第9話
「2店目に行く前にそろそろ何処かで休憩してお昼ご飯としますか?」
「そうですね」
「荷物はコインロッカーに入れるとして、入れそうなレストランを探してみましょう」
「あ、それだったら私から提案いいですか?」
「何か良いお店知っているんですか?」
「はい。此処から少し歩いたところに美味しいイタリア料理のレストランがあるみたいなんです。メニューも豊富で、とくにパスタが美味しいんらしいです!」
「いいですね。それじゃあそこにしましょう」
「はい」
秋葉原駅構内のロッカーに購入した戦利品を詰め込んだ後、そのイタリア料理のレストランへと向かった。
以前は、一人や大学時代のオタク仲間とラーメン店やカレー店で昼飯を食っていた。
そして、メイド喫茶に寄っては甘いパフェを食べて帰ったものだ。
まさか、社会人になってアキバのレストランで食事をすることになろうとはなぁ……。
しかも、同じ会社の可愛い後輩の女の子(オタク)と―――。
今更疑問に思うことだが、何故香住さんは僕とのアキバ探検で、そんなお洒落なデートファッションで来たのだろうか?
オタク女子というものは、たとえアキバ探検であってもお洒落に気を遣うものなのだろうか?にしては気合いが入りすぎているような気もする。
美容院に行って髪を整えたり、コンタクトまでして………。
まるで、本当にデートをするためにキメてきたかのように――――。
ん? デート?
えぇっ!? これ、もしかしてもしかしなくてデートなの!?いや分からんけど!
でも、このシチュエーション、咲さんや明日美さんの時と同様に、駅で待ち合わせをしてお互い、もしくは片方(女子の確率大)がお洒落してい何処かに出掛けて買い物する、もしくは遊びに行く。
どこからどう見てもこれはデートだ。
形としては完全に出来上がっている。
香住さんがどうして完璧なお洒落をしてきたのか、その真意は分からない。だが、相手がオタクだとしても、初めて男の人と出掛けるのだからお洒落しないと相手に失礼、と考えたのかもしれないし、考えすぎた挙げ句に美容院に行ったり、コンタクトをしたり、周囲の人達(親、店員)からの促しに押され、断ることも出来ず終わりどころを見失い、あの姿になったという経緯があったかもしれない。
香住さんに「今日はどうして、お洒落な格好で来てくれたんですか?」と無粋な事を聞いて良いものだろうか…………?
「彼崎さん、着きましたよ?」
「え? ああ、そうか。ここかぁ」
「何か考え事をしていたようですが………。どうかされましたか?」
「ううん。大丈夫大丈夫!」
「そうですか? 体調が悪くなったら遠慮せずに言って下さいね?」
「ありがとう香住さん。多分、お腹が空きすぎて意識が飛びそうになっていたんだと思うよ。アハハハ!」
「ウフフッ それじゃあ、こうしては居られませんね!」
「そうですね」
イタリアンレストランに入るのは初めてだったが、油とご飯が好きなオタク共が闊歩するこのアキバに、こんなに上品でお洒落なレストランがあるとは……。というか、あっていいのか?
アキバがオタク文化と電気の町から、外国人を呼び込む観光街に、良いような悪いような変化を遂げてきているとはいえ、今でも現代に至るまでオタク文化と電気街の誇りと魂を崇敬し継承しているオタク達がいらっしゃるというのに、観光客を呼び寄せるレストランにオタク達が来るわけがない。
と、論じてはいるが、今この瞬間にもオタクであるこの僕が、お洒落した可愛い女の子と食事に来ているのだから、何の説得力もないわけだである……。
「彼崎さんはどれにしますか?」
「そうだな―――――」
僕らはそれぞれ料理を注文した。
「香住さん、聞いてもいいですか?」
「はい、なんでしょう?」
「今日はこんなオタク男とのアキバ探検の為に、どうしてそんなお洒落して来てくれたんですか?」
聞いちゃったああああああ!
香住さんは少し目線を外し間を開けるとゆっくりと口を開いた。
「それは……、初めて同じオタクの人とアキバ探検をすると思うと気持ちが舞い上がっちゃって、下手な格好はダメだなと思い、それで張り切ってしまった次第です……。てへへ」
照れながらそう応える香住の心の内には別の気持ちがあることを本人は自覚はしていなかった。
「そ、そうなんですねぇ。そういう事でしたら僕をとしては香住さんに御礼をしないといけませんね。ありがとうございます!」
「そ、そんな!御礼を言われるような事ではっ!」
「いいえ。こんな冴えないオタクの為にハイレベルのお洒落をしてきてくれたんです。お誘いされる身として御礼を言うのが礼儀というものです」
「!ッッッッッ………………、ありがとう、ございます」
「こちらこそです」
食事中、香住さんは終始顔が赤かった。
「それじゃあ、会計してきますね」
「では僕も出すよ」
「何を言っているんですか! 私がお誘いしたのに、彼崎さんにも払って頂くわけにはいきません」
「年下でしかも後輩の女の子に払わせるのは、年上で先輩の僕としては申し訳ないし立場がないし、それに、香住さんはさっきのお店でたくさんグッズを買ってましろちゃん限定フィギュアで給料3ヶ月分を軽く消し飛ばしているよね? だから、ここは僕も8割ぐらいは出させてもらうよ」
「彼崎さん…………。もう、何から何まですみません。彼崎さんには助けられてばかりですね。頭が上がりません」
「大袈裟ですよ。困った時はお互い様ですよ」
「私、まだ彼崎さんになにもお返し出来ていません」
「そんなの気にしなくていいですよ。僕も楽しいので」
「そ、そうですか…………ッッッッッ」
その後、香住さんは交通費が食事代で消えてしまいそうだった為、僕が全額を払うことにした。香住さんは『ほんっとーにすみませんっ!』と何度も頭を下げ泣きそうに謝り、なだめるのに少し時間が掛った。
「本当にすみませんでした…………」
「お互いの同意の下なら男が6割程払って割り勘にするのもいいけど、本来は男性が全部を払うものだと僕の知り合いの女性が話していたので、この場合は全く問題ありませんよ」
「はい…………(その女性って誰だろう?ちょっと気になるなぁ)」
「さて、では2店目の『異世界の森』に行きましょうか!」
「そうですね(いつかどういう人なのか聞いてみよう!)」
『異世界の森』は、中二病が好きそうなグッズが売られている専門店だ。香住さんに話した、悪魔を召喚する魔導書や水晶石や水晶玉、
「ここです」
「雰囲気ありますねー!」
興味津々だなぁ香住さん。やはり、香住さんもそっちの属性をお持ちのようだ。
「店内は狭いので気をつけて下さいね」
「あ、はい。わかりました。―――――きゃっ!」
「香住さん!?」
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です―――――――ッッッッッ!」
腕と身体で香住さんを受け止めた為、僕と彼女の身体は当然密着する。
香住さんの腕は服の上からでも分かるほど細くて少しでもチカラを加えると簡単に折れてしまいそうだった。
そして、彼女の身体も小さく華奢であることを改めて触れて実感できる。
「あ、ありがとうございます…………」と頬を真っ赤に染め俯く香住さん。
「どう致しまして………………」
「………………」
「………………」
なんか変な空気になってしまった。
「もう少し、奥まで見てみましょうか」
「そうですね………」
店の奥まで進み天井まである棚に置かれた中二病心を擽られる商品を物色していると、香住さんの足が止まり、ある商品を凝視している。
「香住さん、何か気になるモノでもありましたか?」
「………………」
「?」
香住さんが凝視している先には陶器で作られたであろう黒猫のオブジェだった。中二病だったら、夜になるとその黒猫が動き出し、言葉を話し使い魔としてマスターを守る役目をもつ――――てな感じの設定がつくれそうな気がする。
「それが気に入ったんですか?」
「ふぇ!? あ、いや、その、可愛いなぁと思いまして…………」
「夜になったら使い魔の猫として喋りだすかなぁ、とか考えてます?」
と、半分冗談で言ったみた。
「どうして分かったんですかッ!?」
本当に考えてたんだな。もしかして香住さん、以前中二病をこじらせていたのでは?
「僕も、そう考えたので…………」
「そうなんですか!?」
「私達同じですね!」みたいな瞳でこちらを嬉しそうに見つめてくる香住さんに僕は若干の罪悪感を感じた。
ゴメン香住さん、僕は中二病をこじらせたことはないんだ…………。
「じゃあ、その黒猫のオブジェ、今回アキバ探検に誘ってくれた御礼として、僕が香住さんにプレゼントしますよ」
「ふぇっ!? だ、ダメですよそんなの! 唯でさえ彼崎さんにはお世話になりっぱなしなのに。それにお昼代も」
「あれは、男としての礼儀みたいなものなのでノーカンです」
「でも…………」
「僕が香住さんに御礼をしたいんです。それじゃあダメですか?」
「!――――――ッッッッッ、そ、それじゃあ、御言葉に甘えて…………」
そう彼女は頬を染めコクンと頷いた。
香住は、オブジェを抱えてレジへと向かう彼崎の後ろ姿、背中をなんとも言えない気持ちを抑えながらずっと見つめる。
店を出る頃には午後3時となっていた。
「彼崎さん、ありがとうございます!」
「いえいえ」
「これ、大切にしますねっ!」
「それはどうもですっ。さて………3時かぁ。これからどうしましょう?」
「そうですね。私はもう所持金が交通費分しかないので、お買い物は無理ですね」
「ですよねぇ。まだ3時ですけど、もう帰りますか?」
香住さんは暫く考え込んでいたが、頬を染めながら上目遣いで
「あの、もう少しだけ―――――」
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