第22話

「………」

「な、なに? 桂兄ぃ」

「あっ!いや、ごめん。なんでもない」

「なに?気になるじゃん」

「ほんとになんでもないんだ」

「今ワタシのこと、見てたんでしょ」

「あ、ああ……」


 しまった。玲ちゃんの裸体をまじまじと凝視してしまった。あまりにも綺麗すぎてつい、見惚れてしまった。妹の裸を見てなに見惚れるんだ僕はっ!


「ワタシの体、へん?」

「全然変じゃないよ! すごくキレイだよっ」

「!っ—————そう。ありがとう」

「………」


 僕は別に間違ったことは言ってない。玲ちゃんはキレイだ。それは事実だ。決してやましい意味で言ったわけでは……ないっ。断じて!


 でも、この変な雰囲気はちょっとまずいよな。


 この狭いお風呂場で兄妹だけど若い男女がお互い裸なら多少なりとも性的には意識してしまう。

 とくに妹がスタイル抜群となると余計に—————


「やっぱり僕、出るよ」

「待って」

「!っ」


 背中を見せた僕に玲ちゃんが後ろから抱きつき引き止める。当然、僕の背中にはダイレクトに玲ちゃんの胸が当たっていた。


「(まずいまずいっ!これはまずい!)」

「一緒にお風呂に入るって言ったでしょ!」

「玲ちゃん。さすがに僕には耐えられそうにないよ」

「やっぱり、イヤなの?」

「嫌じゃ、ない。ただ、玲ちゃんは実の妹だけどすごく魅力的で可愛くてキレイだから、兄である前に健全な男として玲ちゃんの裸を見て、その……動揺を隠しきれないんだ」

「それって、ワタシの体を見て、興奮したってこと?」

「それは……まあ、違うといえば嘘になる」


 正確に云うとそうだ。


 玲ちゃんの裸体を見て、僕は理性を抑えるのに必死だった。お兄ちゃんとして妹の裸を見ても堂々とし、平然としなければならないと。


 今までは、玲ちゃんに抱きつかれても動揺を隠しきれていた。それは、服一枚を挟んでいたからだ。まだ、服を着ている時ならばなんとか誤魔化せられた。だが、裸はダメだ。直に見て触れてしまっては、流石に無理というもの。


「いいよ、別に」

「え?」

「桂兄ぃにならそう見られてもワタシ、平気だし」

「平気か平気じゃないという問題じゃないんだけどな……」


 玲ちゃんと僕との間にパーソナルスペースが限りなくゼロだということがよくわかった。

 僕は玲ちゃんの方に体を向けて優しく語りかける。


「玲ちゃん、僕のことを好きでいてくれるのは大変嬉しいことだけど、流石に妹の裸を性的な目で見るのはお兄ちゃんとしては如何なものかと……。妹モノのマンガやラノベならまだしも」

「いいじゃん別に。見るだけなら問題ないでしょ?」

「…………」


 なら問題ない。妹本人もそれは了承している。なら、大丈夫なのか?いやいやいやダメしょ!これは現実リアル。マンガやラノベ、ましてや妹モノのギャルゲーでもないんだから。


「ダメだよ」

「なんで?」

「僕たちは兄妹だ。僕は兄として妹のことをそんな目で見ちゃダメなんだ」

「ふ〜ん。相変わらず真面目だね、桂兄ぃは……」

「まあね」


 どうやら納得してくれたようだ。


「桂兄ぃの背中、洗ってあげる」

「え? あ、ありがとう」


 玲ちゃんに背中を預けるかたちでバスチェアーに座る。


「じゃあ、洗うよ」

「よろしく」


 ボディータオルがソフトに背中に触れ、ゴシゴシと一定のリズムで擦り洗いをし始める。


「気持ち良い?」

「気持ち良いよ」

「よかったら前も洗ってあげよっか?」


 これは懲りてないな。


「大丈夫だ」

「遠慮しなくていいよ?」

「椅子をあげるから玲ちゃんは髪を洗って。あとは自分で洗うから」

「別にいいのに……。でも、ありがと。やっぱり桂兄ぃは優しいね」

「当然だとも」

「クスッ じゃあ髪終わったら、次ワタシの背中洗ってくれる?」

「いいとも」


 残りの箇所を洗い、玲ちゃんは髪を洗い始める。


「桂兄ぃ、お願い」

「りょーかい」


 髪を洗い終えて髪をタオルで巻いたことで、玲ちゃんの白くて艶やかな細い背中が僕の視界に飛び込んでくる。

 僕は、優しく玲ちゃんの背中に泡だてたボディータオルを当てる。


「ウンッッッッ!」


 なんかカワイイ声が聞こえた。


「………」

「桂兄ぃに体触られると、ちょっとヘンな気分に、なるッッッッ……」

「そうか」


 素っ気なく答える。

 いつから僕の妹はこんなにおませな子になったんだ?

 僕はその細く真っ白な肌を傷つけないように絶妙な力加減で洗っていく。


「力加減、こんな感じで大丈夫かい?」

「もうちょっと強くしてもいいよ」

「りょーかいした」

「アンッッッッ!」


 今の喘ぎ声はざわとだとすぐに分かった。


「楽しそうだな、玲ちゃん」

「桂兄ぃ、次はも………」


 顔だけをこちらに向けながら色っぽく物欲しそうにする玲ちゃん。まだ懲りてないようだ。僕は心の中に『賢者』を召喚した。


「ほほう。僕にエロゲー主人公のようなことをしろと?」

「だめ?」

「この作品はそういうエッチなことはしないから」

「作品ってなに?」

「気にしなくていいよ。とにかく後は自分で洗ってね」

「そう。残念」


 やっと諦めてくれたようだ。

 お互いに体を洗い終わったあと、二人が入るのには十分余裕がある浴槽に僕らは向き合った体勢で浸かる。


「久しぶりに浸かったけど、やっぱり気持ち良いなぁ」

「なんでいつもはお湯貼らないの?」

「水道代が浮くから」

「金持ちのクセにっ」

「それな〜っ」

「クフフッ ね。そっちに行っていい?」

「狭いからだめです」

「いいじゃん別に。小さい頃はいつも桂兄ぃの膝に乗ってお風呂入ってたじゃん」

「それは昔です」

「————————えいっ」

「うわっ!」


 玲ちゃんは突然近寄り、もたれ掛かるように僕の膝に座ってきた。玲ちゃんの髪からシャンプーかトリートメントの香りがふわりと僕の鼻腔を擽る。


「やっぱり、ココがいい」

「まったくもう。しょうがない玲ちゃんだ」


 それからはとくにエッチな展開とかにはならずに、子供の頃の話をしたり、手で水鉄砲をしたり一緒に見ていた懐かしのアニソンを唄ったりと、兄妹水入らずのお風呂タイムを楽しんだ。


「桂兄ぃと久しぶりに一緒にお風呂に入れて楽しかった」

「僕もだ」


 僕と玲ちゃんは妹モノのギャルゲーのような事にはならない。だけど、僕と玲ちゃんの間には、確かに兄妹という関係を少し超えたような絆に似た繋がりがあるように思う。


「はい、玲ちゃん。お茶」

「あ、ありがとう桂兄ぃ」


 お風呂からあがった玲ちゃんは、グレーのキャミソールに紺色のショートパンツという唯でさえスタイルが良いのに体のラインが出て露出度が高く、男一人が住む部屋には無防備すぎる格好をしていた。しかも、お風呂上がりで体が火照り、髪も少し濡れている所為なのか、大人っぽい色気も出ている。


「ふぅ………」

「玲ちゃん、寝巻きはそれしかないのかな?」

「だってこっちの方がラクでいいし」

「お兄ちゃんは目のやり場に困るよ」

「別に桂兄ぃになら見られても平気だけど?」


 玲ちゃんは不意に前屈みになり、ノーブラのキャミソールから胸の谷間をわざと僕に見えるようにチラ見させる。だが、僕はすぐに目を逸らした。


「僕は平気じゃないの」

「なんで?」

「今の玲ちゃんはその、なんというか……」

「色っぽい?」

「!……………(あ、あざとい! さすが我が妹だ)」

「ん?」

「そうだよ。美人で可愛いのにそんな無防備で色気があったら、流石にお兄ちゃんでもドキッとしてしまうよ!」

「!っ そ、そっかぁ………」


 火照った頬を更に赤くし照れるも、嬉しそうに微笑む玲ちゃん。

 その後は冷凍食品をレンジで温めて晩ご飯を済ませて、録画したアニメ2作品(青春学園モノ・逆ハーレムモノ)1話ずつを一緒に見て寝ることにした。


「玲ちゃんは 僕のベッドに寝てね」

「えっ? 桂兄ぃは?」

「僕はリビングで布団を敷いて寝ることにするよ」

「一緒にベッドで寝ればいいじゃん」

「僕のベッドはセミシングルで二人並んで寝られるスペースが無いのっ」

「くっついて寝れば?」

「いや、狭すぎりるでしょ」

「ワタシは気にしないけど」

「僕は気にするの。もし寝てる間に玲ちゃんを蹴り落としてしまわないか、心配で気掛かりだよ」

「大袈裟だってば……」


 それに、くっついて寝れば玲ちゃんの胸が僕の体のあっちこっちに密着して、まともに寝られないからな。


「じゃあ、桂兄ぃの布団にワタシも寝るっ!」

「せっかくベッドがあるのに!?」

「ワタシは桂兄ぃと一緒に寝たいの!」

「どこまでお兄ちゃん大好きっ子なんだ」

「わ、わるい?」


 ちょっと拗ねたようにムスッとする玲ちゃん。


「悪くありませんっ!」

「じゃあいいでしょ?」

「しょうがないなぁ」


 まさか、玲ちゃんと同じ布団で寝ることになるとは……。これは流石に予想していなかった。


「桂兄ぃと一緒に寝るなんて何時ぶりかな?」

「玲ちゃんが小学1年生ぐらいだったかな?心霊特番を見た玲ちゃんが僕のところにやって来て一緒に寝てほしいって僕の布団に潜り込んでくっついて寝たよね」

「あったっけ、そんなこと?」

「あったよ〜! あの頃の玲ちゃんも可愛かったなぁ」

「今も、カワイイ?」

「そういうことを聞いてくるあたりが可愛いかな?」

「ッッッッッッッッ!」


 照れてる照れてる。

 玲ちゃんを照れさすのが段々癖になってきた。何せ照れ顔がカワイイからな。


「じゃあ、そんなくさいセリフを吐く桂兄ぃなら、カワイイ妹にこんなことされても平気だよね?」

「え?—————うわっ!」


 玲ちゃんは僕に抱きつき体を密着させる。当然、その柔らかい胸が当たるのは、必然であった。


「れ、玲ちゃん?」

「どおう? 妹に添い寝されてついでに抱きつかれた気分は?」

「僕を見縊みくびってもらっては困るなぁ。僕ほどのシスコンになれば胸が大きい妹に抱きつかれても動揺したりしないのだ」


 嘘である。実はとてつもなく動揺している。


「心臓バクバクいってるんだけど」

「…………」


 その夜は玲ちゃんはずっと僕に抱きついたまま寝てしまい、結局朝までほとんど寝付けることはできなかった。



 ◇◇◇◇



 翌日。


「行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 玲ちゃんは午後から講義ということでお留守番。

 行ってきますなんて、久しぶりに言ったな。


 会社にて。


「彼崎」

「あ、お疲れ様です。屋敷部さん」

「やっぱり、会社でも普通に名前で呼びたいんだけどね……」

「周りの目もありますし、致し方ありません」

「そうなんだけどさぁ……。あ、そうだった。彼崎、今日の企画の資料、一緒につくるの手伝ってほしいんだけど、いい?」

「いいですよ。それくらいなら全然」

「ありがとう、助かるっ!もしかしたら定時超えちゃうかもなんだけど……」

「大丈夫ですよ。妹には帰りが遅くなると伝えておきます」

「ごめんね。ありがとね」


 咲さんは手を合わせて申し訳なさそうに謝る。


「そんな謝らないでくださいよ。その資料作成には僕も少し携わっているので、手伝うのは当たり前ですよ」

「ホントにサンキューね。お礼に何か奢るから」

「いいですよそんなっ。咲さんの仕事をお手伝いできるだけでも光栄なことですから」

「またそんな白々しいこと言っちゃって」

「アハハハッ!」

「でもホントに何かお礼するから。させて。お願い」

「!………わかりました。過度な期待せずに楽しみにしてます」

「よろしい。じゃあ、また後で」

「はい」


 僕は休み時間にLINEで玲ちゃんに今晩帰りが遅くなることを伝えた。メッセージを送って数秒で返事が返ってきた。


『何時ぐらいになるの?』

《分からない。もしかしたら10時は超えるかも》

《ご飯は?》

《冷蔵庫に冷凍食品があるからそれを温めて》

《そうじゃなくて桂兄ぃの!》

《なんとかするさ。最悪コンビニで買って会社で食べるよ》

《あまり無理しないでね?ワタシ、夜起きてるからいつでも電話していいから》

《寂しいから?》

《違うし!》

《僕が帰るまで起きてなくていいから、玲ちゃんは夜更かしせずにちゃんと寝とくんだよ?》

《うん。わかってる》

《玲ちゃんは偉いね》

《仕事、頑張ってね》

《ありがとう。おやすみ》

《おやすみ 桂兄ぃ》


 お兄ちゃん想いのいい妹だ。


 そして、僕は自分の仕事を昼のうちに3分の2割程終わらせ、残りの分は明日に持ち越すように調整した。


「咲さん、手伝いますよ」

「自分の仕事は?」

「3分の2割程終わらせてきました」

「残りはどうするの?」

「明日に持ち越しました」

「大丈夫なの?」

「ええ。残りの分は比較的にラクに終わせられる作業だけを残しておいたので、明日の仕事には差し支えないです」

「そう。ごめんね」

「問題ありません」

「咲さんと桂先輩、残業されるんですか?」


 理乃さんが駆け寄ってきた。


「お疲れさま。理乃さんはもう帰れるの?」

「お疲れ様です。はい。私はもう……。あの、よかったら私も何かお手伝いを———!」

「理乃ちゃんは私と桂が担当している企画の資料内容は把握してないでしょ?」

「はい。そうです」

「なら、把握してない企画の資料作成のお手伝いはお願いできないし、しちゃ駄目なの」

「はい……」


 残念そうに凹む理乃さんに僕は


「理乃さんには暫くした後に、僕の仕事を手伝ってもらうことになるからそのつもりで」

「ホントですか!?」

「お、おう……(嬉しそうだな)」

「私、桂先輩のお手伝いが出来るなら、なんでもしますっ!」

「あ、ありがとう。期待してるよ……」

「はいっ!」


 理乃さんは嬉しそうにして帰っていった。


「後輩想いだね〜」

「そんなんじゃないですって」


 そして、僕と咲さんは資料作成に勤しんだ。

 僕と咲さんしかいないオフィスに二人の打つキーボードの音が微かに響く。


 午後9時。


「ちょっとだけ休憩する?」

「そうですね。大分資料も完成しましたし、少し休みましょうか」

「大分ってどれくらい?」

「う〜ん7割くらい?」

「もうそんなにっ!? さっすが〜!」

「やめてくださいよッッッ! 別にこれくらい普通ですよ」

「じゃあ、なんとか日付を跨がなくて済みそうね」

「ですね」

「コーヒー淹れるね」

「あ、自分が淹れますよ!」

「私の仕事を手伝ってもらってるんだから桂は座ってて!」

「あ、はい。わかりました」


 咲さんがコーヒーを僕に手渡す。


「あ、ありがとうございます」


 咲さんは自分のキャスターチェアを僕のデスクの所まで押して持ってきたかと思うと、座ってコーヒーを一口。


「何故、ここに?」

「いいでしょ別に……。だめ?」

「だ、駄目じゃないです」

「そう……」


 咲さんはコーヒーをまた一口飲む。


「玲ちゃんは大丈夫?」

「え? あぁ、はい。玲ちゃんにはLINEで先に寝てるように伝えておきました」

「そっか……。玲ちゃん、寂しがってないかな」

「多分内心寂しがっているとは思いますが、でも玲ちゃんは僕と違ってしっかりしてるんで」

「クスッ そっか……。桂よりしっかりしてるんなら大丈夫か」

「はい」

「妹よりしっかりしてない兄ってどうなのよ」

「アハハハ」

「アハハハじゃないっつうの」

「アハハハ」

「クフフフッ ……お礼、何にしようかな〜。ね、何がいい?」

「聞くんですか?」

「その方が早いし」

「と言われましても……」


 咲さんは腕時計に目をやると


「これから仕事を再開して、残りの作業を終わらしたら大体10時頃か……。その時間だったらまだ居酒屋空いてるかな」

「居酒屋か……」


 居酒屋はあまり好きではない。

 大勢の人が大声で騒いでいて、自分との間隔が近いから余計苦手だ。


「だいじょーぶ。桂が苦手な騒がしい居酒屋には連れて行かないから」

「騒がしくない居酒屋なんて無いですよ」

「それがあるんだなぁこれが。いいところがあるの。静かで落ち着きがある綺麗で、お酒で騒ぐような客層は来ない上品なところだから」

「それって居酒屋て呼ばなくないですか?」

「最近は、そういう居酒屋も増えてきてるの」

「そうなんですか……」

「普段会社の飲み会に参加したがらない桂の為に、私がお酒を奢ってあげる♪」

「あ、ありがとうございます」


 それから間を空けて少し照れ恥ずかしそうに目を逸らしながら



「それともで宅飲み、する?私の手料理も付けてさ」

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