第2話

 ふと思い返すと、屋敷部さんは『デキル人』だった。


 後輩の面倒見もよかった。上司の評判もよかった。

 勿論、仕事も失敗はするけど、必ず良い結果をだしていた。

 加えてコミュ障で誰とも関わろうとしなかった僕に対しても普段通りに接してくれた。


 僕のオタク趣味を知っても気持ち悪がらずに受け入れてくれた。


 そんな人が今、僕の家でエプロンを着けて僕の為に料理を作ってくれている。全くもって信じられない光景であり不思議な状況である。


 こんなことになったのは、僕が家に屋敷部さんの侵入を許したことにあると思うが、一番の要因はやはり屋敷部さんの行動力であろう。


 まず、僕の家に何の連絡も寄こさずに来ること。そして突拍子もなく昼食の材料を買い行くと言い出しスーパーに走り出すこと。

 さらには僕が親の料理を食べたことがないと話すと『じゃあ、私が作る』と言い出して料理を作り出すところ。


 この、行動力が屋敷部さんの『長所』なのだろう。

 僕にとっては『短所』と思えてしまうのだが……


 まあでも、だからこそ屋敷部さんらしいかもいれない。

 こんなイイ人であるこの先輩のことを苦手ではあるが、嫌いじゃない。


「もうすぐできるから待ってて」

「はい。……あの、屋敷部さん」

「ん、何?今ちょっと手が離せないんだけど」

「その、ありがとうございます」

「どうしたの突然、気持ち悪い」

「いえ。誰かに料理を作ってもらったことないのでその……素直に嬉しいなあと思いまして」

「そう?ならどういたしましてと言っておこうかな」

「屋敷部さんは誰かに料理を作ったことがあるんですか?」

「そういやないかなー。今までそういう人はいなかったし、彼埼が初めてじゃない?」

「僕がですか?」

「そう。だって普通、親の作った料理食べたことがない人がいたら作ってあげたくなるじゃない」

「それ多分、屋敷部さんだけだと思いますよ」

「そう?」

「そうですよ」


 この人とこうして普通に喋ることなんて、入社したばかりの頃の僕には想像もつかなかったことだろう。


「そろそろ完成するから」

「はい」


 テーブルに置かれたのはご飯とみそ汁、そして何処の家庭にでも作れているごく普通の野菜炒め。


「さあ、とくと召し上がれ!」

「それじゃあ、いただきます」


 屋敷部さんは僕の向かい側に座り、ワクワクしながらこちらを見つめている。


「どう?」

「まだ、ご飯しか食べてないですよ」

「じゃあ、早くおかずも食え」

「はいはい」


 僕は野菜炒めに箸をつける。


「どう、美味しい?」

「—————美味しい、です」

「そう、よかった」

「本当に美味しいですよ、これ!」


 と、屋敷部さんの方に顔をあげると、今で見たことがない優しい表情に一瞬トキメキ掛けてしまった。


「っ!!」

「ん?」


 ドキッ!


「どうしたの?顔少し赤いけど」

「え、いや、なんでもないですっ!」


 僕は顔色が見えないようにご飯を頬張る。


「そんなに頬張ると喉つめるよ」

「お腹空いてたんです!」

「あっそ。ンフッ」

「なんですか」

「べーつにっ」

「屋敷部さんは食べなくていいんですか?僕だけの分しか用意してないですけど」

「私はいいの。ほら、食べて食べて」

「あ、はい」


 屋敷部さんは僕の食べている姿をずっと見ていた。正直、食事している姿を他人に見られるのは気恥ずかしいところである。


「―――ご馳走様でした」

「はい、おそまつさまでした」


 そう言うと屋敷辺さんが立ち上がり食器を下げようとしたのを僕は止めた。


「屋敷部さんは座ってて下さい。これぐらいは僕がしますから」

「えっ、いいよ。私が片付けるよ」

「何言ってるんですか。ご馳走してもらったのは僕ですから、片付けるのは当然です」

「真面目だねぇ」

「当然の礼儀です」

「わかったわかった。じゃあお願いするわ」


 屋敷部さんは椅子に座り直し、僕は屋敷部さんからエプロンを貰い、自分が使った食器を洗い始める。


「ねえ、彼埼」

「なんですか?」


 僕は手を止めずに屋敷部さんの声に耳を傾ける。


「彼埼はさ、三次元で気になってる子とかいないの?」

「愚問ですね。僕は二次元の美少女が好きなんです。もし叶うならVR技術と人工知能技術が進んで二次元の仮想世界で二次元美少女とイチャラブしたいです」

「聞いた私が馬鹿だった」


 屋敷部さんが呆れ顔で苦笑いする。


「でも、別に三次元の異性が嫌いって訳じゃないんでしょ?」

「三次元に興味がないだけです。好き嫌いはありません」

「じゃあ、興味を持てば意識するんだ」

「興味がなくても意識はします」

「へえー、意識するんだぁ〜」


 見ないでもわかる。屋敷部さんがニヤニヤした顔をしていると。


「当たり前です。今までコミュ障な僕が異性と話す機会がまったくもって皆無だったんですから、話し掛けられたり近くにいたらキョドりますよ」

「ふーん、そうなんだ」

「そうなんですよ――――て、うわっ!」


 気付くと屋敷部さんが僕のすぐ真横に立っていた。


「ちょっと、びっくりするじゃないですか。皿を落としそうになりましたよ!」

「あーごめんごめん」

「……あの、そこに立っていられると気が散るんですが」

「意識しちゃう?」

「しません!」

「耳が赤いぞ〜」


 屋敷部さんが無邪気に笑う。


「ちょっかいするなら離れてもらっていいですか」

「はいはい」


 そして、食器洗いを終えてテーブル席に戻ると屋敷部さんが思い切ったように話し出した。


「ねえ、彼埼、お願いがあるだけど」

「唐突ですね。なんですか、断っていいですか?」

「まだ何も言ってないんだけど!」

「どうせ、むちゃくちゃな事でしょ?」

「まあ、そうかものね」

「なら、お断りします」

「せめて内容ぐらいは聞いてくれたっていーじゃん!」

「はあ〜、わかりました。内容ぐらいは聞きましょう」


 そして少し間を空けた後、屋敷辺さんがゆっくりと口を開いた。


「彼埼、私の恋人役やってくれない———?」

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