第21話

「あ、ありがとう…………ッッッッ」

「い、いえ……。どう、致しましてッ」

「………………」

「………………」


 変な空気になり少しばかりの沈黙が流れた。お互い視線を逸らすも、もう一度視線を戻すと目が合った瞬間、お互い顔が赤いことに気付くとさらに意識していしまい視線を逸らす。


「わ、私、これ気に入ったから買ってくるわ!」

「あ、はいっ! わかりました」


 咲さんはカーテンを閉じ、着替えた後、赤くなった顔を見せまいとするかように試着した服を抱えてレジへと走り去った。


「(咲さんのあの反応、反則すぎるでしょっ!! なにあの可愛い反応はっ!乙女ですか! というか僕も、見た瞬間にイイなって思ったのでって、なにラブコメ主人公みたいなセリフを吐いてんだっ!恥ずかしすぎて死ぬぅッッッッ!)」


 玲ちゃんのアドバイスのおかげで、各々は自分に似合うであろう服を買うことが出来、一同は帰ることにした。


 帰り道。


「またこうしてみんなと遊びたいよね」

「ですねぇ」

「じゃあ、今度は皆で温泉とかどうかしら?」

「いいね、それ!」

「中学の頃、家族とで旅行して以来です!」

「彼崎兄妹はどう? 温泉」

「温泉か……。そういえば家族で旅行って行ったことってなかったなぁ」

「だね………」

「じゃあ行こうよ、お盆にみんなでさ!」

「賛成です!」

「どこがいいかしらね……」

「玲ちゃんと旅行なんて初めてだな!」

「そう、だね……ッッッッッ」

「?」


 少し顔が赤い玲ちゃん。


「それじゃあ、またね。桂、玲ちゃん」

「はい。お疲れ様でした!」

「(ぺこり)」

「桂先輩、また会社で!」

「桂君、また今度ね♡」


 駅で彼女達を見送った後、僕と玲ちゃんはマンションまで歩いていく。


「今日は色々と大変な一日だったなぁ……」

「………」

「まさか、あそこで咲さんたちと出会うなんてビックリだよ」

「………」

「疲れた?玲ちゃん」

「えっ?……うん。まあ、ちょっと」

「楽しそうだったもんね」

「そんなこと、ないし……」

「そう? 僕が見た印象だと、玲ちゃんは皆と楽しそうに買い物したように感じたけどな。皆のファッションのアドバイスをしている姿を見て、玲ちゃんは本当に服が好きなんだなぁって思ったもん」

「…………そう、見えてた?」

「うん!」

「!っ……あっそ!」


 マンションに戻り、僕は玲ちゃんにずっと気になっていたことを、切り出そうと思った。


 あそこでは何故か玲ちゃんに肘で腹を殴られ止められたが、家なら僕と玲ちゃんしかいないし二人っきりで話ができる。玲ちゃんもきっと、家に帰るまでは恥ずかしくて皆の前では話したくなかったのだろう。気が利かない兄でごめんよ。


 玲ちゃんのあの突然のドライな人格?性格?は一体なんなのか。

 あの変装とカップル演技の作戦が失敗した後からの玲ちゃんのあの突然の豹変ぷり。


 あの時、「はぁ……。しゃーない」という声から既に何かが玲ちゃんに憑依したかのような感じだった。


 まるで、仕方がなかったかのように————


 ドライになってからも以前の玲ちゃんの面影を感じされる仕草や言動は幾つか見受けられた。僕への『ブラコン』は健在であった。ドライなキャラになったとなれば当然、ブラコン属性は消えて『は? ウザいんだけど』ってなるはずなんだ。だけど、玲ちゃんはそうはならなかった。


 あの照れながらも僕にデレるあの感じは正しく、僕のよく知るお兄ちゃん大好き妹の玲ちゃんであった。


 ここまでの事から、玲ちゃんのあのドライなキャラの謎のおおよその結論というか真相みたいなものは見えてきた。だが、まだ確証がない。これは玲ちゃんに直接聞いて確かめるしかない!


「玲ちゃん」

「なに? 桂兄ぃ」

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「!っ いいよ。なに?」


 玲ちゃんは、とうとうきたかと言わんばかりに僕の前へと座った。


「単刀直入に聞くけど、そのドライなのって元々の玲ちゃんの性格、なんだね?」

「……………はぁ、うん。そう。こっちが本当のワタシ」


 そう言って打ち明ける玲ちゃんの顔はとても落ち込んでいるようだった。


「ワタシは元々こうだった。中学も高校も、そして大学でもワタシはこうだった。でも、大好きな桂兄ぃの前では明るくて陽気な妹として居たかった。好かれたかった。桂兄ぃに……」

「それを今までずっと続けたのかい?」

「うん……」

「無理をしてたの?」

「違う!そうじゃない!桂兄ぃの前で明るい妹として居るのは正直楽しかった。凄く楽しかった! 大好きな桂兄ぃの前だったらテンションが上がるっていうか、桂兄ぃが目に入ると、嬉しくて自然と明るい妹として居られるようになった。このままずっと桂兄ぃの中では明るい妹とで居たかった。……でも、あの状況だと明るい妹で居るのはリスクがあったから、素の自分を出すしかなかった。桂兄ぃの名誉を守るために。ワタシは桂兄ぃに嫌われるのを覚悟をした。だから……」


 やはりそうだったか……。

 このシスコンである僕が、今まで玲ちゃんの気持ちや振る舞いの裏に気付けなかったとは……。兄として失格だな。


「もう、桂兄ぃの前で明るい玲ちゃんに戻れないよね………」


 今にも泣きそうで落ち込む玲ちゃんの頭を僕はそっと撫でる。


「桂兄ぃ?」

「ごめんね。今まで気付いてあげられなくて。可愛い妹の気持ちに気付けないとは、シスコンお兄ちゃんとして失格だね」

「桂兄ぃは悪くない!全部ワタシがそうしたかったらそうしただけだし、桂兄ぃにバレないように頑張ったから、桂兄ぃが今まで分からなかくて当然だし、ワタシはそれでよかった」

「いや、良くない。可愛い妹の気持ちに気付かなくていいことなんてない!」

「桂兄ぃ……」


 僕は玲ちゃんの肩を掴む。


「明るくて陽気で元気な玲ちゃんも好きだけど、ドライだけど僕から離れると寂しそうにして僕の服の袖を引っ張るところや、褒められるとすぐに照れるところや、僕が明日美さんに色仕掛けを掛けられていたと知ってヤキモチを嫉いるところも、隠し切れないほどに表情がコロコロ変わるところも、僕はもっと好きだよっ!」

「ウッウッ………ヒ……グスッ!………」


 もう、玲ちゃんは俯きながら頬に涙を伝って手でそれをぬぐっているが、拭っても拭っても溢れるように涙が流れていた。

 僕はそれを見届けるように頭を撫で続けた————————。



 ………。



 泣き止んだ後も、頬や目の縁には泣いた涙の痕跡がまだ残っていた。

 これでやっと偽りのない兄妹になれたような気がした。


「さて、これで一件落着したわけだし、先にお風呂に入ってスッキリしてきたらどうだい?疲れただろう?色々と……」

「…………」

「うん? 玲ちゃん?」


 泣き止んだとはいえ、まだ気持ちの整理というか落ち着いていないのだろうか?それとも泣き疲れて立ち上がる体力もないとか?


「じゃあ、桂兄ぃ—————」

「うん?どうした?」


 俯いていた顔をゆっくりと上げて、



「お風呂、一緒に入る?」



 顔を火照らせ、僕の目を真っ直ぐ潤んだ瞳で見つめる玲ちゃん。

 今、ラブコメヒロインみたいな恋する瞳で妹がとんでもないことを言ったような……。


「玲ちゃんごめん。僕の聞き間違いでなければ、今僕と一緒にお風呂に入ろうと言ったように聞こえたんだけど?」

「そう、だけど?」

「…………」


 妹はどうやら「超」が頭に付くほどのブラコンだということがよく分かった。そして、玲ちゃんのあの潤んだ瞳で察したが、玲ちゃんの僕へのブラコンはもはや家族、兄妹による「愛」ではなく、男女による「恋」に準ずるものだということを。


 今まで隠して押し殺してきた僕への想いが、これがきっかけで弾けて溢れ出た感じのようだ。


 いつからこの作品は妹モノのラノベかギャルゲーになったんだっ!?


「玲ちゃん、ふざけて言ってるわけじゃないんだよね?」


 玲ちゃんはふざけてこんなことを言う子ではないことはもちろん承知している。しかし、どうしてもこればっかりは聞かれずにはいられない。


「うん。ふざけてないけど……イヤ?」

「だよ、な……。玲ちゃんが僕、お兄ちゃんのことが大好きなことは十分に分かっているし、僕も玲ちゃんのことは好きだ。でも、僕たちはもう一緒にお風呂に入っていい歳はとっくに超えている。玲ちゃんは賢いからどういう意味かわかっていると思うけど」


 妹モノのギャルゲーだと攻略対象の妹と容易く躊躇もせずに一緒にお風呂に入るが、まさか現実リアルで妹と一緒にお風呂に入るイベントに突入するとはなぁ……。


「……うん、分かってる。でもさ、別に家族なら歳とか関係無くない?」


 家族なら問題ないよね系のロジックで攻めてきたかーっ!


 玲ちゃんの口からその類のロジックをかましたセリフを聞かされることになろうとは、妹系のラノベとギャルゲーも好きなキモオタの僕でも、生で聞けるなんて夢にも思わなかった〜!ふう、焦るぜー。


「確かに。お互いの同意の下なら家族の混浴は問題はないけど、でも————!」


 気付くと、玲ちゃんがちょっと怒った様子で僕の側に寄ってきていた。

 ていうか、顔近っか!


「桂兄ぃはさ、ワタシと一緒にお風呂、入りたいの?入りたくないの!?」

「は、入り……たいです……っ」

「!っ……じゃあ、行くよっ」


 顔が赤くしながらも素っ気なくそう言って先に脱衣場へと向かう玲ちゃんの後ろ姿を、僕は呆然と見ていた—————。


「桂兄ぃ!まだぁー!?」


 脱衣場から玲ちゃんの呼ぶ声がする。


 つい、勢いに押されて言っちゃったけど。これ、本当に僕は玲ちゃんとお風呂に入るの?入っちゃうの?入っていいの?


「(で、でも別にただ一緒にお風呂入るってだけで、何か特別なことをするわけでもないし、そんなに深く重く考えなくていいかもしれないしな!)」


 なんてことを考え込みながら歩いて脱衣場を見ると、


「桂兄ぃおっそい!早く脱いで」

「あ、はい……」


 目に飛び込んできたのは、玲ちゃんの抜群のプロポーションを際立たせる下着姿だった。


「なに、どうしたの?ぼーっとして」

「い、いや……」

「あ、あのさ、今からブラを外すから少しだけ後ろ向いててくれる?」

「あ、ああ分かった!もちろんだともっ」

「————————」

「————————」


 今後ろで玲ちゃんが下着を脱いでいる。

 あと一枚脱げば、僕の真後ろで二十歳の妹がもうすぐ全裸になる。


 なにこの状況!?なにドキドキしてんだ僕は!当然だろ!妹いえども家族といえども、3歳しか歳が離れない美人でスタイル抜群の妹が裸になるんだぞ!ドキドキしない方がおかしい!


「い、いいよもう、こっち向いて……」

「あ、ああ」


 振り向くと、玲ちゃんは完全に裸だった。そして、手で胸と股のところを隠していた。


「桂兄ぃも早く脱いだら?」

「あ、ああ……。先に入ってていいよ」

「ううん。待ってる」

「お腹冷えるぞ」

「桂兄ぃが早く脱げばいいだけでしょ」

「わかったわかった」


 僕は急いで服を脱いだ。

 流石に僕もズボンとパンツを脱ぐ時は後ろを向いて脱いだ。

 家の脱衣場に居るのに、どうしてこんなに恥ずかしいと感じてしまうのだろうか。妹の前で裸になるのがどうしてここまで恥ずかしいと意識してしまうのか。


 ピトッ


「ヒィッ!」

「あ、ごめん。びっくりした?」


 服を全部脱いだあと、突然玲ちゃんが僕の背中に手を触れた。


「桂兄ぃって意外と肌綺麗だよね」

「そ、そう?」


 指先が少し冷えた手が、すぅーっと撫でるように背中を滑べり下降していく。


「桂兄ぃの背中、久しぶりに見た」

「そ、そうか………(くすぐったいしなんかゾクゾクするっ!)」

「じゃあ、入ろっか」

「う、うん…………」


 入る前から既に玲ちゃんの頬は赤かった。多分、僕も。

 こうして、僕と玲ちゃんは約10年ぶりに兄妹で一緒にお風呂に入った———。

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