第33話

「ついに、この日が来てしまった……」


 とうとう玲ちゃんが常連の従業員全員女性しかいないヘアサロンに来てしまった。一応、玲ちゃんに言われたとおり、お店の人に変に思われないよう着ていく服もダサくないように気をつけた。


「(ああ。緊張して心臓がバクバクする!大丈夫かな?ちゃんと店員さんと会話できるかな?)」


 玲ちゃんがお店に細かいカットとパーマのオーダーはしてくれたから、僕が美容師さんに髪のことで質問されることはないから安心していいらしい。仮に何か質問されたとしても、正直に質問されたことに答えればいいとのこと。


なるほど。ということはつまり、美容師さんとは質疑応答だけすればいいということだな!


 よし! それなら僕にもできる。


「僕、これが終わったら家で新刊のラノベ小説を読むんだ……!」


 などと死亡フラグを立てるようなことを呟き、僕はお店へと一歩前進する。


「いらっしゃいま、せ……」

「あの、先日〝レイ〟の方から電話で予約した彼崎です」


 店に入ると、従業員全員が僕を唖然とした顔で注視する。

 すると1人の女性店員が僕に声を掛ける。


「……あっ! レイ様のお兄様ですよねっ!?伺っておりますぅ。さあ、こちらへどうぞ」

「あ、はい……」


 僕をソファーがあるスペースに案内するこの女性は店長さんだろうか?

やはり美容院で働く人は皆、こんな風に綺麗な人が多いんだろうな。

 にしてもこのお店、僕以外の客が誰もいないんだけど?なんで?


 一方、店内の奥の部屋では、


「ねえねえ。あれがレイ様のお兄さん?」

「なにかの間違いとかじゃなくて?」

「ううん。確かに正真正銘のレイ様のお兄さんみたい」

「なんか想像してたのと印象違うよね。なんていうか、優しそうっていうか大人しそうっていうか。草食系男子?みたいな」

「でも、顔はそこそこ悪くないよね」

「「「「うんうん!」」」」

「(へぇ。レイ様のお兄さんってああいうタイプの人かぁ。ふ〜ん♪)」


 店長と思われる女性に促され言われるがまま、僕はソファーに座る。


「当店では、お客様には事前アンケートにご協力頂いておりますぅ」

「は、はあ」

「アンケートが書き終わりましたらお声掛け下さい」

「分かりました」


 店長さんはそう伝えるとお店の裏へと歩き去った。


「(とりあえず書くか……)」


 こういうアンケートを書くのは正直ちょっと楽しい。かといってのんびり書いてるわけにもいかないしな。ぱぱっと書いて早く髪を切って貰わないと。


「ではまずシャンプーを行いますので、こちらのチェアにお掛けください」


 アンケートを書き終え、髪を綺麗に洗うためにシャンプーチェアに座り、腰が倒され髪にシャワーを流される。


 他人に髪を触れられるのってどうしてこんなに擽ったく気持ちいいのだろうか。しかも女性の人に触られると背中のところが妙に擽ったくってゾクゾクする。それに、シャンプーで髪を洗われているのにまるで頭皮マッサージされているようでとても心地が良い。


「お疲れ様でした。では、あちらの椅子にお掛けしてお待ちください。間も無く担当の美容師が来ますので」

「分かりました」



 その間、店の奥では


「みんな。どんなお客様であろうとも私達の役割は変わらないわ。誠心誠意、お客様のご期待に添えるよう勤しんで!」

「「「「「はい!」」」」」

「村田さん、お兄様にパーマーをかけている間の飲み物の用意と流してほしい曲や焚いてほしいアロマがないか聞いてきて!」

「はい!」

「立花さんはお兄様に新刊の雑誌をセレクトして側に置いてさしあげて!」

「はい!」

「他の人は知白さんのバックアップ!」

「「「はい!」」」

「知白さん、あとはアナタに任せたわ」

「りょーかいです!それじゃあ行ってきまーす♪」


 知白はあざとく返事を返して桂がいる所へと向かっていく。

それを見送る店長は思うのだった。


「(不安だわ……)」




 さあ。いよいよだ。

 僕の担当は誰なんだろう?


 店内に入ってすぐに美容師さん達を見たけど、皆若かったしなぁ……。僕としては正直、あの綺麗な年上の女性店長さんが良いんだけどなぁ。まあ、どうせ無理だろうけど。


 などと考えながら、向かいの壁にある大きな鏡に写るぼやけた自分を見つめながら担当の美容師さんを待っていると



「こんにちは!」



 気兼ねなく鏡越しの僕に向かって挨拶をしてきたのは、当然店長ではなく若い女の子の美容師さんだった。


「こ、こんにちは」

「わたし、知白ちしろって言います。ちなみに下の名前は〝はるか〟です♪ よろしくお願いしますね!」

「よ、よろしく……」


 メガネを外しているからぼやけてあまりよく見えないけど、髪はゆるふわのショートヘア。元気で明るくて気さくな、今時の都会にいそうな可愛い女の子であることは声と雰囲気で分かる。僕より年下かそれとも同い年ぐらいだろうか?


「電話でレイさんからお兄さんの細かいオーダーは伺っているので、それに沿ってヘアケアしていきますねー」

「分かりました」

「じゃあ、ちょっと髪を見せてくださいねー」


 知白という名のその美容師の女の子は僕の髪に優しく触れる。


「シャンプーはどんなもの使ってますかー?」

「え、ええと。なんだったかな……。あまり気にせずに使ってるから」

「シャンプー選びは大事ですよー。髪質によっては合わないシャンプーを使うと痛んじゃうこともあるんで」

「へえ、そうなんですねぇ」


 知白さんは櫛で優しく髪をとき始める。


「もしかして、レイさんと同じシャンプーですかー?」

「ええ。そうです」

「だめですよー。ちゃんと自分の髪質に合ったシャンプーを使わないとー」

「分かりました。今度から気をつけます。アハハ……」


 よし。ここまでの会話の流れは悪くない。上手く途切れずに会話のキャッチボールが出来てるぞ!


「それじゃあパーマを掛ける髪は残して、いらない髪をカットしていきますねー」

「あ、はい」


 彼女は手際よく僕の髪をハサミで切っていく。髪を切る音が耳元で聞こえとても心地が良い。これ、よくASMR動画の音を生で聞いてるってことだよね。スッゴイこれ!


「お客さ……あっ!彼崎さんって呼んでいいですかー?」

「へっ!? あ、はい。どうぞ」


 おおっ!お客との親密度を上げるために名字で呼ぶとは……。流石だなぁ。


「彼崎さんって、妹のレイさんとは仲がいい方ですかー?」

「仲はいいですよ(一緒にお風呂に入れちゃうくらい)」

「もしかしてシスコンとかですかー?」

「まあ、妹が困っているときは何があっても助けたいし、妹のお願いならなんでもしてあげたいって思えるほどにはシスコンかもしれませんね。アハハッ」

「へぇー、イイお兄さんですねー」


 いいぞ。いいぞ自分!

 我ながら自然な会話ができてるじゃないか!これも全て、日頃咲さんたちとお話しているお陰だな。皆さん、ありがとう!


「彼崎さんって、今なんの仕事をしているんですかー?」

「普通の会社員です」

「妹さんが読モの仕事してるって知って驚いたんじゃないですかー?」

「妹は昔から服にはこだわりがあって、ファッションにも興味があったので妹がそういう仕事をしていたと知ってもとくに驚くこともありませんでしたし、むしろすぐに納得できました。玲が真面目に一生懸命に取り組んでいることなら僕は応援したいって思ってます」

「………っ。へぇー。レイさんのファッション、わたしも時折参考にさせてもらっているですよー」

「そうなんですか?実は僕、ファッションにはとんと疎くて、僕がダサくて地味な格好で外に出ようとするといつも叱られてばかりで。何処かに出掛ける度に妹にコーディネートさせられたりしてますから。アハハハ」

「レイさんって本当にお兄さんのことがスキなんですねー」

「どうなんですかね……(はい。その通りです。クーデレでブラコンな妹なんです)」


 思ってたよりそんなに会話に苦がないというか、緊張はしてたけど落ち着いて会話ができてる。確かに咲さんたちのお陰ももちろんあるだろうけど、それ以上にこの知白さんの会話のもっていき方がとても上手なんだ。とても話しやすい。


「彼崎さんはこの近くにお住まいなんですかー?」

「え?あ、はい」

「この街はいいですよね。駅近だし大きなショッピングモールもあるし、オシャレなお店が並ぶ通りもあるし、それに美味しいご飯屋さんもあるし♪」

「そうですね。僕も結構気に入ってます」

「ここの街のご飯屋さん、結構SNSとかで人気なお店とか多いんですよー」

「そうなんですねぇ(多分、僕は何軒か咲さんたちとそういうお店に行ってる気がするな。分からんけど)」


 ああ。僕は今、今時の若いほぼ同年代の女の子の美容師さんと普通に世間話をしている。これで僕のコミュ力レベルも上がったかな?


「ところで彼崎さんって、付き合ってる彼女さんとかっているんですかー?」


 ん? 今更っと凄い文言が聞こえてきたような?幻聴かな?


「え……?」

「だから彼女さんですよー。誰か気になってる人とかっていないんですかー?」


 美容師さんとの会話ではこれが普通なのか!?普通なのかっ!?

 こんなプライベートみたいなことも聞いちゃうのかー!?


「え、ええと……。恥ずかしながら今のところはいま、せん……」

「えーっ?ホントですかー?」


 なにこの先輩をおちょくる後輩みたいな美容師さんは。


「彼崎さんって、カッコ良くて優しそうじゃないですかー。女の子だったら絶対見逃したりしないと思うんだけどなー」

「アハハ………」


 これは何て答えるのがセオリーなんだ?何が正解なんだ?

 すると知白さんは僕の耳元に顔を近づけると—————



「わたしだったら彼崎さんのこと、見逃したりしないんだけどなー」



「!!!!………きょ、恐縮です」

「あはっ。彼崎さん、可愛い反応しますねー♪」


 びっくりした。急に耳元で囁くんだもんなぁ。

 ヘアサロンってなんて怖いところなんだ。




 一方、桂と知白の一連の様子を裏で見ていた従業員たちは


「ねえ。今お兄さんに耳打ちしたよね?」

「知白さん、レイ様のお兄さん落とそうとしてない?」

「お客に手を出すつもり!?」

「ウソでしょ!?」

「さっきからレイ様のお兄さんとやけに親しく楽しそうにお喋りしてんだけど」

「さっすが知白ちゃん。もうお兄さんのこと名字で呼んでるよ」

「知白さんって男と仲良くなるの上手いよねぇ」

「「「「「うんうん」」」」」




 髪を切り終えてシャワーで洗い流したら、ついにパーマを掛けていく。


「じゃあ、今から髪にパーマ掛けていますねー」


 すると奥から女性店員さんが来て


「パーマをつけている間にお飲み物はいかがですか?」


 飲み物?美容院って飲食オッケーなの!?


 でも喉は確かに乾いてたし何か飲みたいなとは思ってたけど、最近はそういうサービスもあるんだなぁ……知らなかった。普通はコーヒーとか紅茶だろうけど、僕はカフェオレしか飲めないしなぁ。


「じゃあ、イチゴミルクで!」って言えるかバカ!


「じゃあ、アイスコーヒーで」

「かしこまりました。店内のBGMはどうなさいますか?」


 え!?曲選べちゃうの?僕が選んじゃっていいの?どうしよう。どんなのがいいんだろう。僕、アニソンしか知ってる曲無いんだけど。

「じゃあ、アニソンメドレーで!」だから言えるかバカ!


「なんか、落ち着けるクラシックとかあれば」

「かしこまりました」


 ふう。なんとかなった。

 ふと、目線を左下に向けるといつも間にか近くの円形のテーブルに雑誌が何冊か積まれて置かれていた。恐らくパーマを掛けている間にと用意してくれたらしい。気が利くなぁ。でも………


「(げっ!)」


 全部ファッション雑誌とカタログ雑誌しかない!こんなの読んでもちっとも時間が潰せないよ〜。僕はアニメ雑誌やプラモ雑誌、ギャルゲー雑誌しか読んだことないのに……。


 なんて落胆しながら束になっている雑誌を漁っていると


「うん?」


 積まれている本の中にインテリア系の雑誌を見つける。


「こういう系の雑誌、読んだことないけど……」


 だが、いざページをめくってみると


「(へぇ。自宅や喫茶店のレイアウト特集やアウトドア系ガジェットの紹介記事、作家のインタビュー記事。エッセイ集とか掲載されている。なんか、自分の知らない世界を見れたような気がして中々新鮮で面白いなぁ……)」


 読み込んでいる内に気づいた時には既にパーマは終わっていた。

つい読むのに夢中なってしまい、自分がパーマを掛けていることを忘れてすっかり読み耽ってしまっていた。


 仕上げに髪を整い終わるとメガネを渡され完成した自分の髪を鏡で確認する。


「お疲れ様でしたー。彼崎さんすっごくかっこ良くなりましたよー!」


 知白さんが僕の肩に手を乗せて僕に顔を寄せて、まるで自分の事のように嬉しそうに誉めてくれる。


「お、おお………」


 まず、自分の髪がしっかりとパーマになっていることにまず驚いた。そして、メガネを掛けたことで知白さんの顔もよく見えた。


 簡潔に言うと、知白さんはやはり可愛い女の子だった。


視界がぼやけて輪郭しかわからなかったけど、男なら誰しも彼女したいと思えるほどの可愛い女の子だった。店長も美人なら美容師さんも美人でしかも可愛いんだな。


「メガネ掛けてない方がずっとカッコイイですよ♪」

「そ、そうですか?」

「この際だからコンタオクトにしてみたらどうですかー?」

「今日は付けてないだけでコンタクトはしたことはあるんです」

「そーなんですか?じゃあ、今度はコンタクトしてまた来てくださいよ!」

「今度?」

「また来るでしょ?」


 僕が髪を切りに行く度に此処へ通うってこと?常連になるってこと?


「は、はい……」

「ゼッタイですよー?」


 まさか通う度に僕の担当はこの知白さんになるのだろうか?


「ありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ当店をご利用頂き誠にありがとうございます!またのご来店、お待ちしております!」


 目線を奥に向けると、知白さんがニコッと笑いながらこちらに小さく手を振っている。

 僕は小さく会釈して店を出た。




「ただいまぁ」


 玄関ドアを開けると、玲ちゃんが待ち兼ねたかのように僕のところへ駆け寄ってきた。


「桂兄ぃ! どうだっ………た……」

「玲ちゃん、出来れば今度髪を切りに行くときは別のお店を……ん?」


 玲ちゃんが僕を見て口を半開きにしながら突っ立ている。


「どうしたの玲ちゃん? やっぱりどこかおかしいかな?」

「桂兄ぃ、ちょっとメガネ外してみて」

「なんで?」

「いいから」

「わかった」


 言われたとおりメガネを外す。

 すると突然玲ちゃんが僕の両腕を掴み


「桂兄ぃ!今度からそれで会社に行って!」

「え、ええっ!?」

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