第42話
あっきはぁ〜ば〜らぁぁぁぁぁぁ〜!!!
————と、久々の秋葉原での買い物に高揚感が最高潮まで達し、某ラノベのメインヒロインのように電波会館前の通りの真ん中で腕を上げて思いっきり高らかに叫びたい衝動を紳士らしくグッと耐える。
今回だけは玲ちゃんに叱られるレベルのアニメキャラがプリントされたTシャツにダサい色のシャツを羽織った服装に、購入した漫画やラノベを何冊も入れられる大容量リュックを背負ったお洒落ゼロの装いをしている。
(この格好は玲ちゃんに見せられないなぁ…)
思えば、理乃さんとの半ばデートのようなアキバ探索以来、咲さん達や玲ちゃんの用事で忙しかったことで、今日に至るまでなかなか一人で過ごす予定がつくれなかったが、こうしてオタクの格好で可愛いメイド喫茶の店員さんからポケットティッシュをもらう日を迎えることができた。こんな素晴らしいことはない。
「まずは挨拶がてらにアニメイトに行くとするか!」
初心者から熟練者の老若男女の全てのオタクが必ず立ち寄るサブカルチャーの総本山、アニメイト秋葉原店。オタクを自称するのならまずはここに来なくては話にならない。
(市田さん、いるかな…?)
小走りでアニメイト秋葉原店まで向かい店内に入り、辺りを見渡し「市田さん」を探す。奥で段ボールから納品されたライトノベル本を棚に陳列している男性店員さんに声を掛ける。
「市田さん、お久しぶりです。彼崎です」
店員は自分の名を呼ぶその声に振り向いて立ち上がる。
「彼崎君っ!? 久しぶりだね〜!しばらく顔を見せないからどうしたのかと心配してたんだよぉ」
「すみません。いろいろあってなかなか来れなくて。あはは…」
この小太りで無精髭を生やしている店員さんが
「社会人となると本当いろいろあるからねぇ。わかるよ…。ボクもそれで辛いことがあったから…」
彼は此処で働く以前は、大手広告代理店の営業に勤めていたらしく、パラハラや長時間残業によって身体と精神ともに壊してしまい退職。趣味だった漫画やアニメの仕事がしたいと思い立ちアニメイトに転職したのだと、本人が以前に話してくれた。
「もし仕事で悩んでいるのならいつでもボクのところに来てね。経験者として相談にのるから」
「ありがとうございます」
「それで、今日は何を何を探しているんだい?とりあえず今月の新刊といったところかな?」
「そんなところです」
「最近はラノベ小説の売り上げが落ちてきていてね…。彼崎君みたいに純粋に小説を買ってくれる若い子が少なくなってきているんだよぉ。買っていくのはボクみたいに拗れたおっさんのオタクだけ。オタクに活字離れは関係ないとばかり思っていたんだがな…」
ネット環境の充実とスマートフォンの普及によって活字を読むことが限りなく少なくなってきている。昨今はライトノベル小説や投稿小説の書籍化作品のコミカライズ版が多く出版されはじめたことで小説より漫画化されたものの方が「読みやすい」「面白い」と需要が高まって来ている。これが、オタク文化の若者の活字離れを加速化させているようだ。
「確かに漫画は面白い作品は多いし、オタクじゃない層にも漫画を読む人の割合は近年増えてきている。だが、文字で綴るライトノベルだって面白い作品は多い。表紙の絵や合間の挿絵だけでも十分楽しめるのに…」
「確かにそうですね。あとは、ラノベも電子版でスマホやパソコンで気軽に読めるようになっているから、さらに拍車がかかっているのでしょうね」
「異世界モノの小説のコミック版ばかりが売れてきて…。まるで小説がコミック化されるのを『待ってました!』とばかりに売れているんだ。こっちとしては売れてくれるのは嬉しいことなんだけど、小説を愛読する者からしたら小説が売れないのはなんか残念というか複雑だね…」
腕組みをして項垂れる市田さん。
市田さんも決して原作小説のコミック化を否定している訳ではない。むしろ、自分が愛読している小説が多くの人に手にとってもらい読んでもらって売れたことで、晴れてコミカライズ化され、
「コミック版を読んでから『じゃあ原作小説も読んでみようかな』なんて思う粋狂なオタクは、今じゃもう絶滅危惧種ですしね」
「ボクたちはまだ絶滅しないぞ彼崎君! ボクらだけじゃない。僕ら以外にも文字と挿絵を頼りに、情景を頭の中で自己の解釈で脳内映像として楽しむことを大事にしているオタクは少なからず居るはずだ。彼ら彼女らの為にも、ボク達売る側の人間は、これからも小説を売り布教し続けるんだ!」
市田さんのようなオタクとしての
市田さんの熱い想いに感化された所為か、漫画本は買わずに予定していた数より多くのライトノベル小説を購入し店を後にした。
ちなみに、市田さんとはその後に連絡先を交換した。
「次はどうしようかなぁ〜」
電気街を歩く最中、あらゆるところからゲームのプレイ中の音声やBGM 、萌え声のアナウンス、電波系の音楽やアニソンが僕の耳に心地よく入ってくる。
すれ違う
ラーメン、カレーライス、丼飯など、飲食店から漏れる美味しそうな濃い匂いに誘惑されそうになる。
美少女イラストがプリントされた街灯に垂れ幕やのぼり旗に看板、店内の開た入り口に設置されたモニターから映し出されるアニメやギャルゲーのPVが条件反射の如く目に止まる。
道端でチラシを持ち可愛い声で挨拶しながら手を振って客引きをしている可愛いメイド店員さん達と目が合ってサッと目線を逸らす。
たまに見かける疾る痛車にゴスロリ衣装やゲームキャラ、オリジナルのコスプレを身に纏って平然と歩く人に「すげえ。カッケェ」と目を見張る。
—————これが、秋葉原。
これが、この街の普通であり非日常のような日常。
「変わらないなぁ…この街は」
さて、久々に美少女フィギュアを買ってみてもいいし、オタク歴十年経って一度も手を出したことがなかったガンプラも買って家で組み立てみたい。
入るのが少し怖いサバゲーショップでエアガンにも触れてみたい。できれば試し撃ちもしたい。
家に飾っているアニメやギャルゲーのタペストリーもそろそろ取り変えたいと思っていたからそれも買い足したい。
どうしよう…、買いたいものやりたいこともは山ほどある!
明日は仕事だ。何時また此処に来れる予定がつくれるかわからない。
今日だけでなんとか買っておきたいものは手に入れておきたい。
お金があっても時間が足りない。難儀なものだ。
「考えても仕方がない!」
それからはソフマップ、とらのあな、メロンブックスを転々として欲しかった漫画やギャルゲー、グッズなどを手当たり次第購入した。おかげでリュックの中はパンパン。チャックの隙間からは丸めた棒状のタペストリー3本がはみ出ている。紙袋を4つをぶら下げて両手が塞がり、スマホをズボンのポケットから取り出すだけでも一苦労。
だが、それがいい!
「ああ、僕は今、最高に幸せだ。オタクを満喫している!」
こんな気分は久方振りだ。大学生以来だろうか。
社会人になってからは只々何も買わずに秋葉原に漂うオタク臭に酔い痴れつつ、ソフマップのビルに大きく掲示されたアニメやギャルゲーの広告、アニメとコラボを展開するショッピングセンターの出入り口や外観にラッピングされた立ち絵をスマホで撮りながらぶらぶらと徘徊してるだけで満足して帰るだけ毎日を過ごす日々だった。
「アハハハハハハハ!!!!!!!!」
丸めたタペストリーが突き刺さった重いリュックサックを背負い、両手に紙袋を持ちながら秋葉原電気街を嬉笑しながら颯爽と駆け走る。
自分の姿は側から見ればただの〝キモオタク〟に見えることだろう。しかし、元来オタクとは「キモがられて上等!」な存在。周囲にキモがられてやっと立派な「オタク」として己を誇示し自称できるというもの。
僕…いや、アキバを愛するオタクに言わせれば、それは決して
「ん? ここは……」
僕はとある雑居ビルの店舗の手前で息切れひとつせずに駆ける足を止めた。
「メイド喫茶、か…っ」
大学卒業以来、全く足を運ぶことがなくなったメイド喫茶。
大学同期のオタク仲間と連んでよく立ち寄ってこちらにニコニコの笑顔で接客してくれるメイド姿の可愛い三次元の女の子にドギマギしつつ、バカみたいにオタクトークで盛り上がっていたあの頃が懐かしい。
あの頃は誰かと一緒だったから気軽に入れていたが、いざ一人だけで入店することが変な緊張と恥ずかしさでどうしても入ることができなかった。
「休憩がてらに少し寄ってみるか」
メイドカフェ「フェアリーハウス」。
このメイド喫茶は、女性店員さんがアイドル並のルックスと接客、キャラ設定、演技レベルが高いことで知られており、秋葉原全域のメイド喫茶の人気ランキングでは常に上位だ。
『——————お帰りなさいませ。ご主人さまっ♡』
可愛いメイドさん達に出迎えられ席に着くと黒髪ツインテールの可愛い女性店員さんからメニューを手渡された。
僕は大学時代の名残惜しさから、当時、自分が此処へオタク仲間と来店した際に頼んだものと同じアイスコーヒーとホットケーキを注文した。
(粗方周りたいお店はコンプ出来たし、買いたいものは買えた。購入予約も済ませた。残るは後回しにしていた「ガンプラ」と「エアガン」くらいかな……)
注文し終えてメイドさんが立ち去った後、僕はスマホを取り出して次に向かう店を吟味する。しばらくして先程のツインテールのメイドさんが注文していたものを持ってくる。
「ご主人さま、サービスにチョコソースでホットケーキにメッセージを書いているんですけど、なにかご要望のメッセージはありますか?」
「そうだな…、それじゃあ『今週もお仕事お疲れ様でした♡』って書いてもらえるかな?」
「わかりました♡」
そういってメイドさんは僕が要望したメッセージを声に出しながら可愛いらしい文字でホットケーキに書いてその場を後にした。それを見届けた後、アイスコーヒーにミルクを入れて、ふとお店の窓から除く秋葉原の風景とそこから差し込む太陽の光の眩しさに目を細めて僕はこう呟く。
「最高だ…」と。
✳︎
同日。
大通り沿いにある某大手コーヒーチェーン店に、例の如く周囲の客からの視線に一切気付くことなく、5人の美女がテーブルを囲み談笑に華を咲かせていた。
「————で? どうして〝彼〟が此処にいないのかしら? 私、彼が来ると思って来たんだけど」
眉を
「どうして来てないのよ! 誘ったんでしょ、彼を?」
「誘ったんだけど予定があるって断られた」
「なによ、予定って?」
「今日は秋葉原で買い物するんだってさ」
そのあまりの理由に明日実の頬杖する手から顔が落ちる。
「
顔を引きずる明日実。
隣の理乃もストローで一口飲み苦笑いする。
「桂先輩も一人の時間が欲しい時もありますし、最近は私たちがいろいろと連れ回してばかりでしたからね…あはは」
「彼崎君にも予定はあるし、別に彼崎君が居なくたって買い物は出来るわよ。まあ、今回ばかりは仕方がないわね」
落ち着いた様子で優雅に且つ色っぽく片手で長い髪を耳に掛ける菫に対し、明日実がニヤリと不敵な笑みを浮かべ訊ねる。
「あら。その割には随分と気合いの入ったコーデしてきてるじゃない。菫だって本当は、桂君と久しぶりに会えると思って胸を躍らせていたんじゃないの?」
明日実の言う通り、今日の菫は肩まで露出した「オフショルダー」という白のトップスに、青を基調としたヒラヒラのミニスカートという今の時期に適した涼しく可愛らしい攻めた装いをしている。
彼女の言葉で耳を赤らめて慌てる菫。
「べっ、別に今日のために下ろしたってわけじゃないから! たまたま着てきただけだからっ!!!!」
「さあ、どうかしらね〜♪」
必死に否定する菫をニヤニヤとあしらう明日実。
「今日は講義も休みでバイトもなくて久しぶりに桂兄ぃと買い物できると思ってたのに……っ」
テーブルに両腕を乗せて拗ねている玲に咲は、「よしよーし」と頭を撫で慰めながら、皆に冗談まじりにこれからの予定について訊ねる。
「それでどうする? とりあえず、来月の旅行に着ていく服とか水着、見に行ってみる?」
彼女の問いに皆が各々反応する。
「そうね。できれば水着は桂君に選んで買いたかったところだけど」
「桂先輩の前で…水着、姿……っ……!」
「私、実はキャリーケース持っていないのよ。できればこの際に買っておきたいんだけど…」
「こうなったら、桂兄ぃがゼッタイに着がらないチョー攻めたコーデ買ってやる…っ!」
こうして一同は、来月の「旅行」に向けて動き出すのだが、当然この旅行について一切なにも聞かされていない彼崎桂は、サバゲーショップで気さくで明るい店長さんからレクチャーしてもらいながら《L96 AWS スナイパーライフル》を試し撃ちしてテンションが上がり、プラモデルショップではどれを作るか吟味していたのだった。
「あ! そういえばうちにニッパー無かったんだった! これを機にプラモデル製作に必要なアイテム、全て買い揃えるか————!」
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