第33話 襲撃


 ――事件発生の数分前、記念会館一階にて。

 渋い顔でロビーを目指す人物がいた。

 名前はヒュース・ハリントン。

 建都記念会館に勤める、三十六歳の男性だ。


 彼はここ記念会館に勤務して十年以上のベテランで、その働きぶりは完璧主義に取りつかれた神経過敏者のそれだった。

 規則に忠実で、例外は一切認めない。

 職員の些末なミスも見逃さず、ミスが修正されるまで指摘し続ける。

 融通の利かなさから職員に敬遠されようとも、なおルールに殉じてきた彼だったが、最近になってその心境に変化が訪れていた。


(「寛容な人が好き」……か。寛容な男とは、どういうものだ……?)


 それはありふれた、恋の悩みだった。

 ヒュースはここ三か月でとある女性と縁を持ち、その人に好意を抱くようになっていた。

 恋愛下手のためなかなかアプローチをかけられなかった彼は、昨晩ようやくデートにこぎつけることができた。

 そのデート中、相手の女性が言った言葉が、彼の悩みの種となっていた。


 ――寛容な人が好きよ。心の広い、おおらかな人。


 彼女の好みが自分とは真逆のタイプだと知って、弱気にならざるを得ない。

 かといってすぐ恋を諦められるほど潔くもない。

 だから、真面目で愚直なやり方しか知らない彼は、生まれて初めて自分を変えてみることにした。

 今までの神経質な言動や価値観を見直し、彼女好みの「寛容な人」に近づくのだ。


 心機一転とはいかないまでも、転機を迎えた彼は一日中館内を走り回っていた。

 歯車祭に合わせて数々の催しが行われる分、トラブルもまた多い。

 そのトラブルや厄介ごとを解決していくのが彼の仕事なのだ。


 そうして彼はロビーに到着し、目的のパフォーマンス団体を発見する。

 休憩スペースとなっているロビーで子供たちを楽しませている彼らには、規約違反や申請漏れなどの疑いがあり、それを問いたださねばならないのだ。

 普段なら問答無用で活動停止・退去処分に付すところだが、この日のヒュースはそうしない。

今日一日そうしてきたように、「寛容」な対応が取れないか一度考えてみることにする。


(違反は明らかではある)

(だが書類を確認すると、彼らは移民を中心とした外国人系団体のようだ)

(来て間もない外国人労働者なら、我が国のやり方に慣れないのも無理はない……かもしれない)

(経済的弱者である彼らから貴重な働き口を奪うのも、やりすぎかもしれない)

(なにより昨今はテロのせいで外国人に対する差別も問題になっている……。これ以上彼らの肩身を狭くするのは、社会的に正しい行為とはいえない)

(以上の理由より、注意・是正勧告にとどめるのが、妥当で寛容な判断か?)


 これではぬるすぎる、という本音を振り払いながら、ヒュースは着ぐるみパフォーマーに声を掛ける。


「君たち、一度止めてもらえるかな?」


 呼びかけられたパフォーマーはショーを止め、ヒュースへ振り向いた。

 彼らは仲間内でコンタクトをとると、ひとりが代表してヒュースに歩み寄っていく。

 その者は、機械人形の仮装をした長身の男だった。


「君が代表者か?」

「ああ」


 代表者は短く答えた。


「君たちの活動について伝えることがあってね。端的に言えば、規約違反だ」

「本当か? 申請書は出したぞ」

「書類は問題なかった。問題なのは君たちの振舞いと、装いだ」


 そう言ってヒュースは、代表者の格好を手で示す。


「歯車祭だから仮装はけっこうだ。だが仮装の装飾や造形には細かい決まりがあるんだ。知ってたかね?」

「どうだったかなぁ」


 覚えがない、という風に右手を掲げる代表者。

 その彼を再度、ヒュースは指さししながら言う。


「たとえばその右腕だ。その突き出た突起、危ないだろう? ガイドラインで禁止されている。恰好以外にもまだあるぞ。申請よりも人数が多い。割り当てられたスペース外での活動……。是正する必要がある」

「そうか」

「追い出しはしない。だが規約には従ってもらう。まず手始めに散らばってるお仲間を集めてくれ。それから参加人数も申請に合わせて減らしてくれ」

「うーん、それは困ったな。どうにかならないか? こっちにも事情があるんだよ」


 代表者はヒュースの肩に手を置き、なだめるように話す。

 彼の馴れ馴れしさに眉をひそめるヒュース。


「君たちが苦労しているのは分かってるつもりだ。だから勧告で済ましてるんだ」


 その言葉を聞いた代表者は、やれやれと首を振る。


「いいや。あんたは分かってない」


 それがヒュース・ハリントンが耳にした、最後の言葉だ。

 想い人を思い浮かべる暇さえ、許されなかった。


 真っ赤なしぶきを散らしながら吹き飛ぶヒュースの頭部。

 直前までヒュースの肩を掴んでいた、代表者の右腕の装飾もまた弾けとび。

 装飾に偽装された散弾銃があらわになっていた。


 こうしてアニラたちの足元で真っ赤なカーテンコールは鳴らされ。

 惨劇の幕があがったのだった。




―――――――――――――――――――――――――――――――――


お久しぶりです!

長らく更新が途絶えてしまい申し訳ありませんでした……!


お待たせした分といってはなんですが、今回は2話連続更新となっております!

続く第34話もご覧いただければ幸いです!(そっちはちゃんとアニラたちが登場します!)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る