第18話
こ、これはまずい————っ!
カーテン先の遠くから咲さん、理乃さん、明日美さんの声が聞こえる。どうして彼女たちがここに!?
「あ、ここって雑誌に載ってた店だよね?」
「そうですね。ここのスカートは可愛いのが多くて良いですよねっ」
「少し寄って行こっか」
3人の声がこちらに近づいてくる。どうやらこの店に入ってきたようだ。
よって、僕はこの試着室から出れなくなった。
別に彼女3人と顔を合わすことで何か困ることはない。「あ、皆さん奇遇ですね。お買い物ですか?」と何気なく声を掛けるのは問題ない。ここには書店もあるから僕がショッピングモールに居ても何ら不思議なことではない。だが………
そう。僕は今、自ら進んで来ない若者の服のお店で、しかも、雑誌に載るほどのブランドのお店に来て試着室に入っている。更に、今日は僕に似ても似つかない金髪美人の妹と一緒にいるときている。
どう考えてもこの状況で試着室を出てしまえば、在らぬ誤解を招きかねない。まあ、ちゃんと説明すれば彼女たちも分かってくれる………わけがなぁぁぁぁぁぁぁい!!!!
どう考えても、こればっかりは無理だよ!
信じてくれるわけがないよ!
説明するにも無理がありすぎるよ!
あんな金髪美人が僕の妹なんて信じるわけがないよ!
完全に僕が金髪美人のギャルに逆ナンされて、ニヤニヤと鼻を伸ばしてお買い物デートしていると誤解されてしまう!
いや、でも待てよ?
そもそも、僕がこんな美人な女の子とモールに服を買いに来ているというこの状況自体が信じられない、ということにならないか?
そうだとも。
僕みたいな陰キャで二次元オタクで服に無頓着な僕が、雑誌に載るような服屋さんに来るわけがない。まあ、来てるんだけど。
でも、想像できるかい?僕がこんなところにいると。僕が彼女たちにどう見られているかと考えれば、想像できるかどうかなんて目に見えている。
この危機的状況を脱するには、僕がここでおしゃれな格好をして、眼鏡を外して髪も弄り別人に変装。当然、妹の玲ちゃんにも協力してもらって、僕が彼崎桂だとバレないようにカップルの演技してもらえばなんとかなるかもしれない!
「玲ちゃん玲ちゃん。ちょっと……」
「どうしたの?桂兄ぃ?」
3人に気付かれないようにカーテンを少し開けて玲ちゃんに手招きをする。
「いいかい? 実は店の中に僕の会社の知り合いの人がいるんだ。だから、僕がここにいることがバレると色々とまずい。見つからないように此処から脱出する必要がある。だから、協力してほしいんだ」
「よくわからないけどわかった」
玲ちゃんは小さくグッとポーズをする。
「作戦はこうだ。まず、僕が着なさそうな服を玲ちゃんが見繕ってきて」
「うんうん!」
「そして、眼鏡を外して髪も弄って僕だと見分けがつかないように変装する。最終チェックは任せた」
「オッケー、任せて!」
「それでここからが重要だ。当然、僕の知り合いの人たちは玲ちゃんのことは知らない。だから準備が整ったら、僕は試着室を出る。それで玲ちゃんは僕の彼女の振りをして、僕と一緒に店内を周り、極力あの人たちとは距離を置いて移動する。一応、彼女っぽく僕の腕を組んでね。これで何処からどうみても何処にでもいるカップルの完成だ。あの陰キャオタクの彼崎桂だとバレることはない!」
「完璧な計画だね」
「よし、それじゃあ作戦開始!」
正直、この作戦が成功するかどうかはわからない。だが、何ともしても成功させなくてはならないのだ!
「桂兄ぃ、持ってきたよっ」
「でかした玲ちゃん」
「もしかして、桂兄ぃの言ってた会社の知り合いって、あそこにいる3人の女の人たち?」
「ああ、そうだ」
「桂兄ぃに女の人の知り合いがいるなんてビックリ……。しかも3人共めっちゃ美人じゃんっ」
「ま、まあな。玲ちゃんといい勝負だと思うよ」
「だね……」
「あれ?否定しないの?」
僕は玲ちゃんから手渡された衣服に着替える。
その間、玲ちゃんにはカーテン前で彼女たちを見張ってもらう。
「(よし、なんとか着れた。うん。完全に似合ってないな。でもこれで良い。あとは眼鏡を外して髪もクシャクシャにして、と……よしっ!)」
あとは試着室から出て玲ちゃんとカップルの振りをして怪しまれないようにして、3人が店を出るまで待つのみ!
「玲ちゃん、3人たちの様子は?」
「大丈夫。こっちには気付いてない。楽しそうに服見てるよ」
「よし。着替えは終わった。あとはカップルのように振る舞って彼女達が店を出るまで待つだけだ。玲ちゃん、言っとくけど、僕のことは桂兄ぃと呼んだらダメだよ?」
「わかったっ!」
よし、すべての準備は整った!
堂々と怪しまれぬように店をあとにするのみ。
どうかバレませんように—————ッッッッ!!!!
カーテンを開ける。
「行こうか。玲ちゃん」
声もバレないように少し声を低くする。
さあ、玲ちゃんは見た目のギャルっぽさで見事彼女を演じてくれることだろう!
「今度は、玲ちゃんの服を見に行こうか?」
「そうだねっ!——————けいっ!………あっ」
「「「 え? 」」」
「(玲ちゃぁぁぁぁぁぁぁんッッッッ!!!!!!!)」
「(ごっめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん桂兄ぃッッッッッッッ!!!!!)」
あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッ!!!!!!!!!!!
作戦開始して10分も経たずして、変装脱出作戦は失敗に終わった。
これは僕の失態だ。
玲ちゃんに「桂兄ぃとは呼ばないように」とは言ったけど、まさかそれで普通に名前で呼んでしまうとは………。念を押しておくべきだった。
数分後———。
「桂………」
「桂先輩………」
「桂君………」
なんだ、この状況は?
僕はこれから裁判にでもかけられるのだろうか?
もう、どうしようもできない。
終わった。ああ、終わった。
僕たちは今、モール内のレストランにいる。
そして、僕を中心に美女4人が鎮座している。なにこれ?
あ、ちなみに服は着替え直しました……。
「まずは桂、さっきのあの格好は、なに?」
あ、咲さんのこの口調……。僕が仕事でミスった時に怒られている時のやつだ。
「え、えと……へ、変装です」
「似合ってない変装って、バレやすいって知ってる?」
「し、知りませんでした……」
「桂先輩、その女の人、ダレ、ですか………?」
理乃さんはあの時のように目にハイライトがなくなっていた。
「桂君、私は君のことを少々侮っていたわ……」
明日美さんは苦笑い。
「ち、違うんです皆さん。話せばきっとご理解していただけると………っ」
「どう、理解してもらえると思ってんの————?」
ああ……。咲さんの目が笑っていない笑顔が怖いッッッッ!!
「はぁ————。しゃーない」
うん?玲ちゃん?
「大丈夫ですよ皆さん。皆さんが思ってるようなことじゃないんで」
………?
はて?
玲ちゃんは今ままでこんなドライな声で話したことがあっただろうか?
まあ、金髪美人でドライな口調というのが、また様になっててお兄ちゃんとしては別にそれはそれでポイント高いからいいんだけど。
玲ちゃん、なんかキャラが変わってないかしら?
雰囲気が一瞬にして変わったような?
ちょっとその辺でライダースジャケットのレディースを買ってお兄ちゃんの前で着てみてくれる?
玲ちゃんは鞄から何かを取り出す。
取り出したのは、玲ちゃんの通っている女子大の学生証だった。ちゃんと携帯しているなんて偉いじゃないか。……って、そうじゃなくて! 何故に?
「私、彼崎桂の妹で、
と、玲ちゃんは3人の前でお辞儀をする。
「「「………………」」」
その様子にさすがの3人さんたちも呆然としている。
玲ちゃんが先陣を切ってくれるとはな……。兄としては妹に助けられるとは、なんとも恥ずかしい限りだ。
そのあと、3人も自己紹介を軽く済ました。
「えと、いずれ紹介しようと思っていたんですけど、妹の玲です。変な誤解をさせてしまってすみませんでしたっ!」
「い、妹……? 桂の?」
「桂先輩の妹、さん……?」
「嘘でしょ………?」
「似ても似つかないとは思いますが、ちゃんと血の繋がった家族なんです」
「驚いた……。桂にこんな可愛くて美人な妹がいたなんて。どうして教えてくれなかったの?」
「聞かれたことがなかったので……」
「あ、あの……」
理乃さんが、玲ちゃんに声をかける。
「はい?」
「あ、あの……もしかして玲さんは、あの雑誌の『ready』のファッションモデルの“レイ”さん、ですか?」
「はい。そうです。私がそのレイ、です」
「えっ!?嘘でしょっ!?」
明日美さんが珍しく声をあげて驚く。
「信じられない。桂の妹があの『ready』のモデルのレイだなんて」
「玲ちゃんて、そんなにその雑誌では有名なんですか?」
理乃さんに質問する。
玲ちゃんのモデルの仕事は、単なる興味があって始めたバイトだと聞いた。たとえ玲ちゃんがスタイル抜群の美人女子大生だとしても、ああいう雑誌のメインは服なんだし、着てる人のことなんてそんなに気にするものなのか?
「有名ですよ!レイ……あ、玲さんは『ready』の中でベスト3に入るほど女子達の間で話題も大人気モデルなんですよ!私も、ここ数ヶ月前から読み始めたばかりですけど、玲さんのファッションセンスは、若い子なら誰がもが真似したくなるんですっ!!!」
あのオタクトークでしか熱くならない理乃さんがここまで熱く語るとは、そこまで我が妹が与える影響力は絶大ということなのか!?
「玲ちゃん……」
「な、なに?桂兄ぃ……?」
「……………(玲ちゃん?)」
「……………(桂兄ぃ?)」
「……………(二人からシスコンとブラコンのニオイがするわね)」
「
「なに、その口調……。———まあ、その、がむしゃらに楽しくやってたら気付いたらこうなってた、みたいな……」
頭を掻いて照れ笑いしながらそう話す玲ちゃん。
クソッ! 可愛いな、もう!
「実は、他の雑誌からもオファー貰ってて……」
「そのことはお母さんには?」
「まだ話して、ない……」
「しばらく逢ってない間に我が妹がそこまでの頂きに上っていたとは……」
「あのさ、桂」
「あ、はい。なんでしょうか咲さん?」
すっかり忘れてた。
「妹のことをちゃん付けで呼んでるの?」
「はい。そうですけど?」
「あっそう……」
「?」
「結局のところさ、その妹の玲ちゃんとどうしてあそこに居たのよ?」
「あぁ……え〜とそれは———」
「あ、桂兄ぃ。それは私から話すよ」
「え? そうかい?」
「実は、今週からこの街にあるスタジオで撮影があって、家から通うのがちょっと大変だから、兄の住んでいるマンションに泊まらせてもらうことになって。で、今日は生活に必要な日用品の買い出し……ていうのは口実で、本当は私と兄の服を買いに来たんです」
「へ、へぇ……そう、なんだぁ……」
咲さんも玲ちゃんの何とも言い難いそのオーラに圧倒され引いている。
わかる。わかるよ咲さん。貴女の気持ち、わかるよ。
だって、兄であるこの僕でさえも驚いて若干引いてるもん!
ていうかどう考えてもおかしいでしょーが!
さっきまであんなに「桂兄ぃィィィィィ!!!!!」子供っぽくと明るく振る舞っていたあの玲ちゃんが突然、僕がピンチになった途端に人格というか雰囲気が変わったみたいにドライというかクールっぽくなっちゃって。一体どうしたっていうんだ!?なに、ピンチの時に必ず現れるもう1人の「私」が出てきちゃったの!?
「玲ちゃん、一体どうしたっていうんだい!?さっきまでと全く雰囲気が違うじゃないか!今ままであんなに桂兄ぃ、だーいす
ドスっ!
「オッフっ!!」
玲ちゃんは右肘で僕の横腹を殴った。まるで「余計なことは喋るな」と言わんばかりに———。
地味に結構痛いんだけど。
「け、桂……?」
さすがにこの光景を見ていた咲さんは心配そうに声をかける。
「だ、大丈夫ですよ、咲さん……」
「あっそう? ならいいけど……」
咲さんは理解した。何かとはわからないが、触れてはいけないと。
「あっ!そろそろなにか注文しよっか?お腹空いてきたし」
明日美さんが機転を利かしてくれた。ナイスだ明日美さん!
それからは僕の無実(そもそもなんの罪?)も玲ちゃんのおかげで無事、証明されて一件落着し、皆で楽しくランチを取ることにした。
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