第24話

 さて、どうしたものか……。


 風宮さんの勢いに押されたというか負けたというか、買い物に付き添うことになったわけだけど。果たして、しっかりと風宮さんをサポートできるだろうか。


 それに、風宮さんはこのとおり美人だし清楚な中に上品な色気もある。今日の服装も襟ぐりが広く白いブラ紐を覗かせる紺色の半袖のトップスに、下は白のロングスカートという清楚でありながら大人の色気を見せるオシャレコーデをしていらっしゃる。


 もし、変な輩に風宮さんが絡まれた時に僕はちゃんと彼女を守ることができるだろうか?

 ——————ああ、不安だ。


「彼崎君?」

「は、はいっ!?」

「どうしたの?なんか難しい顔してたけど……」

「いや。なんでもないよ」


 しまった。顔に出てたか。


「そう? ……あの、もしかして迷惑だったかな?」


 そう言って俯きはじめる風宮さん。


「なにを言ってるんだ。迷惑だと思ったのは僕の方だ。風宮さんに非はない!」

「でも、折角の彼崎君の有給を私が半分強引に買い物に付き合わせちゃったわけだし……。男の人って女の子との買い物に付き合うのって嫌がるんだっけ? アハハハ」


 無理して愛想笑いしている風宮さんを見て自分自身が情けなく感じた。

 僕が変な顔をしていたために彼女を不安がらせてしまった。仮定の事を考えて不安がる前に、まずは目の前にいる彼女を安心してお買い物を楽しんでもらえるように僕自身が率先して動くことが大事だというのに!


「そんなわけない!」

「……!」

「女性の買い物を面倒くさがる男なんて紳士として失格だ。男の役割は如何に女性に安楽で満足できるお買い物をしてもらえるように努力することだ。僕が買い物に付き合う以上は、風宮さんには笑顔のままでお買い物を楽しんで欲しいと思ってる!」

「彼崎君……」

「ちなみにさっきのは、風宮さんが綺麗で美人だから変な輩が絡んでこないか警戒していたからであって。ごめん、不安がらせてしまった」


 足を止め、風宮さんの方を向き頭を下げる。


「頭を上げて彼崎君っ!」


 風宮さん慌てながら僕の頬に優しく触れて下げた頭を起こす。


「もう。彼崎君は真面目というか不器用というか……。ふふっ、でもそっか。嫌がってたわけじゃなかったんだね。よかったぁ。それに、私のことを守ろうしてくれたんだね。ありがとう」

「い、いや。そんな大袈裟なことでは……」

「それに————」

「?」

「私のこと、綺麗で美人って思ってくれたんだねっっっっ」


 嬉しそうに頬を緩ませるも、その頬は照れるように赤くなっていた。


「あ、あくまで客観的な主観としてだけど……」

「でも、彼崎君も客観的でも私をそう思ってくれてたんでしょ?」

「ま、まあ……」

「ありがとう。彼崎君にそう思ってくれてすごくうれしい!」


 彼女の笑顔に思わずドキッとしてしまうチョロすぎる僕なのであった。


「さ、さてと、何処か行きたいお店とか決めてるのか?」

「あ、ううん。とくには。適当にぶらぶらして、寄ったお店で可愛い服があったら買う感じかな」

「そうか。ならゆっくりと歩いて見て回るとしますか」

「そうだね」

「ッッッッ!」


 風宮さんが僕の左腕に腕を組んできた。


「風宮さん?これは一体……?」

「いいでしょこれくらい。イヤだった?」

「イヤとかではなく、僕なんかと腕を組んで————」

「………」


 眉を潜める風宮さん。この先を言うとまた怒られるというか叱られそうだな。


「な、なんでもないです」

「うんっ!よろしい」

「あっ! それなら左腕じゃなくて右腕にしてくれるか?」

「なんで?」

「女性に車道側を歩かせてはいけないと聞いたからな。一応」

「………」

「うん?どうした?」

「彼崎君、それって狙ってやってるの?」

「紳士として当然のエチケットというかマナーをしただけなんだけど?何か問題があったか?」

「先に車道側を歩かせてから危ないと言って後で通路側に誘導させると、女の子は自分を守ってくれてるんだって思って惹かれるんだって」


 なぜか、風宮さんが僕を疑うような目で見てくる。


「彼崎君、まさか無意識に他の女の子にもこんなことしてるのかな?」

「ぼ、僕の周りにそんなことするような異性なんて……」


 いないと言えば嘘になるというほど、心当たりがありそうな3人の女性の顔が脳裏に浮かぶ。


「いるんだ?」

「いない、よ?」


 腕を組んだまま僕の瞳の奥を覗きこむように顔を寄せて真っ直ぐ見つめてくる風宮さん。ち、近いっ!


「彼崎君」

「はい?」

「正直に答えて良いんだからね?」


 その微笑みが素直に怖いと思った瞬間だった。


「—————先輩と後輩、です」

「会社の?」

「あ、はい」

「可愛い?」

「会社では美人な先輩と可愛い後輩というイメージが浸透しているそうです」

「彼崎君は?」

「へ?」

「彼崎君もその先輩と後輩の女の子のこと、そういうイメージを持ってるの?」

「ま、まあ印象としては……」

「ふーん。その2人だけ?」

「……あと、先輩の友達が一人」

「ふーん。そうなんだぁ〜。今度会ってみたいな〜」

「ど、どうしてか伺っても?」

「聞きたい?」

「辞めておきます」

「アポイント、よろしくね?」

「あ、はい」


 その美しい笑顔に僕は何故か恐怖を感じた。

 それからは、風宮さんは僕にべったりとくっついたまま買い物を楽しんでいた。


「ねえ彼崎君。こっちの服とこっちの服、どっちが似合うと思う?」

「まずは試着してみて判断してもいいんじゃないかな?」

「そうだね。それじゃあどっちが似合うか選んでくれる?」

「え、僕が?」

「他に誰がいるの?」

「で、ですよね……」


 先ほどの笑顔はやや圧があって怖かったけど、こうして楽しく服を見て楽しそうにしている今の彼女の笑顔は、見ていて心が穏やかになる。


「試着してみたけど、どうだった?どっちが良かった?」

「うーん。こっちの方がよかった気がする」

「そっか。じゃあ、これ買ってくるねっ」

「えっ! ちょ、決めるの早くないか?もう少し慎重に選んだ方が……」

「いいの! 彼崎君が可愛いって思ってくれた方が私はいいからっ」

「………ッッッッ」


 買い物を終わらせ、僕と風宮さんはオシャレな喫茶店の2階にあるテラス席でランチを取り、一息付いていた。


「ごはん美味しかったね」

「うん。本当に美味しかった。デザートのホットケーキはとくに絶品だった」

「パンケーキだけどね。彼崎君って甘党なんだ」

「和洋どちらも可!」

「へぇ。じゃあ今度、私が作ってあげよっか?」

「風宮さんが?」

「うん」

「悪いよ。僕のためにわざわざ」

「食べたくないの?私のパンケーキ」


 両手で頬杖を付いてこちらを見つめる風宮さん。


「ホ、ホットケーキが、食べたいです」

「うんっ!わかった」

「よ、よろしくお願いします……」


 喫茶店を後にしとくに目的を決めずに街中を歩いていく。もちろん、風宮さんには腕を組まれたままである。


「じゃあ、彼崎君のリュックサック見に行こっか」

「あ、そうだったな」

「もー、忘れてたの?」

「すっかり」

「うふふふっ」


 他愛のない会話をしているうちに、紳士服の店に着いた。


「どんなリュックサックがいいの?」

「収納がたくさんあるものがいいだけど」

「これなんてどうかな?」


 ピトッっと僕に肩をくっつけて手に持ったリュックを僕に見せる。

 こ、これしきの事で何度もドキドキしてたらキリが無い。慣れろ慣れろ自分!


「うーん。悪くないけどな……。少し小さいかも」

「そっかぁ」


 二人でリュックを見ていると、



「—————アレ、風宮?」



 店の中にいた客の男性が風宮さんの名を口にした瞬間、風宮さんの表情が曇りだした。僕は小さな声で尋ねる。


「誰なの?」

「大学にいた頃、私に何度も付き合ってほしいって詰め寄ってきた橋田っていう同級生」


 少し怯えた様子の風宮さん。

 なるほど。これはアレだ。たまーに漫画なんかで見かける展開のヤツだ。まさか、不安に思っていた仮定の事案が本当に起きてしまうとは。少し状況などは異なるが、来たるべき時が来てしまったようだ。


「え?なに?俺の誘いは断っておいて、こんな冴えないヤツと付き合ったのかよ」


 見た目はそんなに柄は悪くない。割と普通の背格好で顔立ちは整っている。よく言われるモテやすい顔ってやつか。だがしかし、問題は中身の性格というわけか……。


 風宮さんは僕の後ろに周り、僕の服を力強く掴んで背中にピッタリとしがみつく。その手が密かに震えていることが伝わり、そして、二つの柔らかい何かがフニっと当たることももちろん感じた。


 はぁ〜、こういうの漫画やラノベ読むのだけならいいんだけど、実際に体験するのはさすがに嫌だなぁ。


「風宮さんの知り合いなんですか?」ニコッ


 あえてとぼける。そして愛想笑い。


「大学の同期」

「そんなんですね。風宮さんって大学じゃあ結構モテてたんですか?」ニコッ

「は?ああ、風宮は大学じゃあミスコンに出れば確実に1位が獲れるほどって言われたほどにな」

「すっごいですね」ニコッ

「だから、風宮を狙ってた奴は結構いたけどな」

「へぇ〜。あ、自分彼崎って言います。君は?」ニコッ

「は?橋田はしだだけど?」

「よろしく」ニコッ


 僕は彼と会話をしながら気づかれないように背後にしがみついている風宮さんの腰元に指文字で『ウシロ スキマ カクレロ』と書いた。


 風宮さんの後ろには黒のジャケットが束になって並べられていた。少し屈めば女性一人なら隠れられる。といっても、この橋田から隠れろというわけではないけど。


 風宮さんは橋田に気づかれないようにゆっくりと後ろの束になっているジャケットの中に屈んで隠れた。よし、これで風宮さんは目立たずに済む。あとは、


「なあ、風宮。こんなヤツとかじゃなくてさ、俺と付き合おうよぉ。なあ」

「…………」

「おいっ 無視すんなよ」


 橋田が風宮さんの腕でも掴もうとしたのか、右腕を伸ばしてきたその瞬間に


「はっ!?アイツどこに—————」


「えっ!? うっそ!おまえそれ本当か!?大変じゃないか!早く行かないとマズイぞっ!ほら早く急げっ!」


 と、僕は橋田の背中を押して共に店の出入り口に誘導する。


「はっ!?おまえ、なに言って!!」

「ほらっ!早く行かないと手遅れになっちゃうって!!!」


 店の扉を開けて橋田と共に外に出る。


「おまえ、なんなんだよ!!!」

「ごめんね。急に大声出しちゃって。でも、ああでもしないと風宮さんが困っちゃうかなって思って。どう見ても君のこと嫌がってたし、というか怯えてたよ。橋田君だっけ?そういうことしてると、」


 橋田に近寄り耳元で囁くように




「———————いつか、後ろから鉈で殺されちゃうよ? アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャッッッッ!!!!!!!!」




 橋田は驚き『ヤベェ。コイツ、イカれてやがる!』と言わんばかりの驚きと怖がる形相で走り去った。

 やはり困ったときは狂キャラだな。うん。


 橋田の姿が見えなくなったことを確認し僕は店に戻った。すると、風宮さんが目の前立ちすくみ涙を流し、僕に駆け寄って抱きしめると、腰を抜かすようにその場に座り込んだ。


 するとそこに髪もスーツもビシッときめたダンディーな男の店員さんが駆け寄ってきた。


「あの、お客様?一体なにが?」

「ああ、すみません。この女性が柄の悪い男に絡まれていたので、一芝居打って追い出したんです。お騒がしてすみませんでした。お詫びにあそこにある『グラスゴー』のUSBポッド付きで拡張機能付きリュックサックのブルーをひとつ、買わせてください」


 その店員さんは、僕に抱きついてしがみつくように泣いている風宮さんに視線を送ったあと、


「いいえ。その必要はありません。また、日を改めて当店にお越しください。そちらの彼女さんとご一緒に————」


 この店員さん、超カッコイイ!惚れちゃいそう!


 結局、僕は店員さんの遠慮を断り、そのお店で小銭入れを買った。

 お店を出たあと、街の噴水がある公園のベンチに腰掛けた。風宮さんに歩いている途中で自動販売機で買ったペッドボトルの水を蓋を開けて手渡す。


「はい、風宮さん。これ」

「ありがとう」


 水を一口飲んだあと、風宮さんはゆっくりと話し出した。


「ごめんね」

「僕は大丈夫。平気だ。風宮さんは?」

「私も、もう大丈夫。落ち着いた」

「そうか。ならよかった」

「……ごめんね」


 俯く彼女から涙の粒が落ち、スカートに涙の染みができる。相当、怖かったみたいだな。


「彼崎君を巻き込みたくなかったのに………」

「僕はこの通り平気だよ風宮さん。ほら、僕の顔を見て」


 ゆっくりと顔を上げる風宮さんに僕は歯を見せるように全力の笑顔を向ける。


「怪我もしてないでしょ?」

「でも……」

「それに、僕は美人で綺麗な風宮さんを変な輩から守れた。それだけで十分さ」


 風宮さんは感極まるように僕を再度抱きしめ泣き始めた。


「ありがとうっ………っ……グスッ………」


 泣いている彼女の二の腕部分を僕は、彼女が泣き止み落ち着くまでただひたすら優しく撫で続けた。


 それから暫くして


「落ち着きましたか?」

「うん……。ありがとう。久しぶりに泣きすぎて、なんか疲れちゃった」


 まだ、目蓋にうっすら涙が残っているも彼女は笑っていた。


「もう大丈夫そうだな」

「うん。おかげさまで。彼崎君に助けられちゃったな」

「まあ、ただ下手な芝居しただけなんだけどね」

「でも、ありがとう。本当に」

「ッッッッ!」


 彼女は体を寄せて僕の肩に頭をそっと乗せた。


「か、風宮さん?」

「お願い。しばらくこうさせて」

「………はい」


 ………。

 ああ、鼻腔に微かないい匂いが息を吸うたびに流れ込んでくる。シャンプーの香りがするぅぅぅぅ!!!!ダメだ、体が金縛りにあったかのように動かない。


「ねえ、彼崎君。お願いしてもいいかな?」

「へぇ?あ、はい。なんでしょうか?」


 何故か敬語になってしまった。


「あのね。こんなお願い、迷惑かもしれないんだけど……」

「今日はあんなことがあったんだから、なんでも言っちゃって!」


 すると、彼女はゆっくりと乗せてた頭を上げ、僕の目を見つめてこう言った。




「……………彼崎君の家に、行きたい」

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