第12話

 会社に出勤すると社内、正確には僕の働いている部署のオフィスルームが何やら騒がしい。


「おはようございま~す」


 魂が抜けたかのような朝の挨拶をして自分のデスクへと向かっていると咲さんが僕の元へ駆け寄ってきた。


「彼崎っ!」

「屋敷部さん、おはようございますぅ」

「あぁ、おはよう。……って彼崎、あれどういう事!?」

「どういう事、とは?」


 咲さんが指で指し示す方角に首を向けると


「あんな可愛い子、うちの部署にいたっけ?」

「新入社員? 何時から来てた?」

「ヤッベェー! 俺、凄くタイプかも!」

「しかもあの子、凄く仕事が早い!」


 騒ぎの中心にいたのは、香住さんだった。

 先日、僕がお願いした通りにコンタクトにして髪もばっちり整えた、あの時の可愛い香住さんだった。


 だが、今の香住さんは可愛さだけでなく、リクルートスーツを来たことでクールさも兼ね備え、しかも仕事が早いという高スペックも相俟って、可愛いけどデキるクールビューティーというイメージを周囲に与えることに成功していた。


「……………ニヤっ(計画通り!)」

「彼崎、香住ちゃんに何をしたの?」

「いえ別に。僕は何も」

「とぼけないで。香住ちゃんとよく一緒にいたのはアンタでしょ?あの大人しかった香住ちゃんがあんなに可愛くなるなんて……」

「よかったですね。これで、あの子も会社の皆と馴染めるようになるでしょう」

「…………」


 そう言う桂を思わせぶりな表情で見つめる咲。


 香住さんが僕と咲さんに気付き駆け寄ってきた。


「屋敷部さん、彼崎さん、おはようございますっ!」

「おはよう!香住ちゃん綺麗になったね!」

「ありがとうございます!」

「な~にぃどうしたの?イメチェン?」

「あ、はい………。実は彼崎さんにこの姿で会社に来て欲しいと言われまして………。そしたら、急に皆さんが私に声を掛けて下さって―――――」


 照れながらも嬉しそうに話す香住さん。

 それを見て安心した僕は立ち上がり


「彼崎さん、この前は―――――」

「あ、僕ちょっとトイレに。アハハハ………」


 と、その場から去った。


 それ以降、僕は香住さんが僕に仕事を事で聞きに来そうなタイミングで隠れたり、用事をつくり彼女出会わないように避けるようにした。


 勿論、いつもの休憩室で一緒に昼食をとっていたが、僕がお昼時間が終わるギリギリまで仕事をし、彼女と休憩室で鉢合わせしないように仕向けた。

 次第に、他の女性社員達が、香住さんに昼食のお誘いをしに来るようになり、香住さんは休憩室に来なくなった。


「桂…………」


 独りになった休憩室でコンビニ弁当を食べていると咲さんがやって来て


「あ、屋敷部さん、お疲れ様です。この前頼まれた資料が完成したのでチェックをお願いします」


 神妙な表情で普段は座らない向かい側席のパイプに座った。そして、僕から書類を受け取るや否や


「あ、ありがと……。ねえ。最近、香澄ちゃんと話ししてる?」

「どうしてですか?」

「だってほら……あなた達、よく仕事してる時もご飯食べる時も一緒だったじゃない。なのに………」

「香住さんも、他の女性社員と仲良くなって一緒にご飯食べるようになって良かったじゃないですか。ようやく会社に馴染めてきたんです。喜ばしいことじゃないですか」

「彼崎、香澄ちゃんのこと、わざと避けてるでしょ?」

「僕みたいな陰キャなヤツと仲良くして、べったりくっついていたら、何時になっても同じ枠の中の仕事しか出来ません。彼女はスキルがある。それを生かすには僕から離れる必要があります。それに、僕と一緒にいるところを他の社員に見られたら、香住さんの折角の印象が崩れてしまいますからね。この方がいいんですよ」

「……………桂はそれでいいの?」

「また、元に戻るだけです。香住さんには―――――僕みたいになってほしくないので……」

「そんなの、寂しすぎるよ…………………」


 咲さんは悲しそうに俯いていた。

 でも、咲さんはこれ以上何も言うことは出来ないことを分かっている。

 香住さんはスキル次第ではいろんな仕事が出来ると周囲の人からの評価を得た。

 僕から離れるのは間違っていない。だから、咲さんは黙ったままなのだ。


 でも、これでいい。


 恐らくもう、あの時みたいに一緒にアキバに行くこともないだろう。社員の友達とご飯に言ったり、洋服を買いに行ったり、合コンにいったりと、きっとバラ色のリア充ライフを送ることができるだろう。


 僕の二の舞にならないで済む。

 あんなに素直で優しい子がボッチになっちゃいけないのだ――――。



「やっぱり、そういうことだったんですね―――――っ!」



「え?」

「なっ!?」


 休憩室出入り口に香住さんの姿があった。


「香住ちゃん、いつから?」

「咲さんが休憩室の方へ歩いて行く姿を見たのでもしやと後を付けて来たんです」

「仕事は?」

「速攻で終わらせました」

「香住ちゃん、出来過ぎ…………」


 あれ? 香住ちゃんて実は、僕より有能じゃない………?


「彼崎さんの話は全部聞かせてもらいました!」


 怒っている香住さんの瞳には薄ら涙が


「香住さん………」

「私最初、彼崎さんに嫌われたのかと思いました。でも、違ってたんですね。全部、私の為になる―――――――」

「え、えーと………その……」

「―――――なんて本気で思ってたんですかっ!?」

「ひぃっ!」


 香住さんめっちゃ怒ってるよ~


「香住ちゃん……」

「私は、リア充になんかならなくていい!! 他の社員さんと仲良くなって仕事の幅が拡がるのは良いことです。でも、だからって……私に親身になって教えてくれて、優しくしてくれて仲良くしてくれた彼崎さんと離れるなんておかしいですしイヤですっ!!」

「香住さん……」

「そんな恩を仇で返すようなことしたくないです!」

「で、でも、僕と居たら………」

「そんなの関係ないですっ!!」

「!」

「私は実力で私を評価してもらえばそれでいいんです。他の人にどう思われるなんて関係ないっ! 誰とどう仲良くして様が仕事の幅やスキルには関係ないはずです!」

「ご、ごもっともです………」

「それに…………」

「それに?」

「私は、彼崎さんと一緒に仕事して一緒に休憩室でお昼ご飯食べてアニメの話をしたり一緒にアキバに遊びに行ったりするだけで、充分リア充なんですっ!!!」

「…………」

「だから…………」

「!」


 香住さんの目から涙がぽろぽろと頬に流れていた。


「だから、そんな寂しいこと言わないで下さいっ………うわぁあああああああ!!!」


 気持ちが溢れかえるように香住さんは泣き出してしまった。あの頃、初めて出会って仕事の指導をした時のように―――――


「桂…………」

「はい」


 咲さんは香住さんと僕のやりとりを見てもらい泣きをしていた。

 手で目の涙をすくいながら


「こんなデキた可愛い後輩に慕われているなんて、アンタ幸せ者よ」

「………」

「ここまで言ってくれる後輩を桂は邪険にするの?」

「…………はぁ~。僕の崇高な『香住さんリア充化計画』が頓挫してしまった」

「クスッ、なにそれ……」


 咲さんは涙を浮かべながらも笑っており、香住さんに近寄って泣いている彼女の頭を撫でる。

 僕はその様子を唯、眺めることしか出来なかった。


 香住さんはようやく泣き止み、咲さんに促され空いた席に座る。


「聞いてて気になったんですけど、屋敷部さんは彼崎さんのこと、二人きりの時は『桂』って下の名前で呼んでたんですね」

「あぁ…………」

「彼崎さんも屋敷部さんの事を『咲さん』って!」

「………………」

「二人だけズルいですっ!! なので、私を避けた罰として私のこともこれから『理乃』と呼んで下さい!」

「えぇっ!」

「私も彼崎さんのことを『桂先輩』と呼ぶので!」

「ま、マジですか………!?」

「おーマジです!」

「桂、こればっかりはアンタが全部悪いんだから、ちゃんと言うこと聞いてあげなさいよっ」

「咲さんっ?ここは先輩として後輩を収めるべきでは?」

「私は、香住ちゃんのみ・か・たっ!」


 と、咲さんは香住さんに抱きついた。


「きゃっ―――!や、屋敷部さん?」

「私も理乃ちゃんって呼んでいい?」

「あ、はい!。もちろんです!」

「私のことも咲って呼んで良いからね!」

「!……はい!咲さんッ!」


 いつの間にか、咲さんと香住さんの仲が縮まり、そして見えない女の友情というか絆のようなものが芽生えたようだった。


「で?」

「!っ」

「桂先輩!」

「……………」


 参ったなぁ……。まあ、でも、今更躊躇しても仕方がないし、この状況からは逃げられそうにないしな―――――


「り、理乃さん………」

「!―――――はいっ!」


 こうして、理乃さんとはまた一緒に休憩室でお昼ご飯を食べるようになった。一つ変わったことは、その席に咲さんも加わったことだ。

 咲さんと理乃さんが楽しそうに女子トークをし、僕はそれを暖かく見ながらご飯を食べるのが当たり前になった。


 更に、咲さんから僕が社員の皆がやりたがらない地味で目立たない多量の業務をほぼ全部やっている『縁の下の力持ち』であることを聞かされ、理乃さんの僕へのリスペクトが大きくなった。その為、僕に仕事でのアドバイスを求めてくることも頻繁になり、周囲の視線が僕に矢の如く突き刺さるのであった。


「どうして彼崎ばっかりに聞きに行くんだ?」

「俺だって香住ちゃんにいっぱい質問されて頼りにされたいのに!」

「彼崎の前だと香住さん、時々笑っているのよねぇ~」


 と、社員の男共の嫉妬と、少しばかりの殺意を毎度感じる日々が続くことになった。

 僕、夜道、無事に帰れるかなぁ………?

 咲さんはそんな僕の様子を終始可笑しそうに笑っているが、その眼差しは安心と優しさに満ちていた。



 ◇◇◇◇



 それから暫くしてのある日のお昼休憩。

 休憩室でのこと。


「咲さん、桂先輩のお家に行ったことがあるんですか!?」

「ええ」

「勝手に上がり込みましたけどね。もぐもぐ……」

「因みに、どのような用事で………?」

「桂が市内にできた新しい高級マンションに引っ越したから」

「市内の新しいマンションって、あそこのですか!?」

「そう。あそこ」

「………………すごい」

「もぐもぐ」

「凄かったなぁ桂の部屋。めっちゃ広かったなぁ……。あれ、なんLDKぐらいだっけ?」

「4LDKです」

「だってさ…。それにね。あんなにお洒落で広いのに部屋がもう一面オタク臭いのよ!」

「どのように?」

「あっちこっちにアニメのポスターが張ってあったり、お洒落な木製の棚……シェルフ棚って言うんだっけ?それに美少女フィギュアとか、漫画やアニメのDVDがびっしり置かれてるのよ~。びっくりだわ……」

「私も……」

「うん?」

「私も桂先輩の家に行きたいですぅー!!!」

「それじゃあ今度の休みに桂のウチに遊びに行こっか?」

「ええッ!?」

「賛成ですっ!」

「ええッ!?…………ええッ!?」

「桂先輩の家かぁ~……。楽しみだなぁ~」

「あのちょっと二人とも、話を勝手に進めてますけども、僕の可否を聞くべきでは?」

「えっ?当然オッケーでしょ?」

「なんの根拠をもってそう言えるのか……」

「桂先輩………」

「なんだい?」

「桂先輩の痛部屋サンクチュアリ、是非、見てみたいです!」


 夢と希望を抱いたキラキラした大きな瞳が僕を見つめる。

 あぁ~ これ、拒否できないヤツだ………。

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