第34話

 よく漫画やラノベで、地味で根暗な男主人公やヒロイン(又は女主人公)が劇的なイメチェンをしたことで美男美女へと大変身を遂げて、そこからラブコメ展開に突入することが多々あることは皆の周知のことだろうと思う。


 しかし、こういう場合のほとんどが本人にその素質(磨けば輝ける的な)が元々あった。または隠れイケメンや隠れ美人だったりと、すでにそういうルックスを持ち合わせていた。というのが通例だ。


 要はこういう人種はどうにでも美男美女になりえる素質が、デフォルトとして備わっているということだ。

 だがそれも当然ことで仕方がないことなのだ。物語を進める上で、この設定は必要不可欠で重要なファクターなのだから。


 —————だが、現実の世界に生きている人間にそのようなご都合主義な設定など存在しない!


 その証拠に、僕は漫画やラノベの主人公ではないし隠れイケメンでもない普通の一般企業に勤めるただの冴えないサラリーマンだ。


 たかが髪をパーマにして整髪料で整えて掛けているメガネをコンタクトに変えたぐらいで、ラブコメ漫画やライトノベルのハーレム主人公のようにはならないし、そうなり得るほどのルックスなんて生まれてこの方持ち合わせていないんだからな。


「玲ちゃん、コレで会社に行けって本気で言ってる?」

「本気だけど」


 玲ちゃんの顔には本気と書いてある。


「マジですか?」

「なに?」


 なんか顔怖いんですけどうちの妹。


「それはいわゆる公開処刑になりませんかね?」

「ならない」

「………ですか」


 断固たる姿勢である玲ちゃんに僕は防戦一方であった。


「明日だけというのは………」

「明日〝から〟!!」

「明日からって毎日ですか!?」

「だからそう言ってんじゃん」

「で、でも、毎朝髪のセットをするなんて無理だよ。僕そういうのは苦手だし、それに下手だし時間掛かるだろうし………」

「別にそんなに難しくないよ。ジェルかワックスを手につけて、髪全体に馴染ませるように揉み込んで——————」


 と、僕にわかりやすいように動作を交えつつ説明してくれている、が………


「ある程度馴染ませたら、毛先を遊ばせるようにして」

「毛先を、遊ばせる?」


〝あそぶ〟ってなに?どういう意味?何かの隠語が何かなの?


「………はぁ〜。桂兄ぃ、ちょっとこっち来て」

「え?」


 と、溜め息と共に見兼ねた玲ちゃんに手を引っ張られ洗面所に連れてこられる。


「そこに立って」

「あ、はい」


 鏡の前に立たされると、玲ちゃんは整髪料を手につけはじめた。


「とりあえずは私のワックスを使ってくね。 男の人はまず、後ろから髪を揉み込むようにして全体にワックスを付けていくの」


 玲ちゃんの手が僕の髪を揉みはじめる。

 それと同時に、玲ちゃんのキャミソール越しの二つの柔らかいものが背中にソフトタッチしてくる。玲ちゃん、まーたブラを付けていないな。家でもちゃんとブラを付けないさいとあれほど言ってるというのに。全く、実にけしからん。


「〝遊ばせる〟っていうのは、小さく毛先を束ねてから先端を跳ねさせてボリュームを持たせるようにすること。そこからは好きなように整えて自分の気に入るヘアスタイルにしていくの」

「へ、へぇ……」

「へぇって、私や桂兄ぃと同い年の子はみんなこれを毎日やってるんだけど」


 後ろから呆れた玲ちゃんの声が僕の胸に刺さる。


「—————はい。できた。どう? イイ感じでしょ」

「お、おぉ……」


『これが、私……?』ってみたく、頬にそっと手を当ててみる。うん。やってみて気色悪いな。

 しかし、髪を弄るだけでここまでそこらで歩いている陽キャの若者のようになれるものなんだな……。


「ね。かなり雰囲気変わるもんでしょ」

「そう……だね」


「明日の朝は私も手伝ってあげるから、頑張ってセットしなよ?」

「あ、はい。わかりました……」


 明日から毎日、鏡の前で髪を弄らないと行けないのか……。

 オシャレで玲ちゃんの前では「面倒臭い」という言葉は禁句だ。言えば玲ちゃんの逆鱗に触れてしまい一時間のお叱りが始まる。だから、下手しても「面倒臭い」などと口を滑らせてはならないのだ。


「でも、これで会社に行ったとしても、あまり意味ないと思うんだよね……。だって、僕なんかが今更イメチェンしたとこで誰も気にも留めないし、誰かに褒められるわけでもない好かれるわけでもないんだしさ……」


 オフィス内での僕の立場は「見たくない事実で目を逸らしたいもの」なんだから、オシャレしたところで僕を見る人間なんていない。


 別にそれを辛いとは思わない。オシャレをしてもしてなくても今までと変わらないと分かっているからだ。そういうものなのだと納得しているだけで、ネガティブな感情はない。


 玲ちゃん曰くだけど、オシャレというのは自分を〝良く見て欲しい〟という欲求からくるものであり、自分の理想像を「着る」という形で自己表現のひとつなのだという。


 その理屈というか理論はとても良いとは思う。……しかし、僕にその理屈に当てはまらない。


「それにさ、僕が突然会社にこの姿で来たらオフィス連中にどんな目で見られるか想像しただけでも胃が苦しくなるよ(目立つの嫌いだし)」

「…………」


 僕が「見たくない事実」だとしても、こんな姿で会社に来たら嫌でも皆の視界に入ってしまうはず。そうなったら、目立つことを嫌う僕にとってはショッピングモールの場合とは少し違う意味での生き地獄だ。


「僕は地味で存在感を与えない方が丁度良いんだよ。あははっ」

「………」


 そうやって自分のことを自虐して笑い、卑屈なっている自分を誤魔化した。

 それを知ってか知らずか、どこか切なそうに黙って聞いている玲ちゃん。すると


「桂兄ぃ————」

「えっ」


 彼女がそっと両腕を僕に伸ばしたかと思うと、その腕が僕の顔に向かってくる。その白くて細くて長い指先の手が優しく頬に触れる。


「れ、玲ちゃん?」


 そのままゆっくりと自分の顔に寄せはじめる玲ちゃん。と同時に両足の爪先を少し上げてさらに顔の距離を詰めてくる。

 —————その仕草はまるで、女性が男性にキスをするかのように。


「………今の桂兄ぃはとってもかっこいいよ。惚れ直して今すぐにキスしたいくらい」


 本当にキスしそうだよこの妹は。


「ちょっと本気でキスしようと思ったでしょ」

「うん」


 うん。……じゃないよ。なに兄にファーストキスをあげようとしてるの!危なかった。危うく実の妹に接吻を許してしまうところだった。


「ダメなの?」

「ダメです。家族と云えでも、異性の兄妹にキスして良いのは小学生までです!」

「ふーん………あっ、桂兄ぃ、髪にゴミ付いてる」

「え、どこ?」


 チュッ


「!!!!!!!!????」

「ほっぺなら、いーでしょ」


 してやられた。僕の妹がこんなあざといことをする子とは思ってもみなかった。いや、これも大好きな兄にしか見せない、玲ちゃんのもうひとつの一面なのだろう。それを知ることができたのはお兄ちゃんとしては素直に嬉しいし喜ばしいことだと思う。


 しかし、この兄への過剰なスキンシップが厄介なことに、素なのか狙ってるのかと言えば、全てにおいて前者なのだということだ。


「ほ、ほ、ほっぺのキスもダメッッッ!」

「別にいいじゃん。モデルの知り合いも、兄妹と普通にキスしてるって言ってたし」

「よその家族事情は知りませんっ!」

「でも、それくらい今の桂兄ぃはどこに連れっても恥ずかしくないってワタシは思ってる」

「玲ちゃん……」

「モデルをやってるワタシが言ってるんだから、少しくらい自信持ったっていいんだからさ」

「うん……そうだね」


 玲ちゃんは優しいな。こんな僕のためにそこまで言ってくれるなんて。

 多少、兄への想いが過剰なところはあるけど、僕にとっては実に勿体ない妹だ。


「今の桂兄ぃを見たら、咲さんや理乃さんだってきっとかっこいいって褒めてくれるよ。それに、明日美さんや菫さんだって……。もう、自分が咲さん達と並んで居ることに劣等感なんてを持つことなんてないんだよ」

「そう、なのかな……?」

「絶対そうっ! ワタシが保証する!」


 そう自信に満ち溢れ真っ直ぐな瞳で僕を見つめる玲ちゃん。


「そっか。人気モデルの玲ちゃんの保証付きならきっと大丈夫だね」

「あっ、当たり前じゃん……っ」


 少し頬を赤くする玲ちゃんを見て自然と頬が緩む。まるで、僕のどんよりとした心に一筋の光芒が刺したような感覚だった。


 玲ちゃんの言葉に僕は救われたのだ。妹に励まされる兄というのは情けない話だが、可愛い妹に励まされるのは悪くないな。


「ありがとう。玲ちゃん」

「べ、別に、ホントのこと言っただけだし………っ」


 そう言って顔を寄せたままで目線だけを逸らし照れる玲ちゃん。


「少しだけ、自信が付いたよ」

「少しだけ?」


 と、ややむくれて僕に視線を戻す玲ちゃん。

 しまった。これだと、僕に自信をもっと付けさすためにキスをしでかしかねない!それどころか、このブラコン妹ならキス以上のことをしようとしてもおかしくない!


「あっ! いや違ったな。すっごく自信付いたよ!あはははっ!」

「そ、そう……」

「(ふぅー。危ない危ない)」


 まあ、おかげで覚悟というには些か大袈裟ではあるけど、この姿で会社に行ってみようと決心はできた気がする。


「なんとか、明日から頑張ってみるよ」

「うん。がんばれ、桂兄ぃ」

「当たって砕けてくるよ」

「髪をセットしてコンタクトして会社に行くだけじゃん。クスッ」

「まあ、そうなんだけどね。あははは」

「咲さんと理乃さんにイイって言ってもらえるといいね」

「そうだな。そうだと、いいな」

「応援してる」

「うん。よろしく」


 僕と玲ちゃんは互いに笑みを交わす。


「じゃあ、桂兄ぃのイメチェンを祝して今日は一緒にお風呂に—————」

「いや、入らないよ?」

「なんでよ! 今の流れなら一緒に入るところでしょ!!!??」


 僕の妹は、お兄ちゃん想いで優しく、お兄ちゃんのことが大好き過ぎて偶にというかよく兄として心配になることをする、ブラコンで可愛い女の子です。



 ◇◇◇◇



 翌日。

 会社にて。


「ねえ。うちの部署にあんな社員いたっけ?」

「誰だろ?異動してきた他部署の社員かな?」

「異動があるって聞いてた?」

「私聞いてない」

「なあ、あそこって確か彼崎のデスク、だよな……?」

「えっ!? もしかしてあれ、彼崎っ!!?」

「うっそマジで!? めっちゃ雰囲気変わってるじゃん」

「ばっちり髪にパーマ当ててしっかり整えてるし、メガネも外してコンタクトにしてるし」

「でも、相変わらず無愛想な顔をしてるよな」

「それでも、前よりはだいぶ印象は変わったんじゃない?」

「あの地味で陰気で冴えなかった彼崎さんが、随分と変わったよね」


『     それなっ!     』


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」カタカタカタカタカタカタ


 周囲の物珍しそうな視線に耐えながら、眉を顰めパソコンのモニターを睨みキーボードを打ち資料作成に勤しむ。


 初めはこの視線に胸焼けして辛かったが、今はそれが怒りへと変わっていた。

 君等が動物園の檻に入れられている動物を見るような目でこちらをジロジロ見ている間に、僕は君達が面倒臭がってやりたがらない膨大な会議に必要な資料作成をこうして僕一人でやっているということを改め理解してほしいものだ。言わないけど。


 突っ立って傍観している暇があるんだったら、いつもダラダラと時間を潰すだけの無駄な会議をもう少し効率よく進められるような会議にしろってんだ。言わないけど。


 しかし、いつもなら僕のことなんか眼中にも入れたくないはずなのに、僕がちょっと髪型を変えて眼鏡を外したぐらいでここまでの反応を示すとはね……。これも玲ちゃんのコーディネートのおかげなのだろうか?さすが僕の妹だ。


 まあ、どうせ数日後には皆慣れていつもみたいに僕のことを無視するんだろうけどさ。


「………」

「………」


 そんなことを思いながらパソコンに向かって作業する彼の様子を、佇んで見ている二人の女性が居たことを、彼は気付かなかった。


 お昼休憩————。

 いつもの休憩時間。いつもの休憩室。そしていつものメンバー。

 このいつものと何ら変わらない3人だけの憩いの場が、今日は少し様子が違っていた。


 テーブルに各々がお弁当を拡げている。咲さんと理乃さんは、手作りの可愛らしいお弁当箱から色鮮やかな御菜たちが顔を覗かせていた。それに比べて僕のは冴えないコンビニ弁当。


 どうでもいいことかもしれないが、今日買った弁当は生姜焼き弁当だ。

 僕が生姜焼き弁当を黙々と食する中、その様子を可愛らしいお弁当に付属している小さく短いお箸を持ったまま、お弁当に一切手をつけずに僕の見窄らしくも冴えない食事風景をじっと見つめている咲さんと理乃さん。


「………」

「………」

「(食べずらいんだが……っ)」


 そろそろ僕のこの姿に何かしら一言コメントをしてほしいというか、ツッコミをしてほしいところなんだけど………。何故お二人共黙ったままなんだ?


 僕のこの姿に言葉が出ないほど驚いてほんの少し動揺すらしていることは、二人の様子を見ても間違いないと言える。


 依然として箸を持ったまま無言でこちらをずっと凝視し続けているが、もしかして話し掛けずらくて、僕から話題を切り出すのを待っているのだろうか?


「実はこの前、妹に言われて美容院でパーマ当てたんですよ…アハハハハッ」なんて、陽気に言えた性格ではない。


 いずれにしろ、このまま二人から餌をもぐもぐ食べている珍しい小動物を見るかのような瞳で見られるのはとてもじゃないけど酷というもの。

 仕方がない。大変不本意ではあるけど、ここは勇気を出して自分から切り出す他ない。


 意を決心し箸を止め、顔を上げて二人と顔を合わせる。


「「—————————っ!」」ピクッ

「???(なんだ、この二人の反応は………)」


 まさか、どこかおかしいところがあるのか?いや、それはありえない。今朝ギリギリまで玲ちゃんに髪を整えて貰ったし、肌の手入れも玲ちゃんの指示の下、徹底したんだ。おかしいところなんてないはずだ。


「あの、お二人ともどうしたましたか?僕の顔になんか付いてますか?」


 我ながら下手な会話の切り出し方だな。


「えっ! あー、ううん。なんも付いてないよ」

「そうですか」


 それからしばらく間が空いて


「……桂、パーマ当てたんだ」

「へ? ああ、はい。そうなんです」

「桂が会社にコンタクト付けてくるなんて珍しいよね」

「そう、ですね」

「お、オフィスの皆が驚いて不思議がってました………っ」

「みたいだね」

「どうしたの突然……? イメチェン?」

「まあ、そんなところです。あはは………」

「私、桂先輩の眼鏡外したところを見るの、初めてです……っ」

「そっか。理乃ちゃん、桂のコンタクトしてるのを見るのはこれが初めてだっけ」

「は、はい……(桂先輩、眼鏡外したらこんな感じなんだ……っ)」

「どこの美容院でしてきたの?」

「玲ちゃんの通ってる美容院で」

「へぇー、玲ちゃんの行きつけの美容院ってことは、結構有名なところ?」

「さあ、店名までは覚えていないですけど、とても良かったですよ」

「あっ! もしかしてこの前、私に美容院のことで聞いてきたのってそれだったんですか?」

「うん。そうそう。僕、初めてお高い美容院に行くから、店員さんとどう話したらいいのかわからなくて……。ほら、僕コミュ障だから」

「なるほど。だからあの時、真剣な顔で聞いてきたんですね」

「そうなんだよ。あははっ」

「そうだったんですね。私、桂先輩があまりにも真剣な表情で声を掛けてきたらてっきり——————」

「てっきり?」

「………はっ! い、いえ!なんでもないですっ!!」

「ん???」


 何故か顔を赤らめる理乃さん。

 そういえばあの時、理乃さんに美容院のことを聞こうしたら怒られちゃったんだよな……。なんでだったんだ?


「それ、ワックス付けたの?」

「あ、はい。そうなんです」

「桂ってそういうの苦手そうだよね」

「はい。なので、玲ちゃんにレクチャーしてもらってます」

「そうなんだ。どう?ちゃんと自分でできそう?」

「当分の間は、玲ちゃんのお直しが入るとは思いますけどね」

「あの桂が鏡の前で髪を弄るなんて、なんか変な感じだよね」

「そうですね。桂先輩には、そういうイメージが湧かないというか違和感を感じますよね」

「で、ですよね……」


 咲さんはいつものようにフランクに僕に話し掛けてはいるが、動揺を隠しきれていないのか、声が多少上ずっているように聞こえる。それに、どこか戸惑っているというかソワソワしているようにも見える。


 理乃さんもいつもより声がどこかか細く、まだ顔を赤らめたまま。さっきまで、僕が弁当を頬張っている時はジッとこちらを見ていたのにもかかわらず、今はおどおどと顔を俯きながら上目遣いで視線をチラチラ向けてくる。


 なんなんだ、この状況は?

 もしかして、僕のこの姿は〝見るに堪えない〟ということか?


 そうだ。オシャレにも個人で好みが分かれると玲ちゃんも言っていた気がする。僕のこの姿が、咲さんと理乃さんの好みのオシャレではなかった。そういうことならこのお二人の微妙な反応にも納得がいく。


「あ、あの………。やっぱり僕には、こういうのは似合っていませんよね?」



「そんなことないっ!」

「そんなことありませんっ!」



 突然立ち上がったかと思えば、身を乗り出すように気持ちの高ぶりと焦りを抑えきれないままの二人の顔と声が、僕の目と耳に飛び込んできた。


「えっ………あ、ありがとう、ございます」


 その二人の予想外というか意外な言動に僕は腰を抜かしてしまった。しかし、確かなことは、二人の言葉が、心の底から出た本音であることだ。


 二人は我に帰るようにしてゆっくりとパイプ椅子に腰掛け直す。


「ま、まあ、似合ってることだし? せっかくパーマを当てたんだから、これを機に常日頃からもそれくらいオシャレに気を配れるようにしてみたらっ?」

「はい。努力してみます……」


 咲さんは頬杖をしながらそっぽも向いて、こちらを一切見ようともしない。


「そ、そうですよ。そんなにカッコよくなれば自分に似合う服の幅も拡がって、ファッションにも興味が持てるようになるかもしれませんし………っ」

「そうだね」


 理乃さんもこちらに一切の目線を向けずに終始俯いたままで目を泳いでいる。


 お褒めの言葉を言ってくれる割にはどうしてお二人共、こっちに視線を向けてくれないんだ?さっきまであんなに真っ直ぐな瞳で絶賛してくれたのに。

 


「(とりあえず、玲ちゃんに良い報告ができそうだな)」


 一方、二人は先程の自分の言動を思い出し終始悶えていた。


「(なにやってんだろう私……。桂がパーマにしてコンタクトにしたぐらいでなんでこんなに動揺してんのよ!それに、桂のコンタクトしてるところなんて前に見たことあるじゃない。なんで今更………)」

「(どうしよう……桂先輩とまともに目が合わせられないっ!髪型を変えても眼鏡を外しても、私にとっての桂先輩はなにも変わらないのに、どうしてこんなにも桂先輩が眩しく感じるんだろう……)」


 彼崎が知らぬ間に、咲と理乃の胸の中で、何か抑えきれない想いが膨らみかけていた。


「(なんで私—————)」

「(どうして私——————)」


『   (こんなにドキドキしてるのっっっっ!!!??)   』

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