第3話
「…………」
「彼崎、聞いてる?」
「――――――はっ!すみません。今、もの凄いパワーワードが聞こえて僕の脳が数秒間フリーズしたようです」
僕の思考が意識が飛んだ気がした。
「なに言ってんの?」
「あの、すみません。もう一度言って貰いませんか?」
「ええっ! 結構こういう事言うの恥ずかしいんだからね!………え~と、だから、私の恋人役をやって欲しいんだけど」
照れ臭そうに体をくねらせながらそう話す屋敷部さん。
「………屋敷部さん」
「やってくれる?」
「お断りします!」
「なんで!?」
「無理に決まってるでしょう!僕が屋敷部さんの恋人役?つまり彼氏役って事ですよね?ムリムリムリムリムリ!絶対にムリ!」
「だからなんでよ!?」
「そもそもどうして僕なんですか?他にも候補がいっぱいいるでしょう!それどころか、屋敷部さんの彼氏役になりたい人なんて山ほどいるでしょうに」
屋敷部さんは、オフィス内では密かに高嶺の花と呼ばれている。美人でスタイルも良くて仕事もデキる。
こんな女性を彼女にしたいと思わない男子はうちのオフィスにはいない。あ、僕は例外ですよ?
「というか、そもそもなんで彼氏役が必要なんですか?」
「彼崎はさ、私の彼氏になるの、イヤ?」
「そういうことではありません。相応しいかそうじゃないかの問題です」
「彼崎は相応しくないわけ?」
「だって僕は屋敷部さんみたいに有言実行もできないし協調性はないし、コミュ障だし根暗だし。それに………お、ヲタクだし」
「関係あるの、それ」
「え……?」
なぜか屋敷部さんが真面目な顔つきになった。
「私は、相応しいかどうかはその人といると楽しかったり安心したりこの人の側にいたい、居てあげたいと思うかどうかで決めたいの。協調性とかヲタクなんて関係ない」
「屋敷部さん……」
「それにさ、私、彼崎といると楽しいよ。今日みたいにさ、こんな高いマンションに住んでるのにレイアウトはオタク全開だし、一緒にお昼の献立を買いに行ったり料理したりしてさ。面白かったよ?そういう理由じゃダメなの?」
あれ? 今気付いたけどこれって僕、告白されてない?
リアル恋愛ADVだと、この流れは告白の流れじゃないかい?
「私、彼崎ならいいかなって思ったんだよ。彼崎はどう、思ってんの?」
「屋敷部さん、あの……」
「なに……?」
期待と不安に満ちた屋敷部さんの表情はまるで、恋する乙女のようだった。
「これ、告白じゃないですよね?」
「―――――プフッ、アハハハハ!」
あっ、うん。理解した。これ違うわ。
よく考えたらこれ、彼氏役になるかだけの話だった。本物の彼氏になる話じゃない。
「いやーゴメンゴメン。いやさ、友達がね、私の彼氏を紹介してほしいっていうんだけど、いやいや私は彼氏なんていないって何度も説明したんだけど、向こうが全く信じてくれなくてさ。それで、今度の日曜日に無理にでも彼氏を連れてこいだって」
「連れてきてどうするんですか?」
「私の彼氏に相応しいか見極める、だって」
「ダメじゃないですかあああああああああ!」
「大丈夫でしょ」
「どこが大丈夫なんですか!完全に僕みたいなヤツが彼氏だったら即解雇ですよ!」
「なんとかなるって」
屋敷部さんはウインクしながら親指を立てる。
「その自信はどこから」
「でもさ。さっき言ってた事はホントだよ。彼崎なら彼氏役でも」
「でもな……」
「お願い!ね?」
手を拝みながら僕にそう訴える。
「どうなっても知りませんからね」
「いいの?」
「屋敷部さんには入社時にはいろいろとお世話になりましたから」
「ありがと〜彼崎ぃ〜!。でも、お世話になっただけ~?本当は私の彼氏役になれてほんとは嬉しいんでしょ?」
「まあ、屋敷部さんのことは嫌いじゃないですし、これからも仲良くしたい、ですしっ!」
なにを変に照れているんだ僕は!
「っ!———ふーん。そう、ありがと」
なんだ、今の反応は?
というか屋敷部さん、ちょっと顔赤い?もしかして照れたの?そんなわけないか。
「じゃ、じゃあ今週の土曜日に、当日に着ていく服を買いに行くからそのつもりで」
「買いに、行く?」
「買いにいく、よ?」
「何故?」
「だって私の彼氏役なんだよ!ちゃんとした格好をしないと」
「あ、あーそうですよね。なるほど。あ、でも大丈夫ですよ。自分でイイ感じのを買って着てい行きますから」
「ダーメ。彼崎のファッションセンスには期待してない」
「失礼なっ!」
「それじゃあ聞くけど。彼女とデートに着ても恥ずかしくないファッションとはどんなものか答えなさい」
「うっ!……それは……えと〜す、スーツ?」
「はぁ〜、やっぱり。一緒に買いに行こ」
「そこをな、なんとか―――」
「おい。そこのオタク、来いよ?」
満面の笑みで低い声で僕を買い物に誘う美人の屋敷部さん、怖い。
「あ、はい。行きます。行かせて頂きます」
◇◇◇◇
午前九時五〇分。
集合時間まで残り十分。
雲一つない晴天なり。
というわけで、笑顔なのに怖かった屋敷部さんに強制……おっと違うな。提案されて土曜日に一緒に服を買う為、歩いて十分のところにあるアウトレットモールに行くことに相成った。
駅の広場で屋敷部さんと待ち合わせすることになっている。
女性と待ち合わせして買い物に行くなんて完全にデートじゃないか。屋敷部さんはそういう認識はないだろうけど、普通はデートだと勘違いするところだ。ましてや、屋敷部さんは社内の男性陣からは密かに“高嶺の花”と呼ばれている。そんな人と僕はこれから一緒に二人っきりで服を買いに行く。おいおい、これなんてギャルゲー?
もし、僕みたいなオタクが屋敷部さんと二人っきりでお出掛けしているなんて会社の人に見られて知れたら………殺される!
どうか、誰にも見られませんように!
「(集合場所ってこのあたりだよな……?)」
屋敷部さんから指定された集合場所に五分前に到着した。辺りを見渡すが屋敷部さんの姿はまだない。どうやら来ていないようだ。
因みに今日来ている服は、この前屋敷部さんが家に来た際にクローゼットにある僕の数少ない服の中から、最低限清潔感ありそうな服をセレクトしコーディネートしてくれたものとなっている。
広間には僕にも他にも待ち合わせをしている男女がいた。
今までは、こういう連中を横目で通り過ぎるだけだったが、まさか僕がその連中の仲間入りになるとはな~。
「彼崎ぃー!」
遠くから僕の名を叫ぶ屋敷部さんの声が駆け足と共に近づいてくる。
「ゴメン遅くなった!」
「大丈夫ですよ」
屋敷部さんはカジュアルな春コーデを完璧に着こなしていた。屋敷部さんがスカート履いているところを初めてみた。
この前家に来た時はショートパンツだったけど、やはり、こういうお出かけでは女性らしい格好になるものなんだなぁ。
「………」
「ん?彼崎どうした?」
「あっ、いえすみません。屋敷部さんの服装がとてもラブコメヒロインみたいで可愛いなと」
「褒め言葉としては例え方がアレだけど……。まあ、可愛いって言ってくれたし良しとしとこうかな。ありがとねっ」
屋敷部さんは満更でもなさそうにニカっと笑った。
僕と屋敷部さんはゆっくりとアウトレットモールがある街の中心街へ歩いていく。
「僕、あそこのアウトレット、初めていくんですよね……」
「でしょうね。アンタが行くはずもないもんね」
一言余計だと、心の中で呟く。
「僕に似合いそうな服、ありますかね?」
「大丈夫。彼崎にも似合う服ぐらいあるから」
「だといいんですけど………」
「私に任せなさい!」
なんて頼れる言葉なんだ。
「あの、屋敷部さん。さっきのセリフ、『私に』ところを『お姉ちゃん』に変えてもう一回言ってもらえませんか?」
「なんで?」
「いいですから」
「なんかイヤ。私の口からアニメのセリフを言わせるつもりでしょ」
「くっ、バレたか」
「こんなところに来ても彼崎は相変わらずだねぇ」
「こんなにリア充が蔓延っているところに居ようが僕はブレません」
「あっそ。ほら、行くよ」
「あ、はい」
彼女は僕のオタク臭い話を引かずに「仕方がないなー」と笑い受け流し僕の手を引っ張いく。
彼女の手は細くて小さく、そしてほんのりと暖かい。
アウトレットモールには本屋があるところないところがあるらしい。
屋敷部さんと行くアウトレットモールはどうなのか調べてみたが、残念ながら本屋はないことを知り落胆した。無念なり。
アウトレットモールに到着した。
土曜日であるためか家族連れやカップル、若者の集団が多い。普段は会社以外は家に引きこもってアニメとかゲーム、漫画やラノベで独りで過ごしていたから、人が大勢密集しているところにいると酔って気分が悪くなる。
ふと、とあるギャルゲーしていた時にこれとよく似た情景を見たことを思い出した。
確か、攻略対象のヒロインと隣町のアウトレットモールに買い物に行くシチュエーションだったような気がする。こうして歩いていると、まるでそのギャルゲーの世界に自分がいるかのような感覚だ。
「さてと、どこにしようかな~」
「あの、屋敷部さん」
「—————咲でいいよ」
「え?」
「私のことは咲でいいよ。前から屋敷部って名字で呼ばれるの、なんか堅苦しいというか、呼びにくいでしょ?やしきべって。それに他人行儀みたいで息苦しかったんだよね」
「でも急に下の名前で呼べと言われても。それに、会社の先輩である女性を下の名前で呼ぶというのはさすがに……」
「此処は会社じゃないし今はお互いプライベート。オケ?」
「い、イエッサー」
「うん。よろしいっ!私も彼崎のこと、これから
「はい。わかりました」
家族(妹)以外で女性の下の名前を呼ぶなんて初めてだ。なんか、気恥ずかしい。
「あの。さ、咲さん……」
「咲でいいのに……。うん?なに、桂?」
「あぁー!やっぱり下の名前で呼ぶの、なんか気恥ずかしいですよ」
「えーなにそれ。こんなの仲良くなったら普通じゃん」
「僕にとっては普通じゃないんです。下の名前で呼ぶ事なんて今までなかったし、初めてだし」
「じゃあ、私が桂の初めての女になったわけだ」
「言い方!場所考えて!」
「アハハハッ!おもしろい!」
「コミュ障オタクをおちょくって楽しいですか?」
「うん!桂といると楽しいよ!」
笑いながらそう言う彼女に僕は一瞬ドキッとしてしまった。
「そ、そうですか……っ」
「あれー?桂なんか照れてる?」
「何を言っているんですか。そんなわけないじゃないですか」
「じゃあなんでこっちを見ないの?」
「たまたまです」
「じゃあ、今こっち見てよ」
「今はちょっと……その……」
「うん?」
僕を顔をのぞき込むように見てくる彼女に為す術がない。
「あーもー!わかりましたよっ!僕の負けですよ!咲さんが僕といると楽しいって言ってくれて少し、ドキッとしてしまいました!」
「正直でよろしい!で、桂はどう?私といると楽しい?」
上目遣いで聞く咲さんの目にはふざけているような感じはなかった。
「は、はい」
「そう、ならよかった!」
聞けることが聞けてホッとしたというか、満足したかのように、咲さんはクルッと振り向き歩いていく。
振り向いたあとの彼女の顔は見えない。
しかし、その時の彼女は頬を赤く染め照れていたことを僕は知らない。
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