第35話

 休憩時間が終わり、僕らは各々の仕事に向かうため別れる。と言っても部署は同じでオフィスも同じだから


「桂先輩、明日の会議で使うための資料作成なんですけど、ちょっとわからないところがあって……」

「どれどれ」

「桂、この前の会議の資料のコピーってまだ持ってる?」

「持ってますよ」


 と、このように互いに目が届くところで仕事をしているため、たとえ別れてても顔を合わさない時間は殆ど無いと言っていいほどだ。敢えて顔を合わさない時があるとしたらそれは、会議で二人が席を外している時ぐらいだ。


 チラッ

 チラッ


「……………」カタカタカタカタカタカタ


 さすがにお昼ともなり時間が経ち、オフィス連中の僕への興味関心は薄れていった。その証拠にあの苛立たしい視線は感じなくった。


 だが、尚も何処からか妙な視線を黙々と作業してる中でもディスプレイ越しでも感じ取れてしまう。この妙な視線の正体はなんだ?オフィス連中の視線から伸びているものではない。


 とするとこれは――――完全に咲さんと理乃さんから注がれている視線ではないか!


 チラッ

 チラッ


 悟られないように気付かれないようにしているためか、遠目で何度もこちらの前方と横、後方を通り過ぎる度に横目でチラ見して来ている。それよか、チラ見するが為にわざわざ僕が視界に入るルートを通ってまで見ようとする始末。


 やはり僕のこの見た目は視界に止まりやすいのだろうか?


 だとしても彼女二人以外の人間は僕のことを完全に今まで通りに「居ない存在」として無視し続けている。なら、この二人の好奇な視線の意味はなんだろうか?かと言って何時までも気にして考えていては仕事に支障をきたす。


 僕は彼女たちの視線を限りなく無視し続け、意識しないよう作業に勤しむことに邁進した。


『……………ッ』


 何故か自然と目が彼の方へと向いてしまう。


 どんなに忙しくても彼がいるデスクに瞳が磁石ように引き寄せられてしまう。それはまるで、あの時の彼を見た瞬間に感じた感覚を忘れたくないかのように、もう一度あの感覚はなんだったのかと確かめたがっているかのように————。




 その後輩と初めて会った時、寡黙で大人しく中学生が掛けてるような眼鏡のレンズから死んだ魚の目をしていたのが印象的だった。


 次第に何故かその後輩のことが気になり出し、距離を縮め互いに冗談を言い合うような仲になった。

 そんな中、初めて彼がコンタクトに挑戦し付けてきた姿を見た時は、磨けばそこそこ輝くのに勿体ない男子だと感じていた。


 そうして、まるで可愛げがある親戚の従兄弟のような面倒みの甲斐がある後輩として接していたつもりだったのだが最近、彼が時折見せる男らしい一面を目の当たりしてから彼に対する見方が少しづつ変わり始めていた。


 そんな矢先、彼の見違えた姿を目にした瞬間にその彼が非常に大人びえて見え、自分と少しか歳が離れていない男の子だと再認識させられた。

 今日はその所為もあってか、彼を必要以上に目で何度も見せてしまうのだった。




 その先輩と初めて会った時、眼鏡の光沢から覗くその温かく優しい瞳がとても印象的だった。


 自分が困った時に手を伸ばしてくれた真っ直ぐな瞳。

 悲しい時にそばに寄り添ってくれた優しい瞳。

 一緒に秋葉原に出掛けた時の健気で楽しそうな瞳。

 家に遊びにきた時に見せたキョどる可愛らしい瞳。

 そして、時折垣間見えた寂しげで悲しげな瞳………。


 そのどれもが眼鏡越しで伝わる暖かさに、自分は何度も救われ自分を見守ってくれていた。それがとても嬉しくていつまでも見つめていて欲しいものだった。


 そんな時、彼の眼鏡を外した姿を目にし自分に衝撃が走ったと共に、彼の新鮮味を帯びた姿に彼のあの姿が何度も頭の中でフラッシュバックし、今日はその所為で無意識に彼がいるデスクへと視線を向けるのだった。


 彼女たちの目には、気持ちや想いが交錯する中で幾度もの一瞬の眼差しの先にある彼、彼崎桂が一体どのように見えているのだろうか———?




「ぷはぁー! やっぱり缶コーヒーは微糖に限るぅー!」


 仕事が一段落し、一人自販機がある休憩スペースで壁にもたれ掛かりながら僕は至福の缶コーヒーを飲みながらひとまずの休憩をとっていた。


「(う〜ん……。二人に明日玲ちゃんの女子大に行く事、話した方がいいんだろうか……)」


 別に迷うことでもない事だ。


 おおよそ二人はお昼に僕が話した内容だけを聞き、今ままでずっと僕の粗末な髪を見て、さすがにお洒落をする者として我慢ができなくなった玲ちゃんが自分の行きつけの美容院に行くよう急かした。と思っているに違いない。


 このまま二人にはそういう体で納得してくれてたままにして、事の裏にある事情を話さなくても別に問題はない。ということでいいではないか。

 何故なら二人にはこの件には一切関係が無く、たとえ明日僕が何かでしくじったとしても、彼女たちには何ら影響はないからだ。


 なら、このまま二人には黙ったままにして帰宅し、お墨付きが貰えたと玲ちゃんにドヤ顔でVサインをすれば済むこと。それだけでいいはず。なのに………


「でもなぁ……、二人には全部話したい気持ちもあるんだよなぁ……」


 僕が玲ちゃんの友達に会いたいと聞かされて、明日に梓丘女子大に行くことを話したら、二人はどう反応をしなんと返事が返すのだろう。


 少し想像してみようか—————


「はっ? 玲ちゃんの友達に会いに梓丘女子大にっ!?」

「しかも、その流れでその友達の知り合いのオタクサークルにも行くと……?」


 と、驚き唖然とした表情と共に


「その友達の女子大生が幾ら桂に会いたがってるからって、どーして桂の方からわざわざ女子大に行かないといけないわけ?」

「どうして美容院で髪を今時のナチュラルパーマにしてコンタクトを付け、玲ちゃんにコーディネートしてもらった服を着てバッチリお洒落してまで女子大に行く必要があるんですか?」


 と、疑いの目で睨まれ


「普通はどっかの喫茶店かファミレスとかで待ち合わせして会うもんでしょ?なのになんで、ただでさえ男が中に入るのに躊躇っちゃうお嬢様たちが通う女子大なんかに行くのかな〜?」

「三次元の女性に免疫、若しくは耐性が無いと自分で自負されているのにも関わらず、どうして年下の淑女しかいないお嬢様女子大に行くんですか?……ねえ、桂先輩?」


 さらに睨まれ、終いに咲さんからは仕事で報告連絡を忘れた時のように引きずった半笑いでキレられ、理乃さんの瞳からは光沢が消えて


「—————桂、あんたもしかして、清楚系黒髪美少女でも口説きにいくつもり? ……へぇー。いざ自分が漫画やアニメの主人公みたいな男子になれたからって女子大生に手を出すなんてねー。見損なったわ」

「桂先輩は、二次元の女の子じゃなくて三次元の女の子、……しかも、女子大生の子に性的嗜好がお有りのようですね……」ニコッ


 と、在らぬ誤解を持たれ、陽キャみたいな格好になって軽佻浮薄な奴に成り下がったと咲さんに罵られ、否定をすれば「嘘だっ!」と理乃さんにすごい剣幕で憤怒されることになるだろう。


 ……あれ? 想像しただけですごく悲しくて苦しくて心の中が虚しくて死にたくなってきた。なんで?


 ダメだ。これ以上想像するのは止そう。心臓に悪い。本当に心身ともに患って死にそうになる。


「はぁ〜 どうしたものかなぁ……」


 なんて深いため息をして軽く天を仰ぎ、缶コーヒーに口を付けようとしたその時


「おっ! やっぱりここに居た」

「桂先輩、お疲れ様です」

「————っ!!? お、お疲れまですっ!」


 二人が廊下の角からひょこっと姿を見せていた。

 正直ちょっと驚いた。

 別にこれと言って聞かれるとまずいようなことを呟いてないし、勘付かれるヘマはしていないはずだ。それなのにどうしてかつい、ビクッと身体が反応してしまった。ビビリすぎだろ僕……


「なに、一休み中だった?」

「ま、まぁーそんなところです……」

「邪魔しちゃった?」


 咲さんは僕のことを気遣ってか、優しい笑顔で僕の顔色を窺うように顔を覗き込み首を傾げる。


「…………っ」

「ん?」

「……い、いえ。そんなことはっ!」


 今、何気に咲さんの仕草にちょっと胸の中がブワッと一気に熱を帯びた瞬間を感じた。

 要は不覚にも咲さんの女性らしさを感じさせる仕草に一瞬ときめいてしまったわけだ。


「なんか困ったことが有ったらちゃんと相談しなよ?」

「わっ、わかってますよ」

「ホントにぃ〜?」


 と疑り深く顔を寄せて半目にしながら睨む。

 近い近い近いっ!!!


「た、頼りないかもですけど、私にも気軽にいつでも相談してくださいねっ!」


 理乃さんも負けじと僕に熱い眼差しを向ける。


「あ、ありがとう理乃さん。その時はよろしく」

「はいっ!」

「そう言って桂は全然報連相の〝相〟はしないんだからぁ」

「そんなことないですよ。今日は大丈夫ですから。もぅ〜、信用ないなぁ〜僕は」

「だって、さっき一瞬だけ廊下の角から桂のため息みたいな声が聞こえた気がしたから」

「——————っ!」ギクッ


 しまった! 

 迂闊だった。そんな分かりやすいため息をしていたのか僕は!


「えっ……、そうですか?」

「うん」


 わざとらしい僕の返事に対してコクンとうなずく咲さん。

 おのれ。今日は珍しく頷く仕草でさえ妙に可愛く捉えてしまう。どうした僕、マジで疲れているのか?


「それはえっと……」


 これはきっと疲れているんだ。いつものことじゃないか。

 仕事で疲れるのは当然の摂理だ。その所為で僕の頭頂葉が錯覚を起こしているんだ。そうだ。そうに違いない。

 ここは笑ってなんとか誤魔化すしかない!


「それはほら、疲れていたからですよ。あはははっ!」

「ふーん、そっか。ならいいけど」


 ふぅー。危なかったぁ……。


「んじゃあ呑気に休憩してるってことはもう、今週中のノルマは終われそうなカンジ?」

「呑気って……、そうですね、9割ぐらいは」

「さっすがー♪」


 咲さんは賛美するとともに僕の背中をバシバシと叩く。


「痛いですってば」

「私はまだまだ終わりそうにないですぅ〜」


 その隣で理乃さんがわかりやすく肩を落とす。


「がんばれ〜、理乃ちゃん」

「ある程度仕事が片付いたらそっちを手伝ってあげられるけど……」

「———ホントですかっ! ……い、いえっ、せっかく申し出大変すごく嬉しいんですけど、桂先輩に頼り切ってちゃあスキルアップなんて出来ません。もう少し自分の力で頑張ってみます!!」

「おっ! 偉いぞー理乃ちゃん!」


 咲さんが理乃さんに応援のガッツポーズを送る。


「自分の力で頑張ろうとするその向上心は大事だ。でも、それでも自分で出し切って出し切ってもう無理だと限界を感じた時は、ちゃんと僕や咲さんを頼ってね。先輩たちを頼ってそこから見えてくるノウハウを学ぶことも大事なスキルアップの一つの近道だ。先輩は後輩に教えるために居るんだから」

「はいっ!」


 満面の笑みで返事をする理乃さん。


「桂、だいぶ先輩らしくなってきたじゃん」

「そんなことないですよ」


 さてどうしよう。二人に話すか?話しちゃうか? 

 それとも、話さずにこのまま黙ったまま定時に帰るか?


 もし二人に話した場合、シミュレートした通りのような惨事になりかねないかもしれない。そうなれば僕は今度こそいろんな意味で終わる。


 だが、あれはあくまで僕の飛躍した妄想に近いようなシミュレート過ぎない。二人がシミュレートと同じ文言とまでいかなくとも似たようなセリフを言うとは思えなし考えにくい。


 ……いや、どうだろう。理乃さんに限ったことで考えると、可能性は低いわけではないような気がしなくもない。


「私も桂に負けていられないし、少し休憩したら戻ろっかな」

「そうですね。私ももう少し粘ってみます!」


 もう二人とこうして話せるのはこの時間しかない。仕事が終わった後にこの話をしたら、色々長くなりそうで二人の貴重な定時帰宅の邪魔をしてしまうことになる。話すなら今しかない。

 どんな結末になろうとも僕は玲ちゃんの元へと帰ら無くてはならない。覚悟を決めろ!


「あ、あのっ、お二方……」

「うん?」

「はい、なんでしょうか?」

「っ! えっ、えと……その……」

「ん? どうしたの?」

「なんです?桂先輩?」


 言うんだ!言うんだ!


 ———————— 


 あ、間違えた。そうじゃない。

 つい意気込んで昔見ていたカードゲームアニメの名台詞(?)を放ってしまった。申し訳ない。


 訂正をして、


「(言うんだ!言うんだ僕っ!)」

『???』

「実は、昨日美容院に行ったのは訳があって……」



                 ❇︎



 そして意を決心した僕は、二人に丁寧に自分が玲ちゃん御用達の美容院でイメチェンをした経緯を話した。


「へぇー。玲ちゃんの友達が桂にね……」

「そのためだけにわざわざ美容院に?」

「あ、はい」

「ついでにその友達の知り合いが所属しているオタクサークルにもお邪魔すると……?」

「そ、そう……です」


『……………』


 二人は僕の話を耳を傾けて聴いていた。

 途中で驚いたりせず、疑いの目で睨みもせず、罵り憤怒することなく、無言のまま彼女たちは僕の話を聴いてくれていた。


「ふーん。そういうことね」

「そうだったんですね」

「さすがに前の髪型であの地味メガネのままで、とてもじゃないけど名門屈指のお嬢様女子大には連れていけないし友達にも合わせづらいよねー。ていうか合わせたくない。玲ちゃんの気持ちもわかるような気がするわ」

「むしろ今までそうさせたくてうずうずして仕方がなかったんでしょうね」

「かもねっ♪」


 と、二人はクスクスと笑い合っていた。


「でもだからって普通妹の通ってる大学に、しかも女子大に行く兄がどこにいるのよ」


 咲さんが笑いながら呆れ顔で僕に視線を戻す。


「断る理由でもなかったですし、それに用事もなかったので」

「断っても玲ちゃんなら怒ったり責めたりしないと思うけど?」


 確かに、玲ちゃんならたとえ僕が行くのを断っても「そっか、ならいいや」と呆気良く納得してくれたことだろう。だが、僕が断らなかったのには他にも別の要因があったからだ。


「確かに、玲ちゃんなら納得してくれたことでしょう。しかし、それだけが理由じゃないんです」

「何よ?」

「なんです?」

「単純に玲ちゃんの友達がどんな子なのかこの目で見たかったからです!」


『…………っ』


 二人の顔を見ればわかる。僕は引かれていると。


「……そっ、その桂先輩に会いたがってるっていうその玲ちゃんの友達は、桂先輩と何を話したいんでしょうかね?」


 理乃さんが場を保たせようとわざとらしく不思議がる。


「さあね。大方、桂がオタクだと玲ちゃんから聞かされてるらしいから、そのことで根掘り葉掘り聞いて揶揄うつもりなんだろうけど」


 そうだとしても名門校のお嬢様大学の女子大生だし、あの玲ちゃんの友達でもあるから、決して悪い子ではないだろう。


「それにさっき説明した中で、オタクサークルにもお邪魔するという事もあって、女子大のオタクサークルがどんな活動をしているのか少し興味もあったので……」


 理乃は「あっ、それは私もちょっと興味があるかも」と口にしようとしたがなんとか理性が働き咄嗟に耐えた。


「うっわぁ〜」

「咲さん、わざとらしく引くのやめてください。地味に傷つきます」

「いや、今のはさすがに引くでしょー」

「………ふぅ(よかったぁ。言わなくて。危うく私も引かれるところだった。ごめんなさい桂先輩。実は私もそう思ってます!)」


 この時理乃は、咲さんがいる前ではあくまで桂先輩よりも「良識的でライトなオタク」として振る舞おうと誓いながら、桂に届かぬ想いを送った。


「そのオタクサークルに所属してる友達の知り合いとかいう子も、桂に会いたがってるから誘われてるんでしょ?」

「はい。そうみたいです」

「こんな爽やか系の洒落た格好良いオタクのお兄ちゃんが来たら、さぞサークルの女子たちも興奮してチヤホヤされるんじゃない?」


 咲さんが顔をニヤニヤと意地悪に笑う。


「それ……嫌味のつもりですか?」

「嫌味じゃないよ。ほんとーのことだって」


 と、咲さんは笑っている。


 どう耳の穴を穿ぽじって聞いても僕に対する嫌味にしか聞こえないのは僕の聴覚に問題があるとでもいうのか。


 それとも、全てのオタク男子が夢描く、二次元を愛し尊し消費豚と成れ果て堕ちるのみのオタクとして在り続けながらも、三次元に息し生きる者として尚も心の奥底で密かに綺麗で可愛らしい美女マリアからの豊かで温かな愛ある恵みがあると信じ、出会い恋をし、愛し愛されることを祈り、その手にその肌に触れて感じたいという幻想よりも遠く儚い願いを犯す冒涜の言葉か!


「もしそんなオタク系ラブコメ主人公なんぞが存在するんだとしたら、秋葉原にオタク神社として祀ってオタク恋愛の神として拝ませてもらいたいものですよ」

「もー、だから嫌味じゃないってばー」


 と尚も咲さんは楽しそうに僕を宥める。


「でもさ、女子大って大学じゃあまり出会いがないから、他の大学の男子達とよく合同コンパをしたり、文化祭とかのイベントとかで来た男子に声掛けたりして彼氏を作ってるって聞くし、もしそこで自分好みのイイ男子が居たもんなら、それはもう早いもん勝ちの取り合いっこみたいだよぉー」

「なっ!!!!?」


 それを聞いた理乃さんは何故か驚き、その後にその表情は焦りと不安へと変わっていった。


「そんな男に飢えてる乙女達の花園なんかに、桂みたいな草食系で真面目でしかもオシャレなルックスの男子なんかが来ちゃったら、そのサークルに限らず学内の他の女子大生達が黙って見過ごすわけないんじゃない? それって桂が一番好ましくない状況じゃなかったかな〜?」


 妖艶な笑みの咲さんの言葉に僕は戦慄した。


 ガクガクガクガクガクッ


 想像した瞬間身の毛がよだつような感覚が僕の脳裏に走り、恐ろしさのあまり痙攣するように震えが止まらない。

 それを横目に、理乃さんもまた事の重大さに慌てふためいていた。


「あわわわわわっっっっ!!!!!」

「ままままままままま、まっさかーーーー!そそそそそそ、そんな大袈裟な冗談、言わないでくださいよーーーー」


 僕の言葉は片言になっていた。


「たたたたたたたた、仮に桂先輩が冴えカノの倫理君や俺ガイルの比企谷君のようなラノベ主人公並みのルックスであ、ああ、あ、あったとしてもですよ? それで女子大生たちがほぼ全員こぞって集まってくるとはお、おっ、思えないんですよねーーーーっ」


 理乃さんもだいぶパニック状態になり片言になっていた。


「そうでなくてもさ、同じ趣味を共有できる共通点ならどう?」

「はっ!」


 咲さんに魔女、或いは悪戯好きな悪魔が舞い降りた。


「例えば、オタクサークルの女子とか」

「なっ!」

「そのサークルのオタク女子が今の桂が見たらどう感じるかな〜」

「あ、……あ……ああっ!」

「オタクの弾丸トークにも余裕で着いてきてくれて」

「!?」

「オタクにしかわからないノリやボケにも一緒に盛り上がってくれて」

「!!?」


 それはまるで魔女の呪文の言葉のにように理乃さんに語りかける。

 咲さんがどんどん畳みかける。


「一緒にコスプレもしてくれて、終いにはコスプレを一緒に作ったりしてさ」

「!!!?」

「一緒に秋葉原デートとかしてアニメグッズの買い物にも付き合ってくれて」

「!!!!?」

「お店で大量に買ったグッズの入った袋を一緒に持っててくれて、しかも自分が知らない穴場な店やスポットも知ってて」

「!!!!!?」


 それはまるで悪魔の囁きのように理乃さんに呟きかける。

 そしてさらに拍車をかけていく。


「オタク系のイベントにも着いてきてくれて一緒に楽しんでくれて」

「!!!!!!?」

「そして家に帰れば一緒にゲームをしたりアニメを見たり」

「!!!!!!!?」

「漫画を読んでて互いに何を喋らなくても、全く苦にならなくて安心できて」

「!!!!!!!!?」


 最後にこの言葉をとどめの一撃として彼女に呟く。


「ほぼ朝から晩まで一日中オタク生活を充実させながら、彼氏と永遠の愛を育むことができたら最高だと思わない?」

「〜〜〜〜〜〜!!!!!?????!??!?!!?!??」


 言われたその情景を一つ一つ頭の中で映像化し想い浮かべていく。最後に言われたその言葉で写し出された情景一つ一つが走馬灯のように流れた瞬間、理乃さんの中で何かが弾け、そして彼女は頭を抱え天を仰いだ。


「咲さんがオタクにとって禁忌とも呼べる文言を吹き込んだ所為で理乃さんが壊れちゃったじゃないですかっ!!!」

「えぇ〜!? 私そんなすごいこと言ったつもりないんだけどなぁ?」


 なんという恐ろしい人だ。こんな人が僕の先輩だったとは……。


「でもまあ、そうまでとはいかないまでも、今のアンタなら多分女子にはきっとモテるって私は思うけどね」

「………そう、ですかね?」


 と自信が無さげな僕に咲さんは


「——————ンフッ、がんばれ。格好良いお兄ちゃんしてこいよっ♪」


 そう柔かに笑い言い残して放心状態の理乃さんを連れ、戻りぎわにこちらを振り向いたかと思うと、軽くウィンクをしてその場を去って行った。

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