第36話

 二人からお墨付きをもらえた。


 シミュレートのようなバッドエンドにならなかったのは幸いだった。これで明日の心の準備にゆとりが生まれた。


 僕は救われ報われたのだ。


 これも玲ちゃんという妹天使マイ・エンジェルが背中を押してくれたおかげである。

 ここ暫くは一緒にお風呂に入るのを家族として断って避けていたが、今回ばかりは寛容となり感謝の意を込めて妹の願いを叶えてあげるとしよう。


「(帰ったら久しぶりに玲ちゃんのお願いを聞いてやるとするか……)」


 だが、もし妹が兄妹間の倫理を踏み外すような行為をしようとしたその時は、紳士的に全力で制止するつもりだ。


「(しかし、こんなことなら二人からお嬢様大学で役立ちそうな高等コミュ術を教えてもらうんだったなぁ……)」


 女性とのコミュニケーションに置いて第一印象はとても大事だと聞く。

 それは外見に限らずとも、言葉遣いや振る舞いにも印象が大きく反映されるはずだ。言葉遣いが綺麗か汚いかでその人の人柄というものが現れるというもの。


 実際あのような敷居の高い場所でもしも下手な言動をとったら、玲ちゃんの友達やサークルメンバーの人たちにだらしのない悪いイメージを抱かせるかもしれないし、玲ちゃんの顔に泥を塗ることになるかもしれない。


 そうならない為にも、お嬢様大学の女子大生に好印象を持たれるような品のあるコミュ力や仕草などを二人から教わっておくべきだった。

 教えてもらえればコミュ力向上にも繋がったかもしれない。


「(でも、もう手遅れだしなぁ……)」


 咲さんと理乃さんならきっと的確なアドバイスをくれたことだろう。二人とも女子力は一流だし、そういう淑女のコミュニケーションにおけるエチケットにも精通しているに違いない。


 もし、二人からの教えて貰い活かせてればきっと……


「玲さんのお兄さんは品行方正で御優しい方なのねぇ」

「端正で勉強もできて、玲さんが羨ましい!」


 と、好印象を持たれたことだろう。


「(咲さんと理乃さんには聞けなかったし、玲ちゃんにアドバイスを聞いてみるか……)」


 そうして思考を巡らせながら玲ちゃんが待つマンションの部屋のドアを開け帰宅する。


「ただいまー」

「おかえり。………どうだった?」


 気掛かりそうに尋ねる玲ちゃんに僕は満面のドヤ顔でVサインをした。


「そうっ………良かったじゃん」

「っ………う、うん」


 ホッとした気持ちと嬉しさを含んだ玲ちゃんの温かい笑みに、僕は不意にも見惚れてしまった。


「ん? なに?」

「い、いやっ!なんでもないっっっ!」

「?」


 僕らは夕食のため、互いに冷蔵庫から自分の分の晩御飯を取り出しテーブルに並べる。


『いただきまーす』


 玲ちゃんはコンビニで買ってきた海苔おにぎりとサンドイッチ。

 僕も同じくコンビニで買ってきた和風パスタとサラダ。こんなマンションに住んでいるというのに随分と質素な食事だ。


「明日はなんとかイケそう?」


 そう僕に問いかけながら持っているサンドイッチの角をその小さい口でハムッとかじる。


「あ、ああ……」

「まだなんか不安?」

「不安というより緊張、かな……」

「緊張するほどでもないと思うけど」

「そりゃあそうなんだけどさ。玲ちゃんとほぼ同い年の女の子がたくさん居るところに行くとなると僕みたいな年齢の男が敷地内に入ったらどんな目で見られるかと思うとね………」

「心配し過ぎだって。桂兄ぃは堂々と私の後ろを付いてこればいいから」

「そうだろうか……」

「私の友達と会うだけなんだからそんなに気弱にならなくてもいいって」

「まあ、そうなんだけね」


 考え過ぎなのはわかっているが、やはり初対面の女子大生と会話するなんてコミュ力がミジンコレベルの僕には中々荷が重すぎる。


「ていうか、今更なにコミュ障みたいなこと言ってんのよ」

「え? 僕コミュ障だよ?」

「なに当たり前のこと言ってんの?みたいな顔しないでよっ! いつも咲さんとか理乃さんたちと普通に会話してんじゃんっ!!」

「それとこれとは別だ」

「別じゃないしっ!」

「咲さんたちとはその……流れというか過程があったからであってだな……」

「何事も初めてはあるもんでしょ」

「た、確かにその通りだが……」

「なら、今回もいっしょ。咲さんたちと普通に会話できた時と同じようにすればいいだけ」

「…………」


 玲ちゃんは咲さん達との事を成功例のように言っているようだが、あれは本当に成り行きでというか向こうが僕にコミュ力を合わせてくれてただけだ。僕の実力ではない。


 それに相手は女子大生だぞっ?


 咲さんや理乃さん、明日美さん菫さん達は立派な社会人でそれなりのコミュ力や要領は弁えている。


 しかし女子大生は違う。

 その思考や言動は未知数であり、数分ごとに暗唱コードが書き変わるセキュリティーロックのように解読するのに時間と労力を必要とするほどだ。


 何故まともに女子大生と話したことがない僕がそう言い切れるのか。

 それは、ここにいる妹の玲ちゃんもその女子大生の一人でありその理解が追いつかない言動に僕も困っていたからだ。


「じゃあせめて、お嬢様女子大生に嫌われない好感が持ってもらえるような良い会話台詞とかない?」

「は?」


 玲ちゃん、わざとらしく「コイツは何を言ってるんだ?」みたいな顔しないでくれないかな。


「それに、咲さん達の事を例に上げてたけど、咲さんと理乃さんの場合は仕事上でのファーストコンタクトがあってその流れで打ち解けたし、明日美さんは咲さんを通して知り合ったし、菫さんは高校の頃の同級生だし、成功例としては些か参考にはならないと思うんだよ」


「〜〜〜〜〜〜っ!(いやだから、あんな可愛くて綺麗な美人な人達と普通に打ち解けている時点でわかるでしょ! コミュ力以前に桂兄ぃの人柄に皆が好意を持ってるから普通に会話できてるのっ! ささっと気付けっての、このアニメ主人公!!!)」と、言葉にせずとも兄に憤慨する玲であった。


「それからね、元々他人との友好な人間関係を築く最低限度の基本的なコミュ力がミジンコレベルなままなのに、女子大生と約3分程度に及ぶ会話を普通にやってのけるなんてぶっつけ本番はキツイよ……。だからね、女子大生である玲ちゃんに是非とも女子大生と円滑に話せるコツを伝授してもらいたいんだよ」

「いや、だからフツーでいいからそんなの……」


 と、呆れ顔で返された。


「普通と言われてもな……」

「逆に変に格好付けた話し方すると、向こうも引いちゃったりするから」

「ふむ、そういうこともあるのか……」


 言われてみれば、理乃さんと初めて会話した時も自分が変に言葉を選んだり気を遣ったりしていなかった。常に相手の聴き側に周り相手の話のペースに合わせて接していた。そうか。そういうことか!


「ふむ、なるほどな……。つまり、いつも通りに接すればいいわけだな?」

「だからさっきからそう言ってるじゃんっ!」


 声を荒げて怒鳴る玲ちゃん。

 怒られてしまった。いや、正しくは怒らせてしまったというべきか。


「ご、ごめん……。でもクドいようけど、やっぱり一応お嬢様大学なんだしそれなりに最低限の言葉遣いは気をつけないとダメだよね?」

「まあ、流石に馴れ馴れしい話し方だったり砕けすぎて引くような口調だったりしたらアレだけど、それさえ無ければ別に問題ないよ。ていうか、桂兄ぃがそんな話し方しないでしょ?」


「もぅ……」と力が抜けたように笑う玲ちゃん。


「それに、あそこの大学はお金持ちのお嬢様ばかりが通ってるわけじゃないし『ですわね』とか『かしら』みたいな話し方する人なんてまずいないし、皆フツーに『それな』とか『とりま』とか言ってるしね」


「それな」は聞いたことがあるが「とりま」ってナニ?


「それにむしろお金持ちじゃない普通の家の子の方が多い方だから。ほら、ワタシだってその一人のわけなんだし」

「た、確かに……」

「ワタシも最初入学する前とかは、お嬢様大学って聞くとつい桂兄ぃに見せてもらった漫画やアニメみたいにみんな『ごきげんよう』と挨拶して上品で優雅にお茶会してるんだとばかり思ってたけど、オープンキャンパスで行ってみたらみんな普通に話してた。だからそんなに気を張らなくてだいじょーぶ」

「そうか。それなら安心だな」

「言っとくけど、明日会う恵里沙とは丁寧な話し方しなくていいから」

「そうなの?」

「うん」


 頷きながらサンドイッチを両手でパクパクとかじる。

 そういうことならその妃本恵里沙ひもとえりさという子と話す時も理乃さんと普段話す時の調子で良さそうだが……


「その妃本さんってどんな子なの?」

「会ってみればわかる」

「いや、せめてどんな子ぐらい教えてくれても」

「会ったほうが早いから」

「えぇ〜」


 出来れば前持って情報は把握しておきたかったんだけどなぁ……。

 その情報だけでも頼りにどう接するか入念な分析とシミュレーションを繰り返して準備をしておきたかったのだが、それが不可能になってしまった。


 当日は情報がない状態での接触コンタクト。リスクは伴うが致し方がない。その場の判断で臨機応変に立ち回るしかない。


「はぁ……、そうか。それじゃあ当日のお楽しみに取っておくとするよ」

「うん。そうして」


 お互いに夕食を済ませ、あとはお風呂に入って明日に備えて寝るのみ。


「桂兄ぃ、お風呂どっちから入る?」


 そうだ。忘れるところだった。

 今日は玲ちゃんのお礼を意をこめて玲ちゃんのお願いをなんでも聞こうと思っていたんだった。


「………玲ちゃん、折角だし今日は久しぶりに一緒に、入る?」

「きゅ、急にどうしたの桂兄ぃっっっっ!? どういう風の吹き回しっ!?」


 予想外もしなかった兄の発言に素直に驚くクーデレ妹。


「いやさ、玲ちゃんのおかげで咲さんと理乃さんからお褒めの言葉をもらえたし、今日だけは玲ちゃんのお願いをなんでも叶えようかなと……っ」


 と自分で考えておきながら照れ顔で答えしまった。

 僕の言葉に玲ちゃんはなんとも形容し難い複雑な表情を見せる。


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」

「れ、玲ちゃん?」


 すると次第にその複雑な表情から


「—————い、……いい、のっ……?」


 甘えた声でそう呟きながら体をモジモジとさせ控え目に期待を踊らせるように瞳を潤わせる。可愛いな、ウチの妹。


「うん。いいよ」

「じゃ、じゃあ……ささっと行こっ」


 照れ顔を隠すように即座と風呂場へと向かう玲ちゃんに僕はついて行くのであった。そして—————


「…………っ」

「…………っ」


 紳士的に耐え抜き玲ちゃんのカラダを洗い終わり湯船に浸かる。


「ありがと」

「ん?」


 背中越しに玲ちゃんがボソッと呟く。


「一緒にお風呂入ろって桂兄ぃの方から誘ってくれて」

「別にいいさ。今回は玲ちゃんにおかげで僕は自分に自信が持てたんだ。これはせめてものお礼さ」

「でも、元々はワタシが桂兄ぃに大学に来てってお願いしたからで」

「それでも、僕にとってプラスになった。おかげで咲さんと理乃さんからは褒められた。だからお礼を言うのは僕の方だ」

「そ、そうっ……」

「明日……僕、何を着たらいいんだろう……」

「それもちゃーんと考えてあるから」

「さすが玲ちゃん」

「さすがって……、いつまでもワタシが桂兄ぃのスタイリストで居るわけじゃないんだから、そろそろ自分で服を選べるようにしてよ?」

「あははは………が、頑張るよ……」

「もぅ……。明日はヨロシクね、桂兄ぃ」

「こちらこそ、よろしく」


 当然ながらその日の晩は玲ちゃんと同じ布団で寝たのだった。



 ◇◇◇◇



 ついにこの日が来た。

 短い期間でここまで準備を積み重ねてきた。

 といってもただ玲ちゃん御用達の美容院に行って髪を切ってパーマにして、玲ちゃんに服を選んでもらっただけなんだけどね。


「おぉー。久しぶりに来たな〜、玲ちゃんの大学」

「受験生の時に付き添ってもらった時以来だから、当然だよね」

「あの時は玲ちゃんの受験のことで頭がいっぱいで門を潜るのになんの躊躇もなかったけど、今改めて門の前に来るとすごい尻込みをしてしまうよ……」

「あっそ」

「玲ちゃん……、僕どこもおかしいところないよね?」

「ワタシがコーディネートしたんだよ。おかしいところなんてないから」

「そ、そうだよな! ちなみに頭も大丈夫だろうか?」


「うん。大丈夫」と玲ちゃんが僕の髪に触れ撫でるように整え直す。


「よしっ! では行くか!」



 僕は梓丘女子大学の門を潜ったのだった———————。



「桂兄ぃ、あまりキョロキョロしないでよ?」

「了解した」

「あと、女子大生が美人で可愛いからって鼻の下伸ばしたりしないでよ?」


 と、玲ちゃんがこちらに首を振り向き圧を掛けるように僕を睨む。


「僕にそんな余裕があると思うかい?」

「ま、それもそうか」


 呆気なく納得したようでスッと前方に首を戻す。


「その友達とはどこで落ち合わせる予定になってるんだっけ?」

「えっと……、確かこの前LINEで〝梓丘会館〟で会うことになってる」


 玲ちゃんがスマホを見ながらそう答える。


 梓丘会館とは、大学敷地内の一般開放エリアに建てられている共用施設である。施設内には、売店や食堂があるのは勿論、オープンカフェやゲストルームなどが完備されており大学生が自由に利用することができる、らしい(玲ちゃん談)。


「……あ、でもなんか講義が少し長引いて遅れるって」

「そうか。なら僕らが先に中に入って待っていた方がいいな」

「そうだね」


 そうして相談しながら歩いていると………



「ねえねえ! あの男子、あの金髪の子の彼氏かな?」

「まあ、兄妹には見えないよねー」

「女子大に堂々と彼氏を連れてくるなんて度胸あるよねー」

「私にはできないわ〜」

「彼氏は見栄えは良いし遠目でわかるぐらい優しそー」

「しかも尻に敷かれてそー」

「いいなぁー。私もあんな彼氏欲しいー」

「彼女も髪がキレイで長身でスタイルも良いしそれに、可愛い! もう、羨まし過ぎる………!」

「お似合いだよねー」

「それなー」


 ※ 二人は正真正銘の兄妹です。


 さっきから周りいる女子大生の視線が僕と玲ちゃんに集中している。だがこれは想定内であり、メンタル負荷の問題はすでに克服している。


 以前に、まだ「陽気で明るい玲ちゃん」だった時の彼女と服を買いに出掛けた時に周囲からの「なんでお前みたいな地味メガネがあんな可愛くて美人な女の子とデートできるんだ(怒)」という嫉妬と殺気に満ちた視線の集中攻撃を経験しているから、これしきのことで僕は屈しないのだ。


 しかし………


「(でも、やっぱりちょっとメンタルに堪えるなぁ………)」


 一般開放されているとはいえ、大多数が女子しか居ない場所に男子が一人ポツンといるのだ。辛くないわけがない。


 大学時代にお嬢様たちが通う学園に教師として赴任してきた主人公が生徒である美少女ヒロインたちと恋をするギャルゲーをプレイしたことを思い出した。


 確かあの時の主人公の心情描写でも、「教師とはいえ、女子ばかりの空間で男一人というのは些か居心地が悪いものだ。」という文言があったような気がする。


「これが俗に言う〝アウェーの洗礼〟というやつか……」

「え? なんか言った?」

「いや、なんでもないよ」

「桂兄ぃ、あれが梓丘会館」

「随分と近代的な建物だね」

「どこの大学もこんなもんだよ」


 本館に入ると、やはり施設内は広く内装も清潔感がありオシャレなものとなっていた。

 そして当然のことながら施設内の女子率は高かった。離れた所には1組の母親とその二人の子供の姿もあった。


 この1階だけを見ても、施設内にいる男性は僕とその1組の母親の子供の男の子の2名だけだった。


「(どうしよう……。来て早々もう家に帰りたいんだが……)」

「恵里沙が来るまであそこのテーブル席で待ってようか?」

「そ、そうだね」


 テーブル席に座ると、玲ちゃんがスマホを再度取り出し操作し始める。おそらく恵里沙という友達とLINEでの連絡をしているのだろう。


 僕もスマホを取り出し気分を落ち着かせるためにサブカル情報でもチェックしようとしたが周りの女子達の視線の所為なのか金縛りのように身体が動かなく、ズボンのポケットに入れているスマホを取り出せない。


「(た、助けてぇえ〜〜〜〜〜!)」



                ❇︎



 一方その頃、桂が居ない会社のとあるオフィスでは。


「今頃あいつは、女子大で美人で可愛い女子大生たちにちやほやされてるんだろうねー。きっと」

「っ!?」ピクッ


 咲のわざとらしい独り言に理乃が反応しキーボードを打つ手を止める。


「……け、桂先輩が三次元の女子大生相手に鼻の下を伸ばすなんて有り得ませんからっ!」


 と理乃は不貞腐れながら頬をぷくーっと膨らませる。


「でもーあれでだいぶ見栄えも良くなったし、私たちが褒めたおかげでアイツ自身にも自信が付いちゃったと思うから、美人で可愛い女子たちに言い寄られて満更でもないんじゃない?」

「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」プルプルプルプル

「ウフフッ(理乃ちゃん可愛いっ♪)」


 その言葉に動揺する理乃さんの反応を咲は面白おかしく見て笑っていた。


「さ、咲さん————」

「なに?」

「今から早退ってできますか……っ?」


 と、動揺し思考が暴走している理乃さんを目にした咲は慌てて宥める。


「落ち着いて理乃ちゃん!ゴメン、私が調子が乗りすぎたっ!」


 なんとか理乃を宥めると、不意に理乃が咲の方に体ごと向きを変えて


「—————さ、咲さんは、どうなんですか……?」

「えっ……?」


 咲はその問いの意味がわからなかった。


「咲さんは、節操もなく可愛い女子大生にちやほやされて頬を緩ませている桂先輩に何も感じないんですか?」


 真っ直ぐ自分を見つめる理乃の問いに咲は困惑する。


「確かにアイツが女子大生相手にニヤケついてるところを想像すると少し気色悪いくらいとは思うけど、別にそれ以外に思うところなんてないよ?」

「ほんとーに、それだけですか?」


 理乃の食い気味な姿勢に思わずたじろいでしまう咲だが、少し間を置いて理乃に優しく話し掛ける。


「理乃ちゃんはさ、桂が今頃、女子大生の猛アタックで浮かれてると思うとイイ感じはしない?」

「当然ですっ! 桂先輩は優しいですし、ああ見えて押しには弱い人ですから可愛くて綺麗な女子大生の好意に応えしまいそうですし……っ!」


 そう豪語する理乃に対し咲は思い詰めたようにゆっくりと言葉を返す。


「私は……そう思わないかな……」

「ど、どうしてですか……?」


 視線を少し上に向けてそう返事する咲に理乃は疑心を抱く。


「桂は、どんなに大勢の美人で可愛い女子大生に言い寄られても多分、浮ついたり有頂天になったりしないと思う」

「どうしてそう言い切れるんですか?」

「———————アイツは、人から与えられる好意を素直に受け止めるのが苦手な奴だから……かな」

「…………っ」

「今はその好意を素直に受け止められるように少しずつ努力してるみたいだけど、アレでまだまだ消極的なところがあるからなぁ……」

「…………っ」

「だから、多分理乃ちゃんが考えているようなことにはならないと思うよ」


 そう話して苦笑いする咲を見て理乃は自分の浅はかさを思い知った。


「………桂先輩のこと、信じているんですね……」

「そんな大袈裟なもんじゃないって」

「……私、桂先輩のこと、何にもわかっていませんでした」


 自分の浅はかさに落胆する理乃に咲は優しく笑いかける。


「これから知っていけばいいしそんなに落ち込むことないよ。それに、理乃ちゃんの言ってた通り、アイツは人の好意には素直に受け止められにくいけど、自分から誰かに無意識に好意を与えることには積極的だからさ。理乃ちゃんの時みたいにねっ♪」

「咲さん………」

「それに、好意とかじゃなくてもお願い事や頼まれ事だと断れないところもあるし、女子大生に熱心にお願いされたら断れないかもね」

「………そう、かもですね」


 そうして互いに笑みを交わした。


「でも、あの桂先輩のことですから、きっと大勢の女子に囲まれてコミュ障が発症して泡蓋めいて頭を抱えているでしょうね」

「それなっ!」

「プフッ」

「クスッ」


 二人は桂の様子を思い浮かべながらしばらくの間、面白可笑しく失笑していたのだった。



 ❇︎



「れっ……玲ちゃんもこの施設はよく利用するのかな?」

「え? うん……まあ、たまに講義のレポートを書くときにココに来ることあるよ」

「へぇー。そうなんだー」


 当たり障りのないどうでもいい質問。だが、僕にはこれが精一杯だ!


「なんか飲み物買ってくるけど桂兄ぃもいる?」

「あっ! それだったら僕が買ってくるよ!」

「いいって別に、ワタシが買ってくるから。で?なんかいる?」

「じゃ、じゃあ……水を」

「水? そんなんでいいの?」

「うん」

「そっ。わかった。じゃあ買ってくるね」

「行ってらっしゃい」


 玲ちゃんはそう言って席を立ち、奥の自動販売機が立ち並んでいるところへ歩き去った。


「(一人に……なってしまった……)」


 これほどまで強く孤独を感じたことはない。唯一の心の支えであった玲ちゃんが飲み物を買いに行くために僕の側を離れた途端にこの絶望的な孤立感……。


 玲ちゃんが居なくなっただけでここまで心細くなってしまうなんて……。これではまるで、親から離された子供みたいではないかっ!!!!


「(玲ちゃん、早く戻ってきてぇーーーーーー!!)」


 いやいかん。顔に出してはいけない。平然を装うのだ。周囲に不審がられてはいけない!


 あたかも物思いに耽ながら横のガラス越しの景色を眺めているような姿勢を維持し続けるのだ。


「(これでなんとか凌ぐしかない!)」


 それからしばらく経って


「桂兄ぃお持たせ。はいこれ水」

「ありがとう玲ちゃん(恵みのお水だぁ〜〜っ!!)」


 時間がとても長く感じた。一秒が十分のようなに長く感じられた。

 このアウェーな空間で長時間(※まだ数十分間しか経ってない)留まるのはさすがに心身共に堪えた。


 よくやったと自分を褒め称えたい。勲章ものだ。


「さっきLINEで恵里沙から、講義が終わっからそろそろこっちに来るって」

「そ、そうか……(やっとか……)」

「大丈夫? なんかすごく疲れてるみたいだけど……」

「いや、問題ない」


 ここまできてもう既に疲労困憊だが本番はこれから。玲ちゃんの友達とのファーストコンタクトこそが僕にとってのメインミッション!


「し、しかしアレだなっ!」

「ん?」

「その恵里沙という子は僕の何を聞きたいんだろうね……?」

「さあー。どうせしょうもないことでしょ」

「でも、一応どんなことを聞かれても答えられるように準備しておかないと!」

「インタビューじゃないんだから」

「しかしだなぁ—————」


 なんて話をしていると



「ごめーんっ! 遅れちゃったぁーっ!」



 僕の後方から明るく弾んだ女性の声が駆け足と共に響き向かってきた。


「っっっっ!!!?」ビクッ

「あ、やっと来た」


 玲ちゃんが軽く小さいため息を吐く。


「ごめんね玲っ。講義が中々終わらなくてさーっ」

「…………っ」

「恵里沙、言われた通りワタシの兄を連れてきたから」


 僕は彼女の方に顔を向ける。


「初めまして、玲のお兄さん。わたし、玲の親友をさせてもらってる妃本恵里沙って言います♪」


 そこに立っているのは、上下共に露出度の高い衣服を身に纏い、玲ちゃんと互角と言っても過言ではない抜群のプロポーションを持ち、透き通るような前髪ぱっつんの腰まで伸びるロングストレートを靡かせてこちらを向いてニカッと無邪気に笑う


 ——————黒髪巨乳美少女だった。

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