第15話
僕には3歳離れた妹がいる。
名前は
僕は小さい頃から妹の玲のことを「玲ちゃん」とちゃん付で呼んでおり、妹もそれに抵抗感はなく今も尚そう呼んでいる。
玲ちゃんは、腰まで伸びたサラサラの金髪ロングヘアーで細身で肌白と、抜群のルックスを持つ。因みに僕との身長差は数センチほどで、ヒールとか厚底の靴を履けば軽く僕の頭上を超えてしまう。それで外を歩けば必ず僕が『弟』だと勘違いされる。兄としては実に遺憾である。
今は実家から有名な女子大に通っているが成績は正直ギリギリである。入学出来たのも僕が付きっきりで勉強を教えたからであり、合格者発表で受験番号を見たときは互いに抱き合って号泣したものだ。
最近になって親の電話で知ったのだが、僕が就職して一人暮らしを始めたあたりから、ファッション雑誌のモデルのバイトをし始めたらしい。本人は元々ファッションモデル、読者モデルとも言うらしいが、それに興味があったらしく、大学の学費も半分そのバイト代で支払っているとのこと。親(とくに母親)は心配していたが本人が至って本気であり、学費も親に頼りっきりになりたくない!という思いもあった為、娘の熱意に負けて今は陰ながら応援しているという。
以上、妹の彼崎鈴の説明でした。
『あ!桂兄ぃ、おっすーっ! 久しぶりぃ!相変わらずぼっちしてる!?』
『実は最近はぼっちじゃなくなっているんだよ。玲ちゃん』
『え!? そっちで友達できたの?オタクの?』
『うん、まあね。会社の人なんだけど。それから後二人ほど………』
『じゃあ3人も!? よかったじゃん!』
『ありがとう。あ、そういえばお母さんから聞いたけど、玲ちゃんモデルの仕事してるんだって?』
『うん!そうそう。すっごく楽しいよ!』
『そうかぁ。それはよかったな。そのバイト代で学費の半分を出しているそうだな』
『うん。……まあね。モデルの仕事もしてみたかったし、それにお母さんお父さん、そして……桂兄ぃにも、私のやりたかった仕事でちゃんと恩返しがしたかったし』
『そうかぁ。偉いなぁ玲ちゃんは……』
『そんなことないよっ。私より桂兄ぃの方が偉いよ。毎月ウチに給料の半分以上の給料を送ってくるじゃん。お母さんが心配してたよ。こんなに送ってきてちゃんとご飯食べているのかって』
実は、僕が宝くじで7億円当選して、市内の高層マンションに引っ越したことをまだ知らせてなかった。いつか教えようと思っていたらすっかり忘れてしまっていた。
『うん、大丈夫。生活費には余裕があるから(マンションが買えるほどのね)ご飯もちゃんと食べてるから。お母さんには心配しないでって伝えておいて』
『うん、わかった。たまには休みの日でもいいからこっちに帰ってきてね。お母さんが桂のうっとしいオタクトークが聞けなくて寂しがってるから』
『うん。なるべく帰られるようにするよ。ていうか、何か用事があって電話したんだよね?久しぶりに声が聞こえてお兄ちゃんは大変嬉しいかぎりだけど』
『あ! そうだったそうだった。実はね、今度そっちでモデルの仕事をすることになったから、その間だけ桂兄ぃのウチに泊まらせてほしいの』
『うん、いいよっ』
『やったぁー。それじゃあ住所教えてよ。そっちに行くから』
『迎えに行くよ。実は今、引っ越して別のところに住んでるから、駅で待ってて』
『えっ!? 桂兄ぃ引っ越したの?いつ?』
『1ヶ月ぐらい前……』
『マジで!?』
『マジで』
『どんなとこに住んでるの?』
『それは当日のお楽しみ、ということで』
『ふ〜ん、分かった。じゃあ、楽しみにしてるね!』
『ああ。それじゃあ、駅に着いたら連絡して』
『りょーかい』
『それじゃあ』
『うん。またね、桂兄ぃ!』
玲ちゃんが見たらさぞかし驚くことだろう。僕がこんな高層マンションに住んでいるなんて。きっと、住まわして!って拝んできそう……。
まあ、ここから都心まで電車で直ぐだし、玲ちゃんの仕事のことを考えると、アクセスとしては優良物件だ。
しかしどうしたものか……。
これからもし、定期的に玲ちゃんを家に泊まらせることになると、さすがに僕がその都度ソファーに寝るのも辛いし、寝室のベッドをセミシングルから、二人分寝られるサイズに買い換える必要も当然でてくるわけだ。
ゲスト用の部屋をつくろうにも、玄関入って手前の部屋は本棚室兼物置部屋だし、その隣の部屋がPCルーム。そして奥の部屋は読書部屋。どちらも大事な部屋だ。無くしたくはない。
さて、どうしたものか……。
やはり、布団一式分買った方がいいかなぁ、自分用の。後はタオルとかも買え足さないといけないよなぁ。
これからやらないといけないことがたくさんあるな……。
とにかく、明日はデパートに行ってタオルや布団とか買いに行くとするか。
と、いうわけで滅多に来ない隣町のデパートに来たわけだ。
「さてさてまずはタオルだなぁ……。バスタオルを数枚と、女性に必要な日用品とかは、玲ちゃんが来た後で一緒に買いに来ればいいか。それに、玲ちゃんが自分で持ってくるかもしれないしな」
布製品コーナーにある花がらの刺繍があるバスタオルやシンプルで肌触りの良い上等なタオルを数枚をカゴに入れていく。
「さて、と……次は————」
「彼崎……君……?」
「え?」
声がする方へ振り返ると、そこには黒髪で片寄せの三つ編みをした清楚な女性が買い物カゴを腕から下げて立っていた。
「えっと…………?」
誰だ!?
僕のほんの僅かな交友関係の中に、こんな清楚美人さんと知り合った覚えはなくってよ? でも、向こうさんは僕の名字を知っているということは、僕の知り合いなのは間違いない。どこで知り合った?
「えっ、私のこと覚えてない?」
「何処かでお会いしましたでしょうか?就職説明会とかでご一緒でしたかね?」
苦しい愛想笑いしながら僕は尋ねる。
僕の陰キャな日常生活中で、黒髪の清楚系美人さんと接点を持つことなんて相当あり得ないこと。もしあるとするならば、そうならざるを得ない環境にあったということ。だとすれば、考えられるのは、就職説明会で僕以外の就活生の中にこの人が居たという可能性。
そうだ。絶対そうだ!
「違うよ! ほんとーに分からない?」
違ったぁー!
えっ! じゃあこの人ダレ?
就活の時じゃないとすると……大学?
大学の先輩?
僕の知っている大学の先輩でこんなマドンナみたいな人はいなかった、はず。例え大学のマドンナが居たとしても、僕と関わった事実はないし記憶もない。
うん。分からん!
「あのぉ〜。大変失礼なのですが、お名前を伺っても宜しいでしょうか?」
「えぇっ!? うっそー! ショック……」
「すみません……」
「………はぁ。私だよ。
かざみやすみれ?
かざみや、すみれ?
………。
「かざみやすみれ、さん?————————あぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!」
「思い出したっ?」
「風宮さん? えと、高校で同じ美術部員で同級生の風宮さん!?」
「当たりっ。もぅ、気付くのが遅いよぉ。———ウフッ、久しぶり。彼崎君、元気にしてた?」
風宮菫さん。僕と同じ市立の高校に通っていた同級生。
クラスは違えど、同じ美術部員であった。
「あぁ、元気にしてるけど……ゴメン、高校の時の記憶は完全に闇に葬ったから……」
「葬らないでよっ!私は、あの美術部での日々は結構大切な青春の1ページだったんだよ?」
「それは失礼した。というか、まさか風宮さんがこんなところにいるとは……」
「仕事でこっちに引っ越したの。で、今日はその日用品の買い出しってとこ。彼崎君も?」
「ああ。僕は、家に妹が泊まり来るから、妹用のタオルとか自分の寝る用の布団とか色々と……」
「ふーん。あのさ、もし時間があるなら、そこのファミレスでお茶しない?積もる話もあるし」
「いいよ。良かったらそれまで荷物、持とうか? 結構買い込んでいるみたいだし」
カゴには溢れそうなほど品が入れられている。
「え? あー、ありがとうっ。すっごく助かる!車まで運ぶこと、全く考えてなかった。アハハハ」
僕は自分の買い物の会計を済まし、風宮さんの荷物を車の後ろに入れて、彼女の車でファミレスに向かった。
「風宮さんは今はどんな仕事しているんだ?やっぱり、絵の仕事なのか?風宮さん、スケッチ画上手だったから」
「ううん。普通のIT企業の事務」
「そうか……」
「彼崎君は? 彼崎君こそ、イラストの仕事とかしてないの?」
「僕も普通の一般企業の地味な事務係だよ」
「そっか…。彼崎君、想像画がすごく綺麗で独創的だったから、コンクールでも賞獲ってたし、広告デザインとか向いてると思ってたんだけどな……」
「風宮さんだって、スケッチ画で僕と同じ賞を獲ってたじゃないか」
「私なんかはただのスケッチだよ……。デザインには向いてない。むしろ、彼崎君みたいに自分の中に世界観があって、幻想的でユニークな絵の方が広告のデザインに向いてると思うなぁ。ウェブデザインとかさ」
「もう僕は絵は書いてないしもう描けない」
「そうなの?」
「だが、趣味の漫画、ラノベ、アニメは絶賛続けている!」
「そんなに胸を張って言われても……クフフフっ」
「風宮さんも趣味で絵は描き続けてるのか?」
「うん。—————やっぱり、好きだからね。絵を描くのが……」
「そうか。なら、教室とか開いたらどうだ?」
「えぇ!? 無理無理っ!私、教えるのとか絶対無理だよっ」
「そうなのか?」
「彼崎君だって、教えてって言われて教えられる?」
「ま、まあ、無理だな」
「でっしょー! だから無理っ」
「クフフフフッ」
「ウフフフフッ」
まさか、高校時代の同級生とこうして話せる日が来るとはな。世間は意外と狭いというのはこういう事を指すのか。
「ウフフッ ———でも、まさか、彼崎君とこうして笑って話すことになるなんてね……」
「そうだな……。昔は、お互いに話そうとしなかったからな。風宮さんは女子の部員達と仲良くしてたし」
「彼崎君も、部員のオタク仲間といつもアニメの話をしてたよね」
「あの頃は男女でグループを作ってほとんど別行動だったからな」
「そうだね……」
と、風宮さんは思い出に浸り、懐かしむようにコーヒースプーンをかき混ぜる。
「彼崎君さあ、彼女とか出来たりした?」
「と、突然どうした!?」
「別に。なんとなく聞いてみただけ。で、どうなの?こっちに来て彼女とか出来た?あー、オタクの彼崎君のことだから彼女もオタクなのかな?」
「い、いない……」
「え?」
「いないよ!僕には二次元の24万2745人もの美少女の嫁がいるから間に合ってるんだよ!」
「クッフフフフ! そっかゴメンゴメン。そうだねそうでしたね。これかこれは失礼致しましたっ」
風宮さんは可笑しそうにペコリと頭を下げる。
「悪かったな。彼女がいなくて」
「クフフッ、別に悪くなんかないよ。私もフリーだし」
「そうか、ならお互い様だな」
「そうだね」
「そうだ」
そこから少し間が空いたかと思うと、風宮さんが肩に乗った髪を触った瞬間————
「じゃ、じゃあ、さぁ………」
「うん?」
「私達、付き合っちゃおっか」
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