第4話

「桂、この店入ってみよっか」

「了解です」


 端から見れば付き合いたてのカップルみたいな会話をした後、僕と咲さんは若者向けだが落ち着きのある服屋さんに入ってみることにした。


 入るや否や、咲さんは服を物色し始め僕はそんな真剣に品定めしている彼女の後ろ姿を見ていた。


 咲さんが僕の為に服を真剣に選んでくれていることの嬉しさと同時に、こんな冴えないオタクの服を一緒に買いに来てもらって申し訳ないという気持ちとが混ざり合っていた。


 それと、会社の男性陣達には胸の中で謝った。なんかごめん。


「桂、これなんかどう?」

「どれですか?」


 咲さんが折角僕の為に選んでくれた服だ。安易に拒否するのは失礼、だよな。


「いいと思います」

「本当に?」


 疑心に満ちた目で僕を睨む。


「……ほ、本当ですよ?」

「あのね桂。これはアンタがこれから何度も着るかもしれない服なの。桂のファッションセンスは確かにないけど、結局決めて着るのはアンタなんだから。断るのが失礼だとか思わなくて良いからちゃんと考えて遠慮せずに言って」


 この時の咲さんは、会社で見る時の真面目な顔とは少し違うような気がした。


「はい、わかりました。正直わからないので、一回試着してから決めてもいいですか?」

「うん、いいよ。実際に着てみて決めるのも服選びには必要だよ」


 店の奥にある試着室に入る。試着室に入るなんて家族と買い物で服を選ぶ時に、親に促されて仕方がなく入ったくらいだ。


 着替え終わりカーテンを開け屋敷部さんに意見を仰ぐ。


「どうでしょうか?」

「う~ん」


 僕を下から撫でるようにチェックする咲さんの後ろでは、通りすがりの人や試着室を使うために来た人達がこちらをチラチラと視線を向けていることに気付いた。正確には僕らというより咲さんの方に集中しているようだった。


 どうやら周囲の人達から見ても、咲さんはお洒落でスタイルの良い美人さんとして目立つようだ。


「桂は着てみてどう?」

「……そうですね。着心地は良いですけどいまいち、自分には合ってないような気がします」

「どのへんが?」

「服の色ですかね。自分は青とか白とか好きなので」

「オッケー。それじゃあそっちの色で探してみよっか」

「はい」


 僕は咲さんの後に付いていく。


 周りの視線が彼女の次に僕にも突き刺さるようになった。

 あんな美人に服を選んでもらっているあの冴えない男は一体誰なんだ、どういう関係なんだと皆、頭の中で思っていることだろう。そう思うのは当然だよね。


 でも、違うんだ。


 これは僕の意思はたらいていない。ほぼ9割は彼女の意思でこうなったんだ。僕は無実だ。

 だから僕を恨めしそうに睨むのやめて。男性陣の皆さん!


 なーんて、胸の中で訴えかけてもテレパシーみたいにわかってもらえるわけもなく………


「これとかどう?」

「どれですか?」


 咲さんは周囲の視線には気付かず僕に似合う服を選んでくれている。

 そして、疑念の視線でイヤでも気付いてしまっている僕も気にしてない素振りで一緒に服を選んでいく。


「咲さん、これはどうでしょう。この色、僕いいなと思うんですけど」

「どれ?う~ん。なんかダサいかな」

「そうですか?じゃあ、これは?」

「うん。悪くないんじゃない?」


 と二人で相談していると、横から


「なにかお探しですか?」


 さて、人見知りでコミュ障な僕らが家族と服を買いに来たときに苦手な事、ワースト1位が『店員のお姉さんに声を掛けられる』であることは皆御存じだと思う。


 特に自分の服を選んでいるときにズボンは裾調整とかで店員さんにお願いしないといけない。そうなると、必然的に店員さんと会話しないといけなくなる。


 しかも、その店員さんが自分と歳が違わない女性だと尚更、話すだけでも普段使わない脳をフル回転するため非常に精神的にも体力的にも疲れる。


 そして思うのである。ああ、早く帰ってアニメ見たいなぁ、と―――。


「……………」

「あ、これのSサイズってありますか?」

「こちらですね。カラーはこのままでよろしいですか?」

「はい」

「かしこまりました。それでは確認致しますので少々お待ちください」


 店員さんは咲さんに声を掛けた。よかったぁ

 店員さんは在庫確認に向かい、奥へ歩き去った。


「ん?桂、どうしたの?」

「な、なんでもないです……」

「もしかして、店員のお姉さんと話すの苦手だったり?」

「家族とこういう店に来たときは声を掛けられないように店員さんを避けてました」

「それってコミュ障のあるあるみたいなもの?」

「まあ、コミュ障なら誰しも経験するものです」

「でも、こういう店に来て店員さんに声掛けられたら『もう少し探してみます』とか言ってやり過ごすこともあるけど、最終的にはやっぱりプロの人に意見を聞いて服を選ぶのも賢い方法だよ」

「僕には咲大先生がいるので大丈夫です」

「うれしいこと言ってくれんじゃん。ありがと!」


 そうこうしている内に店員のお姉さんが在庫確認から戻ってきた。


「お待たせしました。こちらがSサイズです。試着されますか?」

「はい。彼が」

「あ!そちらのお連れ様が」

「あ、はい……」

「では、こちらへどうぞ」


 試着室へ案内され僕は再び試着室へと入る。

 きっと店員さんにあれ、そっち?と思われただろうなぁ。ああ、早くこの店から出たい。


 着替えている間、咲さんと店員のお姉さんはカーテンの向こうで雑談をしながら僕の着替えを待っている。


 そして、店員のお姉さんが咲さんに驚きの一言を言い出す。



「—————彼氏さんは普段はどのような服を着られているんですか?」



 普通、男女二人がそれ相応のお洒落して服を買い物に来ているのなんてカップルしか考えられない。


 もしそうじゃなくても、そう解釈するのが暗黙の礼儀みたいのがある。この店員さんも僕らがカップルだと解釈したのだろう。だからこそこの質問。普通のことだ。


 問題はこの質問された対象がどういう返答を返すかだ。


 咲さんは何と答えるのか。彼氏前提で進めるのか、はたまたそのまま否定するか。

 まあ、咲さんなら「違いますよ~!唯の友達ですよ!」と笑って納めると思う。僕は咲さんの彼氏には似合わない。釣り合わない。



「彼、ファッションセンスが壊滅的で、私が服を買いに行こって誘ったんですよー!」

「…………」



 咲さんは否定はしなかった。


 けど、明確に肯定してるともとれない。

 まあ、ただ単にその場しのぎであのように言っただけに違いない。


 着替えを終え、彼女達の会話を聞こえてない素振りでカーテンを開ける。


「終わりました」

「うん!良いじゃん!」

「とてもお似合いですよ!」


 両者から高評価を得た。悪い気はしない。


「どうする?これにする?」

「そうですね。これにします」

「じゃあ、これ買います」

「ありがとうございます。ではこちらへどうぞ」


 レジへ通され、すかさず鞄から財布を取り出すと咲さんが僕を呼び止める。


「なにしてんの?」

「え?会計しようと……」

「え、私、奢るよ?」

「なに言っているんですか。咲さんに払わせるわけには行きません」

「だって私が服買いに行こって誘ったんだし、私が買ってあげるよ」

「しかし……」

「私がアンタに買ってあげたいの。それじゃあダメ?」


 咲さんにここまで言わせるって、僕なんかしたかな?


「じゃ、じゃあ、御言葉に甘えさせてもらいます」

「うん!」

「………」


 買って貰っちゃったよ。咲さんに服を。


 あの、気さくで人当たりも良くしかもスタイル良くて美人。社内男性陣内で密かに付き合いたい彼女ベスト3に入るほどの高嶺の花である咲さんに下の名前で呼ばれ、買い物に誘われ服を買って貰う。


 これって、結構羨ましい経験をしているってことだよね?


 僕、もしかして明日死ぬのかな?


「この後どうする?他の店も見ていく?」

「僕は構いませんが、咲さんは疲れていませんか?」

「私は平気。桂こそ疲れてない?」

「僕も平気です」

「それじゃあ、適当に見て廻っていこうか」

「はい」


 僕と咲さんは特に目的を決めずにモール内を歩いた。気になったお店には入っては服や鞄、雑貨等を見て廻った。なんか、デートっぽいな。


 歩いて10分くらいして、手前に喫茶店を発見する。


「少しあそこで休憩しましょうか」

「そうだね」


 喫茶店に入るなんて久しぶりだ。

 もちろん、家族と行ったきりだけど。


 店内は落ち着いた雰囲気で入りやすかった。人もまばらで気兼ねなく休むことができた。


「桂は何飲む?」

「僕はカフェオレで」

「じゃあ私も。すみませーん」


 まさか、ほぼ同年代の異性と二人っきりで喫茶店でお茶することになろうとは……。


「いやーまさか桂とデートすることになるなんてねー」

「ブッ!オホオホッ」


 盛大にむせた。


「ちょっと大丈夫っ?」

「だ、大丈夫です……。咲さんがいきなり変なこと言ったから驚いて」

「クスッ。な〜に?デートじゃないと思ってたの?」

「いやまあ、デートみたいだなとは思いましたけど。咲さんは違うだろうなって」

「私もデートみたいって思ってたもん」

「そうなんですか?」

「だって、若い男女が二人でこんなところで買い物したらそりゃあ、デートしかないでしょ~♪」

「じゃあ、これデートになるんですか?」

「桂はこれがデートであってほしい?」


 咲さんは悪戯っぽく聞いてくる。

 ズルい質問だ。

 だけどまあ、自分の中では何となく答えは出ていたような気がする。


「そうですね。デートであってほしいかもですね」

「————へぇッ!?あ、そう、なんだ……」


 目線を下に逸らし頬を赤く染めて予想外の答えに動揺する咲さん。


「咲さん?」

「い、いやー、桂からそんな答えが返ってくるとは思わなかったからさ。ちょっとビックリしちゃった。てっきり、否定するのかと思ってたから」

「まあ、僕もデート経験してみたかったですし。お相手が咲さんでしたから、ちょっと良かったかなって思っただけです」

「そっか。私だったから、か……。またまた嬉しいこと言ってくれんじゃん!」


 と僕の肩をバンバン叩く。


「あの、咲さん」

「ん?」


 咲さんはストローを咥えたまま目線を僕に向ける。


「何か御礼をさせてほしいです。咲さんのお願いで彼氏役になる為に服を買いましたけど、でも、咲さんが真剣に僕に似合う服を選んで買って下さったので、僕としても有難かったし嬉しかったし、咲さんに御礼がしたんです」

「桂………」

「こういう時の御礼はどうしたらいいのかわからないので、直接に聞くしかないんですけど。僕にできることならなんでも―――!」

「ありがとう桂。凄く嬉しい。でも御礼なんかいいよ」

「でも………」

「それに、もう御礼は貰っているようなもんだから」

「それはどういう?」

「おしえなーいっ」


 とニヤニヤしながらストローを咥える。


「?」


 咲さんのあの言葉の意味は分からないまま、僕と咲さんはその後モール内を歩き、途中のレストランで昼食をとり、雑貨屋さんで個人で買い物した後、帰ることにした。


「今日はありがと」

「こちらこそ今日はありがとうございました」

「また行こうね。あと、明日はよろしく!」

「なんとか頑張ってみます………」

「そんじゃねー」


 と手を振りながら駅へと歩いて行く咲を僕は手を振って見送った。


 咲さんが「また行こうね」と言ったことを思い出し、若干悶々した夜を過ごしたことは言うまでもない。

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