第8話
夜の19時頃に香住さんから連絡が来た。
『お疲れ様です。夜分にすみません』
『あ、お疲れ様です。大丈夫ですよ。どうかしましたか?』
『あの、彼崎さん、明後日お休みでしたよね? もし宜しければ明後日、一緒にアキバに行きませんか?』
『アキバかぁ………』
どうやらお出掛けのお誘いのようだ。
明後日は特に予定もなかったし、アキバにもここ数ヶ月間ぐらい寄っていなかったことだし、良い機会だから久々に行ってみようかな。
『いいですよ。僕もここ最近、全く足を伸ばせていなかったなので。場所と時間はどうしますか? とりあえず秋葉原駅に10時ってところですか?』
『はい。それで構いません。あの、一応お聞きしたんですけど、彼崎さんが行きたい所って何処かありますか? もし、行きたい所があるのでしたら、そちらにも寄るので………』
『お気遣いどうもです。え~と、行きたいどころですか……?』
そうだなぁ…………
とらのあな秋葉原店と、メロンブックス、ゲーマーズあたりだけど………って、ほぼメジャーなところじゃねーかと頭の中で自分にツッコミをいれる。
でも、あそこに女性の香住さんを連れて行くのは些かは抵抗あるし、一人で待たせるのも可哀想だ。だからといって別行動にしたらわざわざ一緒に来た意味がない。
どうしたものか……。
『そうだな………。とらのあな……と、言いたいところですが。ここは少しマニアックなところに行きたいですね』
『マニアック……?』
『異世界の森、という小さいお店なんですけど、これが面白いお店なんです』
『何が売られているですか?』
『う~ん、そうですね。例えば悪魔を召喚できる魔導書とかですかね』
『………』
あれ、電話越しから声が聞こえてこないぞ?
『ん? 香住さーん? もしもーし!聞こえてますかっ?』
もしかして引いちゃったかな?
そんな店に行きたいわけないか。
『……行………です………』
『え?』
『そのお店、是非行ってみたいですっ! 何処にあるんですか!?』
まさか食いついてくるとはっ!
『うおっ! え、えーと、中央通りをしばらく渡ったところにひっそりと佇んでいるお店なんです。注意深く探さないと見つけれない、知る人ぞ知る名店なんです』
『行きましょ! 絶対に行きましょ!』
『お、おう……。そうですね。行きましょう……(テンション高っか)』
電話越しでも分かる香住さんの興奮している様。そのお店にえらく興味をそそられたらしい。まあ、喜んでくれて嬉しいけど。
香住さんってもしかして、あっちの属性をお持ちなのか?
『香住さんは、何処か行きたいところはないんですか?』
『わ、私ですか?…………え、えと……』
香住さんが行きたいところはやはり、ソフマップとかだろうか?
それとも、香住さんの趣味で考えるのなら、最近アキバに開店した『わっふる!』というお店だろうか?
あそこは、日常系アニメの漫画やグッズが他の店に比べて多く、しかも、あまり有名じゃないけど、一部のコアなファンがいるマイナーな日常系作品も置かれているから、新しい作品の発見ができて、冒険するにはもってこいのところだしな。
それに、原作、オリジナルと共に日常系の同人誌も幅広く置かれていることで有名だ。香住さんにとっては天国みたいなところだろう。
『あの、それじゃあ、〝わっふる〟というお店に………』
『ああ、最近できたあそこですね』
『はい』
やっぱりな。
恐らく、一人でお店に行くのが気後れするのだろう。だから、同じオタクの僕を誘ったのか。
『いいですよ。それじゃあ、香住さんの行きたいところを先に行ってから僕の話したお店に行きましょう』
『え、でも………』
『できたばかりの店なら多分、人も大勢来ると思うので、先に行っとかないと最悪店に入れない可能性もあるので。余裕をもって行けるようにした方がいいと思います』
『そっか……。あっ そ、そうですよね。すみません、彼崎さんを誘ったのに私の方を優先させてしまって……。やっぱり違う場所に――――』
『そのお店に行きたいんでしょ?』
『そうですが……』
『僕もそのお店には興味があるので、優先順位としては先の方が合理的です。異世界の森は、後から行っても問題ないので。別に消えるわけでもないですしッ』
と、少し冗談交じりに話し、香住さんに遠慮させないようにした。
『ありがとう、ございます。やっぱり、彼崎さんは優しいですね……』
『大袈裟ですよ』
『それじゃあ、明後日、秋葉原駅に10時ということで』
『分かりました。それじゃあお休みなさい』
『はい。お休みなさい』
考えてみれば、オタク仲間と遊びに行くのなんていつぶりだろうか。
高校と大学のオタク友達とは、就職してからは殆ど会ってないし連絡もとっていない。
会社に同じ趣味の人間を探そうと思ったこともあったけど、別に無理して会社に友達を作らなくてもいいか、と諦めていた。
でも、こうして同じ会社のオタク仲間とアキバに遊びに行ける日が来るとはなぁ。人生、何が起きるのかわからないものだ~。
まあ、女子のオタク友達は初めてだけど、オタクに性別は関係ないっ!それに上下関係もないっ!いつも通りでいいのだっ!
―――――――と、思っていた僕は完全に裏切られる羽目になるとは、この時の僕は夢にも思わなかったとさ………。
◇◇◇◇
アキバに到着した。
同類と思しきオタク達を見かけると、心の声で『お互い良いオタクライフを』と届くはずもないテレパシーを送る。これ、オタクあるあるだから。
時刻は午前9時50分。
何時もの如く、予定より10分前に来てしまった。勿論、香住さんの姿はまだない。
今日は天気が良く日差しもキツいため、駅構内の柱で待つことにした。
5分ぐらい経った頃だろうか。ふと改札口に目をやると、白のワンピースに上からデニムジャケットを羽織った黒髪ショートボブの美人で可愛い女性が改札口から出てきた。
歳は僕よりやや下ぐらいだろうか。そんなにお洒落な格好をしてアキバに一体どのような用事があるというのだろうか?
デート? いやいや、アキバにそんな可愛らしくお洒落な格好でデートに行くカップルなんているワケがないっ!
もしかして、降りる駅を間違えているんじゃないか?
的なことを考えていたが、あまりじろじろと見れば不審がられるから直ぐに目線をスマホに移す。
時刻はそろそろ予定の時間だが香住さんの姿はない。どうしたのだろうか?電車が遅れたのだろうか?
僕が乗ってきた時はとくに遅延することはなかったけど………。
電話かLINEをするべきか。いや、女性には色々と時間が掛るものだと明日美さんが言っていた。安易に連絡して香住さんに負い目を感じさせてはいけない。ここは大人しく待つのが鉄則だろう。
「………さん、かの……さ………さきさん………」
ツンツンと、誰かに袖を引っ張られた。
「うん?」
僕の袖をツンツン引っ張っていたのはなんと、僕の視界に入った先ほどの改札口から出てきたお洒落で可愛いらしい美人さんだった!
「…………あの、僕になにか?」
「私です……」
「………………………」
もしかして僕がじろじろ見ていたことに気付いて声を掛けてきたのか!?
まずい、怪しまれたかっ!?
しかし、何故だろうか?
この覇気のなくか細い声に聞き覚えが…………
「彼崎さん、私です。香住理乃、です…………」
「………………………」
およそ10秒ほど固まった。
「か、彼崎さん?」
「本当に香住さん、なのか?」
「はい」
「確かにその声は香住さんだけど。しかし、そのお姿は………」
「美容院で魔改造されてきました」
「なん、だと……。もはや原型を留めないほどに改造されてしまったのですか!」
「はい………」
「それにコンタクトも」
「はい。頑張りました」
「なんか、凄くお綺麗になられましたね………」
「あ、ありがとう、ございます。ッッッッッ!」
改めて見ると、香住さんはさながら、冴カノの加藤恵のようだ。
これは決して過言ではない。確かに僕にはそう見えるのだ。
「というか、香住さんに声を掛けられるまで全く気付きませんでしたよ!見た時に最初、完璧にお洒落した美少女がこのアキバに何をしに来たのかと、不思議に思っていたんですけど、まさかその子が香住さんだったなんて……」
「ッッッッッ!!!!!」
徐々に頬を赤らめる香住さんは恥ずかしいのか何時ものように俯き始める。
「と、とりあえず行きましょうか?」
「――――――はい」
気まずい雰囲気のまま、僕と香住さんは歩き始めた。
「…………」
「…………」
香住さんのビフォーアフターを目の当たりしてしまい、若干、どう接したらいいのかわからない。唯でさえ今日は普通のオタク仲間同士のアキバ探検のつもりが、そのオタク仲間が突然、可愛い美人さんになっていたものだから普通にオタク仲間としてみられない!
―――――――そもそも、オタクがこんなに可愛いわけがないっ!
「コンタクトレンズって目に入れるの怖いですよね」
「え?あ、はい。そうですね………。彼崎さんもコンタクトを?」
「はい。とある理由でコンタクトにすることがあったんですけど、自分で入れようとすると手が震えて尚更怖いんですよね」
「で、ですね………(どういう理由だろう?)」
「………………」
会話が止まってしまった。
おかしい。オタク同士なら会話が盛り上がるはずなのに。どうしてここまで話が詰まってしまうんだ!
ここは、僕から積極的に香住さんに話し掛けていかなくては!
でも、ただ普通に話し掛けては意味はない。
―――そう。彼女も僕も〝オタク〟だ。オタクなら、オタクらしい話題をするのが礼儀ってもんだ!
「そういえば先週の『お茶に恋をそえて』の第7話は良かったですね~」
「そうですね…………」
「やっぱりあの中で一番可愛い子は
「………………聞き捨てなりませんねっ」
ほーら、食いついた。
「一番可愛いのは
「いやいや、あの、お姉さんキャラなのに褒められると恥ずかしくなる所が最高なんじゃないですか!」
「茅ちゃんのツンデレだけど実は凄く優しいところが尊いんじゃないですか!」
「いやいやいや、京花ちゃんでしょ!」
「いやいやいや、茅ちゃんですよっ!」
「いやいやいやいやいや」
「いやいやいやいやいや」
「………………」
「………………」
「―――プフっ」
「―――クスッ」
「アハハハッ!」
「クフフフッ!」
「あー、久しぶりにオタク討論したわーっ!」
「私もです。クフフッ」
良かった。オタクトークしている時の明るい香住さんに戻った。
そうして話している内に、目的地の『わっふる!』に到着した。
「やはり、人多いですね………」
「ですねー。なんとか店には入れそうですね」
「入りましょうか」
「行きますか!」
僕らは、新たな
そして、僕の右隣にいる美少女さんが入った瞬間に変貌を遂げる。
「ひゃあああああああああああああッ!!!!!」
「どどどどうしましたかっ!?」
「『あなたに花言葉を』の新刊5巻がありますぅー!!」
「そういえば香住さんは百合系も守備範囲でしたね」
「これのアニメもさいっこぉーでしたっ!」
「確かに。登場人物それぞれのイメージする花々の描写が幻想的且つ繊細でリアルな所が素晴らしい。原作に対する愛を感じました~」
「そーなんです!とくにアニメ3話のスミレがツバキに告白するシーンは素晴らしかったです」
「分かりますっ!」
「ひゃああああああああああああああッ!!!!!」
「今度はどうしたましたかッ!?」
「『あなたのお家に白猫さん』のましろちゃんのフィギュアがありますぅー!!」
「確か、この店限定で早期予約注文が出来るとか………」
「すみません彼崎さん。私、ちょっと注文してきます」
「え、軍資金足りますか?あれ、結構の値がしますけど…………」
「大丈夫です。給料3ヶ月分が軽く消し飛ぶぐらいの買い物、オタクにとっては造作も無いことです」
香住さんの覚悟を悟り、僕は何も言わず彼女に敬礼をした。香住さんも敬礼で返し注文カウンターへと歩き去った。
「健闘を祈ります」
「戻りました」
「早っ!」
「20秒で済ませました」
「流石っすね」
それから僕と香住さんはお互いに買い物を済ました。
「結構買っちゃいましたね」
「ですねー」
「あの、さっき3ヶ月分の給料が消し飛ぶって言ってましたけど、親御さんへ渡す献上金は大丈夫ですか?」
実家暮らしの社会人は、給料の一部を親へ渡すことが多い。
「……………………」
顔を青ざめる香住さん。若干、冷や汗もかいているような。
「考えてなかったんですね」
「あわわわわわ……」
こちらに救いを求める目で僕に訴えかける。
「オタクなら造作もないんですよね」
笑顔で返す
「彼崎さぁぁぁんッ!」
さすがにこればっかりはどうしようもない。
悪いな。香住さん。
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