第32話

 玲ちゃんの大学に僕が!? 何故に???


「理由を聞いてもいいかな?」

「ワタシの友達、恵里沙えりさっていうんだけど、アイツに桂兄ぃのこと話したら会ってみたいって………」


 玲ちゃんの友達かぁ。うん、全く想像できない。

 梓丘女子大は由緒あるお嬢様大学。美人が多いとも有名な名門大学。そこに通うのは玲ちゃんの友達とは一体どんな子なのだろうか。ちょっと気になる。


「その友達は僕と出会ってどうするんだろう?」

「さあ、単純に話がしてみたいって」

「それなら別に大学で会わなくても何処か違うところで待ち合わせすればいいだけじゃないか?」

「実は、ワタシの大学に桂兄ぃみたいな漫画やアニメが好きな子が集まってるサークルがあるんだけど—————」


 まさか、オタサー(※オタクサークルの略称)!?女子大のオタサー!?

 梓丘女子大にもそういうサークルがあるんだなぁ。ちょっと意外だ……。

 お嬢様大学のオタサーってどんなところなんだろうか?やっぱりコスプレとかBLの同人誌の制作・即売に力を入れてるのだろうか?


「そのサークルに恵里沙の知り合いが所属してて、恵里沙がその知り合いにワタシにオタクの兄がいることをつい話しちゃったらしいの。それでその知り合いと他のサークルメンバーがすごく興味持っちゃたみたい……」


 玲ちゃんにオタクの兄がいるだけで興味を持たれるとか、大学での玲ちゃんは皆からどういう風に見られて思われているのだろうか?


「な、なるほど……。理由は理解した。けど、女子大に僕みたいな男の人が出入りしていいの?」

「大丈夫。ワタシの大学、敷地内は基本的に開放されてて、一般の人でも敷地内の施設は出入りできるから。構内は無理だけど」

「へぇ〜。そうなのか」

「ただ一応、入るためには門の近くにある受付で名前と住所を書けばオーケーだから。ていうか、今気付いたんだけど、なんで桂兄ぃが知らないわけ?受験の合格者発表を一緒に確認しに行った時に大学に入ったよね?」

「あれ?そうだっけ?」


 すっかり忘れてた……。

 あの時は玲ちゃんの受験のことで頭がいっぱいだったから、全く気にしてなかった。


「ごめんごめん。ということは、そのオタサーは大学敷地内の別棟にあるの?」

「そう。敷地内にサークル用の共用施設があるから、桂兄ぃでもサークルルームに入れるよ」

「さすが大きい大学は違うな」

「で、どうする?来る?」


 どうしようかな。その日は休みだけどとくに予定はないから断る理由もない。それに、玲ちゃんの友達はどういう子なのかも正直興味はある。あと、お嬢様大学のオタサーの雰囲気がどんな感じなのかも若干気になるところだし—————


「いいよ。行っても」

「ホント? ありがと」

「それじゃあ、当日に着ていく用の服とか用意しないとだな」

「というか桂兄ぃはまずその髪をなんとかしないとじゃない?」

「え? 僕の髪がどうかした?」

「桂兄ぃって髪とかいつも何処で切りに行ってんの?」

「え? 大学生の頃までは近所の理髪店だけど?」

「ダメ!」

「だ、ダメ?」

「ワタシがよく行くヘアサロンに行ってきてカットとパーマしてきて!予約はワタシがしてあげるから!」


 ヘアサロン? サロン?メロン? 何それ?


「玲ちゃん、ヘアサロンってナニかな?」

「美容院っ!」

「美容、院…………い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」


 僕はその場で膝を付き頭を抱え悶える。


「い、く、のっっっっっ!」

「イヤだぁぁぁ!!!!!行きたくないよぉぉぉぉ!!!」


 陰キャでオタクでコミュ障の皆さんはご理解していただけるかと思う。

 僕ら陰キャでコミュ障の男は、リア充が通う美容院に行くのに、これから死にゆく戦場に決死の覚悟で挑む兵士の如く向かった経験があるはずだ。


 小さい頃から行き慣れた散髪屋、親切なおじさんおばさんがやっている小さな床屋、そこで髪を切ってもらっていた頃を思い出すことはよくある。


 顔を覚えてもらっているから髪のクセやどんな髪型が良いかもわかってくれ切って整えてくれる。そして、帰り際に飴ちゃんとかをくれるのだ。

 しかし、それはもう昔、過去の思い出。今は自分も周りの環境も違う。変わったのだ。


「桂兄ぃはもう良い大人なんだから、ちゃんとした美容院で髪を切ってもらってきなって!」

「玲ちゃんなら分かるだろ!?僕が陰キャでコミュ障だってことっ!行ったこともない初めて行くリア充な客にリア充な美容師がいるところなんかに僕なんかが行ったら死んじゃうよぉぉぉぉ!!!」

「いや、死なないから」

「メンタル的にって意味だよ!」


 玲ちゃんは、まるで泣いてベソをかいている子供をなだめるように涙目になっている僕の頭を撫でる。


「だいじょーぶ! ワタシが通ってるお店は、そんなに大きなお店じゃないし、お客も少ないから」

「でも、髪を切ってる間って美容師さんとお話しするんでしょ?ぐすん」

「美容師はお客さんとのコミュニケーションを取ってその人がどういう人なのか、どういうヘアスタイルが好みなのかを聞き出したりするの」

「僕みたいなコミュ障とでも?ぐすん」

「美容師はコミュ力も大事な仕事道具なの。だから、桂兄ぃみたいな人と話すのが苦手な人とでも話をもっていくのには長けてるから安心して」

「そ、そうか……。ならだいじょうぶそうだね。ちなみに、玲ちゃんが通ってるその美容院は男の人もいるところなんだよね?」


 同性の人ならまだなんとか会話が出来そうな気がする。その同性が自分より年上なら会話の主導権を譲れるから尚良い。だが、同年代はダメだ。同年代の人との距離感とかわからないもん!


 もちろん当然のことならが女性の美容院はもっとダメだ。しかも同年代だと更に心臓に悪い。


「ゴメン。そこ、美容院、店長含めて全員………女の人」


 目を逸らしながら顔を引きずった顔でそう答える。


「しかも店長以外全員、ほぼ桂兄ぃと同年代の人しかいない……」

「やっぱり無理だぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 無理無理無理無理っ! 絶対にムリィィィィィィ!!!

 絶対、話しかけられても「はい」か「いいえ」しか言えないと自信を持って言えるよ!!


「だから大丈夫だってばっ! みんな優しくてコミュ力のプロだから!」

「だって、例えコミュ力のプロでも女性でしかも同年代の人と真面にお話しできる自信ないよ〜!」

「あぁぁ!!もうっ!」


 咲さんとか理乃さん、明日美さんに菫さんとかとまともにいつも会話できてるじゃん!と、兄の自覚の無さに密かに腹が立つする玲であった。


「とにかく! 桂兄ぃが空いてる日に予約しておくから。絶対に行ってよ?いい?」

「………はい。わかりました。ぐすん」

「じゃあワタシ、予約の電話してくるからね」

「はい。よろしくです」


 玲ちゃんは予約の電話をするためにリビングを離れた。


「はぁ。参ったなぁ」


 玲ちゃんも僕のことを想って言ってくれたことだから悪く思うことは出来ないししない。けど、やはり荷が重いのは正直な感想だ。


 当日、僕の髪を切る美容師の女性はどんな人になるんだろう?せめて、人当たりが良く、優しくて笑顔が絶えなくてそれでいて会話のプロだという年上で女神、または聖母マリアのような人だといいなぁ。などと浅はかな幻想を抱く僕であった。


「あっ! そうだ」



 ◇◇◇◇



 翌日の昼頃。

 会社にて。


「理乃さん」

「ッッッッッッ! お、お疲れ様です。桂先輩」

「お疲れ様。どうしたの理乃さん?顔が赤いけど、大丈夫?」

「だ、大丈夫ですっ!(どどどどうしよう!!! 私、桂先輩になんて恥ずかしいことを!!!! ああっ、桂先輩の顔、まともに見れない!!!)」

「実は、理乃さんに聞きたいことがあって」

「聞きたいこと、ですか?」

「ここじゃあなんだし、向こうで話そうか」

「え? あ、はい(ここじゃあ話せない話ってなんだろう?それに桂先輩のあの真剣な顔……。はっ!も、も、も、もしかしてっ!?)」


 僕と理乃さんはいつも咲さんと3人で昼食を取る部屋に入る。


「あ、あの……聞きたいことってなんですか?」


 頬を染め、桂の顔をまともに見れないまま俯く理乃。


「あのね—————」


 真剣な目で理乃さんを見つめる。


「ッッッッ!」


 見つめられて更に顔を赤らめる理乃。


「(私のバカ! なんであの時、あんな大胆なことしちゃったんだろう。桂先輩ともっと仲良くなるために勇気を出して家に呼んだけど、まさかあんな恥ずかしいこと言っちゃうなんて!多分、今から私が桂先輩に懐いてる気持ちを聞かれるんだよね、きっと。でも私は、この気持ちがまだなのかもハッキリしないままなのに、分からないまま答えていいかな?なんて答えたらいいの?咲さんや明日美さん、菫さん達と差し置いて私がここでこのフワフワポカポカした曖昧な気持ちを伝えてもいいのかな?どうしよう。もう分かんないよ………!)」


 理乃が思い詰めるも桂は言葉を続け、




「初めて1人で美容院に入った時ってどうしてた?」




「…………………………え?」


 思い詰めた顔を思わず上げる理乃。


「あの、桂先輩? 聞きたいことって」

「だから、理乃さんが秋葉で僕と出会う前に初めて美容院に行った時、どうしたのか聞きたいんだよ!」

「美容、院?」

「そうそう!」


 さっきまで深く思い詰めてた自分がすごくバカみたいで恥ずかしくなると同時に、桂先輩に対して何かやりきれなくもどかしい、込み上げる気持ちが湧き上がる。


「桂先輩——————」

「ん?」


 理乃さんが何やら俯いてプルプルと震えてる。寒いのかな?


「紛らわしいことしないで下さい!!!」

「ひぃー! ご、ごめんなさい! ……ん?紛らわしいってどゆこと?」


 理乃さんは頬を膨らませ終始ご立腹のご様子。しかも、うっすら涙目にもなってる。なんで!?


「桂先輩があまりにも真剣な顔で顔で聞きたいことがあるって言うから、私てっきり」

「てっきり?」

「っ! な、なんでもありません!じゃ、じゃあ私はこれで失礼します。では!」


 と理乃さんは逃げるようにその場から去っていった。


「えっ、ちょっ!」


 なんてことだ。理乃さんに美容院での気を付けたほうがいいことを聞きたかったのに。結局聞き出すことができなかった。

 それに、理由はわからないが理乃さんを怒られてしまった。


「もう、桂先輩は……!」


 理乃は眉をひそめながら自分のデスクへと戻る。


「あっ、理乃ちゃんおかえり。うん?どうしたの?何かあった?」


 隣のデスクに座っていた咲が、理乃の様子が気になり声を掛ける。


「咲さん!」

「は、はい!?」

「桂先輩には気を付けてくださいね!」

「え? あ、うん……(気を付ける?桂を?ナニを?)」




 ◇◇◇◇




 一方その頃、ある日の昼過ぎ。

 とあるヘアサロン店内にて。


「みんなよく聞いて。先日、当店のお得意様である〝レイ様〟から何時ものように予約の連絡があったわ」


 ヘアサロンの店長と思われるその女性が他の若い美容従業員に対して、強張った表情で話だし、従業員達も神妙な顔で店長の話に耳を傾ける。


「難しいオーダーだったんですか?」


 従業員の1人が聞き返す。


「違うの。いや、むしろその通りかもしれない」

「「「「「?」」」」」


 皆が首を傾げる。


「皆、心して聞いて。レイ様より伝えられたオーダーは、レイ様御本人のヘアケアではなく、レイ様のご兄妹、お兄様へのオーダーです!」


 従業員たちは驚きを隠せず私語をし始める。


「レイ様にお兄さんっていたの?」

「知らなかった」

「レイ様はあまり家族の話とかしなかったから」

「お兄さんってどんな人なんだろう?」

「きっと、レイ様の同じくクールでカッコイイに決まってるでしょ」

「…………」


 皆それぞれレイに兄妹がいてしかも兄だということに驚いたと同時に、レイの兄とは一体どのような人物なのかという好奇心へと変わっていた。


「みんな静かに!今回はレイ様ではなく、レイ様のお兄様のヘアケアです。電話では、レイ様からお兄様によるプランへの具体的なご希望を伺いました。私達はご希望に添えるよう、レイ様のお兄様に失礼がないよう粗相のないように努めましょう!」

「「「「「「はい!」」」」」」

「それで、問題はケイ様のカットを誰にやってもらうかなんだけど………」


 誰にお得意様のお兄さんの担当を任せていいのかとても悩むところ。

 下手な人選ミスをしてもしもお兄様に失礼があるようなことがあれば、この店の信頼は落ち、最悪潰れてしまうようなことは許されない。


 このヘアサロンの店長として、ここは慎重に慎重を重ねて担当美容師を選ばなくてはいけない。


「誰か、やりたいって人いるかしら?」


 立候補を聞くも皆、そう簡単に手を挙げない。挙げられるはずがない。もしかたら、この店の信頼を一手に背負うことになるのだがら当然責任は重大だ。誰も率先してやりたがる人などいない。


「そう、よね……」


 店長が困り果てたその時——————!



「はい! わたし、やります!」



 1人の若い美容従業員が高らかに元気よく手を挙げた。

 店長、そして皆が手を上げた従業員に視線を向けた。


知白ちしろさん、大丈夫なの?」

「はいっ!やらせて下さい!」

「まあ、確かに知白さんはメンズカットではこの中で経験人数は多いけど……。他はいるかしら?」

「「「「………」」」」


 やはり知白という彼女以外、誰も名乗り出ない。


「仕方がいないわね。知白さん、お願いね?」

「はい!」

「くれぐれも失礼のないように。レイ様、お兄様のご期待に添えるように!」

「分かりました♪」


 彼女は軽く笑いながらあどけない敬礼のポーズをする。


「(この子に任せて大丈夫かしら……。まあ、腕は確かなんだけど)」


 この店は男女共利用できるヘアサロンなのだが男性のお客は少なく9割が女性客だ。極稀に男性客が来られることもあり、その時は知白が率先して担当をしていた。なので知白は、店で働いてまだ数年しか経っていないが、メンズカットの経験数は誰よりも多い。


「当日は予約は入れずに完全貸切状態にします。みんな、知白さんだけに任せっきりにならず、私たちもできる限りのサポートに徹しましょう!」

「「「「はいっ!」」」」


 店長を含め、美容従業員全員がいつも以上に気を引き締めた。


 しかし、この時の彼女たちはまだ知る由もなかった。その大事なお得意様のお兄さんがただの——————〝冴えないオタク青年〟だということに!

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