第19話
一時はどうなることかと思ったけど、玲ちゃんのおかげで僕は救われた。いろんな意味で。
玲ちゃんには、帰った後でお礼として『なんでも言うことを聞いてあげる券』10枚をあげないとな。
「玲ちゃんってどこの女子大に通ってるの?」
明日美さんが玲ちゃんに尋ねた。
「
「えっ!? 梓丘女子大って、あの有名なお嬢様大学じゃないですか!」
理乃さんが驚く。
「確か、偏差値がすごく高いところよね?私の友人もそこを受験したことあったけど、試験問題が難しくて落ちたって聞いたわ。玲ちゃんて実はすごく頭が良かったり?」
「私は元々勉強は苦手でしたけど、桂に……兄が、親身になって勉強を教えてくれたんです」
「へぇ〜、桂がね……」
「桂先輩、頭が良いんですねぇ!」
「良いお兄さんじゃない」
「ありがとうございます」
側で聞いている僕としては少し照れ恥ずかしいところである。
それよりも、玲ちゃんのこのドライでクールビューティーな人格はいつになったら元の陽気な玲ちゃんに戻るんだ?もう危機は去ったというのに。あの時、玲ちゃんは陽気な性格のことについて、今この場では触れるなといった感じだったが……。
「玲ちゃんて、桂のオタク趣味のことは知ってるの?」
「はい。桂に……兄は、中学生の頃からアニメやマンガが大好きでした」
ちょくちょく僕のことを誰かに話すときは「桂兄ぃ」と言いかけては「兄」と訂正し、僕と話すときは普通に「桂兄ぃ」と呼んでいる。どういうことだ?
今までの玲ちゃんは「桂兄ぃはね」「桂兄ぃがさ……」と、僕を呼ぶ名で話していた。兄なんて言った事なんて一度もなかった。僕が見ていないだけか?
だが、玲ちゃんが僕のことを「兄」と言い慣れていないことはわかる。使い分けている?ということは、このドライな玲ちゃんは演技!?
何故、そのような演技をする必要がある?
そういえば、玲ちゃんの雰囲気が変わったのは、僕が3人にバレてどう説明したらいいか焦っていた時だった。
もしかして玲ちゃんは、自分の陽気な性格のまま自分が妹だと名乗るには無理があり信じてもらえないから、ドライな妹を演じて陰キャな兄を見兼ねてこのような長い演技をし続けている?だとしたら、我が妹は女優になれるかもしれないぞ!?というかなれるんじゃないか、本気で。
だが、本当なところはわからない。これが玲ちゃんの本来の姿なのか、それとも、迫真の演技なのか。まあ、家に帰ればいずれわかるだろう。
「それじゃあ、桂のマンションの部屋は見たんでしょ?」
「はい」
「スゴイでしょ?」
「ええ、まあ」
「とても素敵なお部屋だと思います!」
理乃さんのフォローが入りました。なんかありがとう。
「私も初めて桂君の部屋に入ったけど、あれはさすがに驚いたわ……」
「皆さん、兄のマンションに行ったことがあるんですか?」
「この前、遊びに行ったのよ」
「私は途中参加だけどね」
「へぇ……。そうなんですか」
あれ?
玲ちゃんの眼光が一瞬だけ鋭くなったような?気のせいか?
「ね、もし時間があるなら、この後、私たちと一緒に買い物しない?」
明日美さんが玲ちゃんにお買い物のお誘いをしてきた。
こういう時の明日美さんの親睦というか人間関係を築いて深めて拡げるこの行動力にはいつも驚かされている。
「………。桂兄ぃ、どうする?」
桂兄ぃと僕を呼ぶ玲ちゃんは、やはりあの陽気であどけない玲ちゃんの面影が垣間見える。
「そうだな……。玲ちゃんが家でしばらく生活するための物は、また日を改めて買えばいいとして。ここにいる間に着ていく服が必要だしなぁ……」
「あ、玲ちゃんって着替えとかは持ってきてるの?」
咲さんが尋ねる。
「いいえ。そんなには。こっちに来てから買い足そうかなぁ、とは思っていたので、最低限の服しか持ってきてません」
「それじゃあ今、下着とかもあまり持ち合わせがないってわけね?」
明日美さんが横から聞いてきた。
そしてそれを隣で聞いていた僕は、飲んでいた麦茶で盛大にむせた。
「ゴホッゴホッ!」
「桂先輩大丈夫ですかっ!?」
理乃さんが咄嗟に僕にペーパータオルを渡してくれた。
「ありがとう理乃さん」
「もぅ桂君たら、下着っていうワードに動揺しすぎっ」
「そりゃあそうでしょ! 周りに男の人も居るんですから場所考えてください!」
ニヤニヤと笑う明日美さん。全くこの人は。
そして、明日美さんの質問に玲ちゃんは「ま、まあ……はいッッッッ」と、頬を赤くし目を逸らして恥ずかしそうに答える。
意外と可愛い反応するな。どうしよう。妹にギャップ萌えしそう………!
「それじゃあ、それも込みということで、一緒に買い物しましょ!」
「私も賛成っ」
「私も構いませんよっ」
僕は玲ちゃんに視線を合わせる。
「どうする?玲ちゃん」
「——————————行きたい、です!」
「それじゃあ、決まりね」
まさか、こうも早く玲ちゃんと咲さん達を逢わせることになろうとはね。出会った成り立ちはどうであれ、4人が仲良くなってくれることを僕は願うよ。
「じゃあ、僕は先に帰ってますね。あとは女性達水入らずで、楽しくショッピングを続けてください」
僕一人が彼女達の買い物に付き合う理由もないし邪魔になるだけだしな。玲ちゃんも、友達、とはまだ少し違うかもしれないけど、せっかく仲良くなれそうな人達と楽しく買い物して遊んで行きたいだろうし。兄の僕がいるのは無粋というものだ。ここは、さりげなく身を引くとしよう。
そう言って僕は「ここは僕が出しますね」とテーブルに置かれていた会計伝票に手を伸ばして持った瞬間—————
「え—————?」
会計伝票を持った僕の手の上には、4人の伸ばした手が重なって乗っていた。
「玲ちゃん? 皆さん?」
不思議そうにしている僕に咲さんが呆れたようにため息をつく。
「はぁ……。桂、アンタのそういうすぐに良かれと思って独りなろうとするクセ、直しなさいよ!」
「そうですよ桂先輩! 私、仲間外れって大っキライなんです。先輩の優しいところは素敵ですけど、こういう優しさはなんというか……寂しいです!」
「私、一度桂君とお買い物デートってしてみたかったのよね。ねえ、私に似合いそうな服、一緒に探してくれるっ?」
「……………」
「桂兄ぃ……」
玲ちゃんはまだドライな玲ちゃんだけど、でも何処かその表情は寂しげであった。
「玲ちゃん……」
「私、桂兄ぃとの買い物、楽しみにしてたんだから————。最後まで、付き合ってよ………!」
僕の手を上からぎゅっと握り、照れながらそう呟く妹の姿に、僕は素直に嬉しいと感じてしまったのだ。
どうやら、ドライの玲ちゃんにも、ブラコン属性は健在のようだ。そして、この僕のシスコンも当分は治りそうにないようだ。
咲さん、理乃さん、明日美さん。この3人は、何がなんでも僕を独りにはさせてくれないらしい。困ったもんだ。でも、やはりちょっぴり嬉しいと思っている自分もいることに
「わかったよ。お兄ちゃんも行くよ」
安心と嬉しさの中で微笑む3人。そして、玲ちゃんも—————。なんだ、ドライな玲ちゃんも、笑えば可愛いじゃないか。
僕は恐縮しながらも華やかな彼女達のショッピングに同行させてもらうことになった。案外、彼女達との会話も色々と面白いのかもしれない。……と、我ながららしくないことを思うのであった。
………。
前言撤回である……っ!
やはり、大人しく家に帰るべきだった!
「ねえねえ! あそこの4人組、レベル高くない!?」
「あのショートヘアの子、めっちゃ可愛い!」
「金髪の子ってモデルの子? スタイル良すぎない?」
これだ。
このざまだ。
なんという息苦しさ!なんという生き地獄!
僕らは食事を済ませてレストランを後にした。とくに行きたい店は決めずに、モール内を回っていた。僕の考えが甘かった。甘すぎた。僕はラブコメを何作品見た来たんだ!玲ちゃんの時のことを思い返せば、わかっていたはずなのに!!!!!
美人さん4人が揃って並んで歩いたら、そりゃあ注目の的になるでしょうよ!振り返って二度見する人も倍になるでしょうよっ!
おのずとこうなることぐらい想定できたはずだというのに!僕としたことがぁぁぁぁぁぁ!!!!!
僕は彼女達から後ろに2メートル離れて歩くことにした。当然、彼女達を後ろからつけている不審者に怪しまれないように、あたかも無関係であるかのように同じ方向に歩いているだけの人に扮した。
これなら、視線で苦しむ必要もあるまい。
「桂兄ぃ? なんでそんな後ろにいんの?」
玲ちゃんが僕の手をつかむ。
「桂? なに離れて歩いてんの?」
「桂先輩? どうしました?」
「桂君? そんなに離れていたら逸れるわよ?」
「……………………」
無駄だった。意味がなかった。
僕を逃さまいと包囲するかのように、彼女達が僕の周りに集まり出し近寄る。ああ、周囲の目が僕にも集まり出した。
もう、なんか、どうでもいいや。頭の中が、真っ白だ………。
「なんか、桂が魂が抜けたみたいな顔になったんだけど?」
「マンガの真っ白いトホホ顔になってますよ?」
「なに、桂君どうしたの?」
「桂兄ぃ?」
美人に囲まれる日常がこれほどまでに大変であり、陰キャオタクのメンタルに響くことを身を持って思い知ることになった桂であった。後半へ続くぅ〜。
オタクになって
当然、カテゴリーはアニメである。
ジャンルは問わず、SF、ラブコメ、日常系、バトルもの、etc。とくにラブコメは好きだ。美少女達との甘酸っぱい恋愛模様は何度も見ても心が癒される。ついでにいうと、ハーレム系はもっと好きだ。いろんな属性にキャラを持った可愛い美少女達とキャッキャウフフする世界はまさに楽園でありこの世の天国でもある。
たまに妄想することがある。
もし、僕が学園青春ハーレムラブコメの主人公だったらどんなに幸せだったろうかと。まあ、僕が何回死んで輪廻転生を繰り返そうが、そんな人生を送れる人間に転生することはないだろうけど。
昔、高校生の頃に小説投稿サイトにハーレム系の小説ばかり書いていた。文章能力は壊滅的でセリフも臭かった為、恥ずかしくて投稿ボタンは押さず保存したままにしていた。今、社会人になってもう一度あの時の小説を、書き直して投稿したら“いいね”がもらえたりするのかな?
だけど、『事実は小説より奇なり』ということわざがあるように、まさか、会社の美人な先輩や小悪魔な年上のお姉さん、可愛いオタク女子の後輩、女子大生の金髪美人の妹。そして、最近再開した高校の時の同級生の黒髪清楚美人。いつの間にか、僕の周りには綺麗な女性が集まっている。妹の玲ちゃんはもちろん、ラブコメのヒロインではなく攻略対象でもない。……が、何故だろう。素直に否定しきれないような伏線がいくつかあったような気がして、若干怪しいところだが……。
というわけで、僕の陰キャオタクの地味な日常はここ1ヶ月で一気にラブコメらしいものに変化した。はてさて、こんな僕にこの特殊というか特別な環境にうまく適応できるか、すごく心配だ………。
「この服、桂君にどうかしら?」
「う〜ん。ちょっとヤンチャすぎるかな〜」
「これなんてどうです?」
「可愛いかも」
「桂兄ぃは、痩せ型だから、この季節になるとどうしても細身体型が目立つ服を着るんで、あまり体型にフィットしない、固い生地の服がいいです。あと、桂兄ぃは足も細いので、そこを生かして黒のスキニーパンツにして、上は明るい色のトップスを、その上からシャツを着れば可愛くなります」
「さっすが、ファッションモデル」
「や、やめてくださいッッッッ!!」
玲ちゃんは照れている。可愛い。楽しそうでよかった。
ブランド店に入り、僕に似合う服を4人が選んでくれている。僕はそれを端でみているだけである。
咲さん達とはうまく仲良くやっていけそうだな。玲ちゃんは咲さんに会いたがっていたし、僕の服のことでさぞかし、咲さんとファッションコーディネイトで話が盛り上がることだろう。僕を巻き込んで……(トホホ……)。
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