第5話
遂にこの日が来てしまった―――。
咲さんの彼氏役となり、咲さんの友達さんに彼氏査定される日なのだ。
言われた通り眼科に行って頑張ってコンタクトにし、昨日に買って頂いた服を身に纏い、友達さんと出会う前に咲さんと別の場所で合流することになった。
「あっ!桂、こっちこっち」
「おまたせしました」
「………うん!ばっちりだね。似合ってんじゃん」
「あ、ありがとうございます」
「作戦なんだけど、とりあえずオタク趣味の事は伏せて」
「もちろんです」
「あと、設定はそのまま。彼氏は私と同じ会社の同期で同じ仕事をしている間に意気投合してそのまま付き合うことになった、ということで」
「本当にそのままですね」
「下手な設定をするとすぐにボロが出ちゃうからね。こういうシンプルの方がいいの」
「なるほど」
「あと、私のことは『咲』って呼んだ方が彼氏っぽいけど……」
「さすがに呼び捨てはちょっと………」
「まあいっか。話し口調はそのままでいい。私のことも『咲さん』でいいよ」
「了解です」
「あとは……」
「あの、咲さん」
「なに?」
「咲さんの友達ってどんな人なんですか?」
「ん~そうだな。
「なんと!」
「明日美は私の事はなんでも知っているし私の嘘も簡単に見抜く。当然、相手の嘘も、ね」
僕は息を呑んだ。
「そんなに手強い人なんですか?」
「ええ。どんな罠を仕掛けてくるかわからないから気をつけて」
「どう気をつけろと……?」
「とにかく、話は私と合わせて」
「了解です」
「なーにふたりでこそこそイチャイチャしてるの――?」
「「!!!!!!!!」」
失態だった。
まさか、友達に作戦会議しているのを見られた。聞かれてしまった。しかも、その友達が立った今話していた九字明日美本人、にだ。
「あ、明日美………っ!?」
「こ、この人が」
その九字明日美という女性を見た僕の頭に真っ先に浮かんだのは、某ギャルゲーに登場した美人先輩ヒロインだった。彼女はそのヒロインにそっくりだったのだ。
腰まで伸びたサラサラのブロンドロングヘアーに長身で巨乳という非の打ち所がない抜群のプロポーションをしていた。
幾人もの男性陣を虜にしたと言っても納得できた。
「明日美、どうしてここに?」
「実はね、久しぶりに寝坊しちゃってね。時間に遅れちゃうから別のルートから急いで来る途中で咲と可愛い男の子が仲良しそうにコソコソと話をしているからなにかな~と思って。なにか私のことを話していたような気がしたけど……?」
「あ、え、えーと、そう!私の友達で凄く美人な女の子がいるのって話していたところのなの。ね!桂」
「えッ!……あ、はい。そうなんです」
「そう。でも、彼氏に別の女の子でしかも美人な人の話をするっておかしいわよね~」
万事休す、ということを指すのだろうなこの状況は―――
「咲さん」
「な、なに?」
「九字さんにはもう、全てを話してもいいと思います」
「桂……」
「九字さん初めまして。僕の名前は彼崎桂と言います。咲さんに頼まれて彼氏役をすることになっていました」
「明日美、あのね。私、本当に彼氏がいなかったから、彼に、桂に彼氏役をお願いしてもらったの。騙そうとしてごめん」
「………」
「あの、どうか咲さんを責めないでくれませんか。咲さんは僕の為に彼氏役として相応しいように手助けをしてくれました。この服も咲さんが選んでくれたものです。とても嬉しかったでしたし。その、あの、えーと……」
「ウフフッ」
「?」
「明日美?」
「ウフフッ、あ、ごめんなさい。彼が一所懸命に咲を庇っている姿が可愛くってつい」
「あ、あの」
「大丈夫。私は咲を責めたりしないわよ」
「明日美……」
「それに、遠くから見ても二人とも、コソコソと仲良く話をしている時、本当のカップルに見えてたわよ」
「「えッッ!!!!!」」
「ウフフフ♪」
「そう見えてた?」
「見えてたよ」
「それはそれで、僕らとしては成功でしょうか?」
「そうなるわよね?」
僕と咲さんはお互いに顔を合わせる。
「それで、作戦はどうなったの?」
「要注意人物の明日美にバレちゃったからもう作戦の意味がなくなっちゃったわよ」
「それはよかったわね」
「本当よ、もう」
気が抜けてホッとしたのか、咲さんは壁にもたれため息をつく。
「ねぇ」
「あ、はい」
「彼崎君だっけ?」
「そうです」
「改めて始めまして。咲の友達の九字明日美です。よろしくネ♪」
こちらに顔を近づいてニコッと微笑む。
「ね、私も
僕は咲さんに目線を移す。咲さんは『別にいいんじゃない』というような呆れたような目で答えた。
「はい。分かりました。明日美さん」
「ありがとう。桂君はさ、どうして咲の彼氏役を引き受けたの?」
「咲さんには入社時から色々とお世話になったので………」
「それだけ?」
顔を下からのぞき込むように僕の目を見つめてくる。
僕と明日美さんの会話を咲さんは目線だけをこっちに向けていた。
「僕はオタクで地味でコミュ障な自分が好きでも嫌いでもない、興味がないというか無関心で空っぽでした。そんな僕に対しても咲さんは気兼ねなく接してくれました。最初はなんだこの人は、と思ってましたけど、次第に咲さんにツッコミを入れて楽しく話している自分がいました。今では嬉しく思っていますし感謝もしているんです。だから、今回のことはそれの御礼も込みで、恩返しがしたいというのが本音ですかね」
「ふ〜ん……。悪くない答えかもね。で、彼氏役の男の子はこう言ってくれてるけど?」
「ッッッッッ…………あっそ!」
少し照れている咲さんを横目に明日美さんは、不意に僕の耳元に顔を近づけて
「それじゃあ、私が君を捕っちゃってもいいってことだよね――――?」
「ッッッッッ!」
「あ、明日美!?」
明日美さんの妖艶な囁きに思わず身体が震えた。
「え、えーとえーと————」
どうしよう。なにも言葉が浮かんでこない。
明日美さんは戸惑っている僕の姿を見て面白がっている。
「ウフフフッ それじゃあ、咲には本当に彼氏がいなかったんだねっ」
「だから言ったでしょ、もう……。これで分かってくれた?」
「はいはい。クスッ」
ふぅ。これで僕の役割もようやく終わったということだな。
「それじゃあ、僕はお役御免ということですかね」
「折角こうして3人で集まったんだから、何処かに遊びに行かない?」
「え?」
「まあ、そうね。もう、気を張る必要もなくなったし」
「え、え?」
「それじゃあ、何処に行こうかな〜。桂君は何処に行きたい?」
「あの〜、僕はお役御免なのでは?」
「桂、明日美の言う通り、折角集まったんだし今日は素直に遊ぼ。ね?」
「そうそう。私も咲が彼氏役に抜擢した優等生の桂君のことも知りたいしね」
「アハハハ………」
というわけで、咲さんと友達の明日美さんとの三人で遊びに行くことになった。
……なんだこれ?
今僕は、美人の女性二人と半日を過ごすのか?大丈夫かな?
道を歩いていると咲さんに袖をツンツン引っ張られた。
「ちょっとちょっと」
「なんですか?」
「さっき、明日美に耳元で何て言われたの?」
「え〜と」
言ってもいいのだろうか?
明日美さんが僕を誘惑してきたことを。
「明日美さんに、僕が咲さんの本当の彼氏じゃないのなら、私がもらってもいいよね。と……」
「それで?桂はなんて答えたの?」
「何も答えませんでした」
「ふーん……」
目線は向けずに素っ気ない反応だった。
そして、その二人のやりとりを後ろ目で見ている明日美であった。
僕ら三人は、中心街のお洒落な服屋さん(ブランドもの)などを転々とした。
中心街にある服屋さんは、この前のアウトレットとは少し雰囲気が異なり、海外のお店が多く、上品な感じがして変に緊張した。だが、流石女子力が高い女性陣二人。
こんな上級者向けの街を歩いてもまるで歩き慣れてるかのように堂々としている。
様になっているというか絵になるというか———
「ねぇ。桂君はさ。正直、咲のことどう思っているの?」
「へぇ?」
「ちょ、明日美?」
有名な某喫茶店に立ち寄りお茶していると、不意に明日美さんが僕に聞いてきた。
「ね、どうなの?」
「えーと」
何故だろうか、彼女の前では嘘や誤魔化しは通用しないような気がした。
「僕は今まで誰かを好きになったことはないし、これからも多分そうはならないと思います。けど、咲さんみたいな人を好きなれたら、僕の人生も少しは楽しくなるのかな、とは思います」
「へぇ〜、だってさ。咲」
「……ありがとね」
「いえ……」
「いいなぁ。私もそういうこと言ってもらえる相手がほしいなぁ」
「アンタは探さなくても向こうから寄ってくるでしょ!」
「寄ってくるのは皆、カッコいい自分が好きなヤツだーけ」
「アンタも人のこと言えんでしょうが」
「私は特別」
「そーですか」
「アハハハ……」
笑うことしかできない。
「あ〜あ。桂君が彼氏だったらいいのになぁ」
「僕には明日美さんの彼氏には似合いませんよ」
「そんなことないって。桂君、誠実そうだし。それに、可愛いし」
「明日美が桂の彼氏になったら桂が心身共に潰れるのが目に見えてるわ」
「ひっどーい!私、そんなに面倒くさい女じゃないわよ!」
「それで何人の男と別れたのよ」
「今までの男は『明日美の彼氏』ていうステータスが欲しいだけか、私の体が目当てしかいないのよ。だから私の方から振ってあげたわけ」
「アハハハ………」
僕は何も言えない。
言えるわけがない。
「それに比べて桂君はそんなことなさそうだし?咲と桂君を見てると」
「………」
「………」
「桂君さ、今度、私とデートしてみない?」
「はい!?」
「え?」
あー、これはあれだ。新たなフラグが立とうとしているということだな、うん。
「ん?なんか問題ある?」
「いや、問題はない、けど……」
と僕に視線を見せる咲さん
「僕とデートしても楽しくないですよ」
「そのデートを楽しくさせるのが男の役目ってもんでしょ?」
「おっしゃる通りです……」
「桂、断ってもいいわよ。明日美は冗談で言ってるんだから」
「私、桂君のこと、わりといいなって思ってるんだけど?」
「ッ!」
「明日美、本気!?」
「マジよ?」
「…………」
「冗談でないとすると、僕はこれから色々と勉強しないといけないことが山ほどありそうな予感して、気が遠くなりそうなんですが―――――?」
「大丈夫。桂君はそのままでも充分魅力的だ・か・ら♡」
「お褒めに預かり光栄の至りです」
「……………」
「いいでしょ?咲」
「はいはい好きにしなさい。でもあまり桂を困らせるようなことはしないでよ」
「わお、まるで恋人みたいな言い方ねぇ」
「うるさい! でも最終的には桂が決めることだから」
そして、二人の視線が僕一点に集中する。
正直、この明日美さんっていう人とデートするのは勘弁したいところ。でも、ここで拒否するとなにかと厄介事になりそうだと、オタクとしての直感がそう囁くのだ。
「分かりました!そのデート、お受け致します!」
「やったー!!!」
「ウソッ!? 桂、大丈夫?」
「どこまで出来るかは分かりませんが、全力で臨んでいく構えです!」
「私のデートって、そこまで大袈裟なことなの?」
「桂にとっては相手先にプレゼンする並の労働力を有するのよ」
「咲の時もそうだったの?」
「私の時はそうでもなかったけど。でも、アンタの場合は、桂と今日会ったばかりの初対面。それに、桂は人見知りのコミュ障。そう簡単なことじゃないってこと」
「そっかー、桂君、頑張ってネ!」
「………………あ、はい」
というわけで、1週間後に僕は、咲さんの友達であり、スタイル抜群で美人の明日美さんとデートすることになった。
トホホ……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます