第11話

「歩けますか?」

「うん………………」


 明日美さんを自分のマンションまで連れて帰ることにした。

 駅からマンションまでは徒歩15分ぐらい。遠いと思われるかもしれないが、これぐらいが丁度良いのだ。


 音楽プレーヤーでアニソンや美少女ゲームソングを聴きながら歩いて帰るのが日課であり、仕事終わりの僕の楽しみでもあったりする。勿論、それは、プライベートでの帰路でも同じだ。


 しかし、今回は状況が違う。


 そう。酔っている明日美さんを連れている事だ。これは僕が選んだ選択だ。今更後悔しても仕方がない事だし自業自得だ。


 明日美さんの片腕を肩に回して歩く。明日美さんの柔らかいモノが僕の横腹に当たる。酔っ払っている女性の身体に触れていることに、よく分からない罪悪感を感じてしまうのは僕だけだろうか?


「明日美さん、着きましたよ」

「ここが桂君のマンション? 咲が言ってた通り大きいねぇ。うわぁー!フロントがひっろぉーい!」

「そうですね」


 そりゃあ、高級分譲高層マンションですから。

 エレベーターに乗り、39階へと上る。僕の部屋は39階の5号室。


「たっだいまーっ!」

「はい、おかえりなさい(あなたの家じゃないですけど)」


 明日美さんをソファーに座らせ、冷蔵庫からミネラルウォーターにペッドボトルを取り出し彼女に手渡す。もちろんキャップは外して。


「はい明日美さん、水です」

「あ、ありがとー桂君。………ん、ん、ん、ん、ゴクン―――ぷはぁーっ!」


 ごくごくとペッドボトルの水を飲む明日美さんの口から漏れ出た水が白くて細い喉を伝い、開けた胸元へと流れる。なんと艶めかしいことでしょう。


「!………。さて、明日美さんには僕のベッドで寝て貰うとして。明日美さん、申し訳ないですけど、イヤかもしれないですけど、今晩は僕のベッドで寝てください。床やソファーに寝てもらうわけには行かないので」

「桂君は優しいなぁ……。あ、そうだ。じゃあ桂君――――」

「なんですか?」


 ふらっとソファーから立ち上がり、僕に近付き身体を密着させ顔を近づける。そして――――――


「ねえ。 一緒に、寝よ?」


 その小悪魔のように囁く明日美さんと目を合わせた僕は気付いた――――。


「明日美さん。実はそんなに酔ってないんじゃないですか?その泥酔も大袈裟な演技ですよね」

「!………………あーあ。ばれちゃったかぁ」

「あ、やっぱりそうだったんですね」

「ひっどぉーい。鎌かけたの?」

「いや、適当に言ってみただけだっだんですけど」

「ウソよ絶対。私のハニートラップに気付いたんでしょ?」

「これが噂に聞くというハニートラップというものですか……」

「感心してどうするのよ……。ていうか、これで墜ちない男なんて普通いないはずなんだけど」

「残念でしたね」

「あーあ、これで桂君を私のモノにできると思ってなのに」

「アハハハ」

「じゃあさ。ハニートラップなしで私と、寝ない?」

「ハニートラップなしでも一緒に寝ません!」

「えぇー! なんでっ!?」

「僕は寝相が悪いので」

「それ、あまり関係ないと思うんだけど」

「関係あるでしょ。僕のベッド、セミシングルですよ? どうみても明日美さんを蹴り落としちゃいますよ。絶対に二人じゃあ寝れませんよ」


 明日美さんは何故か頭を抱えて唸っていた。


「(桂君、思ってた以上に手強いわねぇ。まさか、ここまで鈍かったなんて………)」

「?」


 そして、諦めたかのように肩を落とし、ため息をついた。


「もういいわ。私の負けね」

「?」

「今夜は泊めてくれるんでしょ?」

「はい。元々そのつもりだったので」

「そう、ありがと。それじゃあ、シャワー借りていい?」

「はい。どうぞ。えーと着替えは……」

「桂君のワイシャツっ♡」

「パーカーでいいですよね」

「ワイシャツを―――」

「パーカーで」

「私の裸ワイシャツ、見てみたくない?」

「どうやら明日美さんは、僕の秘蔵の美少女アニメがプリントされた萌えTシャツをご所望のようですねぇ………(笑顔の威圧)」

「あっ……………パーカー、お借りしまーす」

「はい。どうぞ」


 と、明日美さんは慌てて脱衣室へと入っていった。

 明日美さんを待っている間、僕はラノベ小説のページを開く。


 ん?待てよ?


 夜に自分の部屋のバスルームで女の人がシャワーを浴びている。

 この状況ってよくよく考えてみれば、色々とまずくない?


 女性を自分の部屋に自分の意思で部屋に招き入れて、しかも、泊めるってかなり大胆なことしてるよね、僕……。


 尚もシャワーの音が聞こえ続ける。


「あれ、どうしよう? 明日美さんがお風呂からあがってきたら次、どうしたらいいの? 何が正解? とりあえず、冷たいお茶でも淹れるか?あとは、なにか軽くつまめるものとかあればいいかな。ちょっと冷蔵庫を見てみるか」


 冷蔵庫を開けるが何も無い。気が利かない僕だ。

 とにかくコップを冷蔵庫で冷やして、明日美さんがシャワーから出る時間を見計らって、お茶を淹れて待機。


「ふぅ……。さっぱりしたぁー!」

「お茶を淹れたのでよかったらどうぞ………って! 下のズボンはどうしたんですか? 置いてあったでしょ!」

「私、寝るときは基本裸だから。それにしても桂君は気が利くわね。流石ね。ありがと♪――――コップ冷たい。もしかして冷やしてたの?」

「その方が冷たいのが持続するので」

「ほんと、桂君は優しい上に気遣いができるなんて、増々、私のモノにしたくなっちゃった」


 そう言って明日美さんは床に座り、冷えたお茶をゴクゴクと飲みながらローテーブルに身体をもたれさせる。


「ねえ……。私、このまま此処に住んで良い?」

「明日はちゃんと自分の家に帰ってください」

「こんな美人なお姉さんと一つ屋根の下で暮らせて、夜はを何度も出来るのよ?羨ましいとは思わない?」

「羨ましいとは思いますけど、でも、ちゃんと帰ってください!」


 明日美さんはおもむろに立ち上がり、僕に近付き両腕を僕の肩に乗せる。

 ち、近い!そして当たってる!


「もしかして――――咲がいるから?」

「え?」

「咲から聞いたの。どうして桂君に自分のコトを「咲」って下の名前で呼ばせているのかって」

「……………」

「そしたら咲、『単に名字で呼ばれるのがイヤだったから』だって……。普通、唯の後輩に名字で呼ばれるがイヤな先輩っていると思う?」

「い、いるんじゃないですか?」

「…………。咲は桂君のこと、どう思っていると思う?」

「それも咲さんに問い詰めたんでしょ?」

「まあね」

「なんと言ってたんですか?」

「聞きたい?」

「どうせ、弄りがいがある後輩とかでしょ?」

「ほっとけない後輩、だってさ………」

「…………」

「母性本能っていうのかしらね。まあ、私も桂君のこと見てると、そんな気がしてくるけど」

「危なっかしいということですかね?」

「そーじゃなくて。素直に側に居てあげたいってこと」

「…………」

「女にそんな風に思われるなんて、他の男からしたら羨ましいことのなのよ」

「へ、へぇ~」

「まあ、それが『好意』かどうかは分からないけど………」

「へぇ?」

「なんでもないわ。でも、そういう事ならまだ私にチャンスはあるってことよね?」

「なんのでしょう?」

「私が桂君を食べちゃうチャンス♡」

「僕を食べても美味しくないですよ?」

「食べてみないと分からないでしょ?」

「本人が美味しくないと評価しているんだから、そこは判断要素に加えるべきでは?」

「あら、もしかしたら私好みの味かもよ?」

「アハハハ……(これって貞操の危機ってヤツですか!?)」

「ねえ……、私と今から、しよっか?」

「!!!!!!!」


 明日美さんの口が近づいてくる。これはキスする流れだ。


 まずい!これはさすがにまずい!


 エロゲーならここでエッチな展開になるところだけど、これは現実リアルだ!セーブもリセットも出来ないんだ!

 ここで明日美さんの流れに任せてしまったら、きっと、僕は駄目になるような気がする。それに―――――


「―――――――止めておきます」

「どうして?」

「ここで僕が明日美さんと楽しい事をしてしまったら、僕は僕を気に入って認めてくれた明日美さんに顔向けができません」

「……………」

「明日美さんが気に入って認めた彼崎桂は、ここで女性の甘く妖艶な誘いに安易に乗るほどの柔な男ではないという事を示さなくてはいけません」

「……………」

「だから、僕は明日美さんのお誘いに乗ることはできません。なので、ごめんなさい!」


 乗せていた両腕を降ろし、僕の胸に添える。

 そして、少し寂しそうな笑顔でこちらを見上げる。


「……………申し訳ないと思ってるのなら、素直に私と楽しいことしちゃえばよかったのに」

「すみません」

「はぁ~、真面目で優しくて、相手のことをちゃんと考えてくれる、可愛い男の子というのも、案外厄介なものね」

「でも、明日美さんは僕のそういうところを気に入ってくれたんですよね?」

「そうだけど……。でも、少しぐらいハメを外しても、寛大な明日美さんは怒ったりしないと思うけど?」

「僕は真面目なんですよ。それに、明日美さんはそうかもしれないですけど、咲さんに怒られるので」

「………………そっか。そうね。咲なら絶対怒るわね。咲はそういうことを許さないから」

「でしょ?」

「それに咲は私にも怒ってきそう……」

「それは有り得えますねぇ」

「また私の負けね」

「そろそろ寝ましょうか。明日、仕事なんですよね?」

「明日は休み」

「そうなんですか?」

「そうなの。だから、もうちょっと起きてない? あ、お酒ある?宅飲みしない?」

「すみません。ウチはお酒置いてないんです」

「うっそぉー!?」

「お酒飲めないんです。というか今日はもう寝ましょうよ」

「お酒飲めないんなんて、人生の半分を損しているわよ」

「アハハハ……」

「今度、一緒に何処か二人きりで飲みに行かない?それくらいは、この寛大な明日美さんも桂君を見損なったりしないと思うけど?」

「ま、まあ、それくらいなら………」

「やったぁー!絶対よ?約束だからね?」

「分かりましたよ。だから、今日はちゃんと休んで下さいね」

「はいはい分かったわよ。…………あ、気が向いたら何時でも私のベッドに来ても良いからね」

「お休みなさーい!」

「ウフフッ お休みっ♪」


 翌朝、起きると明日美さんの姿はなく、テーブルに置き手紙があった。


《泊めてくれてありがとね。久々に楽しかった。 明日美より》


 楽しんでもらえて何よりだ。

 昨晩、明日美さんが僕が寝ているところを襲ってくるんじゃないかと警戒していたけど、明日美さんにも理性があるんだな。安心したよ………


「さて、朝ご飯食べて会社に行こ」

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