第17話

 まあ、そうなるわなぁ………。


「ごめんね玲ちゃん。ちゃんと実家に仕送りは送るから」

「当たり前だよ! ていうかそれよりも、私にも少しは恵んでも良かったじゃないっ!?」


 ムスッとしている玲ちゃんも可愛い。


「玲ちゃんはモデルの仕事で十分稼いでいるじゃないか」

「それでも、可愛い妹にお小遣いをあげるくらいしても良いんじゃない!?」


 玲ちゃんは学費を自分で払って苦手な勉強も頑張っている。モデルの仕事は弱肉強食だとテレビで言ってたし、恐らく、友達と遊ぶ余裕もないだろうから、楽しいキャンパスライフも送れているというわけでもなさそうだ。

 そう考えると僕の方がどれだけ楽な環境に居るのかと今更だが申し訳さを感じる。

 僕は玲ちゃんの正面に立ち、目を合わせる。


「玲ちゃんの言う通りだよ……。玲ちゃんがこんなにも頑張っているのに、僕は自分だけ一人暮らしをして宝くじを当選させて贅沢な思いをしている。頑張って大学に行って一生懸命にモデルの仕事をしている妹に僕は、何もしてあげられていない————」

「え?……け、桂兄ぃ?」

「だから、今更かもしれないけど、玲ちゃんの為に僕ができることをさせてほしい!」

「………。(どうしよう…。私は単にお金が欲しくて新しい服が買いたかっただけなんだけど……)」

「分かったよ玲ちゃん。残りの学費は僕が全額払うよ!」

「——————ッ!!!!!(やっぱり!)」

「今度の日曜日に銀行に行くよ!」

「桂兄ぃゴメンッ!」


 突然、玲ちゃんが僕の身体に寄り掛かる。


「うおっ! どうしたの玲ちゃん?」

「違うの。桂兄ぃは十分私の為にしてくれたよ。桂兄ぃのおかげで私は行きたかった大学にも通えたし、やりたい仕事もさせてもらってる。さっきのは私のただの不純なワガママ。学費は奨学金とかあるし、ちゃんと自分で働いて払いたいから、桂兄ぃは家に仕送りして、たまに帰って来て前みたいに一緒に遊んでくれるだけで嬉しいから―――。意地悪な事言ってごめんね…………」


 玲ちゃんは知っているのだ。

 桂兄ぃは妹のためなら自分を顧みずになんでもしてしまうほどの妹想いの優しいお兄ちゃんであることを。


「………そうか。ちなみにその不純なワガママとは何だい?」

「えと、新しい服が欲しい、ていうワガママ………」

「なんだ、そんなことか」

「え?」

「それくらいいじゃないか。服を買いたいなんて誰もが思うことだ。まあ、オタクはそうでもないけど……」

「でも、桂兄ぃがせっかく宝くじで当てたお金だよ?」

「なーに。どーせ服なんて買おうともしない、オタク趣味にしかお金を使わない陰キャオタクさっ。妹の人生を明るく彩る服ぐらい、何着でも買ってやるさ!」

「—————っ! ありがとう桂兄ィィィィィっ!!!」


 嬉しさのあまり抱きつく玲ちゃんの育ちの良い胸部が、僕の胸に柔らかい弾力の衝撃が伝わる。

 たとえ血の繋がった妹といえども、流石に動揺を隠しきれない。家族でも3歳しか歳が離れていない兄の僕に対しても、こうしてなんの躊躇なくハグできてしまうのは、お察しの通り玲ちゃんはかなりの「ブラコン」だということだ。


「それじゃあ、明日は日用品と玲ちゃんの好きな服を一緒に買い行こう」

「えっ! いいの!?」

「ああ」

「じゃあ、今日行こっ!」

「え、今日?」

「うん!」

「来たばかりで疲れてないのか?」

「全然」

「そうなの? まあ、玲ちゃんがいいならそれでいいけど……」

「やったぁぁぁ!!!」


 元気な妹だ。

 やはり陰キャでインドアな僕と違って、アウトドアでアクティブだなと、兄妹なのに性格が正反対だなと思う僕であった。


 そういうわけで、妹とバスで10分のところにあるショッピングモールに来た。

 財布の中にはクレジットカードはあるが、念のためにお札も10万ぐらい入れてきた。


「さて、どうする玲ちゃん? 順番にお店を廻っていくかい?」

「行きたいお店はいくつかは決めてあるの」

「お、そうなのかい?じゃあ、僕はその後に付いていくよ」

「オッケー! じゃあ、レッツゴー!」


 可愛い妹との久しぶりのお出掛けに、密かに喜びと嬉しさを噛みしめいていた。

 しばらくモール内を歩いていると、周囲からチラチラと視線を感じる。その視線の正体は、通路ですれ違う若い女性達だ。

 玲ちゃんはモデルの仕事をしている。


 つまり、ファッション雑誌には玲ちゃんがおしゃれに服を着こなしている写真が掲載される。その雑誌を見てファッションの参考にしている女性達は、玲ちゃんのルックスはもちろんの事、彼女のファッションスタイルには大きな印象を与えているのは確かだろう。


 雑誌でいつも見ている美人なモデルさんが街中で、しかもショッピングモール内で見かけたら当然、振り返られずにはいられないだろう。


「桂兄ぃ?どうしたの?」

「いや、別に。………そういえば、玲ちゃんは昔からファッションには詳しかったよね。僕は高校生の頃には重度のオタクになってて服に何の興味もなくて、家族で出かける時はいつも玲ちゃんが僕のファッションコーディネートしてくれてたよね」

「そーだね。桂兄ぃはあの頃からもう服には無頓着だったよね。でも、今日の桂兄ぃのその格好、そんな服持ってたけ?」

「ああ、これは会社の先輩と買い物しに行った時に買ったんだ。まあ、この服を選んだのは僕じゃなくてその先輩なんだけどね」

「その先輩、女だね?」

「え? うん。そうだけど……」

「桂兄ぃが、会社の女の人とショッピング……? ありえないんだけど……」

「僕もそう思うよ。でも、それが事実だ。おかげで、僕も多少は着る服には気を使うようにしているよ」

「あの、家にいる時は一日中パジャマで、出掛ける時もジャージが地味なパーカーしか着てこなかった桂兄ぃがファッションに興味を持つなんて……っ!この私でさえ出来なかったのに……。その女の先輩、何者っ!?」

「ただの先輩だけど?」

「その先輩に会ってみたい!」

「まあ、そのうち会えるんじゃない?」

「ほんと!?」

「いつか紹介するよ」

「絶対だよ!?」

「はいはいっ」


 咲さんと玲ちゃんが出会ったらどんなことが起きるのか、少し面白そうだなと思う自分であった。


「あ、桂兄ぃ、ここだよ」


 どうやら玲ちゃんが言っていた行きたいお店に着いたらしい。

 お店の雰囲気は如何にも若者が入りそうなヤングなお店だ。僕一人では中々入れる勇気はない。ていうか入ろうとも思わない。


「………」


 店に入った途端、玲ちゃんの目の色が変わった。すごく真剣な目で店内に置かれている衣服をみている。


「僕も自分の服を見てみるか————」


 店内を適当に歩き回っていると、奥にいる女の店員さん二人が何やらコソコソと何処かを見ながら話している。


「ね。あの金髪の子って『ready』で読モやってる“レイ”ていう子じゃない?」

「えっ!? 嘘でしょ? どれ?」

「ほら、あそこのレディースのトップスを置いてる棚で服を見てる金髪ロングの」

「………うわっ! うっそ本物?」

「間違いないわ。あの抜群のスタイルとあのファッションスタイル、完全にあの“レイ”よ」

「すっごぉぉぉい。なんでなんで? 仕事で来てんのかな?」

「じゃない? だってここからそう遠くないところに撮影スタジオあるじゃない。多分、そこで撮影の仕事があるのよきっと」


 うちの妹がここまで名が知れ渡るほど認知されていたとは……。お兄ちゃんは嬉しいぞ!


「桂兄ぃ」

「なんだい?」


 玲ちゃんが服を何着か手に抱えてきた。


「ちょっと試着に行ってきていい?」

「ああいいとも」

「じゃ、行ってくるね」


 と、玲ちゃんは奥の試着室へと向かった。

 さて、その間僕はどうしたらいいものか……。

 僕は今だに服を選ぶセンスは下の下である。自分だけではまともな服を選ぶことはできない。そこまでの教養を受けていないのだ。


「ね。今さっき、あのメガネの男の人を“けいにい”って呼んだわよ」

「あれがレイの兄貴なの?全然顔似てないんだけど。ていうか、兄貴の服ダサくない?本当に兄妹?」


 聞こえてるぞ。

 似てなくて悪かったな!


 とりあえず僕は試着室の手前で玲ちゃんが着替え終わるまで待つことにした。

 すると、しばらくしてして試着室のカーテンが開いた。


「どう? 桂兄ぃ?」

「おぉ〜」


 さすが我が妹である。己のスタイルを生かした抜群のファッションセンスである、かどうかは僕には分かるわけではないが、一つ分かることは、玲ちゃんはどんな服でも可愛く綺麗に着こなせるということである。


「可愛いと思うよ。玲ちゃん」

「ありがと、桂兄ぃ! じゃあこれ買ってくるね」

「え、もう買っちゃうの? 僕の『可愛い』なんて当てにならないよ?」

「桂兄ぃが可愛いって言ってくれたからこれでいいのっ!」


 玲ちゃんはそう言ってレジカウンターへと歩いていく。


「ほんと、僕にはもったいない妹だ————」


 店を後にし、僕らは喫茶店で休憩することにした。その喫茶店は明るい雰囲気で広かった。店内には女性陣やカップルがいる事から、どうやら若者向けのカフェ店らしい。


 こっちに引っ越してから喫茶店に来る頻度が高くなったような気がする。


「玲ちゃんは何がいい?」

「ここはね、ミックスジュースがすっごく美味しいんだよ」

「知ってるの?玲ちゃん?」

「ここ、インスタで載ってて有名なんだよ」


 と、玲ちゃんが僕にスマホを見せてくれた。

 どうやら、本当らしい。


「ほう。ではそのミックスジュースを頼もうか」

「桂兄ぃも飲むの?」

「僕もミックスジュースは嫌いじゃない。どちらかというと、僕はミックスジュースより、バナナジュースが好きなのだが、ミックスジュースにもバナナを入れてあるらしいから、ちょっと味が気になるところだ」

「じゃあ、私もミックスジュースにしよっと」


 というわけで二人でミックスジュースを注文することにした。


 しかし、あれだな。さすが我が妹ながら、その美人オーラは隠しきれないようだ。元々、本人は隠す気は更々ないのだが、カフェ店内にいる他の客、主に若者たちの視線が僕らに集中している。


 視線の順番としては、あのスタイル抜群の金髪美人は誰だと、最初に玲ちゃんに集中する。次に、その美人の向かいに座ることを許されているあの冴えないメガネは何処のどいつだと言わんばかりに僕へと視線が移ってくるという流れが、ここに座り続ける限り延々と続いている。もう何名かの女性達は玲ちゃんがあのモデルの玲ちゃんであることに気付き始める頃だろう。しかし、今はそんなことはどうでもいい!!!


 早くこの場から出たい!

 穴があったら入りたいとは正にこのこと!


「んッッッッ〜! 評判通り美味しいねっ! 桂兄ぃ」

「そ、そうだね。美味しいね……」


 せっかくのミックスジュースの味が舌に伝わらないほど、僕はこの視線の槍で精神的に瀕死寸前である。


「桂兄ぃ、まだジュース残ってるよ? 飲まないの?」

「すまない玲ちゃん。よかったら僕の分も飲んでくれるかい………?」

「うん! いいよ」


 と、玲ちゃんは僕のミックスジュースのストローに口をつける。


『か、関節キスゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッッ!!!!!!!!!』


 店内に無音の響めきが起きた。

 が、僕はもうそれどころではなかった。


「——————そろそろ出ようか。玲ちゃん」

「そうだね。次は桂兄ぃの服も見に行こっ!」

「よろしく、頼むよ………」


 僕はやっと解放された。

 店を出るも店内からの視線は依然として僕らを捉えている。

 ああ、おそらくこのカフェ店には二度と来ることはないだろう。


「う〜ん……桂兄ぃに似合う服っていったら何処がいいかなぁ」

「すべて玲ちゃんに任せるよ」

「ダメだよ桂兄ぃ! 自分で着る服は自分で決めなきゃ。私や店員さんとかはあくまでアドバイスなんだから、言われたままの服を着ても意味がないいんだからねっ」


 咲さんと同じことを言うんだなぁ——————。

 もしかしたら、玲ちゃんと咲さんは意外と馬が合うかもしれないな。

 それに、明日美さんや理乃さんとも。


「桂兄ぃ、この店に入ろっ!」

「わかった」


 先ほどと同じく、若者が好きそうな今時のブランド店に入る。


「桂兄ぃは体が細くて痩せ型だから、服は大人っぽい方がいいんだけど———」

「玲ちゃんは男物のファッションにも詳しいの?」

「詳しいってわけじゃないけど、ファッションの勉強の一環として一応ね」

「なるほどなぁ〜」

「あ、これなんてどう?」

「どれどれ」


 玲ちゃんが持ってきたのは、シンプルなTシャツと落ち着いたジャケットとズボンだった。


「ちょっと着てみて」

「ああ、わかった」


 玲ちゃんに促されるまま僕は試着室に入る。


「さて、では着替えますか」とズボンに手をかけた時だった。



「理乃ちゃんて、服はいつも何処で買ってるの?」

「前までは通販のファッションセットとか、デパートの衣服コーナーの安物の服しか買って来なかったんですけど、最近はファッション雑誌を読んで、ブランドのお店で買うようにしてます」

「へぇ〜、それって桂のおかげだったり?」

「なななな何でそこで桂先輩の名前が出てくるんですか!!!」




 ———————。

 ………緊急事態が、発生した。

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