーあったわよね…」

「コンビニもあったよね?」

「こんな静かなところだったら集中して原稿書き終われるね!」

「少しくらい海で遊んでも大丈夫そうよね」

「私、新しい水着買っちゃった♪」


「…………………………っ」


 いや、なんだろうこの美少女ソシャゲアニメの定番エピソード回の冒頭一幕みたいな光景シーンは……。


「いやホントマジでこういう光景を目の当たりにしても平然とし毅然とした紳士的な態度で居続けられる鋼のメンタルを持つ世のハーレム主人公の方々には尊敬と畏敬の念を抱くよ…」

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